番外316 都の魔法建築
「それじゃ始めようか、ウィズ」
俺の声に反応してウィズが建設物の架空のモデルとして、光のフレームを空き地に作り出す。多めの建材を用意してもらっているのでそれに合わせて多少の修正が可能だ。
設計に合わせて必要な建材の量をウィズが割り出し、無駄なく配分。……よし。行けそうだ。
地面に手をついて魔力を浸透させ――地下区画から作っていく。
「起きろ」
俺の声に合わせて地下区画の輪郭に沿うように次々小さめのゴーレム達が起き上がる。都のお祭り的な空気に合わせて、ゆるい雰囲気の漂う丸いシルエットのゴーレム達だ。
ちょこちょこと走り回る様にして大通り側に隊列を作っていく。集まっている住民達からも生成には驚きのどよめきが漏れていたが、実際の動きに対しては笑いが聞こえる。
ゴーレムとして形成した後は地下部分の壁、床、柱などを石化させ、構造強化で一気に作っていく、というわけだ。
地下区画は倉庫として利用する他、下水の処理もできるようにしておく。
タームウィルズでは下水道があるからそちらに繋いでしまえば事足りるのだが、それ以外の場所で建築をするに当たっては少々の考慮が必要な部分だったりする。具体的には都市の形式に合わせるか、魔道具で処理するかといったところだ。
魔道具式の場合は水とそれ以外に分離させ、水分は浄化処理、水以外の成分は土魔法で土や石に変換してからゴーレム化させて自分で移動させて処理場へ、といった具合だ。水の再利用も可能だし、ゴーレムも盛り土なり建材なりに使える。
これは元を辿れば月の都で確立されて、ベリオンドーラ、シルヴァトリアから引き継がれて広まった技術とのことである。
月のような閉鎖された環境では、限られた資源を有効活用しなければならない。なのでかなり高度に完成された術式と処理方法だったりする。
迷宮の場合は――下水道に繋いでしまえば、後は迷宮に任せておけば処理可能というわけで、お手軽だ。
だからタームウィルズの場合は一般家庭で手軽に水洗式等を採用できるようになっている、というわけである。
だが、迷宮核で処理方法を追っていくと……結局大腐廃湖で分解したり浄化したりして、一部を資源として迷宮内部で再利用しているようなので、大規模な方式ではあるが再利用可能な形にしている、という点では月の都の方式が受け継がれているのが分かる。
まあ、今回の転移門設備では建造するのも魔道具を用意するのも俺達なので、コスト回りの問題はない。従って魔道具ユニット一式を組み込んでしまえば良い、というわけだ。
浄化した水分は水洗式の水として再利用できる形にしておけばいいだろう。
「このあたりは興味深いな」
と、シュンカイ帝が下水回りの魔道具の敷設風景をしげしげと眺める。
「一般に普及させるにはやや高価なのが問題点でしょうか」
王侯貴族、大商人の家は話を別として、流石に一般に独立したユニット一式を普及させるには高価なので、都市部でこの方式を広く採用するならば、一般家庭では所謂汲み取り式的な方式を採用することとなる。実際西方諸国ではそうした制度を作っている都市も多い。
そういった説明を交えながら作業を進めていくと、シュンカイ帝は感心したように頷く。
地下区画にそれらの設備を設置し終えたら地下部分にゴーレム達を移動させ、地上部分の土台に変換。しっかり固めてセラフィナにも安全確認をしてもらったら、いよいよ建物に着手していく。
必要な建材を光球の中に溶かして、ウィズの作っている光のフレームに合わせる形で一気に柱や梁といった骨組みを組み上げていく。柱にしても何にしても構造強化で支えることができるから、木材主体でもそれなりに高い建物を建造することが可能だ。耐火の術もしっかりと用いて、火災対策もきっちりやっておく。
1階中央部に広間。ここには転移門を設置する予定だ。結界で囲って防御を厚くできるようにしてある。その周囲に風呂場、厨房、食堂等々、使者の滞在に必要な設備を配置。魔道具とミスリル銀線を敷設。
「魔道具の調整はわたくし達でやっておくわね」
「うん。よろしく」
ローズマリーの言葉にそう答える。
「任せて」
と、ステファニアも楽しそうに頷いていた。ローズマリーとの共同作業が嬉しいのかも知れない。ローズマリーは羽扇で表情を隠しているが。
建物のイメージ的には香鶴楼に近い。ホウ国の伝統的な楼閣風の建築様式だ。
上階部分に滞在用の客室を作り、最上階にはちょっとした展望台の役割を持たせる。壁を作り屋根を作り、外観の装飾も作っていくと、観客から声が漏れる。
「建材が溶けて建物が湧いてくるような作られ方をするってのは初めて見たな……」
「西国の術師様だったっけ? すごいもんだな」
「おいおい……。装飾の細かさがとんでもないぞ……。こいつは……負けてられねえな」
といった声。見物人に本職の面々も混ざっているようである。因みに孤児院の子供達はあっという間に高くなっていく楼閣を見て、目を輝かせて声を上げて拍手をしてくれた。
んー……。衆人環視での魔法建築はやはり些か気恥ずかしいところもあるのだが。まあ、それなりに場数も踏んでいるし、今日はお祭りだしな。盛り上がってくれればそれでいいかと開き直って作業を続けていく。
転移門は外観が出来てから最後に設置するから……次は庭園だ。
池と東屋を作り庭石を配置してそれっぽく整える。庭木等々は後で庭師に整えて貰えば良いだろう。
地下区画を作る際に起こしたゴーレム達を、今度は外壁として形成し直していけば――一先ず建物の完成だ。足りない家具や備品は後で搬入すればいい。
外壁と門を作り上げると、改めて観客から大きな拍手と歓声が巻き起こる。
「それでは、内部を仕上げてきます」
そう言って一礼すると、また拍手が大きくなるのであった。
そして――転移門を設置する広間に結界を張り、クラウディアも契約魔法を用い……タームウィルズ側の対になる門を設置する。
転移門のモチーフに選んだのは平原で寛ぐ麒麟と雲間に浮かぶ黄龍。そして麒麟の周りで楽しげに遊ぶ2人の少年……というイメージだ。
「ああ……良い意匠ですね、これは」
「うむ……。2人の王の、在りし日の姿、か」
シュンカイ帝とゲンライが柱を見て表情を綻ばせる。2人の少年はモチーフにするにあたり、シュンカイ帝に事前に話を通しておく必要があった。これは草原の王と聖王をモデルにしているからだ。
八卦炉等々に関しては当然ながら秘密だとしても、シュンカイ帝やゲンライとしては2人の王の正しい話は広めていきたいということで、良い案だと諸手をあげて賛成してくれた。仕上がりを見て、デザインとしても気に入ってもらえたようで何よりである。
シュンカイ帝とリン王女の傍らにいる麒麟は、転移門の柱を見て、目をぱちぱちと瞬かせていたが、やがて納得がいったのか、にやりと口の端で笑って俺を見てくる。麒麟もどうやら気に入ってくれたようで。
「それじゃ、転移門を起動させるわ」
クラウディアの足元からマジックサークルが広がり、転移門が起動する。実際にタームウィルズと繋がっているか、転移門を潜って確認。
光に包まれて転移港に移動して……そこから再度転移門を潜ってホウ国に戻ってくる。
「しっかり機能してるね。これで大丈夫かな。ウィズも、みんなもお疲れ様」
家具や備品、庭木等々を除けば転移設備は完成だ。頭上のウィズに手をやって軽くポンポンと叩いてやると、ウィズは目を細めて嬉しそうにしているようだった。
草原の王の墓所の防衛戦力を解析して直したり、宝物庫に収めた八卦炉や宝貝の核に関連した契約魔法の組み込みといった作業は残っているが……一先ずは、今回の訪問での俺のするべき仕事は完了である。後は、のんびりとお祭りの空気を楽しませてもらうとしよう。