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番外320 刻印の姫と共に

 アシュレイやマルレーンに手を取られたり、セラフィナに髪を撫でられたりして、泣きながらも少し笑顔を見せたりしていたエレナであったが、段々と落ち着いてきたようだ。


「もう大丈夫です」


 と、しっかりとした表情になって顔を上げたので、これからの方針を尋ねる。


「ベシュメルクの現在の情報については――正直なところ、僕達は大したものを持っていません。しかしメルヴィン陛下達なら、また話が変わってくる可能性はありますね。あの方達が知り得た事実を利用することはない、と信頼してはいますが……どうなさいますか?」


 これもまた、難しい選択だと思うが、エレナは迷わず頷いた。


「やむを得ない、と思います。もしかすると……私のしようとしている事はベシュメルクへの裏切りなのかも知れません。しかしベシュメルクは封印を守り、二度と同じような事を繰り返さないためにという想いを抱き、民を守っていくために建国されたのです。だとするなら……」

「裏切ったのは……王の方、ですか。国として見るならば、民への裏切りにはならないでしょうし」


 エレナは俺の返答に真っ直ぐこちらを見返しながら頷く。


「私が表舞台から姿を消して、魔界の利用を諦めたかが分かりません。刻印に頼らずに扉を開ける方法の研究を続けている可能性もあります。ですから……ベシュメルクの情報は集めなければなりませんが、そうなると私の事を隠してというのは無理な話だと思います。打ち明ける事を決めた時点で、他の方々に伝わる事も覚悟の上です」


 それは……確かに。ホウ国でも墓所の封印を解くためにショウエンが研究を続けていたし、ベシュメルクでそうしていてもおかしくはない。

 国を乱してまで禁忌をわざわざ破るような輩なのだから、どうしても刻印の巫女姫が見つからないとなれば、外法に頼るか。だとすると、他に今確認しておくべき事としては……。


「先程の話で気になったのですが精霊を支配する術や、空間を作り出す術、というのは未だに伝わっているのですか?」

「いえ……。それを行うためには希少な触媒に、時間をかけて儀式を施す必要があったそうです。それも大災害の折に王国に現存していたものは失われた、と言います。術式そのものも恐れを抱いた祖先によって破棄されて途絶えたようですね。私がこうして様々な事情を知っているのも……呪法によって、過去の物語を夢として見る儀式が残っているからです」


 なるほど……。呪法らしい使い方だ。子々孫々に警告を残す、と。

 口伝より正確だし、過去を知っても悪用できないように、警告に不必要な情報を削り、細部をぼかす事もできる。

 呪法で結びつけるので儀式を受ければ見る事ができるし、刻印の巫女に関しては儀式を行わなくても強制的に夢で見るのだとか。それに関しては年に一回ぐらいの頻度、ということだ。


 時代時代の判断で警告を与えるべき者と、情報を与えるべきでない者の選別ができるし、警告を知っていなくてはならない者に対しては強制的に、というわけだな。


「刻印の巫女の初代は、ベシュメルク建国の女王でもあったようですが……王と巫女の役割を分けたようですね」


 と、エレナが言う。


「……王権を持つ者に対して強制的に夢を見せないのは、情報と権力者の分断も視野に入れての事かしらね」

「王の人格如何によっては、情報を遮断するのも一つの手だものね」


 ローズマリーの言葉にクラウディアが目を閉じて頷く。


 何はともあれ、情報の精度が高いということは理解した。そうであるなら、精霊支配の術や空間創造の術については、意図的な失伝によって現存していない、というのもほぼ間違いあるまい。


 ただし、それはこちら側の話だ。魔界に、それらの術を復元する手がかりが残っていないとは限らない。


 それと……ベシュメルク国外での出来事に、エレナは疎い、ということになるだろう。警告に不必要な情報は、与えないようにされている可能性が高いからだ。

 秘密を秘匿するために外と交流を持たないようにしていたベシュメルクも、ベリオンドーラやシルヴァトリア、ハルバロニスなどの、その後に起こった経緯についても知らない可能性が高い。


「そうですね……。メルヴィン陛下達とお話する前に、僕達の知る情報についても色々とお話しておこうと思います。舞台裏を知っているエレナさんにとっては、やや辛い内容もある、かも知れません。ただ……重ねて言いますが、僕達にエレナさんを責める気持ちはありません。同じ目的を共有する……友人や仲間に近い立場とさえ思っています」


 月での出来事。迷宮の由来。ベリオンドーラの建国や魔人の成立。そして……俺達の出会いと魔人達との戦いについて。俺の言葉に、エレナは真剣な面持ちで頷くのであった。




 そうして……過去から続く、長い長い話を終える。エレナは時々ショックを受けたりもしていたようだが、みんなも寄り添っていたし、最初から覚悟をしていた部分もあるからか、大きく取り乱すという事はなかった。


「そう……だったのですか。魔人という災厄まで生んで……それがテオドール様達にも……」

「ヴァルロスやベリスティオは――自らの選択を誰かのせいだとはしないでしょう。そして彼らは……種族や遺恨を超えてイシュトルムの起こそうとした災厄から、星を守るために動いた。きっと、彼らがエレナさんと出会って事情を知ったのなら、魔界の利用を画策するベシュメルク王とは……対立したのではないでしょうか」


 少しだけ天を仰いで目を閉じる。

 ヴァルロスに力を託された時の手の熱も、ラストガーディアンに突っ込んでいったベリスティオの背中も……今もなお、記憶に焼き付いている。そして――母さんについても。だから……。


「イシュトルムの力の一部を封じて、ずっとみんなを守ってくれていた母の事もあります。ですから皆との絆にかけて、魔界を悪用するような事はさせません。同じ目的を持つエレナさんの身も、お守りします。ですから――僕達にも力を貸してくれませんか?」

「はい……ッ!」


 握手を求めて手を差し出すと、エレナも決然とした表情で俺の手を取る。そうして、グレイスやクラウディア。みんながそれに手を重ね合わせ、頷き合うのであった。




「――エルメントルード姫については、少し前までベシュメルク王国にて存命であったと話を聞いたが」


 王城セオレムに報告に戻ると、迎賓館の一室で、メルヴィン王はそんなことを伝えてきた。驚いたのはエレナだ。


「そんな……! わ、私は嘘など……!」


 狼狽するエレナに、メルヴィン王は片手を上げて安心して欲しいというように相好を崩して答える。


「分かっておるよ。情報を総合して考えるに、エルメントルード姫に出奔されたことを隠すために、ベシュメルク王は替え玉を立てる事を思いついたのであろう。一時期、エルメントルード姫の善行が美談としてヴェルドガルにも伝わってくることがあったはず。その時は特に重要な情報とは思わなかったが……なるほど、と今になって腑に落ちた」

「敢えて国外に姫が健在であるという情報を流していた、ということか」


 レアンドル王が顎に手をやって眉根を寄せる。


「替え玉を立てて刻印の巫女姫に逃げられたことを隠した。しかし、姫は見つからずに……今日に至る、と。もしかして昨今噂になっていたベシュメルクの後継者騒動も、替え玉の姫が亡くなったことに端を発しているのではないかな?」


 腕組みするイグナード王がそんな風に言った。


「有り得るな。当時は騙し通したものの……替え玉が亡くなり、現れるはずの次の代の刻印の巫女が現れずに、王への信頼感が揺らぐ、か」

「ええと……。それでは、今は騒動の真っ最中なのではありませんか?」


 メルヴィン王の言葉に対して推測を口にすると、多分それが正解だと、王達は頷く。

 あー……。これではベシュメルク側としては刻印の巫女を忘れる、諦めるどころではないな。寧ろ隠してきた問題が丁度再燃したところ、という雰囲気が強い。

 問題は、今の魔界に対しての方針がどうなっているのか。考えを改めたのか、というところだが……事情を知る中央の反対派を粛清して情報を隠蔽してきたとなると、楽観的な見方をするのは難しいな。

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