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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外284 仁君と共に

 現状、戦端が開かれるリスクが最も高くなっているのは、南部中央――ガクスイ軍と睨み合っている前線だ。
 ホウシンのところでは一度夜襲を仕掛けて手酷く撃退されているし、シガ将軍のところにはまだ援軍が到着していないからだ。

 リスクとは表現したが、これは相対的なものだ。膠着状況を作り出した以上はそう易々と敵軍は動かないと予想しているのは今まで通りである。
 だがそれでも、どこから停戦呼びかけを行っていくかと考えていけば、優先度として南部中央が先に来るというのが、4太守との共通した見解である。どこも切羽詰っていないし、シリウス号ですぐに駆けつけられるから、そうして冷静に判断する余裕があるとも言えるわけだが。

 そんなわけで前線に詰めているオウハクに連絡を入れて、諸々のタイミングを合わせる。そうしてオウハク側の準備が整ったところで、俺達も動いた。

 つまりは――都のある方角からシリウス号の姿を堂々と見せつつ、敵側の詰めている前線都市部に接近して停戦を呼びかける、という方法を取る。
 ショウエンを倒した以上、事ここに至ってはシリウス号の情報を秘匿する必要もないし、何よりカイ王子が敵軍の将兵に呼びかけるにあたり、安全且つ、耳目を集めやすい、というわけだ。

 ゆっくりとした速度でシリウス号が都市部に近付いていけば――将兵達がかなり混乱しているのが見て取れた。外壁に弓兵を配置したり、武官が慌ただしく指示を飛ばしているのが見える。

 だが――そこで彼らにとっては予想外の事態が起こった。
 二胡の音色が周囲に響き渡ったのだ。甲板に作った特設の演説台の上に姿を現したリン王女の、二胡の演奏。セラフィナが音を広げて、周囲一帯に響き渡らせていく。

 静かで幽玄で……どこか郷愁を感じさせる音色。この国の北方では親しまれている曲だ。まず最初に、戦いに来たのではないと伝える目的がある。
 それを耳にした兵士達には北方出身の者も多いのか、思わず手を止めてリン王女の演奏に聞き入っている者もいた。少しの間を置いて、我に返ったように走っていく者もいれば、固まったまま動けないものもいた。

 リン王女が一曲奏で終えると、都市部は少しの間静寂に包まれていた。誰も彼もがシリウス号と、甲板の演説台の上に立つ面々に注目しながら、あれは何だとざわつき始めた。

 指揮官達としても突然の空飛ぶ船の来訪で、あわや戦いになるかとも思っていたところでそれだ。戦闘を回避できるかもともなれば、船がやってきた目的を見極めたくもなるだろう。弓兵に指示があるまで絶対に攻撃するな、と命令を出しているようだ。
 都側からやってきたわけだから、もしかしたら味方かも知れないと考えたりもするだろう。こうして……少なくとも状況判断が終わるまでは動けない、話を聞かざるを得ない状況が作られる。
 椅子に座って演奏していたリン王女。その隣にカイ王子。

「――どうやら驚かせてしまったようだが、私は戦いに来たわけではない。私の話を聞いて欲しい。ああ、そうだ。この声が遠くまで届くようにしているのと同様に、これから幻術を用いて、私の姿が遠くからも良く見えるように大きく映し出すつもりでいる。そのことについても慌てたりする必要はない。あくまでも大きく見えるだけだから、何の危険もない」

 カイ王子が一歩前に出て、落ち着いた口調で都市部の将兵達に呼びかける。カイ王子の注意喚起に沿うように、俺がマジックサークルを展開。光魔法を用いてゆっくりと演説台の面々の姿を拡大していく。
 見上げるような大きな幻影に、驚きの声が漏れた。幻術に、というよりはカイ王子の姿そのものに驚いている者も中にはいるようだが。

「……というわけだ。どうかそのままで、話を聞いて欲しい」

 甲板のカイ王子が自身の胸に手を当てて穏やかに笑うと、拡大された幻影も同じ身振りをして穏やかに笑う。あくまでも言葉通りに、拡大しただけの幻影だと理解してもらうためだ。

「まず、名乗らせて欲しい。私は、シュンカイ。この子は妹のシュンリンだ」

 その事を納得してもらうための間を置いてから、カイ王子が名を名乗る。それは驚きを以って迎えられた。将だけではなく、兵士達の中にもその名を知る者がいるのだろう。だからこそ、カイ王子とリン王女の姿をしっかりと見せる必要があったのだ。

「分かりやすく言うなら前王朝先々代の皇帝の子、ということになるだろう。そう。我が父や、その子である兄妹らは、共に賊に襲われて亡くなった、と世間では言われているはずだ。だが、私もリンも、今こうして生きている。ある仙人殿が助けに入ってくれたのだ」

 そうして、カイ王子は暗殺事件とライゴウの関わり、そして仙人によって助けられた事を口にする。

「こうして、生き延びた。しかし都には戻れなかった。もしショウエンが暗殺事件の黒幕であるなら、自ら虎口に飛び込むようなものだから。そうして、公には父と共に亡くなったものとし、私達を助けて下さった仙人殿の元で修行に励みながら、動静を見ていたのだ。やがて、ライゴウが出世を重ねていった事等、複数の根拠から、私はショウエンこそが黒幕であることを確信した」
「そ、そのような事が――!」

 話の流れが拙いと思ったのか、咄嗟に反論しようとする武官がいた。
 しかし、カイ王子が静かな視線を向けると、押し黙ってしまう。ショウエンが権力闘争で様々な者を蹴落とした、という事実に、心当たりがあったからだろう。暗黙の了解という奴だ。誰も彼もが、ショウエンを恐れていたから言えなかっただけで。
 カイ王子は何事もなかったように言葉を続ける。

「黒幕と確信し、彼の者を打倒するためにガクスイ殿、ホウシン殿、シガ殿、スウタイ殿に密かに協力を求めた。私やリンは修行を経て、沢山の仲間達に支えられながらライゴウ――父の仇を討ち……そして今や、ショウエンもまた討たれた。だから最早――我らには戦う理由がない。その事を伝えに来たのだ」
「陛下を――討った……!?」

 カイ王子の言葉にざわめきが更に広がった。ここではあえて、ショウエンの正体だとか、俺達の助太刀については言及しない方向で、と伝えてある。今回の呼び掛けの本筋とはやや話が逸れてしまうからな。

「た、大変です。み、南の対岸より、ガクスイ軍の使者を乗せた船が……前王朝の旗を掲げて――!」

 そこに伝令の兵がやって来てそんな風に都市部の指揮官に伝える。伝令を受けた指揮官の表情が凍りついた。そう。4太守の働きかけというカイ王子の言葉が事実で、完全に動きが呼応しているというのを理解してもらう。
 状況の激変に混乱する将兵達を落ち着かせたのは、リン王女の二胡の音色だった。落ち着くのを少し待ってカイ王子の言葉が続く。

「心配には及ばない。ガクスイ殿の使者の用向きは、私の話と繋がる内容だからだ。私の話を信じてもらうための一助として、ホウの旗を掲げてくれたのだろう」

 ――ホウ。逢の旗、か。ショウエンは簒奪者であるし、正統な後継者が残っているが故にショウエンの定めた国号は国交を結びたがっている俺達としても認められないものであったが。

「こうして今も、沢山の人に助けられている。私は――王宮を出てから、様々な物を見た。大切な人との別れ。田畑を耕す苦しみ……飢え……。その多くは悲しいものばかりで。自分がどれほどに、民の暮らしやこの世界の事を知らずにいたかを痛感させられた。だからこそ、私はこの身が非才であることを……未熟であることを知っている。しかしそれでも……私は私の言葉を信じてくれた人々に支えられてここに立っている」

 リン王女の少し物憂げな、悲しげな旋律に重ねるように、カイ王子が言葉を紡ぐ。その真摯な表情と、訴えかける声。

「この国の今の混乱を一日でも早く収めるために、これ以上の血を流させないために。この身を全て安寧のために捧げようと誓った。私を信じて、支えてくれた人達にホウ王朝の再興と、ショウエンを討った後の帝位への即位を誓った」

 それは――公的なものではないにしろ、事実上即位の宣言に他ならない。
 再興する形だから、新逢か、或いは後逢と言えばいいのだろうか。
 カイ王子の言葉を受けて……ある者は驚愕の表情を見せ、また別の者は喜びの表情を見せていた。不安に思う者もいるようで。反応は個々で違ったけれど。続く言葉を固唾を飲んで見守っているというのは変わらない。

「……皆の前で約束をしよう。私は――平穏な国を作りたい。ショウエンのような者の命令で、誰かに理由も恨みもなく武器を向けあう必要など、ない国を作っていきたいのだ。貴方達が故郷に帰り――そうして誰か隣を歩んでくれる人と、穏やかに笑いあえる日々を作るために。どうか、貴方達も私と共に歩んでいってはくれないだろうか。力を貸してはくれないだろうか」

 これもまた、停戦の呼び掛けには違いない。カイ王子の問いかけに、水を打ったような静寂が都市の将兵達に広がる。リン王女の奏でる幽玄で優しげな旋律だけが場に満ちていた。

「な――何を……言っている。だから武器を捨てて降伏しろとでも言うのか……! だ、大体、あの者がカイ王子で、ショウエン陛下を討った等と……そんな言葉本当かどうかも――」

 都市の指揮官らしき男は、しばらくの間を置いて我に返ったのか。狼狽した様子でそんなことを喚いていたが。誰もそれを見てはいなかった。
 最初は――外壁の上の弓兵だった。静かに肩に負った矢筒を外すと弓と共に外壁から投げ捨て、跪いて包拳礼を行う。

「な、何をしている! あの者を射よ! これは命令だ!」

 しかし。そんな命令に応える者は誰もいない。
 最初の弓兵の行動を呼び水としたかのように。次々と兵士達が。武官が、武器を投げ捨てカイ王子に礼を捧げていく。話を聞いていた都市の民衆達さえも、家々から顔を出して、カイ王子に包拳礼を向ける。

 その光景に、指揮官は最早何も言えなくなって、がっくりと肩を落としてしまう。味方は誰もおらず、下手をすれば朝敵となる。そんな状況を理解したのだろう。

 周囲の兵士が指揮官に怒りの眼差しを向け、指揮官もまた身の危険を感じたようであったが――。

「良いのだ。彼を責めるつもりは、ない。指揮官という立場故にという面もあるだろう。何より、新しい国を作る、共に歩むと言ったその日に、血を流すような事はしたくない」

 そんなカイ王子の言葉。指揮官もそれには感じ入るものがあったのか、驚きの表情を浮かべ……それから項垂れると、武器をその場に落としてカイ王子に平伏する。

 変化は……そればかりではなかった。
 ショウエンを倒してからというもの……国土全体に渦巻いていたような怨嗟が消えて、陰の精霊よりも陽の性質を持つ精霊達が目立つようになっていたのだが。その動きが、将兵達の気持ちに呼応するように更に活発になっていく。

 喜びと感動がカイ王子に礼を捧げる将兵達や民から広がっていくような。そんな光景。すると、そこに――。

「あ、あれを――!」

 民衆の誰かが空を指差した。遠くから、何かが空を駆けてくる。それは足に瑞雲を纏う――鹿にも龍にも似た四足の神獣だった。
 清浄な、高位精霊の力――麒麟だ。
 ああ。確か……この国やヒタカでは、王が仁のある政治を行う時に現れると伝えられる、のだったか。
 カイ王子が即位する意思を示し、それを民が受け入れたから。だから高位精霊としてこの場に顕現した、ということなのかも知れない。

「お、おお……。あれこそは正に瑞獣……」
「シュンカイ陛下は……誠の仁君であらせられるか……」

 人々の感嘆のざわめき声。
 真っ直ぐにシリウス号の甲板へと音も立てずに降りてくる。
 麒麟はそっとカイ王子に寄り添い、澄んだ楽器のような音色の声を高らかに響かせる。嬉しそうな。そんな響きがあった。

 それから、舞台袖で幻術を維持していた俺にも視線を向けてくる。何やら目を細められ嬉しそうに喉を鳴らされた。笑いかけられたのかも知れない。他の高位精霊の加護を感じ取ったのかな。

 そうして麒麟はどっかりと演説台に腰を落ち着ける。流石にこれは予想していなかったらしく、カイ王子もリン王女も目を瞬かせていた。

「ええと……。守って、くれてるのかな?」

 リン王女が尋ねると、麒麟はこくりと頷いた。

「他の都市も説得にいかなければなりませんが……麒麟が一緒だと凄い説得力ですね」
「確かに……。いや、驚いた」

 俺の言葉に、カイ王子も頷く。
 予想外の出来事ではあったが悪いことではあるまい。鱗や尻尾も所有していたし、それも顕現の要因になっているかも知れない。

 いずれにしてもこの都市部の将兵達に関しては、先程までの反応を見る限り大丈夫そうだ。ガクスイも将兵達を解散させた後の帰路の道中で、略奪等々が起こらないよう、物資の支援をするという話を持ってきている。

 後は……他の前線も巡って、同様に将兵達の説得にかかる。それでこの国の……長らく続いていた戦乱も終わる。
 勿論、それらの説得も気が抜けないし、戦乱からの復興という課題だって山積している。これで何もかもが解決したというわけではない。だが今この時、この場所においては……そんな懸念もどこ吹く風といった調子である。
 戦いが終わったことを喜ぶ声や、新たな皇帝の即位を祝う声が満ち溢れて、沢山の小さな精霊達が、嬉しそうに舞い踊る光景がどこまでも広がっていた。そうだな。将兵達も、民衆も、カイ王子に期待して、新たな国作りに力を貸してくれると言っている。だから……何事もこの一歩からだ。
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