番外321 古きからの因縁
「ふむ。やはりエルメントルード姫の事については、こちらとしても秘匿せざるを得ぬか。もし生存が知れた場合の向こうの次なる手は――エレナ姫をエルメントルード姫の子や孫だと主張し、返せなどと言い張るやも知れんな」
メルヴィン王はそう言って腕組みをする。
「それは……。王ならば、そうする……かも知れません」
エレナは自分の知る王の性格に照らし合わせて想像を巡らしたのか、表情を曇らせた。
「多少の無理があっても、ある程度の辻褄が合って相手を非難できる大義名分があれば良い、ということか……」
「自分に向けられていた不信を外国に向けることができるとなればそう言い張るだろうな」
シュンカイ帝が眉根を寄せると、ヨウキ帝が目を閉じてかぶりを振った。
「そうなるな。民や将兵達には細かな真実を確かめる手段がない。こちらの主張を聞き入れず、ベシュメルクの民らが義憤でヴェルドガルに悪感情を向けるように煽る。……とはいえ同盟を結んでいる我らに、軍事力で真っ向からぶつかるのは得策ではあるまい」
「となれば戦いそのものは回避しつつ……表では国元へ帰すように求め、応じなければ裏で暗殺者を差し向ける……か? 姫を奪還できずとも、その命さえ奪えば自分達の血族に、どこかで次の世代の刻印の巫女が現れる」
「暗殺には知らぬ存ぜぬを通して、逆に相手を非難する手に使うわけだな。元々交易等々をあまり重視していない、自己完結した国。悪化した関係と高まった緊張を大義名分に、今度こそ魔界の利用を正当化するというわけだ」
イグナード王もレアンドル王も、立場上そういう輩の出方には予想がつくのか、顔を見合わせてうんざりしたような表情をしたり、肩を竦めたりしている。
「政の世界に長く身を置いているとな。ある程度の腹の探り合いまでは……まあ、よくあることなのだが、そういう義理も限度も知らぬ輩が時折出てくるのでな。困ったことだ」
と、メルヴィン王が言うと、シュンカイ帝を除いた面々がしみじみと頷いていた。ローズマリーも羽扇の向こうで目を閉じていたりする。
経験則に基づくだけに、王達の予測の精度が高いのが分かってしまうというのが何ともな。だが、手の内が分かっていれば誘いに乗る事もないというわけだ。
「というわけで……外出時の変装だとか、姫と分かっても今後も待遇の面でやや窮屈な思いをさせてしまうかも知れぬが」
「いえ。自分の立場は分かっておりますので。テオドール様達にも過分なお気遣いをして頂いております」
エレナは笑みを浮かべて返す。そんな返答は居並ぶ王達にも好印象に映るようだ。先程までの少しうんざりした様子とは打って変わって笑みを浮かべて頷いていた。
政治の世界に身を置いているからこそ、忠義の士や誠実な相手は好ましく映る……というのはあるかも知れないな。
そういった者達の善意や無知に付け込んで一方的に利用したり、最後に裏切るようなことをしないからこそ、賢君や名君と称賛を受けるのだろう。
「しかしまあ……ベシュメルクか。どうもアケイレスの黒い悪霊に魔法技術的な繋がりを見てしまうところがあるな。当時のベシュメルク王家が糸を引いていた……というのは邪推としても、流れを汲む魔術師がアケイレス王に仕えたというのはあるかも知れん」
レアンドル王の呟きに居並ぶ面々も頷く。
「余としては……精霊を支配するための触媒とやらが気になるな。テオドールには心当たりもあるのではないかな?」
「……それは――」
メルヴィン王の言わんとしている事に思案を巡らせて……そして何となく察してしまう。クラウディアもその可能性に思い至ったのか、少し驚いたような表情をしていた。
……有り得る。だからこそ対立していた月の民も、月から産出されるオリハルコンを守るために本拠地を月に構えた、という可能性だ。
オリハルコンは意思を宿す金属だ。まともな手段では加工さえままならない。
だが……そこで呪法を用いて時間をかけて儀式を行うことにより変質を促し、精霊支配のための手段として使うことができるようになる、としたら? 迷宮核に食い込んだあのウイルスの性質から考えても、有りそうな話だ。
ただ……今となってはベシュメルク側でも方法が失伝しているというのが救いか。
月の民の情報についてエレナが持っていなかったことから、オリハルコンを必要とすることにベシュメルク側が気付いていないというか、そこに繋がる情報を持っていないのだ。
仮に推測できていれば、ベシュメルク王の性格を考えるとこの50年の間、バハルザード王国にあったオリハルコンを放置してはおかなかっただろう。そこから考えてもやはり失伝していると見て間違いない。
しかし……魔界に至って手がかりを見つけたとしたら、また話は変わる。
肝心な部分がぼかされているといっても、様々な情報をベシュメルクは持っているのだから。推測して地上に現存するオリハルコンを求めようと動き出す可能性は否定できない。尚の事……捨て置けない理由ばかりが増えていくな。
「明日以降に集まる各国の王とも、相談と連係が必要となるな、これは」
「各国の知恵と技術を持ち寄り、対策を考える、か。良いのではないかな」
メルヴィン王の言葉に、イグナード王が答え……居並ぶ王達もまた、にやりと笑うのであった。
「……忌むべき呪法を生み出した地上の民がいる、とは聞いたことはあるわ。だから迷宮核の守りを万全にするとも。ただ……私は、迷宮の方向性を決定する立場だったから。地上の民を保護する目的を考えると、具体的な所業を知り過ぎても影響を考慮すると拙い部分があるからと、そういう点の情報管理は側近達が任されていたわ」
王達との話を終えてフォレスタニアの居城に戻ったところでクラウディアが眉根を寄せて言う。
月の王としての後継となる立場ではなかったからこそ、月の船の管理者となる事が許容されたというのもあるだろう。クラウディア自身の当時の年齢を考えても、あまり悪い話を聞かせるような頃合いではあるまい。
魔力嵐が起こって、それを収める為にクラウディアが地上に降りる事を志願。救援を目的とし、迷宮の有り様に大きく関わるクラウディアには……やはり教えられない情報でもあった、か。
「私としては……フラムスティード伯爵家の方々が気になるのですが。中央との関わりはどうだったのでしょうか?」
グレイスが尋ねる。フラムスティード伯爵家。つまりグレイスの両親の事だ。50年前となれば、エレナが知るのはその先代か先々代あたりになるのかな。
「隣国とも穏健な方法で友好関係を保ってくれている方々で、中央から距離を取っている地方貴族の中では信頼感のある貴族家だったと記憶しています。元々凶悪な魔物を退治したことによって武勲を立てたのでベシュメルクの北方の国境地帯を任されるに至ったと」
……なるほどな。吸血鬼オーガストについても、ベシュメルクで調べればどこかの時代に出てくるのだろうが……。
フラムスティード伯爵家の人物は当主でさえオーガストが吸血鬼となって地下で眠っていたことを把握していなかった節がある。
では……ベシュメルク王国の中央部はそれを知っていたのかどうか。
フラムスティード家の吸血鬼事件が露見して国外に逃げたのは、中央から追われる立場だったからなのか。それとも秘密を抱えるベシュメルク中央部に目を向けさせないためだったのか。
魔界に取り込まれた生物の変容といっていたし、ヴァンパイア化という現象の由来が魔界にある可能性も高い。
とは言え、エレナによると地方貴族から情報が漏れないように中央、中枢で事情を知る面々との線引きはかなり厳密にされていた、らしい。
「ですから……地方貴族であるフラムスティード伯爵が中央部の裏事情を知らされていたということはない、と思います。私の知る範囲でもそれはありません」
と、断言するエレナに、グレイスも少しだけ微笑んで頷いていた。オーガストに遭遇してからの経緯を見るだけでも、グレイスの両親は高潔だった印象があるからな。
何はともあれ、明日以降の各国の王との連係も重要か。まだ緊急性を要する事態でもないので、温泉やらで身体を休めてのんびりと相談を進めていこうという事になっている。
大事な話ではあるが、エレナも一人で抱え込まなくて良くなったしな。みんなで力を合わせて考えていくとしよう。
対策についても……既に手の内が分かっているというのは大きい。
迷宮核への干渉法やオリハルコンに対して想定される儀式への対抗術式等を用意しておけば……いざ事が起こっても対応しやすくなるだろう。となると……また工房も忙しくなってしまいそうな気がするな。