番外318 罪の刻印
一先ず王城へ向かい、みんなで昼食を取る。王城側で俺達の分も用意してくれていたからだ。
食事を取った後に、メルヴィン王や各国の王達に、エレナの一件について伝える。
「まだ彼女の事情は分からないのですが……各国の王が集まるのに合わせて事情を聞ければ、どういった事情であっても打開策の幅が広がるのではないかな、と」
「なるほどな……。各国それぞれ、保有する技術や情報も違う。腹を割って打ち明ければ、確かに思いもよらぬ解決策も出てくるやも知れぬ」
俺の言葉にメルヴィン王が目を閉じて頷く。
「そういうことならば、私に遠慮する必要はない。テオドール殿が私達に力を貸してくれたように、あの少女にも力を貸せる事があるならば私もまたそうしよう」
シュンカイ帝が胸に手を当てて穏やかに笑う。
「テオドールが聞いて余人には明かせないと判断した場合は……まあ、ここでの相談は聞かなかったことにしておくとするか」
イグナード王がそう言って笑うと、その場にいた王達もにやりとした笑みを見せた。それは……俺の判断を信じてくれるというわけか。
「こう言った腹芸一つ出来なければ貴族の相手はできないからな」
「うむ。遠慮は無用だ。そのような理由と知っては尚のことだろう」
レアンドル王とヨウキ帝も笑う。
「というわけだ。余らの事は気にせず、じっくりと話を聞いてくると良い」
「――ありがとうございます」
その言葉に一礼をすると、メルヴィン王は目を細めるのであった。
というわけで一旦場所をタームウィルズの東区にある俺の別邸に移す。人払いができると言っても、迎賓館で話をするのではエレナも落ち着かないだろうからな。
その点、別邸については工房の仕事のついでに立ち寄ったり、何回か足を運んでいたので、エレナにも馴染みのある場所だ。
別邸の応接室にて、みんなと共にエレナの話に耳を傾けることになった。
「何からお話するべきなのでしょうか……。そうですね。最初に話すべきは……お気付きだったかもしれませんが、エレナというのは偽名です。私はエルメントルードと申します。その点については……最初に謝罪しておきたく思います」
「ん。本名を名乗ればそこから辿る事も可能だから、当然と言えば当然」
「まあ、その点は分かった上でのことでしたからね。あまり気に病む必要はありません」
頭を下げるエレナにシーラが言う。俺やシーラの言葉にみんなも同意見なのか、静かに頷き合う。
当然、出自を明かしたくないのなら偽名を使うだろうとは思っていたからな。
それでも最初にそれを明かしたのは、黙っている事が嫌だったからだろうとは思うが。
「そういうことなら、これから先も、エレナ、で通した方が良いかも知れないわね」
と、ローズマリーが言った。それも確かに。偽名を使う時は本名で呼ばれた時に誤魔化しやすいように語感の似た名前を使う、というのが基本の一つである。
「まあ、本名は覚えておいて、愛称のようなものと思えばそれでいいんじゃないかな。語感は似ているわけだし」
そう言うとエレナは少し目を見開いて一礼してきた。それから顔を上げて言葉を続ける。決意を固めたような。そんな印象を受ける表情だった。
「――私はベシュメルクの……王族に連なる生まれで……刻印の巫女姫、と呼ばれておりました。理由は――生まれた時よりこの刻印を持っていたからですね」
エレナは胸の辺りに手を当てて言う。
ベシュメルク……。位置的にはヴェルドガルの東隣、ドラフデニアの西隣ということになる。国土は主に東南方向にも広がっていて……南側は海に面しているな。
だから、西方諸国のどこからか南極に船が流れ着いたとするならベシュメルクも、有力候補の一つではあった。グレイスの……両親の国でもある。
ただ……そうなるとエレナから歴史書だけでは情報が足りない、相談したい、と言ってくるのも分かる。ベシュメルク王家はやや閉鎖的な性格が強いのだ。
交易や冒険者ギルドの支部もあるので、それなりに情報も入ってくる。しかし、こと魔法技術関係については秘匿されている部分が多い。冒険者から人材の採用もされるが、魔術師に関しては……いわゆる外様は中央から遠ざけられているのだとか。
実は高い魔法技術を有していて、それを外に流出させたくないからでは、などと言われているが……魔道具にしても何にしても一般に独自の研究成果が発表されることが少ないため、真偽の程は不明だ。
どの程度の技術を持っているのか。国防に直結する事案でもあるために、結局中央の関係機関にいなければ本当のところは分からないだろう。
だが……王族の遠縁で、何やら重要な役割を負っていそうなエレナや、彼女の恩師の実力、保有していた魔道具等々から推測するに、それらの噂は真実なのでは、とも思えてくる。勿論、時間が過ぎているということも加味しなければならないが……。
「刻印について説明するには、ベシュメルクの歴史についても話さなければなりません。伝承の通りであるならそれは……贖い切れない罪の歴史なのです。もし、私のこれから語る内容を聞いて、許せないと思ったのであれば、その断罪も受け入れる覚悟はあります。しかしどうか……最後までお話を聞いていただきたいのです」
「罪……ですか」
穏やかな歴史ではなさそうだが。だとするなら、話すのに決意が必要になるわけだ。エレナは頷き、表情を曇らせる。
「私達の祖先は呪術を操ることに長けた流浪の一族だったそうです。ある時生まれた一人の天才が、一族に伝わる術を元に、更に様々な術を生み出し……やがて、いくつかの部族を束ね、国を興すに至ったと……そう伝承にあります」
エレナは淡々と語る。呪術によって栄え、繁栄に繁栄を重ね、やがて禁忌に手を伸ばす王が現れたそうだ。
「禁忌――」
「精霊を呪法によって支配する。そんな邪法であったそうです。やがてそれに心を痛めた者によって国外にその話も漏れ、王国と敵対的になる国が現れたようですね。その国も非常に高度な魔法を操る国であったようです。というよりも、そんな魔法大国でなければ、祖先の興した国に抗することはできなかったのではないかと思います」
……精霊を支配する呪法と、それに反発する魔法王国、か。それは――。いや、話の腰を折らず、最後まで聞かせてもらおう。
「争いが起こったそうです。彼の魔法王国は精霊達を解放し、味方につけていきました。そうして祖先の国は段々と追い込まれ――最悪の決断をしたのです」
「ああ、それは……」
話が……見えてきた。
「形勢を逆転するために、古く強大な精霊の存在を発見し、手を伸ばそうとしました。そして、起こるべくして破滅的な災厄が起こったのです」
「……魔力嵐」
クラウディアの言葉にエレナは目を閉じる。
「それを受け、彼の魔法王国は船によって沢山の者達を救おうとしたそうです。それでもまだ王は諦めなかった。彼の国に潜り込ませていた密偵に、船を奪わせようと命令したそうです。目論見は露見した、と伝承にありますから……結局それは失敗したのでしょう」
……呪法か。迷宮核に巣食っていた仮想空間の魔法生物の術式は――月の民の系譜とは異なる術体系だった。つまりは、そういうことなのだろう。
「しかし、魔力嵐の引き金を引いても尚、王が生きていた、というのは?」
「……私達の祖先は、もう一つ……秘術を持っていたのです。魔力を用いて別の空間を作り出す術、と伝えられていますが、この術式は、失伝してしまっていますね。膨大な魔力の嵐を取り込んで作り出した空間であったが故に、想像以上に膨れ上がってしまい、変容を起こして制御し切れなくなったようです。魔法的な守護を受けていない沢山の生物も変容を起こし、数々の精霊までも生まれ……魔界とも言うべき魔境として定着してしまったそうです」
魔界とはまた――。エレナは、言葉を続ける。
王の所業を恐れた親族や側近達によって、王は魔界にて討たれた、らしい。
やがて地上の災厄も過ぎ去り――地上に戻れるようになり……そうして魔界と地上が、自由に行き来できないようにすると共に、自分達の犯した罪と失敗を語り継ぐために一族の血と結びつけて扉を封じたのだと……そうエレナは語る。
「その扉を開く鍵となるのが、この刻印に他なりません。私がもし命を落とせば……それはベシュメルク王家に……新しく生まれてくる娘に刻まれ、再び世に現れるでしょう」
ああ。だから。彼女の恩師は、仮死状態で眠らせたのか。
ここまでくれば説明を受けずともある程度想像はつく。刻印の巫女を――というよりも魔界の力を欲した者がいて、エレナはそれを悪用させないために立ち回ったが窮地に陥り、そして最後の手段として誰の手も届かないように眠りにつくということを選択した。多分、そういう事だ。