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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外285 復興のために

 そうして南東部と北西部。それぞれの前線に向かい、同じ手順で停戦を呼びかけることとなった。
 どちらの前線もショウエンが討たれたという報と、カイ王子の即位は驚きと喜びを以って迎えられた。そう。結論から言えば、どの前線でもカイ王子の呼び掛けによる効果は劇的なものだったのだ。

 カイ王子の呼び掛けは……兵士や民衆達の心情には、相当響く内容というか、それだけ平和の到来が待ち望まれていたものだったのだろう。
 敵軍のほぼ全てを戦わずして掌握してしまったようなものだ。まだ戦う気が残っている者がいたとしても、これではどうにもならない。

 それに、武官達と違って、兵士達はホウ国では専門職ではないしな。三正面で相当な苦境が予想されていたところに停戦の呼び掛け。しかも暗殺事件が暴露された上にショウエンは既に討たれ、麒麟を連れた王子が即位を宣言となれば……兵士達が雪崩を打ったようにカイ王子側につくのも納得の結果と言えた。

 翻って……どこでも武官の上の方は立場があるからか、或いはショウエンがいなくなれば失脚や投獄が確定的だからか。カイ王子の言葉に簡単に従うわけにはいかない、という者もいるようで。
 抗戦を叫んで周囲の顰蹙を買って私刑に発展しそうになったところをカイ王子や麒麟が止めに入ったり、というのも南部中央で呼びかけた時と同じだった。

 カイ王子とて、ショウエン統治下で非道な行いをしていた者を無罪放免とまでは言わない。だからこそ、そうした指揮官への私刑は許さずとも、軍の解散の際に、行動の自由までは許していない。精査して追って沙汰を下す、というスタンスだ。

 とはいえ、その場で私刑を止めたカイ王子の方針は、かなり理性的でもあり温情のあるものだ。
 投降しても必要以上の苛烈な報復は行わないという意思表示でもあり、今後の統治方針を示すものでもある。それをみんなの前で示したというのはきっと……後々良い方向に作用するだろう。

 そんなわけで、武官の身柄は4太守の軍が預かり、兵士達は故郷に戻るまでの兵糧を分配されて、各々の帰路についたのだった。同郷の者ごとに班分けされて帰っていく兵士達の顔に、明るい笑顔が目立った。

「俺も……あの武官達と同じだ。これから償いのために自分に何ができるのか、しっかり考えねばな」

 ジンオウはそんな兵士達を見送って、目を閉じてぽつりと言うが、それに少し心配そうな視線を向けたカイ王子は、ジンオウに仲間に相談することの重要性の話を説いていた。

「――私もまた、一人で考えすぎる傾向があるから、ジンオウ殿の悩みに関しては他人事とは思えないところがあった。仲間や信頼できる相手に相談するというのは……私達が自分で思っている以上に重要なのだと思う」
「……そう、か。そうだな。師や皆が……俺にはいてくれる、か」

 そう言って静かに微笑む。喜びを噛み締めるような、ジンオウの表情は印象に残るものであったが、それを見守るゲンライや門弟達の表情を見るとジンオウはもう大丈夫だろうとも思える光景でもあった。



 さて。4太守の陣営からはカイ王子に対して協力したい、という熱意のある者達が選別され、当面は都での治安維持や役人の仕事、政務等を補佐しつつ、状況が落ち着いたらカイ王子と4太守を繋ぐ窓口にもなる予定だ。
 ゲンライや門弟達もしばらくは都に留まり、宮中でカイ王子の身辺警護や戦後処理の手伝いをする、という事で当面の体制の話も纏まっている。

 そうして、各地からの人員と物資を都に送っていったり、あちこちに配置したシーカーやハイダー、ゴーレムを回収したりといった細々とした仕事を終え……俺達自身もようやく都へと降り立ったのであった。

 都の警備隊長や四太守から派遣されてきた人員――ギホウやカヨウ達は、宮中で既に慌ただしく働いているが、俺達はもう働くだけ働いた。後はホウ国国内の人達の仕事ということで、滞在中はのんびりできる予定だ。
 香鶴楼からコウギョクも同行していて、今日は腕によりをかけて祝勝の宴を開いてくれるそうである。

「私も……これでようやく生家に戻ってこられた、ということなのかな。故郷に帰って行ったあの兵士達も……私と同じような気持ちなのだろうか」

 王宮の広場に立ったカイ王子は感無量といった様子で、空を仰いで目を閉じていた。

「私は……ここのことは、あんまり記憶にないかな」
「リンは、あの頃はまだ小さかったからね。この広場にもあまり来る機会が無かっただろうし、馴染みがないのは仕方がない」
「ん……。でも奥の庭で、父様と遊んでもらった事は、少しだけ覚えてる」

 リン王女の言葉に、カイ王子は穏やかな笑みを見せて頷く。リン王女が父との思い出を記憶に留めているというのは、カイ王子にとっては嬉しい事のようで。
 そんな二人を守る様に、ぴったり麒麟が寄り添っている。言霊の魔道具で鳴き声を分析するに、状況というか体制が落ち着くまで、麒麟は二人を守るために暫く留まるつもりのようだ。
 仁君への信頼や尊敬の気持ちもまた、麒麟にとっては心地の良いものであるようだし、自分の居心地のいい場所に留まるというのもまた、精霊的な性質ではある。

「さてさて。それでは、私も腕によりをかけて宴の料理を用意致しますよ……! 都に香鶴楼二号店の出店も考えていますからね。宮中の皆さんにもしっかりと楽しんでもらえるものを作りたいところです」

 と、コウギョクが笑みを浮かべながら腕捲りする。

「コウギョクさん、随分張り切っていますね」
「それはもう。祝勝の宴ですし、今後は都の転移門も使わせて頂ける予定ですからね。異国の食文化に触れ放題、珍しい食材好き放題の環境だなんて、料理人冥利に尽きるどころではありません……!」

 セイランの言葉に、コウギョクは身振り手振りを交えながらそんな風に力説していた。
 料理人と職人という違いはあれど、コマチは何となくその心情が分かるのか腕組みしながら頷いていたり、そんなコマチを見てツバキが小さく笑っていたりするが。

 そう。今すぐにではないが、ホウ国の都にも転移門を建造する、という話になっている。建材の用意や用地の選定等が必要にはなるが。

「転移門の建造か。そのあたりの予定ももう少し話をしておきたいかな。少し相談をしても良いだろうか。相談と言っても、お茶を飲みながら気軽に、といった感じだが」

 カイ王子が尋ねてくる。

「勿論です」
「戦いのための相談や作戦と違って、話し合うにしてもこういう内容だと楽しくて良いですね」

 そう言ってグレイスが微笑む。

「確かにね。課題は色々あるけど、復興やこれからの国交に繋がる事だし」

 それが転移門であれこれからの国のことであれ、何かを作るための案を出す。そんな内容の相談は楽しいものだ。宮殿の奥へと向かい、その一室で腰を落ち着けて話をする。
 会議や応接室ではなく、誰かの居室といった感じのくだけた雰囲気の部屋だ。もしかするとカイ王子が昔使っていた部屋かも知れない。

「少し落ち着いたら近日中に即位の式典を行い帝位への即位を宣誓、国内に布告する、という事になる。テオドール殿達にも……式典には是非立ち会ってもらいたい、と考えているのだが」
「良いですね。そうなると、式典に合わせる形で改めてホウ国に転移してきて、その時に転移門も建造する、という形になるでしょうか」
「それが良いかも知れないな。喫緊の案件を片付けてからヴェルドガル王国やフォレスタニアを訪れれば心置きなく楽しめるだろうし。他国の制度もしっかり見て学びたいというのもある」

 それは確かに。観光だけでなく視察や見学の意味合いも強いとなると、色々今後のホウ国の政治体制にも関わって来るかな。

「そうなると、神殿やペレスフォード学舎、孤児院も見て頂くことになるでしょうか?」

 アシュレイが首を傾げる。

「ん。それは確かに必要かも」
「神殿は霊廟の参考になるし、学舎や孤児院に相当する施設の整備も復興には重要よね」

 シーラとイルムヒルトが頷き合う。

「神殿というのは……タームウィルズでは主に月女神の神殿の事ですね。月神殿は孤児院の運営に関わっていたりもします」
「精霊王を祀っていたり、魔人のための慰霊の神殿もあるけれどね」

 ステファニアとローズマリーが神殿や孤児院等々についてを掻い摘んで説明すると、カイ王子は感心するように頷いていた。

「んん……。孤児院でも読み書き計算を教えているけれど……。ペレスフォード学舎の場合は更なる高等教育を施して人材育成を行う場と考えて貰っていいわ。身分に関わらずに通う事が出来て、様々な事や技能を学べる、というわけね」

 月神殿や孤児院の話が出たからか、マルレーンににこにことした笑みを向けられたクラウディアは、少し頬を赤らめ咳払いしてから学舎の話題を振る。
 うん。今の月神殿や孤児院の在り方はクラウディアがいてこそという部分は確かにあるな。

「学舎は生活魔法の習得だけを目的にした講習だけ受ける、ということも可能ですし……長期的に学ぶのなら貴族教育が象徴的ですね。心構えや作法のような貴族階級同士で必要な事の他に……治山、治水、農業や商業に関する正しい知識も教えています。将来真っ当な領地経営を行うのにいずれも必要な知識だったりしますから」

 クラウディアの説明に更に補足を入れると、カイ王子は少し身を乗り出して興味を示してくる。

「それは……何とも素晴らしい。特に治山、治水や農業に関しては、皆に一貫して正しい知識と認識の共有があれば、災害や飢えも減る。心構えといった理念的な部分も含めて、太守や役人には必須の内容だろうな。取り入れられる部分は取り入れていきたいものだが」
「国によってというか気候や地理、植生によっても変わってきますからね。優れた実績を残した先達に後進の育成を頼む、というのは良いと思います」

 ゴリョウ達によると、前ホウ王朝時代に仕えていた有能な人材で、ショウエンが実権を得てから去ってしまった者達というのも結構いるらしい。改めて声をかけて戻ってきてもらい、後進の教導に当たってもらう、というのは良さそうだが。

「タームウィルズとフォレスタニアはね、温泉とか劇場もあるんだよ!」
「うむ。あれは良かった」
「実に素晴らしいものであったな」

 と、セラフィナが嬉しそうに言うと、御前とオリエが言う。小蜘蛛達がしみじみと頷いて、レイメイが小さく肩を震わせる。

「ああ。それは何と言うか、今から訪問が楽しみになってしまうな」
「劇場と言えばあちこちの逸話を集めて幻影で劇を見せたりもしているのですが……そういった場もあるわけですし、聖王と草原の王の話をもっと周知できる環境を整えても良いのかも知れませんね。勿論伏せるべき部分は伏せて、ですが」

 ゲンライにそんな風に提案してみる。イメージ回復という意味では、幻影劇はかなり向いているのではないかと思う。

「ふむ。それはある、やも知れんのう。草原の王は悲劇的な結末でこそあったが、間違いなく民のために戦った英雄であり、悪逆の王などという誹りを受けるべき人物ではない。とはいえ、今でも軍神として扱う向きはあるがの」

 軍神か。確かに御利益がありそうだ。そんな調子で話をしていると、やがて宴の準備も進んできたのか、どこからか食欲をかき立てる香りも漂ってくるのであった。
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