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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外286 宴の夜に

「さてさて、お立合い――」

 コウギョクはそう言って、小麦粉を練った生地の塊を清潔そうな板の上に乗せて持ち、空いた片手にブーメランのような形状の包丁を手にしていた。
 目の前には沸騰させた湯が満ちた鍋。

「では、参ります」

 そう言いながらコウギョクが生地に包丁を走らせると生地から切り離されたというか削られたというか、短めの麺が次々生まれて鍋の中へと正確に幾本も飛び込んでいく。
 代わりにコウギョクの抱える生地の塊が、段々削られて小さくなっていく、というのが中々に面白い光景であった。

 歓声がそれを見ていた皆から漏れる。俺も、知識で聞いたことはあるが見るのも食べるのも初めてだ。

「刀削麺ですね。コウギョクさんは麺を作る際の見た目や食感が面白いからということで、お祝いの席で時々こうして披露してくれるんですよ」

 と、セイランが説明してくれる。

「確かに、これは盛り上がりますね」

 茹で上がった麺に具を乗せて、スープをかければ出来上がりだ。他にも小龍包やら炒飯、粥等も用意してあって。極め付けのところではフカヒレと燕の巣のスープやらも用意されている。どんな味なのか気になるところだが。

 フカヒレと燕の巣に関してはいずれもコウギョク秘蔵の品――らしい。
 それなりに保存が効く代物なのだそうで、俺達の動きに合わせて蔵出しした上に数日前から下味をつけるための仕込みをしていたというのだから恐れ入る。
 広場に用意された宴会の席に各々の食事が用意されたところで、カイ王子が宴の幕開けを告げるべき、酒杯を掲げて声を上げた。

「今日はホウ国の新たな門出である! こうして沢山の戦友達と、この場所で宴を迎えられる事を、私は心より嬉しく思う! 兵を前線にて押さえ、無用な血を流さずに民を守った諸君らは誠の武人であり、私にとっての誉である! また、テオドール殿達の助力がなくば我らはこうしてここにはいなかっただろう! そのことにも改めて感謝を伝えたく思う! 今日は存分に飲み食いし、戦乱を乗り越えた事を喜び合おうではないか!」

 そんな呼び掛けに、将兵達が拳を突き出して歓声を上げる。これから皇帝になるので少しはそれらしい口調にも慣れないと、とそんな風はにかんでいたカイ王子であったが。将兵達の前で実践しているわけだ。

 宮廷の女官達が楽器を奏でて楽しげな雰囲気が満ちる中、宴会が始まった。

 早速気になっていた刀削麺を頂いてみるが……ああ。これは美味しいな。麺が何と言うか、薄い三角形をしていて、削ぎ落とした際の縁の形や厚みで部位ごとに食感の違いが生まれるらしく、一口ごとに印象が変わる。

「これは何というか、不思議な食感」
「そうね。少し辛いけど後を引く感じで……」

 と、シーラの言葉にイルムヒルトが言う。マルレーンもこくこくと頷いていた。
 刀削麺は一言で表すなら、面白い料理、だ。確かに、作り方も含めて宴会向きかも知れない。
 スープは程々に辛くて酸味がある。スーラーというらしいが……。何と言うか麺と相まって新食感だ。イルムヒルトの言うとおり、辛みがあるのに妙に後を引くと言うか。

「この国の料理もまた……奥が深いですね。コウギョクさんと情報交換できるというのは嬉しいです」

 フカヒレスープを口にして、グレイスが目を閉じて味わいを楽しんでいる。

「お互いの国の料理を教えあう約束なんだっけ」
「はい」

 にこにこと微笑むグレイスである。
 コラーゲンの独特の食感と、とろみのあるスープの旨味が交じり合って……ああ。これは美味い。口に入れた瞬間と喉越し、後味に至るまで美味で。高級料理のイメージの面目躍如というか。

「美味しい……」

 と、アシュレイが口元に手をやって目を丸くする。

「これは……深みのある芳醇な味、と言ってしまえば簡単だけど……」
「ええ。これは凄いわね」

 と、ローズマリーやステファニアも驚きの色を表情に浮かべていた。シーラなどは一口ごとに天を仰いでいたりするが。
 そう。調和した味が口の中で広がるので……下味の付け方や出汁は何か等々、どういうレシピなのかが想像がつきにくい。流石はプロの料理人という印象だが……グレイスならここからもう少し色んな情報を感じ取っているのかな?

「粥も美味しいわね。舌休めのできる味付けになっているから、より食欲が進むのかしら。計算されているのね」

 クラウディアも上機嫌そうに頷きながら、そんな風に言って頷いていた。そうだな。他の料理でまた食欲をそそる構成になっているというか。

「いやはや。奥が深い」
「全くです。種族特性を封印して良かった、と思える事の一つですな」

 テスディロスやウィンベルグも、料理文化の奥の深さに感じ入っている様子だった。それをオルディアがにこにことしながら見守っていたり。

 コウギョクはそうして舌鼓を打つ俺達を見て、にこにこと微笑んでいた。料理人としての手応えを感じているのだろう。

 そんな調子で宴会の席は進む。動物組もタームウィルズから運んできた肉や魚介類、鉱石を口にしたりして食事を済ませ、のんびりと寝そべったりして寛いでいる様子だった。

 奏でられる楽士の音楽に耳を傾けながらふと視線を巡らすと、談笑しているカイ王子とリン王女、それからセイランの姿が目に飛び込んでくる。
 リン王女は2人と何事か言葉を交わすと、麒麟を連れて2人から離れて、俺達の方に歩いてきた。

「こっちでみんなと一緒にいてもいい、かな?」

 と、リン王女が尋ねてくる。

「構いませんよ」
「ありがとう。兄様達の、邪魔をしたくなかったの」

 そう言ってリン王女が、どこか嬉しそうに微笑み、ユラやアカネと共に、にこにこしながら動物組のところへ向かう。麒麟はリン王女に引き合わせられるようにして、動物組と挨拶を交わすようにしていた。片手を上げるコルリスやティール、ヴィンクル達に応じるに首をこくこくと動かしたりしている。

 んー。動物組は大丈夫そうだ。ここで気になるのはリン王女の先程の言葉だろうか。えーと。それはつまり。
 カイ王子とセイランをもう一度見やると、お互い穏やかな表情で寄り添うように談笑していて……。リン王女の言葉を念頭に置くと、何となく2人の関係性も分かるような気がしないでもない。

「何となく、エリオット兄様とカミラ義姉様達の事を思い出しました」

 と、アシュレイがにこにことしながら言う。

「うん。多分、そういうことかな」

 リン王女としてもセイランとは仲が良いようだし、2人のことを応援しているのだろう。

「ふうむ。妾としては鬼とシホの事を思い出してしまうが」
「なるほどな。我に人間の男女の機微はよく分からぬが」

 御前とオリエが納得したように頷き、レイメイは何やら咳払いしてから口を開く。

「あー。まあ……儂の事は置いとくとして、だな。ゲンライとしてはどう思うんだ? カイの立場だと、単純じゃないだろう?」
「ふむ。カイの即位も念頭に置く必要があるか。確かに、身分について何かしら触れる者もおるかも知れんがの」

 と、一旦言葉を切るも、小さく肩を竦める。

「ホウ国の先帝達にそう言った前例がないわけでもなし、何よりショウエンと戦った立場を考えれば強くは口出しできまい。それに、2人とも考え方がしっかりしておるから、儂としては問題ない、と見ておるよ。というより……師匠が口出しすべきことでもあるまい。弟子達の門出を邪魔する者がおるなら……話は変わるがの」

 ゲンライは苦笑しながらそんな風に答える。どうも二人についての事情は前から知っていた、という印象なので、リン王女の勘違いということもなさそうだ。
 レイメイの質問は……セイランについては詳しく知らないからなのだろう。ゲンライの見解や方針に頷くと「なら大丈夫なんじゃねえかな」と言いながら酒杯を重ねていた。そうしてゲンライもレイメイに応じるように軽く乾杯して酒を呷る。

「セイランは昔から面倒見が良かったからな。カイは少し抱え込む傾向があるから、セイランが一緒なら丁度いいかもな」
「俺としては……カイ殿下ならばセイランも安心だと思う。性格的に合いそうな御仁だ」
「確かにな」

 門弟達とジンオウがそんな会話を交わす。ジンオウも含めてみんな上機嫌そうな印象で、2人を祝福しているように見えた。
 カイ王子は立場もある。加えて今まで亡くなったものと思われていたから縁談の類の話も全く無い。それだけに逆に色々と難しい部分もあるのかも知れないが……談笑している2人の姿は、確かに諸々の不安を感じさせない雰囲気があった。

「ふふ、良いお話ですね」

 グレイスが微笑んで目を閉じると、みんなもうんうんと頷いていた。そうして……宴の夜はゆったりと過ぎていくのであった。
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