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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外277表 怨嗟の大渦

 隠蔽魔術が解けたことにより、周囲の精霊達も随分と活性化しているようだ。俺達の戦いの行く末を、固唾を飲んで見守っている、というのが近いのかも知れない。

「随分と古い精霊に知己があるようだが――」

 ショウエンの性質を考えれば、この精霊達が敵に回っていてもおかしくはなかった。コルティエーラの加護にも助けられている。

 ならば憂いはない。こいつを叩き潰して終わらせる。それだけだ。
 ショウエンはどこからか剣を抜き放って、無造作にぶら下げた。その刀身に、禍々しい仙気が纏わりつく。その姿に隙はない。体術を、武芸を、長い時間かけて研鑽してきたことが窺える。
 そうして、ふと奴は首を傾げた。

「戦う前に、聞いておきたいな。少し、疑問に思った。恩寵と試練という意味では、お前の背後にいる古い精霊と私は……そう変わらないだろうに。お前がそのように私に怒りを抱くというのは何故なのだ?」
「……何を言うかと思えば。お前の恩寵と試練とやらは、押しつけがましいんだよ。皇帝や仙人の真似事をしてはいても、人の気持ちなんて何も理解してない。なら、他の性質を持った精霊の気持ちだって、お前には理解できないだろうさ」

 そうさ。同じで、あるものか。ティエーラもコルティエーラも、自分の役目はもう終わっていて、全てを支える揺るがぬ礎でさえあれば良いと、様々な生命や精霊が力強く育っていく事を喜ばしいと見守っていたのだから。

 翻ってこいつを見れば……わざわざお膳立てまでして望まぬ戦いや苦難を強いて、その過程で力を持たない者は犠牲になって当然というような態度を取る。

 未来の可能性を信じて、様々な命を肯定して見守るティエーラ、コルティエーラとは、違う。

「だから、さっさとかかってこい。お前の流儀に従って、力で叩き潰してやる。負けて滅んでも、お前は本望なんだろ?」
「ふむ。それは、確かに」

 俺の言葉に、思案をめぐらすようにショウエンは明後日の方向を見やり、納得いったというように一つ頷く。
 そして次の瞬間。身体が巨大化したと錯覚するほどの初速で突っ込んできた。左斜め下から掬い上げるような斬撃にウロボロスを合わせる。

 奴の手首の動きで、奴の手にした剣がぐにゃりと曲がる。受けようとしたウロボロスに触れることなく、竜杖を握る俺の手を狙って斬撃が滑るように迫ってくる。

 軟剣――! 剣の腹が鞭のようにしなる、独特の剣だ。
 払い除けては反撃に結びつかない。斜めにシールドを展開して手を狙う斬撃を逸らし、そのままウロボロスを振り切る。
 ショウエンが空いた手を上げて、そこに仙気を集中させて、すり抜けてくるウロボロスの一撃を受けた。互いの力が激突して火花が散って。そこから――先程の攻防では何事も起らなかったというように互いに武器を切り返す。

 右から横薙ぎの一撃。合わせる。今度は曲がらない。刃の部分を垂直にウロボロスに叩きつけるような、真っ当な斬撃。しなる剣による斬撃とは思えない、重い衝撃があった。それだけ奴の剣閃が鋭いという事だ。

 受けてから巻き込んで払う。今度は剣が柔軟に俺の操るウロボロスの動きに対応した。
 巻き上げに対応するように滑るように引き戻してからの、刺突を見舞ってくる。身を逸らして避け、石突側を跳ね上げれば――。
 奴の展開した仙気とも邪気ともつかない力が得体の知れない獣の口に変貌してウロボロスに食らいついてきた。魔法生物の類か! 即座に魔力衝撃波で内から吹き飛ばす。

 それは仙気にさえならず、単なる魔力に戻って散る――が、一瞬の遅延に斬撃を合わせられていた。たっぷりと仙気が乗った剣閃。半端なシールドでは斬り裂かれる。魔力光推進で斬撃と同じ速度で横に飛ぶ。
 横に飛んで斬撃が通り過ぎた瞬間、慣性を殺してシールドを蹴って踏み込む。

 そのまま奴の剣と俺のウロボロスが幾度も激突する。剣戟の音が響き、互いの魔力がぶつかり合って空中に幾つものスパークを散らした。
 ぶつけ合い、切り結ぶ。時折曲がってすり抜けるように変化する斬撃。
 ――やる。やはり、凄まじい練度だ。その性質故に考え方は歪んでいるが、自身の力を高めることには貪欲だということか。

 横薙ぎの一撃が曲がって切り上げるような軌道に変化。剣が曲がることを前提に回避しての反撃。魔法生物の生成で受け止めようとするのを、魔力衝撃波で諸共に吹き飛ばして殴りつける。
 膝が跳ね上がり集中した仙気で受け止められた。杖から魔力衝撃波を打ち込んで、今度は奴の動きが一瞬鈍ったところに踏み込んで、すれ違い様に脇腹に掌底を叩き込み、シールドを蹴って密着するように間合いを詰める。

 効いているのかいないのか。二度目は予期していたからか、踏み止まって即座に反撃に転じてくる。
 通常、剣や杖を振るうには近い間合い。肘打ち、膝蹴り、掌底を応酬する。
 こちらが末端から衝撃波を叩き込めるという事を理解したからか、まともに受けるより身を躱すか逸らすかという防御法で対処してきた。

 しかも奴の武器には近い間合というセオリーは当てはまらない。手首の動きで自在に間合いを操るそれは、鞭というよりも蛇のような挙動に近い。奴と俺との身体の間の、僅かな隙間。下から顎を貫くように軟剣の先端が迫ってくる。
 シールドを蹴って避けて。掌底を繰り出すように見せかけて魔力光推進で間合いを開きながら、思い切りウロボロスを振り抜けば、奴の側頭部に直撃する。

 近接戦闘が非常に上手い。想定以上の事をしなければ、まともに攻撃が当てられないが、今のは中々の手応えだった。
 間合いが開いてしまったが奴は突っ込んでこなかった。
 かなり強固に現世に顕現して……実体として受肉しているのだろう。口の端から血が零れるが、それを奴は手の甲で拭い、にやりと笑う。

「面白い……。魔力にて相手の体内魔力を叩く浸透勁……。それだけの技を見せておいて、しかも密着しておきながら、本命は高速移動からの魔力殴打か。では……こちらも返礼といこうか」

 そんな言葉と共に。掲げる掌の上に仙気が渦を巻き、そこから禍々しい魔法生物が生まれる。血走った目がついた鳥の頭のような――。
 だが、嘴に相当する部分が抉りこむように高速回転している。目のついたドリル。一言で表すならそんな物体。
 そんな得体の知れない魔法生物を投擲するように投げつけてきた。常軌を逸した速度で飛来してくる。

 横跳びに避ければ、通り過ぎたそれが俺の位置を目で追って――弧を描きながら戻ってくる。やはり、使役生物。ある程度の自意識があるらしい。突っ込んでくるそれに合わせるように最小限の動きで回避。すれ違い様にネメアが爪で引き裂くと、それは耳障りな悲鳴をあげながら暫く飛翔し、形を失って散った。

 奴は――追撃を仕掛けて来なかった。あれだけの速度の飛び道具。てっきり同時攻撃を仕掛けてくるのかと思っていたが。

「残念な事だ。それが起動するとはな」

 そんなショウエンの声。一瞬何を言っているのかと思ったが。奴が顔を向けている方向に視線を巡らし、そして理解する。
 奴は――ジンオウに渡した宝貝に罠を仕掛けていたらしい。幸いそれは、レイメイが防いだようだが……。

「お前……」
「くく、仕方があるまい。奴が非情になり切れさえすれば、良い師弟関係を築けたと思うのだがな……。本当に、本当に残念だ。天賦の才能はシバセツらより上だったのだが、な」

 奴は剣をぶら下げたまま、目の無い顔で空を見上げて笑う。
 奴の全身から仙気が立ち昇っていた。辺り一面に奴の力が急速に拡散して広がっていく。濃密な――精霊の気配。
 途端、全方位にいくつもの気配が生まれる。何もなかったはずの空中に――無数の使役生物が現れた。

 不揃いの牙が生えた口だけの生物やら、腕と爪を備えた黒い身体に一つ目がついた生物。無眼多足の蛙。棘だらけの百足――。
 どれもこれも大きさも格好も不揃いな姿ではありながらも悪意に満ち満ちて。
 悪夢から抜け出してきたようなというか、悪夢の世界がそのまま顕現したような有様だ。しかも幻術の類ではない。間違いなく実体を持っている。何というか……術と言うには違和感がある。

「これは――お前の、精霊としての能力か」
「そうだ。我が領域は世界を侵食して作り替える。お前は――妙な魔力の性質や、神性や精霊の加護を得ているからか、侵食を受けたり変質を起こさないようではあるがな」

 目の無い顔で、にやりと口の端を歪ませて笑う。
 ……想像以上に性質が悪い。奴が精霊としての力を十全に発揮した場合、その影響下にあるだけで、普通の生物すら変容を起こすという事か?
 循環魔力や月女神の加護、高位精霊の加護等で防げるようではあるから、この場にいるみんなも大丈夫だろうが。

 しかし、この能力。個々が独立した意識を持つだけに、或いはルセリアージュの舞剣よりも――。

「食い散らかせ――!」

 奴が掌をこちらに向けて握り潰すと、それを合図にしたかのように無数の魑魅魍魎共が殺到してきた。
 同時にショウエンが切り込んでくる。使役生物を引きつけるだけ引きつけ、火魔法レペルバーストで自身を中心に爆発を起こして近寄った敵を薙ぎ払い、ミラージュボディを使って、使役生物の目を誤魔化す。

 爆風が収まるよりも早く、自ら正面に突っ込んでショウエンを迎え撃ちながら、バロールを射出し、俺本体に向かって来る使役生物達の迎撃に当てる。

 爆風から飛び出した俺の動きに、正確に攻撃を合わせてきた。
 奴はこちらの動きを目で追っているわけではない。恐らくは生命反応か魔力かを感知している。分身や転移も見切ってくる可能性が高い。隠蔽魔術も、空白が生まれればそこにいると、あたりをつけてくるだろう。

 ショウエンと切り結びながら、四方八方の敵はバロール、ネメア、カペラで対処する。
 ルセリアージュの金色の剣と違って破壊は難しくない。統制されていないだけに攻撃の連係も甘い。
 だが自意識があるだけに回避だけでは意味がなく、生きている限り何度でも攻撃を仕掛けてくるだろう。

 加えて生み出した後は、細かな制御を必要としない。
 それはつまり――同時攻撃を仕掛ける自らの動きに意識を集中できるということ。手数と物量を是としているのに、制御能力という土俵では戦っていない。俺とは、また別種の戦闘法。ならば、どうする?

 凄まじい攻撃密度。近接戦で技を応酬しながら、その位置からも使役生物を技のように繰り出してくる。
 刺突を避けながらの転身。身体の影にマジックサークルを隠し、魔法の発動自体を体術の挙動に隠す。
 一瞬だけ背を向けた俺からは、本来見えないはずのショウエンの位置と間合い。バロールとカドケウスの視点から座標を把握し――。横薙ぎの一撃を振り抜きながら魔法を発動させる。

「爆ぜろッ!」

 風魔法レゾナンスマイン。多重に炸裂する衝撃波が狙い通りの座標で炸裂していた。
 咄嗟に回避するが、ぎりぎりでショウエンの頭部を捉えていた。無眼の犬の頭の右側が吹き飛んで、左から横薙ぎに旋回してきたウロボロスが直撃する。
 そう。性質を知っていなければ避けようのない魔法――!

「がっ!」

 身を反らすショウエン。そのまま畳みかけようとするも――奴は動いた。
 砕けた頭部やその破片から奇怪な生物の群れが湧き出して奔流となって迫る。振り抜いた体勢からでは、避けられない。バロールと共にシールドを多重に展開して、濁流のような生物群に食らいつかれるのを抑え込む。軋みを上げるシールドごと、押される。

「はあああッ!」

 押されても、シールドは砕かれないように維持し続ける。地面が猛烈な勢いで迫ってくる。激突に備えて魔法の鎧プロテクションを用いてダメージを軽減する。
 押されて、そのまま地面に激突した。シールドとプロテクションで身体を守って尚、意識が遠のくほどの衝撃。歯噛みして意識と術式を保ち、ウロボロスを風車のように回して使役生物を蹴散らしながら、光弾となったバロールに乗って飛び出す。

 大きく吹き飛ばされたお陰で奴の領域からは脱した。マジックサークルを展開。環境魔力を集めながらショウエンに向かって、飛ぶ。問題ない。魔力は十分に集まる。
 ショウエン打倒のための解答の一つ。まず思いつくのがレゾナンスマインのような初見殺しの術。だが、反応速度と勘だけで直撃を回避した上に止めを刺せなかった。二度目のレゾナンスマインは回避してくるだろう。

 他の対処法としては、敵の群れを速度で圧倒して物量で包囲されること自体を防ぐ事だ。つまり、正面にのみ意識を集中できる圧倒的な高速戦闘が解答となる。バロールの魔力光推進で更に加速。

「やるものだ! 今のは効いたぞ!」

 頭部の傷を再生させたショウエンが牙を剥いて笑いながら翼に仙気を集中させる。奴本体ならば――魔力光推進と同等の速度で飛行できるらしい。
 猛烈な速度で互いに突っ込み、すれ違いざまに打撃と斬撃を交差させる。即座に弧を描き、空中に光の軌跡を描きながら有利な位置を取り合って打ち合う。

 体内魔力を練り上げ、飛び回りながら戦場の環境魔力を、かき集めて飛び回る。力になってくれるのは、精霊達ばかりではない。ショウエンが国中から集めた怨嗟の念も感情も。ぶつけるのにふさわしい相手が目の前にいるのだから――。

 普通の使役生物ならば作り出した途端に置き去りにされる。既に役には立たない。領域を展開しようにもその空間ごと振り切って外から打ち掛かっていく事が可能だ。
 しかしショウエンは手元からまた別種の使役生物を生み出すことで能力を使ってくる。交差する瞬間、回避する方向を埋めるようにスパイクのような形状の生物で槍衾を作り出したり、あちらこちらに布石のように得体の知れない生物をばらまいたり。

 この能力の、対応力――。搦め手が自前で用意できるとするなら、奴の切り札は?
 奴はまだ宝貝を使用してはいない。その懐に、宝貝特有の魔力反応が見えている。しかも時間経過と共に練り上げた仙気を注いでいるのか。それが大きくなっていく。

 方向を変えて飛べば、先程まで進行方向にあった球体の生物が爆裂する。その光景に眉を顰めるより早く、回避方向を誘導したのか、白光のように膨大な仙気を放ちながらショウエンが直上から降ってくる。

 剣そのものよりも、それを曲げる手元の動きに集中して斬撃の軌道変化を見切り、至近から雷撃を放てば、呪符を防壁のようにその場に残し、下方へとすれ違って飛んでいく。

 次の瞬間だ。先んじて上に残してきたのであろう小さな生物が四方八方に広がるように形状を変える。かなり強い魔力を帯びた、網状に拡散する生物。直下のショウエンが手にした剣に膨大な仙気を集中させる。仙気をまき散らしながら振ってきたのは背後に強力な生物を残してきた事の目暗まし。

 回避した方向に、仙気の斬撃波を叩き込むつもりなのだろう。ならば軌道は変えない。魔力感知で移動先を見切られる可能性が高い。転移もしない。マジックサークルを展開しながら最速で網に向かって突っ込み、ウロボロスの先端から斥力の刃を展開して振り抜く。

 そうだ。場に満ちるのは、負の力と怨嗟の声。それを扱うのなら魔人の力に転化するのは容易な事で――。
 黒い雷を放つヴァルロスの剣は、一切の手応えを感じさせない程の切れ味で網を易々と斬り裂いていた。勢いそのままに突き抜ける。

 一瞬遅れて、網と俺の交差点にショウエンが仙気の斬撃を飛ばしていた。本来ならば――力技で斬り裂いて突破ができるような生物ではなかったのだろう。

 反転して直下へ。仙気の技を放った後では斥力の剣は受けられないと判断したのか離脱しようとする。

 背中から黒い重力の翼が噴き出す。これも――ヴァルロスの技。魔力光推進と重力制御で更に爆発的な加速力を得て追い縋る。
 剣で受けようとするが――まだだ! 仙気の集中は間に合っていないッ!

 すれ違いざまに振り抜けば軟剣を断ち切り、ショウエンの右腕を中程から斬り飛ばしていた。
 終わらない。切り飛ばされたはずの腕が再生し、吹き飛んだ右腕が――内に秘めた力を解放するように膨れ上がって、悍ましい姿の龍へと変貌していく。

 それがこちらに向かって来るよりも早く、かき集めた魔力と体内で練り上げた魔力を同時に解放していた。
 黒い火花を散らして、翳した手の中に小さな重力塊が生じる。それがショウエンと龍の方向に向かって急速に膨れ上がり、目の前の一切合財を飲み込む程の無明の世界を作り出した。

「潰れろ!」

 翳した手に力を込めて、重力球を圧縮させていく。握り潰そうとする手の内側に、圧縮に抗うような反動があった。

「がっ、ああああッ!」

 ショウエンの咆哮。仙気をバリアのように広げて、腕一本から作り出した龍を滅茶苦茶に暴れさせて、全方位からの圧縮に抗がってくる。

「はああああああああッ!」

 歯を食いしばり、翳した腕の手首を空いた腕で握り、更に圧力をかけていく。めきめきと腕から音が響き、毛細血管が破裂して爪や指先から血がしぶいた。構わない。この程度のことならば――!
 暗黒の球体が圧縮されるに従って、作り出された龍は耐え切れる限界を超えたのか、中心部に向かって一気に引き寄せられていき――そこに到達してからは一瞬だった。ぐしゃぐしゃにひしゃげて潰されて、元が何かも分からない小さな塊になってから消滅する。

 だが、ショウエン本体はまだ抵抗している。じりじりと中心部に引き寄せられながらも、凄まじいほどの仙気を放出しながら咆哮して、耐える、耐える。
 こちらも手に力を込めて、握り潰して暗黒球を圧縮するが――。

 それでも尚、ショウエンを潰し切る事は出来なかった。先程よりも相当に消耗しているが、精霊としての奴を削り切れてはいない。

 にやりと、勝利を確信したというような表情。そうだ。俺は飛び回りながらかき集めた力も、体内で練り上げた力も、今の技で出し切った。

 対して奴は――まだ宝貝に込めた力を使ってはいない。腕を一旦交差させてから胸を突き出すような仕草を見せると、その身の内側から八角形の錐柱のようなものが飛び出してくる。体内に……宝貝を飲み込んでいたか。

 だが――奴が勝利を確信するにはまだ早い。
 それを解放しようとするその前に。足元から膨大な量の魔力の柱が立ち昇り、俺の展開するマジックサークルに合わせて俺の身体の周囲に幾重にも渦を巻く。

 笑みを浮かべていたショウエンの表情が、驚愕のそれへと、変わる。そう。そうだ。俺が重力球で奴との力比べをしている間、バロールに別行動をさせた。
 地上の――奴が陰の力をかき集めるために使っていた水晶柱に妨害術式を叩き込んで無力化した上で、ため込んだ魔力を解放してやったのだ。
 だから奴が奥の手を見せるより早く、大技で先手を打てた。すぐさま補充するための手段があったから。

 ああ――。聞こえる。この国中からかき集められた怨嗟の声、声、声。
 その暗い情念に呼びかける。
 怒りを、憎悪を、怨嗟を叩きつけるべき相手は俺の目の間にいる、と。
 力を貸してくれれば、そんな思いをさせた元凶に目にものを言わせてやる、と。
 荒ぶる力に方向性が与えられて、俺の掌の中で秩序だった力へと変換されていく。

「貴様――私が集めた、力を――!」
「ああ。そうだ。皆、お前にどうしても意趣返しをしてやりたいとさ」

 負の力。ヴァルロスの術を発動させるのには実に相性がいい。翳した掌の先に2つ――。小さな暗黒球が生じる。ヴァルロスも……世の中の理不尽に憤慨して行動をした。だから多分、ショウエンのような者は嫌うだろう。

「う、おおおおっ!」

 ショウエンの宝貝から、閃光があふれ出す。大魔法に匹敵する威力を秘めているであろうそれも、随分と脆弱な光に感じられた。

 二つの極大暗黒球が前方に向かって膨れ上がる。放たれる閃光もショウエンも。避ける間もなく飲み込んで――。干渉し合う二つの重力場が火花を散らしながら、一切合財を引き裂きながら押し潰していく。そんな中にあって、まだショウエンは抵抗していた。握る拳の中に負荷を感じる。

 だが今度は、力比べなどわざわざしてやるつもりはない。渦巻く負の環境魔力を更に借りて、次なる術式の準備を行う。ここに残る負の力は、この場で残さずショウエンに叩き込んでやるべきなのだ。それが、呼びかけて力を貸してもらった礼儀というものだろう。

 そう。ヴァルロスが魔人の魔力の使い方を教えてくれたのだ。だから、他の魔人の術も――知識の上にあるのだから、現象から逆算して再現するのは不可能ではない。

 手を前に翳したままで、ウロボロスを頭上に掲げる。全方位に防壁を張って耐えているというのなら――それを貫くのにはあれが良い。
 ウロボロスの楽しげな唸り声と共に、制御を受けた環境魔力が変換されて、黄金の輝きが頭上に集まって行く。巨大な黄金の剣が姿を現した。そう。ルセリアージュの力。

「――消えろ」
「う、おおおおおおっ!」

 ウロボロスを振り降ろせば、巨剣が暗黒球に飛び込んでいき、その中で耐えていたショウエンの仙気の防壁を貫き、身体を両断する。抵抗がなくなった瞬間綺麗に千切れ飛び、奴の魔力反応と宝貝の魔力が二つに分かれて、二重暗黒球の中心部それぞれに吸い込まれていった。そうして――今度は何の苦も無く掌を握り潰す。
 暗黒球が完全に圧縮されると同時に、未だ戦闘を続けていた兵馬人形達も、動きを止めてばらばらと落下していったのだった。
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