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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外281 2人の王の物語

 レイメイの話によると……ゲンライやゲンライの師達が所属する流派、というべきなのか。この流派は昔から内弟子には古代文字の習得もさせるとのことで。

 内弟子、というのは要するに高弟だ。
 行く行くは流派の技をしっかりと継承してもらうということになる。そのため弟子の性格や、流派を継ぐということに対する考え方等々をしっかり見極めて、当人の意思を確認したりして、ようやく内弟子になれる……というわけだ。

 弟子から内弟子となると修行の内容もより高度なものになる。その中に古代文字の習得も含まれているそうだ。
 呪符を作ったり、研究成果を纏める時の暗号化等に活用しているらしい。こうすることで呪符そのものの効力も上がるし、研究成果を一般人に見られても悪用できないようになるのだそうで。

「ま、建前じゃそういうことになってるんだが、もしかすると……この時のためだったんじゃねえかな。俺は読めない文字の方が多いが、ゲンライの奴は全て読めるようだしな」

 そんな風にレイメイが言う。
 レイメイは術を求めるのも山の妖魔を倒すためという個人的な理由だったためにゲンライ達のところには間借りしているようなもの、と思っていたそうだ。だから内弟子という扱いにはならず、ゲンライの修行の旅に同行したりと、かなり気ままに過ごしていたらしい。但し、その修行の旅での研鑽や長命故の独学で、今現在の道士としての実力は相当なものであることは間違いないが。

「それはある、かも知れませんね。代々の後継が墓所の管理を任されているわけですし……。墓所の成立そのものに関わっている可能性も高いかと」
「確かに……」

 レイメイやカイ王子とそんな話をしていると、ゲンライが最後まで読み終わったらしく、俺達のところへ戻ってくる。

「待たせたのう。色々分かったから、それらについての話をするとしようか」
「では……立ち話もなんですし、そのあたりで少し腰を落ち着けて話をしますか。墓所でお茶……というのもどうかとは思いますが」
「ふむ……。それもまた乙なものかも知れんな」

 と、ゲンライが苦笑する。
 そうして円形の広場の外の通路まで一旦出て、そこで話をすることになった。ローズマリーが魔法の鞄から敷布やティーセットを用意し、アシュレイがお湯を用意して。お茶を淹れて、敷布の上に腰を落ち着ける。

「では、冒頭部分から順を追っていくか。――この言葉を目にしている者が、正当なる管理者であるか招かれざる客であるかは知らぬが、この場所は我が友の眠る墓である、とあった。友の生きた証をここに刻み、彼の者に託された形見の品々を、その願いの通り未だ見ぬ人知の及ばぬ脅威に対抗するための一つの手段として後世に伝える。どうか願わくば、我らの想いに触れて、望みを正しく聞き届けて欲しい。……そう刻まれておったよ」

 後世の人々のために残す。だから正しく使ってほしい……と。ゲンライはそうして静かに語り出す。
 それは2人の少年の話。墓所の主の話だ。
 当時は凶暴な妖魔が数多く跳梁していたそうだ。

 そんな中で、ある一人の少年は父と共に行商に出たところを妖魔によって襲われ、父とはぐれて逃げ回っていたところを、草原の民に助けられたらしい。
 草原の民……。多分北方の遊牧民ということになるのか。彼らの部族もまた、その妖魔に手を焼かされているからと。暖かい食事を与えられ、仲間のように迎えられたそうだ。

 しかし、すぐに帰る、というわけにはいかなかった。妖魔と戦っている最中であったために、送っていくための人手を出すのが難しい状況だったのだ。そうして少年はしばらくの間草原の民と行動を共にすることとなる。

 そこで出会ったのが、話に登場する「もう一人の少年」だ。
 もう一人の少年――。彼は妖魔によって家族を喪っているから、少年に対してとても親身になってくれたのだとか。
 年齢も少しだけ彼の方が上で、少年が草原の民のところに居候している間……馬上での弓の使い方、家畜の事や天候の読み方だとか、それに身の回りにあるもので護身用の武器を手軽に作る方法だとか……色々少年に教えてくれた。

「代わりに少年は、彼の者に自分達の文字であるとか、簡単な魔除けや退魔の術を教えたとある。少年の住んでいた集落の近くに、高名な術師が隠遁していたそうでの。少年の父親がその術師と交流があって、その縁で術を習っていたのじゃな」

 彼はその退魔の術に、いたく感動した。妖魔を倒すための力になるからと。
 そうして近隣に出没していた妖魔の討伐に出かけた大人達に、こっそりと彼はついていった。父の仇であるそれに、一矢を報いるために。少年もまた、彼が抜け出していなくなっている事に気付いて、彼が何をしようとしているのか思い至ってしまって後を追う。

 大人達と戦っていた妖魔の目に――彼は不意打ちで退魔法を叩き込んだ。激昂して襲い掛かってきた妖魔を押し留めたのは、少年が彼に作ってもらった投石器だ。少年は弓よりも、彼に作ってもらった投石器を気に入って練習を重ねていた。
 だからこそ魔力を乗せた一撃を、額に直撃させることができたのだ。それは妖魔を悶絶させるほどの威力を発揮したと言う。

 その妖魔に止めを刺したのは大人達ではなく、少年を探しにきた術師であった。少年の父に頼まれて捜索にきたというわけだ。
 妖魔は閃光によって一撃の元に退治された。文字通り、桁の違う退魔術を目にして、彼はその場で術師に弟子入りを志願した。

「2人の少年には……高い才能があったようじゃな。術師は熱意に負けて草原の民の少年を弟子に取ったという。商人の子もまた故郷に帰ってから父親に許可をもらい、術師に少し遅れて正式に弟子入りしておる。草原の少年が心配だったのじゃな」

 草原の少年は非常に器用で創意工夫を好む性格だったらしい。
 武芸も卒なくこなすし、様々な武器もすぐに要領を掴んで上手く扱う。それどころか、武器を使いやすいように改造まで行ってしまうということで、それを目にした術師は――鍛冶の方法や魔道具作りを教えたそうだ。

 一方で商人の子は、潜在的な魔力はかなり高いがやや不器用だった。それ故に師匠には大器晩成と評されたそうだ。だからこそ修行時代は器用貧乏で伸び悩んだという。
 それでも努力は惜しまず、着実に力をつけて行った。草原の少年と違って人の傷を癒したりといった方面に興味が向いていたようだ。才能や嗜好に傾向の違いはあったが、修行時代の2人の仲が非常に良かった。

「弟子の育成、というのは難しい。才覚に溢れた原石というのは師として存分に与え、磨きたくなるが……正しい道を進むために、他にも様々な事を教えねばならぬ。儂とて、他者の事をどうこうは言えぬがの。歴史は繰り返す、ということなのか」

 ゲンライはそう言って目を閉じた。そうだな……。弟子の内心にまで立ち入りできるわけではないから。ジンオウの事もそうだし、この墓所にまつわるこの話も……行き着くのはそういう話なのだろう。

 やがて、草原の少年は修行を終えて。その力を仲間の部族の役に立てるために師の下を離れた。師匠の流派は道術、仙術の源流であって……仙人を目指すための修行というわけではなかったからだ。
 未だ妖魔は数多く、身に付けた力は役立てねばならない。商人の子もまた――そのかなり後になってようやく修行を終え、力を役立てるために人里に戻ることになったという。

 それよりも……話は少し前に遡る。新しい王が即位した。それが全ての間違いの始まりだ。
 その王が暴君で……私利私欲を肥やし、従わない者を暴力で従わせるような。そんな王だったらしい。
 そんな人物にとって、自分達とは違う習俗を持つ草原の民はどう映るか。当然、王の威光に従わせるべき者達か――或いは排除するべき対象だったのだろう。

 そうして、攻撃が行われた。
 草原の民達の血が流れ、一旦は彼らも遠くに逃げて行ったのだ。だが、いくつかの部族に分かれていた彼らは、そこで一つに団結したのである。
 その中で、あの草原の少年が頭角を現したのは間違いない。
 王の兵よりも長い射程の弓。鎧をよく断つ剣。馬上の敵を引きずり降ろすための槍。そういった今までにない術のかかった兵器を持ち、彼らは王の兵を退けた。

 破竹の勢いで攻め上るが、それを阻むものがあった。突然現れた妖魔によって、草原の民達は大きな損害を被る。追い詰められた王は――妖魔に頼ったのだ。
 そしてその妖魔と戦うために、草原の少年は更に強力な武器を生み出すことになる。

 その頃だ。戦争の様子を目の当たりにした商人の子が、自分の親友が草原の民を率いる王ではないかと気付いたのは。すぐさま、会いに向かった。

 名を出す事で顔を合わせる事は出来た。しかし……しばらくの年月を隔てて有った親友は、商人の子が知る性格とは違ってしまっていた、らしい。戦いに身を投じた理由が同族の復讐だったからか、それとも立場故かとも思ったが、それだけではなかった。
 その頃には……始源の宝貝が作られていたのだ。

「あの球体は――八卦炉とでも言うべき代物でな。膨大な魔力を用いて強力な宝貝の核となる宝石を生み出すのじゃな。後に作られた宝貝は――かの草原の王の手によるものの模倣ではある。新たな宝貝の核を作るには、気の遠くなるような長い時間をかけて力を注ぐ必要があるのじゃが……あの炉を使えば、あっという間に作れる」
「宝貝を生み出す宝貝……ですか」

 八卦炉。文字通りの意味で始源の宝貝か。様々な兵器を作り出した王が求める究極形。ショウエンに渡っていたら……多分大変な事になっていただろう。

「しかし、新しい形式の武具の危険性を、作り出した当の本人も分かってはおらなんだ。あの――王の為の鎧が拙かった」

 そう言ってゲンライは、瞑目してかぶりを振る。

「草原の王の最高傑作にして欠陥を抱えた宝貝。およそ戦いのために必要な機能を注ぎこんだあれは――力を増幅させ、痛みを忘れさせる。しかし装着者の心をゆっくりと蝕んでしまう副作用があった。もっとも……それが判明したのは後になってからのようじゃが」

 商人の子は、草原の王に会いに行ってどうしたかったのか。自分でも分からない。
 妖魔と戦うのに力を貸すのは構わない。しかし人々同士が剣を向けあうのが忍びなくて、戦争で力を振るうのは躊躇われる。

 自分を卑怯だと卑下する彼を、草原の王は好ましいものを見るように笑ったと言う。
 お前は俺達を自分達と同族だと言う。俺達もお前達の民も、お前にとっては友人で家族なのだろう。だから俺達に力を貸してくれるにしても同胞に武器を向ける必要などない、と。本当は……王にはお前のような奴こそが相応しいのだと。
 そうして草原の王は、昔と違ってしまった事を、何かしら自覚している部分があったのか、こう切り出してきたらしい。

 ――俺は仲間達のために、あの愚かな王を討たねばならない。妖魔を殺さねばならない。だがな。最近時々思うのだ。奴らと戦うために……奴らの考えを理解しなければならない。そうして沢山の者に血を流させる俺もまた、ただの獣のようになっていっているのではないか、とな。
 だから……頼む。奴らを倒した後に……もし俺が同じように人々を苦しめるような愚かな王となっていたら――。

「お前が俺を止めてくれないか。勝手な話だが、俺の代わりに平和な国を作っていって欲しい。そう言って一つの宝貝を渡してきたそうじゃ」

 それは草原の王の鎧をも撃ち抜く、光の弾丸の宝貝。ただ一度だけしか使えないが故に絶対的な攻撃力を宿す。そんな代物だった。

 あくまでも自分がそうならないための戒めだ。だから、受け取ってくれ。護身用として使ってくれても構わない。
 そう冗談めかして言う草原の王に、彼は友人からの贈り物として、使うことが来ない事を望むとして、それを受け取った。

 そうして草原の王は、悪王と妖魔を倒すが――。危惧は現実のものとなった。草原の王もまた、宝貝からの影響によって血を好む残虐な王と化してしまったのだ。妖魔以上の暴虐の体現として君臨する。
 だから。2人の約束は守られた。人を治すための術を修めながら、力及ばずに友を撃ち抜くことを選択せざるを得なかった。彼の心中は如何ばかりか。

「そして彼の者は草原の王を倒し、聖王と呼ばれる。これらの話は、聖王の正統性のために真実を歴史の陰に沈めざるを得なかったのじゃろうな。後悔や贖罪の念も書き連ねてあった」
「恐らく……草原の民への報復をさせずに戦乱を終わらせるには、自らが王となるしかなかった状況だったのでしょうね……」

 草原の王を止められるのも、草原の民を助けられるのも彼だけだったし……草原の王としても自分の命を奪えるような宝貝を預けられる相手は、彼しかいなかったのだろう。

「そう、じゃろうな。皆が笑っていること。それこそが、友の本当の望みだと、そう知っていたが故に。友の犠牲を払ってしまったから、終生正しい王であろうとし続けた」

 ああ。そうか……。だから彼はこの墓所を作り上げたわけだ。
 当時は明かせない秘密であっても、後世なら草原の王の名誉も回復できる。聖王は――そう信じたのかも知れない。
 彼の望み。友の望み。それは平和な国を作る事だ。だから人々の力が及ばなければ脅威に対しては、力を貸せるように宝貝を遺した。そして何よりも自分達と同じような失敗をしないように願って。言葉を、想いを遺したのだ。

「八卦炉が危険な代物であるという事は分かっておるから、平和な世が成り立ち、手に余るようならば炉は解体して構わない。それもまた我らの望みに違いないと……。その方法と共に文章は終わっておったよ」

 ゲンライが話すべきことは話した、というように口を閉じる。みんな今の話に思うところがあるのだろう。暫くの間、過去の2人の王に対する黙祷を捧げるような、静謐があった。
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