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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外277裏 神仙の戦い・後編

「行きなさい、イグニス」
「承知しました、マリー殿!」

 高弟の一人に、マクスウェルを装備したイグニスが突っ込んでいく。呼びかけたのはイグニスだが、返事をしたのはマクスウェル。これも偽装だ。

 命令を下したローズマリー自身は、少し距離を取り周囲の兵馬人形と戦いながらイグニスを支援する機会を窺うという寸法だ。ローズマリーの身は……共に戦う周囲の仲間達が守る。直近を守るのはジェイクや子カボチャ、それにベリウスだ。

 いずれも魔法生物。ローズマリーからしてみれば魔力糸を通して瞬間的な増強が可能だ。ローズマリーが率いる事で、彼女の身を守ると共に柔軟な戦法を組み立てられる。

 男目掛けてイグニスが迫る。手にしたマクスウェルを打ち込めば――磁力加速したその一撃を、男は両手に持った武器を交差させて受け止めていた。――円形の刃物に持ち手を付けたような武器。圏と呼ばれる代物だ。
 磁力には――反応しない金属であるらしい。強度も普通のそれと同じ、ということはあるまい。

 それよりも……仙気を纏っているとはいえ、イグニスとマクスウェルの打ち込みを止めた事のほうがローズマリーにとっては驚きに値する。磁力によって加速したマクスウェルの一撃は、普通の人間ではまず反応できないほどの速度だからだ。イグニスの膂力を鍔迫り合いの形で受け止めているという事実もまた脅威ではある。仙気によるものか。それとも他に絡繰りがあるのか。

「――イグニス、といったか。不可思議だな。まるで我らの使役する人形どものようではないか。なあ、そこの娘……マリーと言ったか?」

 少なくとも見かけ上は押し切ろうとする斧を圏と仙気によって抑え込んでいるようではある。軋むような音を響かせながら、その背後に控えるローズマリーに視線を向けて問いかけてくる。

「この程度のものと一緒にされても困るわね。それと……下郎がわたくしの名を、気安く呼ばないでくれるかしら?」

 問われたローズマリーは軽く肩を竦めた。短時間でイグニスの正体を看破してくるような敵。では、マクスウェルについては気付いているのか、いないのか。ローズマリーは表情には出さずに、心の中で警戒度を一段引き上げる。

「それは失礼した。確かに……。先程の凄まじい一撃は目が覚めるようなものだった。墓所の人形共の解析に携わった者として、興味が尽きん。その主がどのような術を用いるのかも気になるが……まずは――この人形の力を見せてもらおう。一応……名乗っておこうか。我が名は、ホウサイだ!」

 押し切ろうとするイグニス。両手に握った圏から仙気を迸らせると、ホウサイは両手を大きく広げて無理矢理に間合いを開ける。瞬間的な力が爆発したような衝撃で、イグニスの方が後ろに押された格好だ。

 即座に互いに踏み込む。横薙ぎの一撃をホウサイは潜りこむような低い姿勢で滑り込んでくる。それを迎撃したのは、足裏からの魔力光推進によって影も留めない程の速度で跳ね上がった膝蹴りだった。

 鈍い金属音。圏をイグニスの脚甲に叩きつけたかと思った瞬間、ホウサイの身体が――圏を中心に円を描いて横に抜けるように飛ぶ。一瞬遅れて磁力制御されたマクスウェルの柄が凄まじい速度で寸前までいた空間を薙いで行った。
 イグニスの関節ごとの回転と組み合わさることで、通常は有り得ない間合いから勢いに乗せた一撃を放つことができる。しかし、それを避けた。

「面白い! 人形である以上は人間の動きに捉われる必要もないか!」

 先程の攻防にしても回避にしても、明らかに力学的に不自然で不可思議なやり取りだった。イグニスとマクスウェルも人間ではありえないような動きでの攻撃を繰り出してはいるが、ホウサイの動きもまた、普通では説明がつかない。

 圏に伝わるはずの激突の反動はどこにいったのか。触れたまま滑って横に飛んだホウサイを追いかけ、そのまま幾度か打ち合うが、要所要所で同じような現象が起こる。
 圏の纏う得体の知れない魔力。力が円形の刃に沿って曲がって――それを利用して逃げている。そんな印象。
 マクスウェルも不思議に思ったのか、途中で軽い雷撃を纏って一撃を合わせる。その一瞬をローズマリーは見逃さなかった。
 圏の刃を、電撃が走ってあらぬ方向に飛んでいったのだ。

 可視化されると性質がよく分かる。つまりは――円の軌道上に受けた衝撃や魔力を逃がす事のできるような……そんな能力を秘めた武器かも知れないと、ローズマリーは見当をつける。

 それならば初撃を止めた理由にも納得がいく。二つの圏で受ければ、力を8の字に逃す事で、いつまでも支えている事が可能だからだ。後はどこかで力を解放すれば――イグニスを後退させるほどの巨大な衝撃となる。

「受けた力を刃に沿って逸らす事ができるようね。円形であるが故に、両手の武器を合わせた場合は力がいつまでも循環する。本人の術か武器によるものかは分からないけれど、気を付けなさい」
「ほう」

 激しい攻防の中で、ホウサイが楽しそうに口元に牙を剥いて笑う。
 イグニスとマクスウェルの力を受けられる理由は分かった。だが。そうだとしてまだ説明のつかない事がある。

 イグニスとマクスウェルの斬撃は、反応で見切れるものではない。関節ごと回転して途中で軌道を変えるそれを――ホウサイは目で追って攻防のやり取りをしているように見える。

 いくつかの仮説は立てられる。
 まず、斬撃の寸前に展開される電磁加速のレールを――見る事で察知している可能性。これはガルディニスやコルリスの持つ魔力探知の能力だ。
 次の仮説としてはザラディのように未来を予知していること。そして最後の可能性としては、反応の速度が純粋に人外の域である、ということだ。

 イグニスを人形だと見破ったあたり、魔力を見るのは有り得ない話ではない。しかし墓所の人形に接していたから違和感や波長の違いに気付けたという可能性も否定できない。
 敵の感知能力の有無を絞り込む方法は――ある。

「不確定斬撃――! マルレーン、後詰めを!」

 群がる兵馬の人形をワンドの光弾で爆破しながらローズマリーが二つの指示を飛ばす。即座にマクスウェルが反応する。いくつもの魔力線がマクスウェルから展開した。
 この内のどれか一つにランダムで術式を流すことで、最終的な斬撃の軌道が決定される。つまりは魔力感知であっても、未来予測であっても、この技を出されれば、何かしら特別な反応をせざるを得ないということだ。

 しかし――ホウサイの対応は変わらなかった。最後に決定された斬撃だけに反応して身を躱し、踏み込んでくる。
 不確定斬撃は、敢えて最適ではない斬撃を繰り出す事で敵に見切られないようにする技。しかし反応速度でそれを避けられるのなら、それは単なる甘い攻撃にしかならない。
 ホウサイは間合いの内側に踏み込みながら二つの圏を重ねるように合わせて――。

 何かの技を繰り出そうとしたが、その寸前でイグニスの兜のバイザーが開いて、そこから巨大な雷撃が前方に放たれていた。

「ちっ!」

 舌打ち。圏で雷撃を絡め取るように四方に散らして後ろに飛び、間合いを開ける。
 イグニスの兜の中に、マルレーンの使い魔であるエクレールが姿を隠していたのだ。ローズマリーの二つ目の指示は、エクレールを通して戦況を見ているマルレーンへのもの。
 独立した認識を持つことで、各々別の対応を取ることができる。

 こちらもいくつかの手札は晒したが、それは敵も同じことだ。まず、相手の繰り出そうとしていたあの技。二つの圏を重ねてのあの技は――どういう結果になるのかは分からないが、絶対に食らってはいけない類のものだろう。別々に二つの力の流れを操るという事から、イグニスの耐久力であっても、まともに受ければろくな結果にならないのが目に見えている。

 次に、敵は純粋に反応速度が異常だということだ。魔力も未来も、見えてはいない。
 それは来た攻撃だけに反応して動いたという事。強いて言うなら異常な動体視力と修行による経験、か。そしてそららを後押しする仙気による瞬間的な膂力――。

「驚いたな! 今ので仕留められると思ったが――!」

 ホウサイはやや忌々しげな表情で踏み込んでくる。必殺の技を見せながら敵を逃してしまった事を理解しているのだろう。
 ならば、次の手札を切るまでとばかりに首から吊るした、紐付きの箱のようなものを晒す。それが仙気を纏った途端――大きな魔力の波動が離れた場所にいるローズマリーにまで吹き付けてきた。

 圏が魔道具か宝貝かまでは判別できないが、あちらの箱は間違いなく宝貝だ。では、どのような宝貝なのか。
 その答えはすぐにわかった。打ち掛かってきたホウサイと呼吸を合わせるように、箱の中に納まるとは思えない巨大な蔦が飛び出したからだ。絡みつこうとした蔦をイグニスも背中に装備していた戦鎚を叩きつけて粉砕する。

 こちらも両手に武器を持つ。圏を二つ合わせての攻撃を繰り出そうとするなら、捨て身でどちらかの武器を叩き込めばいい。そういう対策だ。

 だが、敵の手数がもう一つ増えた。ホウサイが仙気を箱に送り込めば、反応して奇怪な植物が飛び出す。そういう性質を持つ代物らしい。
 互いの得物を舞い踊るように激突させる。攻防のやり取りの中で、箱から飛び出したハエトリソウのような形状の牙を持つ植物が噛みつくように食らいついてくる。それを――エクレールが雷撃で焼き払う。問題はない。手数は五分。しかし決め手がない。
 ホウサイは木の鎧まで纏い、そこに仙気を帯びさせて、防御能力まで高めている。

「……興味深い宝貝ね。俄然やる気が湧いてきたわ」
「くく、ふざけた女だ!」

 埒が明かないと判断したのか。箱から放たれた種の弾丸がローズマリー目掛けて飛んでくる。それを、ローズマリーの周囲を旋回していた衛星弾が撃ち落とす。

 ホウサイは――イグニスを仕留めきれない。故に主人であるローズマリーを先に倒すと決めたのか、イグニスと戦いながらも僅かずつローズマリー側に踏み込もうという動きを見せている。或いはその動き自体が誘いなのか。
 刃さえ合わせれば円形の軌道で逃げる事のできるホウサイの動きは独特であるが故に、完全な先読みが難しい。

 イグニスに仕込まれた音響閃光弾はどうか。ホウサイは見せてはいないが――仮に視界を奪われても圏同士をぶつけ合ったり、或いはあの植物によって圏を叩くことで、複雑な軌道での退避行動を取る事が可能だろう。おいそれと手札は切れないが――。

「はああああっ!」

 その瞬間、ホウサイの纏う仙気の量が増した。勝負に出たということか。
 凄まじい力でイグニスに打ち掛かり、エクレールの雷撃を植物で散らして転身しながら打ち込んでくる。後を考えないような仙気の使い方。重さと速度の桁が先程までとは違う。

 それを、マクスウェルと戦鎚で――受ける、受ける。防戦に追い込まれ――斬撃がイグニスの装甲を掠めるように捉えれば、衝撃の方向が変わって――打ち込んだはずのホウサイが更に間合いの内側に踏み込んでくる。

 その瞬間だ。イグニスの手からマクスウェルが離れる。密着するような間合いに踏み込んできたのなら挟み撃ちにすればいい。背後から独りでに旋回してくるマクスウェルを視界の端で捉えて、ホウサイは驚愕に目を見開いた。

 魔力を細かく感知して判断していないのなら、マクスウェルが独立していたとは気付けない道理――!

 複雑な回転軌道で迫るマクスウェルに一方の圏で攻撃を合わせ、正面から叩き込まれるイグニスの膝蹴りは仙気を集中させた鎧の防御力を頼りに受ける。
 もう一方の圏に――仙気が巡り竜巻のような衝撃が生まれてイグニスもマクスウェルも後方に弾かれていた。旋回しながら戻ってくるマクスウェルを、イグニスの手が掴む。

「はああ……っ!」

 圏を目の前で交差させるようにして、ホウサイは大きく息を吐く。
 今のは……ローズマリーに間合いを詰めるなら好機だったはずだ。しかしそうはしなかった。マクスウェルが戻ってくるのに妨害もなかった。つまりはしなかったのではなく、できなかった。仙気を放出し、勝負を仕掛けて届かなかった、ということなのだろう。

 立ち昇る仙気が大分目減りしている。しかし――ホウサイはにやりと笑った。
 箱から現れた赤色の果実を口の中に放り込めば、またホウサイの四肢に力が充足していくのが目に見えて、分かる。

「……なるほど?」

 見たことも無い果実であったが、宝貝が生み出すような代物だ。さぞかし霊験あらたかな効果があるのだろう。だから――後先考えずに力の放出も可能だと。
 四肢から仙気を漲らせて突っ込んでくる。先程の攻防でイグニスの限界を掴んだとばかりに。マクスウェルの存在ももう、織り込み済みで動くだろう。

 しかし。接敵するその寸前に。
 イグニスの手からマクスウェルが離れる。大きく弧を描き――そちらに一瞬ホウサイの意識が向いた瞬間だった。
 柔らかな輝きがホウサイを包む。ホウサイが一瞬戸惑うような表情を見せて――次の瞬間、魔力光推進で加速された回し蹴りを受け損ねて吹き飛ばされていた。

「かはっ!?」
「お前のその異常な反応速度は――薬効による底上げね」

 用いた魔法は水魔法の魔石によるクリアブラッド。
 治癒魔法であるそれは、不測の事態に対処できるようにローズマリーに随伴するイグニスにも装備として組み込まれている。
 薬草を扱うローズマリーは知っている。クリアブラッドは血中の不純物を取り除く魔法。つまり、薬を投与するのなら併用はできない。
 ホウサイが見せた今までの手札の中に異常な反応速度の答えがあるとするなら――それは宝貝の生産した果実による、薬効による底上げという可能性がある。
 人の反応速度を何倍にも引き上げ、時間の進みを遅く感じさせるような。そんな秘薬があることも、ローズマリーは知識の上では知っている。

 同じものかは知らない。しかし対策としては正解だったようで、吹き飛んでいくホウサイの顔には、先程にはない焦りの色があった。複雑怪奇な軌道で迫ってくるマクスウェルと、正面から真っ直ぐに突っ込んでくるイグニス。箱に手をやろうとして――。

「そんな暇があるとでも?」

 冷たい言葉と共に、イグニスの背に魔力糸が接続される。魔力光が火を噴いて爆発的な速度でイグニスが踏み込んでいく。

「うっ、おおおおっ!」

 マクスウェルとイグニスと。双方に圏を合わせ、それでも受け切る自信がないのか仙気を纏おうとして。
 ホウサイの構える圏を下からイグニスの鉤爪が捉えていた。挟み込んだ鉤爪から、カキン、という乾いた金属音が響く。

「この場合は力を逃せるのかしら?」

 爆発音。直下からパイルバンカーが炸裂する。圏の中央部に、一点で集約された力が突き抜け、粉々に粉砕する。戻ってきたマクスウェルが圏を掻い潜り、ホウサイの側頭部を柄が強烈な威力で張り飛ばしていた。
 砕ける木の兜。ふらつくホウサイの眼前に、両手を合わせて振りかぶるイグニスの姿。

「沈め――!」

 目にも止まらない速度の容赦ない打ち下ろしが、ホウサイを捕らえた。仙気の防御を突き抜けて叩きつけられたハンマーナックルの衝撃に、意識を失ったホウサイが弾丸のような速度で地面に向かって吹っ飛んでいくのであった。



 ショウエンの3人の高弟の一人。シバセツがグレイスに笑う。
 シバセツは――無手だ。グレイスの打ち込みに対し、仙気を腕に纏って逸らした上で反撃の掌底を見舞ってきた。それをグレイスは闘気を宿した鎖で受け止める。

 凄まじい速度の攻防。双斧の打ち込みを避け、払い。突き出される拳を避ければ、そのまま攻撃が肘による側頭部を狙ったようなものに変化する。
 身体を沈めて回避。闘気を込めた斧の一撃が下から振り上げられると、爆発的な衝撃波が天を貫く。

「やるな、女! これは、素手で相手をするのは無理かも知れんな!」

 一瞬早く闘気の爆発から飛び退りながら、シバセツは言う。
 グレイスは追撃しない。眉を潜めて、口を開いた。

「あなたは――不死者ですね?」

 グレイスからしてみれば、闘気で攻撃を合わせた時の波長で分かる。目の前の存在は――まともな命のある者ではない。
 シバセツは少し驚いたような、嬉しさも混ざったような表情を浮かべてグレイスを見やる。

「これは……驚いた! たったあれだけのやり取りから見抜いたというのか! ……いかにも。我こそは尸解の仙人にしてショウエン様の右腕である」
「尸解仙。仮初の方法で仙人になる、というものでしたか。確か――」

 ゲンライやレイメイ達から聞いた知識の中にそういうものがあったはずだ。

「くく。地仙や天仙に比べれば下等とは言われるがな。これはこれで強靭な身体を得られるから、悪くはないのだぞ。我はショウエン様のお役に立つために、望んでこの肉体を得たのだからな。しかしまあ……先程の攻防と言い、我の正体を見抜いたことと言い……これは、本気で戦わなければならない相手のようだ」

 紫色の仙気が身体から立ち昇り、胸の辺りに収束していく。懐に入れた何か――。恐らくは、宝貝だろう。それが起動すると――圧力めいたものが吹き付けてきたようにグレイスには感じられた。

 油断なく。赤く輝く冷たい瞳で尸解仙を見据えながら、双斧を構える。シバセツもまた、半身になって上体を落とし、片手を開いたまま軽く前に出して引いた拳を腰のあたりに構える。無手の――武術の構え。その顔に先程までの嘲るような笑いはない。

 張り詰めたような空気が両者の間に満ちる。

 先に動いたのはシバセツだった。無手で攻撃を繰り出すには余りにも遠い間合い。しかしシバセツは拳を打ち込む。視界を埋め尽くす程巨大な、紫色の影のような拳が、グレイスの眼前に迫ってくる。それを――グレイスは迷うことなく迎え撃った。飛んでくる。だから打ち落とす。それだけの事だと言わんばかりに。

 斧と影の巨拳が激突して、凄まじい衝撃波を生んだ。グレイスの斧が。シバセツの腕が。互いに弾かれる。
 しかし、両者とも一歩も引かずにその距離から打ち合う。漆黒の闘気を纏うグレイスと。半透明で紫色の――異形の巨人の影を纏うシバセツ。

 シバセツの宝貝の効果はそれだ。影の巨人を己に纏い、単純ながらも圧倒的な破壊力と防御能力を得る。
 欠点としては殴った反動、攻撃を受けた反動などがあることだが、それでも肉体的な反動はかなり軽減されるし、仙術や退魔法、呪法の類に対しては絶大な防御能力を持つ。

 殴れば破城鎚、守れば難攻不落の城壁。矛盾を体現した宝貝。
 無手での戦いに精通し、頑強で不死の肉体を持つシバセツには、非常に相性のいい宝貝と言えた。素手の欠点であるリーチの長さも見ての通り。

 その巨人の影を以って――グレイスと打ち合う。遥かに小柄なグレイスの打ち込みが、巨大な拳に叩きつけられる。一瞬シバセツの拳から血がしぶくが、あっという間に傷が塞がって。
 シバセツは城壁をも突き抜けてくるようなグレイスの冗談めいた膂力に目を見開いて、それから楽しそうに笑った。
 笑いながら拳を、蹴りを、グレイスに向かって容赦なく叩き込む。それを、当たり前とでもいうように斧で迎撃する。

 押し出すような掌底。斧を叩きつけた反動で互いに後ろに弾かれる。
 跳ね上がる膝蹴りを横跳びで回避すればシバセツがそれを追う。グレイスは敢えて人形の部隊の中に飛び込むようにして待ち受けるが、シバセツはお構いなしだった。

 グレイスに向かって拳を打ち込めば、右に左にシールドを蹴って飛びながら避ける。人形の群れが文字通りに粉砕されて。
 一瞬の間隙を縫って巨人の懐に飛び込んでくる。グレイスに合わせるように巨人の影が半身をコンパクトに回転させる。間合いの内側に入られたからと言って、シバセツにとっては何の問題にもならない。すれ違い様の攻防。脇腹に斬撃を食らうがグレイスにも手刀を叩きつけていた。斧一本で防御されている。だが、大きく吹き飛ばされた。

 矢継早に攻撃を見舞う。拳から肘の打ち込み。膝が跳ね上がり、踏み込みから体当たり。次から次へと切れ目なく技が繰り出される。
 先に繰り出した攻撃そのものが次の攻撃のための布石となる動作。水が流れるがごとき、流麗さとは裏腹に、一つ一つに殺意の込められた凄まじい密度の連撃。それがシバセツの修めた武術の真骨頂だった。

 しかしそれをグレイスもまた迎撃している。捌いている。体格で劣るのならば噴き上がる闘気を使って逸らせばいいとばかりに、シバセツの攻撃を、噴き上がる膨大な闘気でいなしていく。

 それは――単なる闘気とは異なる性質を宿す。吸血鬼の破壊衝動、吸血衝動を転化したものであるが故に、生き物のように形を変えて、グレイスの意のままに手足のごとく使うことができる。

 加えて、無手の相手というのもグレイスは理解している。同じく闘気を使う先達として、騎士団長のミルドレッドや鏡の騎士ラザロ、イグナードやイングウェイの闘気の使い方、変化のさせ方と言ったものを目の当たりにしてきているのだ。

 だから――シバセツの技をも捌き切る。
 姿勢を崩すことも無く、渦を巻いた漆黒の闘気を斧に纏い、踏み込みと同時に斬り払えば――影の巨人の拳をも切り裂くほどの凄まじい威力を生んだ。シバセツの腕が斬り裂かれ――そして即座に再生する。

 シバセツは自身の纏う鎧を城壁と例える。であれば目の前の少女はその城壁をも寸断しうるのだろう。相性のいい宝貝を使って尚、力押しで拮抗しうる相手、などいうのは、シバセツは想像もしていなかった。

 恐らくは不死に連なる力を持つ。体術は我流に近いのだろうが、どれほどの鍛錬や、どれほどの修羅場を潜り抜ければこうなるのか。だから言葉が口をついて出る。

「……正真正銘の化け物だな。だが、分かるぞ。貴様とて不死者の仲間なのだろう? お前のような化け物を引き連れている者が、無能な民草の味方の振りをして……ショウエン様によくぞまあ、あんな口を聞いたものだ」

 グレイスは、その言葉に不快げに眉を顰める。

「……私の事については――まあいいでしょう。けれどテオの事は聞き逃せませんね」

 ぞわりと、グレイスの感情に連動するように漆黒の闘気が勢いを増して噴き上がる。斧を交差させて、低く構える。

 化け物ではなく、あの少年への言葉に反応した。シバセツは構えながら、静かにグレイスを観察する。
 ここまで見たところ、グレイスの力の方向性は自分に非常に近い。圧倒的な闘気量が生み出す、単純な破壊力と速度を武器にしている。

 だからこそ挑発をした。
 影の巨人への攻撃がシバセツの身体に跳ね返ることは、今までの攻防でグレイスも理解しただろう。だが、末端の傷は再生されてしまう。ならば、どこを狙うか。それは自身が不死者であることの経験上からシバセツにも予想がつく。
 首を跳ね飛ばすか、心臓を穿てばいい、となる。事実、今までシバセツが戦ってきた者達は、そこに活路を見出そうとした。

 恐らく――グレイスが狙うのは得物の性質から言って、首だろう。
 首を切り落とせば、仮にそれで滅ぼし切ることができなかったとしても、再生するまでの間に身体を切り刻むこともできる。
 何故ならば、思考こそが術や宝貝の制御の要なのだから。
 そしてそれを実現するだけの戦力をグレイスは備えている。間違いなく今までに戦った者達の中では一番の――シバセツを殺し得るだけの力を持った強敵だ。

 だが頭を切り落としにくると分かっていれば? 後はただ、そこに気を付けていればいい。全て織り込み済みで、首刈りに来たところを逆に刈る。一撃で仕留める。
 その流れを、確実にするための挑発でもある。

 闘気を高めるように構えるグレイスに、静かに――シバセツも構える。

 一瞬の静寂の後で――両者はほとんど同時に踏み込んでいた。跳ね上がる巨人の膝蹴りを横跳びに避け、光の足場を作って即座に軌道を変えて突っ込んでくる。その風変わりな体術も、これまでの攻防で慣れた。ある程度先読みもできる。
 斧の一撃と、それを迎え撃つ拳と。互いの攻撃を受け、逸らし、弾いては弾かれて。周りの人形を巻き込んで粉々に粉砕しながら吹き飛ばされては突っ込む。

 跳ね上がった蹴り足に漆黒の闘気が巻き付くようにして。影の巨人の身体ごと流される。
 上に、飛んだ。同時に何か小さな物体をその場に残して。一瞬遅れて、大音響が響き渡り、周囲を真昼のように照らすほどの閃光が生まれる。音響閃光弾。目暗まし――!

 シバセツにとってはこの程度、すぐに回復するだろうが、攻防の中にあっては致命的な隙だ。

 だが、目を焼かれても分かっている。グレイスが、巨人の首を刈る軌道で飛んだという事を。グレイスの生み出す爆発的な速度が豪風を生み出し――軌道と速度の予測から正確な位置を教えてくれる。物理的な感覚の反動があるということは、巨人の身体の外の情報を得られるということでもあるのだ。

 大凡のグレイスの位置を割り出し――。斧で首を刈りに来るであろうタイミングに合わせて、巨人の姿を掻き消す。巨人の維持に使っていた仙気を全て両の手に集め、砲弾として解き放つ。
 仙気を解き放とうとするその瞬間。シバセツの視界が回復する。そして見た。

 視界いっぱいに広がる大口を開けた漆黒の狼の頭と、その口の中で大きく両腕を広げるグレイス! それはグレイスの闘気に吸血鬼の力を乗せて変質させたもので――。
 勘違いをしていた。思い違いをしていた。首を刈る? あれはそんな生易しいものではなく、上半身ごと咬み砕くつもりだ――!

 相手を化け物と評しておきながら、シバセツはまだ自分の常識の尺度で測っていた。
 というよりもグレイスの闘気の正体が、この国にいない吸血種の衝動を転化したものであると、そこまで知悉し、看破できて初めて予測がつくかも知れないという攻撃なのだ。事前に予想しろと言う方が無理がある。大きく後ろに引いた両の斧を――交差させるように振るえば。巨大な狼の顎が連動して左右から壁のように迫ってくる。

「うっおおおっ!」

 仙気をグレイスに向かって解き放てば――シバセツにはその結果は見届けられない。狼の巨大な顎がシバセツを先に捉えたから。
 骨という骨が砕けるほどの圧力。大きな牙が身体に穴を穿って、闘気と仙気がぶつかり合い、大爆発を引き起こす。

 吹き飛ばされる。肉体の損傷は――問題ない。すぐに再生する。
 尸解仙の不死性は他の不死者とはまた違う。何らかの道具を自分の器と見立て、偽死を経て仮初の死を迎える事で肉体の束縛から解き放たれて尸解仙となるのだ。
 だから、その物品を、依り代を破壊されない限り不死性は損なわれない。それは守り通している。

 しかし。

 爆風をグレイスが突き抜けて迫ってくる。斧を構え、直上から猛烈な速度で急降下してきて――。
 仙気で再び巨人の器を生み出す事は叶わなかった。練り上げた仙気を放ってしまったからだ。

 一閃。黒い雷のような閃きが上空から地表までを斬り裂く。

「な、ぜ――」

 宝貝ごと真っ二つに斬り裂かれたシバセツが問う。

「何故、貴方の依り代が分かったか、ですか?」

 斧を振り切った体勢のままで、背後のシバセツにグレイスが答える。

「物品を何か自分の本体とするなら、肌身離さない愛用の品を選ぶでしょうから。加えて、それが強固な防御能力を宿すものなら、私でもそうします」

 そう。シバセツの依り代はその保有する宝貝に他ならない。巨人を斬り裂かれても肉体に反動はあるが、宝貝に影響はない。そういう性質であった。

「けれどまあ――。仮にそうでなくても、その宝貝だけは今後の攻防を考えて破壊しに行ったと思いますが」

 そんなグレイスの声が、風に乗って。
 その答えはシバセツの耳に届いたかどうか。肉体は塵となって消え去り、二つに斬り裂かれた宝珠だけが煌めきを放ちながら落ちて行った。
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