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番外310 南極からの帰還

 今日は野菜のスープにキノコとトマトのリゾットと、病み上がりでも消化しやすい料理だ。少し遅めの昼食の用意を進めていると、ティアーズに案内されてエレナが艦橋にやってきた。


「えっと、ここでいいの?」


 と、ティアーズの先導でやや不安そうではあったが、艦橋に入るなり、その光景に驚いたのか一瞬表情や動きが停止する。

 艦橋はシリウス号のあちこちの光景を、一目で直感的に見渡せるようにモニターが配置されている。迅速な行動決定をする必要があるからではあるが、そこに空を突き進んでいる光景が映し出されているわけで……シリウス号の今の状態を察したのかも知れない。


「ああ。こっちですよ」


 と、エレナに声をかけて、空いている席を示すと、一瞬間を置いて頷き、艦橋に入ってくる。


「ご心配おかけしました。もう大丈夫です」


 そう言ってエレナが一礼してから席に着く。

 やや目の周りに泣き腫らしたような痕も見られたが、それは触れない。グレイス達もみんな穏やかな雰囲気でエレナを迎える。


「そちらから聞きたいこと等も色々あるかと思いますが、まずは食事を済ませてしまいましょうか」

「お口に合うか分かりませんが」


 と、グレイスの作った食事が運ばれてくる。


「ありがとうございます」


 エレナはそう言って丁寧に頭を下げる。スプーンで料理を口に運んで「美味しいです……」と、しみじみと呟いていた。

 エレナの乗っていた船は難破していた状況だし……眠る前の食糧事情が良かったとは思えないからな。空腹時にグレイスの料理というのは……中々の破壊力だろう。


 そうして昼食も一段落したところで、改めてみんなで自己紹介する。

 人数が多いので自己紹介を受けるエレナは大変そうだが、一度で名前を記憶している様子だった。

 エレナの師について礼を言われた時の作法もそうだが、ああして多数の名前を一度で覚えてしまうあたり……やはり王侯貴族や大商人のような社会的に身分のある立場だったか、或いはそう言った顔触れと日常的に接する機会、経験があった、ということだ。


 動物組や魔法生物組にも挨拶をされて、やや戸惑っている様子であったが……まあ、みんなフレンドリーだからな。ティールに握手を求められたりして、笑顔を浮かべていた。


「何だか、賑やかで……素敵ですね」


 そんなエレナの言葉にマルレーンがにっこり微笑んでこくこく頷く。


「それにしてもこの光景は……船が空を飛んでいる、ということでいいのですか?」


 自己紹介も一段落したところでエレナが尋ねてくる。


「そうです。船自体はシルヴァトリア王国の技術協力があってこそなのですが。僕はヴェルドガル王国の人間ですが、母がシルヴァトリアの出自でして」

「なるほど……」


 と、少し驚いたような表情をしている。エレナの知る魔法技術や社会情勢とは色々違っているだろう。


「事情が分からないので的外れだったり余計なお節介なのかも知れませんが……何か事情があってああいう魔法的な処置を取らざるを得なかったということであれば、協力できることもあるかなと考えています。魔法的な探知をかわす隠蔽術だけでなく、種族や魔法的な特性を封印する術もある、ということも伝えておきます」

「もし何か不調がありましたら、私も治癒術の心得がありますから、すぐに仰ってくださいね」


 俺とアシュレイがそう言うと、エレナは神妙な面持ちで頷く。


「ありがとうございます。御心配をおかけしてしまったようですが、私自身や周囲に何か悪影響があるのでああしていた、というようなわけではありません」

「分かりました」


 では、その話は一先ずここで終わりだ。隠蔽術で事足りるならそれで良いだろう。他にこの場でしておくべき話、というと――あれか。


「では、お返ししておくものがあります」


 操船席の近くに置いてあった杖を取ってくる。


「これは――」

「汚れは落としておきました。立派な品だったようなので」


 エレナの師が持っていた杖だ。粗末なものに見せかけるために汚されていたが、素材も上等、加工も職人の手によるもので、見る者が見れば立派なものだと分かる。汚れたままにしておいて良いような品でもあるまい。

 できるだけ汚れを落としてから返すのが筋だろうと、昼食になるまでの間、汚れを魔法で落としておいたのだ。インクやらを浴びせて、泥汚れまでつけたようで。それらを落とすと大分綺麗になった。


 俺から震える手で杖を受け取ると、エレナは目を閉じて杖を抱きしめるようにしていた。


「ありがとう――ございます。この杖は師の愛用の品で……。汚したのも理由があっての事だったので、私には何も言えませんでしたが……」


 エレナの言葉に頷く。……そうだな。尊敬している人物の愛用の品だったというのなら、それが汚されるのを目にするのは嫌なものだろう。ましてや、原因が自分にあるとなれば尚更だ。


「……タームウィルズに到着したら、各国の近年の歴史書を用意しましょうか。社会情勢が分かれば、ご自身の事も把握しやすくなるでしょうし」

「何から何まで……何とお礼を言えば良いのか」

「いえ。それについてはあまりお気になさらず。領主としての立場からの考えでもありますからね」


 それで問題が解決しているとなれば、事情を隠したり隠蔽術を維持したりする必要もなくなる、かも知れない。

 俺としては……事態が大事にならずに、平和である事が確認できればそれで良い。逆にまだ残り火が燻っている状況なら、燃え広がる前に鎮火できるように動いていくだけの話だ。


 ――そうして、シリウス号はタームウィルズに向かって飛んでいき……やがて乾燥地帯やヴェルドガル南部を抜けて――地平線の彼方にセオレムの尖塔が見えてくる。

 エレナは近付いてくるセオレムに目を奪われているようだ。敢えて詳しく聞くことはしないが、タームウィルズを訪れるのは初めてなのだろう。


 メルヴィン王にも連絡を入れて、エレナはフォレスタニアで保護する旨、許可を貰っている。到着したら俺は王城に帰還の挨拶と報告に向かうが、みんなにはフォレスタニアに先に向かっておいてもらうことにしよう。




「おお、テオドール。戻ったか」

「やあ、テオドール殿」

「はい。ただ今戻りました」


 王城に顔を出すと、王の塔のサロンへと案内された。メルヴィン王とジョサイア王子に迎えられる。南極であったことは報告済みであるから、何冊もの歴史書が既にサロンのテーブルの上に積んであったりして……仕事の早いことだ。

 南極での出来事を説明し、留守の間のホウ国関係の準備周りについても話を聞いてから、改めてエレナの話になる。


「ふむ。謎の紋章を抱く少女、か。確かに気になる話ではあるが……そなたはその少女をどう見る?」

「難破船の中での交戦状況等から見るに、魔術師と敵対していた側は他の船員らを殺害しているようですからね。敵対側は穏やかではありません。見つかったものを繋ぎ合わせて考えれば、魔術師やエレナ嬢が義理や道理を重んじる性格であるのは、間違いないかと」


 そう言って、船の見取り図や、魔術師の残した手記を見てもらう。


「……ふむ。そなたが言うのであれば、その者を信用しよう。保護については……一任しても構わぬか?」


 メルヴィン王はそれに目を通していたが、やがて頷いて、尋ねてくる。


「ありがとうございます。そうですね。隠蔽術の維持もありますし、今後の準備もそれほど忙しくはありませんから」

「うむ。余が関わりを強くすると萎縮して、話せることも話せなくなってしまうやも知れんからな」

「それは……どうでしょうか。陛下は気さくでおいでですから、そんなことはないのでは」

「ふむ。国王という立場が邪魔をするのでな」


 俺の言葉にメルヴィン王は楽しそうに肩を震わせる。


「手の空いているものに、近隣諸国で起こった過去の事件を、調べさせておこう。秘密裡に処理された案件であれば、情報が外に漏れていない可能性もあるから、あまり期待できないところではあるが」


 と、ジョサイア王子が言う。


「ありがとうございます。お手数おかけします」

「それぐらいはお安い御用だ。妹達をよろしく頼むよ」


 ジョサイア王子がにやりと笑う。

 そうして、メルヴィン王達への報告も終えて、歴史書を受け取って帰途についたのであった。

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