番外279 戦乱を収める為に
墓所の封印の確認に向かったゲンライ達に、念のための護衛としてバロールを同行させる。ショウエンは倒したが危険も予測されるからだ。この距離であれば、何かあれば即座に飛び出して援軍に向かう事ができる。
墓所については再度封印するにしても単純に埋めればいい、というものでもあるまい。こういう事態が再発するのを防ぐなら、何かしらの処置や対策が必要だ。
再発防止というのなら他にも考えなければならないことはあるが、それはこの後ゲンライ達が戻ってきたところで相談してみよう。
そうしてゲンライは墓所の入り口をしばらく見て回っていたが、やがて納得したように頷くと、シリウス号に戻ってくる。
みんなにお茶が淹れられて、そして後始末についての対策会議が始まった。
「ふむ。実際に入口の前まで行って調べてみて分かったのじゃが……どうも状況が良くないのう。封印が劣化しておるようでな」
ゲンライが首を横に振る。元々の墓所を知っているゲンライなら封印の質についての見立ては間違いあるまい。
「多分あれは……陰の力を場に集めて周囲の環境そのものを悪くすることで、時間をかけて封印の質を劣化させようとしたんだろうな」
と、レイメイが推測からそうなっている理由を説明してくれた。
「つまり、あの水晶柱は最後の止め役ですか。別の手段を講じつつ、巻物探しまでしていたわけですから、随分な念の入れようというか何と言うか」
「連中から見れば封印や対策がそれだけとは限らんからのう。正規の方法は欲しかったのじゃろうが」
それは、確かに。
「再度封印を施すことはできますか?」
「可能じゃ。巻物はそのためのものでもあるし、あれが揃ってさえいればそう難しくはない。しかし、一旦封印を解かなければ、再度封印を施すということはできん。それに、再封印をするにしても再発防止の策を考える必要もあろう」
ああ。再封印はできるのか。それなら以前の封印の状態にまで状況を回復させることはできる。後は内部の状況を見てより良い方法を模索すればいい。
「始源の宝貝が部品ごとに分解できるなら、巻物を分散させたのと同じように、機能しないように分割してあちこちで管理してしまう、という手もありますね」
「それは……良いかも知れんのう。仮に宝貝の力がどうしても必要になるような事があっても、それぞれを管理する者達の同意がなければ使うことができないようにすれば……今回のようなことはあるまいて」
俺の意見にゲンライは賛同してくれる。反対意見もでないようだ。
「では、一旦封印を解いて、内部の状況を見てから考える、ということにしましょうか。もう一点。今回のような事態を再発防止する策についてなのですが……そもそもショウエンを生み出すような下地があったことが遠因ではないかと」
「ふむ。というと?」
「例えばヒタカノクニでは妖怪との戦いにあっても穢れを溜めないように気を付けています。西方では精霊の性質がやや違うので、そこまではしていませんが……僕が以前戦った魔人達については鎮魂の意味を込めて神殿を建て、そこに彼らを祀っています」
「確かにヒタカノクニでは、人に仇なした妖怪を倒した後で、慰霊したり奉ったりということはありますね。御前は――最初から温厚で、人に寛容なので奉られて神格を得ていますが」
ユラが俺の言葉に頷いて言うと、御前もその言葉を首肯する。
「ふむ。沢山の人々の意思というものに、精霊や我らが影響を受けるのは確かな事じゃな」
四凶は過去の王朝に存在した悪王が妖魔と化したと……そのように伝説で語られる代物だ。
セラフィナもそうだったけれど、沢山の人々の意識に精霊が影響を受けることで変質を起こすことがある。だからショウエンは伝説に語られる渾沌に近い姿と性格、性質をしていたわけだし、この国の人々への災厄となる存在でもあった。
そういった他国での精霊の扱い方や、精霊の性質について言及すると、カイ王子が納得したように頷いて口を開いた。
「つまり、このような事態の再発を防止するのなら、ショウエンや四凶の元となった王についても鎮魂や慰霊の場が必要、ということか。そうなると……私が今後成していくべき仕事ということになるのだろうね」
「ヴェルドガルやヒタカノクニの方法も参考にしたらどうかな?」
リン王女が首を傾げる。
「それはいいかも知れない。霊廟や神殿の意義であるとか、精霊の性質を正しく理解し、管理をしていく人材の育成が必要になると思う。とはいえ……まだその前に、私にはやらなければならない事が残っているが……」
「前線の兵士達への呼び掛け?」
「そうだね。戦いを終わらせてこなければいけない」
セイランが少し心配そうな表情で尋ねると、カイ王子は静かに微笑んで答える。それは確かに……カイ王子でないとできない仕事だ。
前線に兵士を集めさせて膠着状況を作るという作戦を立てたが、ショウエンを打倒した後にどうするかもセットで考えなければならなかった。
例えば外壁などをヒュージゴーレムに作り替え、防衛拠点を無力化して降伏を迫るなどの、もう少し問答無用な解決法も視野に入れていたのだが……カイ王子が即位の決意を固めたとなればそういう強硬手段も必要がなくなる。即位することの周知も出来て一石二鳥というわけだ。
そうして明日以降の段取りをある程度話し合って……対策会議は終了となった。墓所内については巻物を使った正規の手段で一旦封印を解く、ということになったが、内部は未知数だ。循環錬気等々をしっかり行って、ゆっくりと身体を休めておくこととしよう。
そして明くる日。本調子とまでは言わないが……昨日の戦闘の激しさを考えれば、今の状態は悪くはないだろう。具体的に言うなら、十分に戦えるぐらいには回復した。
話し合いが終わってからゆっくりと休息と入浴、みんなとの循環錬気に時間を使ったからだな。
転移魔法で巻物を回収してくると同時に、高弟達に隷属魔法をかけるために引き渡したりする。メルヴィン王は俺が無事であったことを喜んでくれていた。後始末をしてからの俺達の帰還や、東国の面々を招待できる事を楽しみに待っている、とのことだ。
そうして、転移でシリウス号に戻ってきて。
俺達は早速、ゲンライ達と共に墓所の入り口に向かったのであった。
墓所の入り口は――地下に続く階段を塞ぐ扉だった。複雑な紋様の刻まれた扉は、かなり強力な魔力を宿していて地下に埋まった設備そのものを頑強に防御しているようだ。
封印に守られてはいない柱が一本、途中から砕けて粉々になっているが――新しい破壊痕だ。単純な高威力の仙術等々で地下墓所の壁自体をぶち抜けないか、ショウエン達が試してみたのだろう。
それが徒労だったから、後は正規の方法を取るか、封印の形式に合わせた手段を考えるかしなければいけなかったのだろうが。
「では――始めるとしよう」
ゲンライは俺とレイメイからそれぞれの巻物の片割れを受け取ると、それを繋げて元通りの姿に戻す。魔力を感じなかったはずのそれが、組み合わさった途端に強い力を宿して、一つに融合したのは……中々に興味深い。
巻物の端を持って横に広げると、空中に留まって門の前に浮かぶ。ゲンライが印を結ぶと巻物の文字が幾つか光を放って、門に刻まれた紋様にも規則性を伴った光が走り――そうして最後に門の中央を上から下へ光が両断するように動いて。
ゆっくりとその扉が口を開け――内側から強い魔力を宿した風のようなものが吹き抜けて行った。
内部に続く通路は天井も壁も床も、入り口の扉と同じような紋様が刻まれていて。
扉が開くと同時に内側へ向かって紋様に光が走って――通路の奥まで見通しが利く。
照明で見通しがいいのは、恐らく正規の方法で開いたからだな。それなら多分……妨害もない、とは思いたいが、楽観視するのは良くないか。
「これは――大したものよな。内部にも紋様を刻んで、建築物そのものを封印の維持をするための術式として利用しているというわけじゃな」
「古い遺跡なわけですし、これだけでも相当な魔法的価値がありますね」
人形も本当なら破壊せずに済むのならそうしたかったが、不幸中の幸いと言うべきか。どうやらあれらは再生するようではあるから、まあ……許容範囲ということにしておこう。
「そうさな。公にできないものではあるからその価値を広められないのは残念ではあるがの」
ゲンライはそう言って小さく苦笑する。それから、ふとみんなで真剣な表情になって頷き合う。
それでは――墓所内部の調査といこう。果たして、何が出てくるやら。始源の宝貝というのが制御可能な代物であればいいのだが。