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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外277裏 神仙の戦い・前編

 ショウエンが手を振るえば、人形らがざわめくように動き出す。それぞれ装備も顔の作りも微妙に異なる兵士人形の群れを、高弟達がそれぞれ掲げる八卦盤で制御する。
 槍や戟、剣を手にふわりふわりと宙に浮く人形達が統率された軍隊のように隊列を組んだ。墓所のあちこちに配置されたキョウシ達もまた、兵士人形と共に戦列に加わる。

「人形、か。倒して穢れを受けぬ相手ならば遠慮もいらぬな」

 御前――こと、ミハヤノテルヒメは薄く笑うと、虚空から膨大な量の水をシリウス号の周りに躍らせる。シリウス号が水の帯をその周囲に纏うかのような光景。
 ミハヤノテルヒメが生み出した水をアシュレイが借りて、シリウス号の甲板に氷の城を作り出していく。アシュレイとステファニアが生み出すディフェンスフィールドが氷の城を中心に展開。

 シリウス号は機動力と巨体だけではなく、一体成型された魔力変換装甲からなる堅牢無比の防御拠点だ。甲板に防御陣地を作り、そこにアシュレイが陣取れば、それは難攻不落の要塞と化す。

 仲間が戦闘中に危険を感じた場合、或いは手傷を受けた際、即座に退避して治療を受けられる前線基地としても機能する。同時に、防御陣地を突破できなければシリウス号船内に侵入することも叶わないという寸法だ。

「やれ――」

 八卦盤で統制された人形の一団が、威力偵察とばかりに殺到する。
 が――ピエトロの分身達が操作する音響砲を受けて、ぐらりと大きく体勢を崩していた。そこにイングウェイとアルファが突っ込んで、すれ違い様の爪撃で人形の首や胴体を切り落としていった。多勢に無勢となる前にミハヤノテルヒメが操る水の帯がイングウェイ達を守る様に激流と化してうねり、敵の追撃を寸断するように地面に叩きつける。

「術の制御を乱すような音を……船体から出す事が出来るようだな」
「加えてあの水の帯――。かなり厄介な妖魔がいると見える」

 ショウエンの高弟達はその光景を見て舌打ちする。

「連中のあの布陣。相当に――船の装甲の厚さに自信を持っているのだろう」
「人形達とキョウシは我らの護衛として使い、多勢での攻撃を受けないように立ち回らせるのが良かろう。端から潰していけば――道は開く」

 人形を一当てさせた高弟達は、シリウス号の特性や戦力を分析すると自分達の周辺にキョウシと人形達を引き寄せる。そこに、ジンオウが声をかけた。

「ゲンライ老……仙人については――私のかつての師。手出し無用に願いたい」
「くく。お前が手引きした、というわけではないようだな?」
「向こうもお前に用があるようだな。よかろう。邪魔が入らないように支援はしてやる。己が潔白と忠誠を、戦いで証明して見せろ」

 高弟達が薄く笑い――ジンオウは彼らに一礼してから、自分を見やるゲンライに視線を向ける。
 ジンオウは背後に人形とキョウシ達を引き連れ、対するゲンライはレイメイ、ツバキとジン、そして門弟達がその身を守るように。シリウス号からやや離れた空中に互いに位置取って向かい合う。

「――久しいの、ジンオウ」
「老師――ゲンライ殿もお変わりなく」

 親しげに笑いかけるゲンライに、ジンオウは目を閉じて、敢えて感情を切り捨てるように素っ気なく答えた。

「何故、とは問うまい。お主が力を求めた理由も知っておる。それを儂は知っていて、納得させられる答えを、お主に与えられなかった」

 ジンオウが力を求める理由――。中央で立身出世を志す理由。それは生い立ちに端を発しているのだろうと、ゲンライは理解している。
 かつて、疫病により天涯孤独の身の上となった幼い兄弟がいた。
 生まれた集落の者達は、口減らしのために親のない彼と彼の弟を人買いに売り払ったのだ。

 奴隷としての売買は禁止されていたが、法の目とて完璧に行き届いているというわけではない。特に、養子縁組や仲介料などと言い換えて体裁を整えれば、摘発も難しい。
 だとしても、そんなことはジンオウには関係がない。村の者達が生きていくために幾ばくかの金で売られたという事実だけだ。
 人買いは、兄弟を労働力として、ある地方の名士とやらに売り払った。養子という体裁を整えながらも、農奴も同然の扱いとなったのだ。

 兄弟は互いに助け合って我慢していたが環境が良いとは言えなかった。
 些細な失敗であっても暴力と罵声が飛んでくるような環境。ジンオウの兄はそこで、数年後に身体を壊し、病気になって亡くなっている。薬を使えば助かっただろうに、兄弟を買った値段よりも高価だったからと、養父は兄を見捨てたのだ。

 ジンオウは養父を刃物で斬りつけ、周囲の者達の報復から逃れるために農園から逃げ出した。荷馬車に潜んだり、色々知恵を尽くして。どこをどう逃げたのかも分からない。誰も見知った者のいない土地まで逃げても、それでも刃傷沙汰を起こした罪状が残っているかも知れない。追手がかかるかも知れない。
 誰を信用していいのかも分からず、飢えて倒れ……死にかけていたところをゲンライが助けた。

「こんな私を……世間から庇い、人間らしく育てて下さった。それには感謝しておりますよ。その気持ちに偽りはない。しかし恨みというのは……年を経ても消えないものです」
「お主は……復讐を望んでおるのか?」
「そうではありません。確かに世の中の理不尽は許せないとは思いますが。……世に蔓延る豚どもを、いずれは残らず一掃し、この国を根本から強く作り直すと……ショウエン陛下は約束して下さった。自分は強き国を作るための礎だと、そう仰って下さった。そのためには墓所に眠る力が必要なのです。誰も届くことのない圧倒的な力を示し、あまねく民を正しく導く。そうすれば、もう私や……兄のような者は、生まれない」

 ジンオウは人の世で身に付けた力を振るう事を求めた。そのために不正を質し、忠臣として評判になっていた、かつてのショウエンに強い共感や希望を見たのかも知れない。
 ジンオウの事情を知って、人買いの類への取り締まりを強化したという事実もある。

「あのような存在の口から出た言葉が……どれほど信頼できるか。いや、精霊であるが故に約束事に嘘は口にせんのかも知れぬが……。だとしても今の状況で苦しむ者を、お主は新たな国を作るために必要な過程だから仕方がないと、切り捨てるのか?」
「それは……」

 ゲンライはかぶりを振り――そして、言った。

「これから先もじゃ。多くの罪のない者の血が流れる未来を、必要な犠牲などと看過することはできん。それにな。あの者は、シュンカイの父をも暗殺しておる」

 シュンカイは、ゲンライの言葉に静かに目を閉じる。対するジンオウは、目を見開いた。

「それを、信じろと……!?」
「私と貴方とは初対面だが……本当の事だ」
「お前の知るゲンライは、説得のためにそんな嘘を吐く男だったか?」

 シュンカイとレイメイが、静かに言う。その言葉にジンオウは唇を噛んだ。他ならないジンオウがゲンライを知っているからこそ。嘘は吐いていないと分かるのだろう。

「――信じよ、と言っても、そなたの見てきたショウエンとは……或いはかけ離れているのかも知れぬがな」

 決意して選んだ生き方を、あっさりと変えられるならば苦労はない。それを理解しているからこそ、ゲンライは言葉を続けた。

「お主とて……決して戻らぬと決意と覚悟を固めて出て行ったのであろう? 間違っていると言われたからといって、力を尽くさずしては退くに退けまい。――来るがよい。お主の無念も恨みも、それによって研鑽した力も……余すところなく受け止める。儂は、どこにも退かんぞ。信じるもののために、ショウエンもその弟子も、墓所の人形共も押し退けて先へ行く」

 ジンオウは……その言葉に強く歯噛みすると両手に短い刃物を握り、臨戦態勢に入る。
 対するゲンライが手にするのは――桃の木剣。だが、仙人が使うそれは強い破邪の力を示す。どんな名剣よりも頑強にもなるし、その気になれば岩をも両断する切れ味を出せると、ジンオウは知っている。故に――殺さないような加減も容易ではある。

 だからと言って自分を殺さないと見越し、それを前提にしたような戦いをしては、かつての師である断じた相手に未だに甘えているようなものだ。全てを受け切り、避け切って下すと、そう決意を固める。

 一瞬の静寂――。風を巻いて猛烈な勢いで突っ込み、丁度互いの距離の中間地点で激突する。同時に、成り行きを見守っていたゲンライの門弟達と人形達も、シリウス号を守る者達と高弟達も、一斉に動く。剣戟の音がいくつも重なりあった。

 逆手に短刀を握るジンオウは――舞い踊るようにゲンライに切り込んでいく。
 斬撃斬撃。燐光を纏う2本の短刀が空中に軌跡を残しながら、凄まじい速度の連撃となってゲンライに打ち込まれる。それを――ゲンライは木剣と、指に挟んだ呪符とで捌き、弾き返して、間隙を縫うように反撃を見舞う。

 皮一枚で身を逸らして避けて反撃に対して反撃を繰り出す。入り身になって踏み込み、呪符ごと叩きつけるような掌底が放たれた。

 それを、予期していたように避ける。伸ばしたゲンライの腕を取って投げを見舞えば、ゲンライはそれに逆らわずに自ら飛んだ。踏みとどまっては腕を折られるからだ。
 そうやって投げから抜けるというのも見越しているとばかりに、ジンオウは踏み込む。斬撃を繰り出せばゲンライは、打ち込みに合わせて手の甲に僅かな仙気を纏って受け流すように払う。
 ジンオウの体勢が崩れたところにゲンライが踏み込み、肘打ちを見舞う。仙気を纏う膝が跳ね上がってゲンライの肘とぶつかり合う。仙気同士で火花が散って弾かれたように互いの距離が離れる。

「やりおるな! 攻防に合わせて仙気を練れるようになったか!」

 ジンオウの腕前は、シュンカイの先をいく。
 練りと制御がまだ甘いので、シュンカイは練り上げた仙気を一挙に放出することで大技とするしかない。それとは違い、ゲンライもジンオウも、仙気を細かな攻防の中に交えて、虚実の中に膨大な破壊力を交えた攻撃を小出しにして幾度も繰り出す事が出来る。

 だからと言って、先に仙気を纏う膝蹴りを繰り出したジンオウの攻撃に合わせて、ゲンライは後出しで技を受けたわけだから、その制御の流麗さはジンオウをして舌を巻くほどのものではあるのだが。
 だが、それでも。勝機がない、とはジンオウは思わない。ゲンライは惜しみなく教えてくれた。だからこそ、どう戦うかを知っている。そして、ショウエンに師事してからのことを、ゲンライは知らない。

「いつまでも昔のままだとは思わぬことだ!」

 何か鋭いものが――ジンオウの袖から5、6本放出されて、ゲンライに殺到する。

「これは――!」

 凄まじい速度で放たれたのは――赤い布が結わえられた(ひょう)と呼ばれる投擲武器だ。
 ゲンライが身を躱した瞬間。それを追うように鏢が軌道を変える。右に避ければ右に。上に飛べば上に。

 ジンオウの袖から伸びる赤布は鏢の根元に繋がっていて――正確に、鏢の軌道を追うように、ジグザグに折れ曲がってどこまでも伸びていく。
 七星蛇咬鏢――。れっきとした宝貝の一種である。七本一組。地平の彼方にある標的をも貫く長大な射程と、変幻自在な軌道変化が特徴だ。だが軌道変化の制御は術者自身が行う必要がある。宝貝への熟練なくして操ることはできない。

 同時に操作する数が増えれば増える程、扱う難易度も高まる。七本を同時に動かせるようになったとき、真の力を発揮する、などと言われている。
 それを――ジンオウはほとんど手足のように操る。現時点では六本同時が最大ではあるが、複雑に交差しながらも、独立した生き物のようにゲンライを追う。

 避け続けてもどこまでも追ってくると判断したか、ゲンライもまた袖から凄まじい数の呪符を放って瞬間的に防壁を展開。迫る鏢を受け止める。

 鏢は呪符の防壁を穿つように突き刺さるが、そこまでだ。火花を散らしながらも防壁の後ろまでは通さない。

「戻れ!」

 ジンオウの言葉に従うように。赤布が空中に描いた軌跡と全く同じ空間をなぞる様にして袖の中に鏢が引っ込んでいく。同時にジンオウが踏み込む。
 呪文の詠唱と共に光る短刀で斬撃を見舞えば、展開した防壁が断ち切られ、再びゲンライの木剣とジンオウは短刀で切り結ぶ。
 しかし、焼き直しとはならない。攻防に交えるようにして。四方八方に鏢が放たれたからだ。

 あらぬ方向に一旦飛んで、鈍角に、鋭角に、それぞれの紅布が折れ曲がるようにして軌道を変えると、突然弾丸のようにゲンライに向かって真っすぐ飛来してくる。四方八方から放たれる弾雨。本体と鏢とで絶え間ない波状攻撃を仕掛けることで、本来どうしても生まれてしまう細かな隙を埋めて、ゲンライをしても切り込んでくるジンオウに対し、反撃に転じられない程の攻撃密度を実現する。

「よくぞまあ、ここまで練り上げたものじゃな!」
「師匠面するのは止めてもらおうか! 袂は分かった!」

 ジンオウの言葉に答えるように、鏢が降り注ぐ。
 だが。だが。それを避ける。受ける。見えない位置から飛ばしているはずの鏢を、ゲンライは皮一枚で避け、木剣で弾く。ジンオウの斬撃を呪符でそらし、反撃を許さないとばかりに飛ばした鏢を揺らぐような体術で躱し、仙気で軌道を逸らし、隙あらば反撃に転じるとばかりの構えまで見せる。

 鏢ではなく紅布を断ち切るように木剣の一撃を見舞うが、それは叶わない。紅布とて宝貝の一部。断ち切った瞬間には再び繋がり、木剣での斬撃を見舞ったゲンライに鏢が三つ四つと打ち込まれる。ぎりぎりで避けて、木剣から三日月のような斬撃を飛ばしてくる。その陰に隠すように、仙気を丸めて作った指弾を飛ばしてくる。
 知っている、その手も。斬撃から身を躱し、偏差で飛んできた指弾を撃ち落とす。反撃とばかりに鏢を操って追い込む。射撃戦にゲンライが応じたとしても、宝貝の性質上、優位であるし、回避に集中しない分、鏢を避けるのはさらに際どくなるはずだ。

 放たれる斬撃波。呪符。仙気の礫。それらの技の起こりを見逃さずに鏢を操る。

「何故宝貝を使わない!」
「向き不向きというものがある! 弟子の説得に来て、手加減の効かぬ代物を持ち出す馬鹿者がどこにおるか!」
「ならばそのまま鏢に穿たれてから悔やむのが似合いだ!」

 避けながら三つの指を弾いて三方向への弾丸――! 回避せずに正面の一発だけを短刀で斬って落とす。反撃の鏢。それを揺らぐように避ける、避ける。その体術とて知っている。ゲンライの対処しにくい角度から弾雨を見舞う。

 ジンオウの見立ては正しい。射撃戦であるが故に。動きの絡繰りを、先を知っているが故に、回避が僅かに遅れ、ぎりぎりで回避していた攻撃の中に、掠めるものも出てくる。

 だが。それでも尚。当たらない。
 ジンオウの知る頃よりも腕を上げたのか。
 それは違う。秘境に篭っていた頃のゲンライは自らの修行もしていた。

 ジンオウの記憶にあるゲンライはもっと動きにも切れがあったし、仙気も冴え渡っていたはず。ショウエンを打倒するために自らの修行を中断し、あちこちで活動していたのだろう。それだけ、自分の修行が甘くなる道理。
 だとするならば、おかしい。理屈に合わない。腕を上げた自分と落としたゲンライ。今の自分がこの宝貝を操るならば、とっくに仕留められていてもおかしくないはずなのだ。

「何故当たらない!」

 間違いなく優勢。僅かに削り、相手は切り札たる宝貝を持ち出すつもりがない。
 焦る必要などなく、ジンオウの想定を超える動きはない。だというのに――仕留められない。当たらない。訳の分からない苛立ちと共に叫ぶ。

「それはな。この宝貝を、お主が操っておるからじゃよ! 意思無き器物であれば同じようにはいかんじゃろうがな!」

 鏢への返礼とばかりに飛び交う指弾。距離を挟んで無数の攻防をやりとりしながら言葉を投げかけてくるかつての師。

「それがどうだというのだ!」
「相手を知っているのはお主だけではない! 修行を経て成長したのは認めよう! しかし、性格や考え方、癖までそうそう変わるものか!」
「馬鹿な――!」

 そんなもので? そんなもので技を見切るというのか?
 はったりだ。適当な事を言っているに決まっている。この武器の性質に探りを入れるために放った言葉に過ぎない。

 それは――本当に? と心の内で誰かが問いかける。
 よくここまで練り上げたと、そう言っていたではないか。ジンオウが操っていると理解しているからこその言葉ではないのか。どうやって見切っている。他にどう説明すればいい。確かにゲンライは、長命故に膨大な戦闘経験を持つ。ああ。そうだ。きっとそれだ。それをして先を読んでいるに、決まっている。

 そんな不安を塗りつぶすように。より一層、意識を研ぎ澄まさせる。
 繰り出すならば最高の技でなければならない。
 単体の相手を仕留めるために修行で練り上げた必殺の六連撃。手元に引き戻した鏢に力を練り込み、最高速で一斉に前に放つ技。
 散開させず、密集させての軌道。六条の軌道を脳内で組み立てて――。

「穿てッ!」

 絡み合うように六つの鏢が放たれた。閃光のような速度で迫るそれに――ゲンライは真っ直ぐに突っ込む。揺らぐような体術で、幾つかはすり抜け、幾つかは高密度の仙気を集中させて弾き、突っ込んでくる。

 今度こそ。ジンオウは驚愕に目を見開いた。どんな角度で攻撃を繰り出すか、理解していなければ仙気を集中させたとしても当たり前のように穿つ技だった、はずだ。
 だと言うのにゲンライは間合いの内側。空いた手には木剣が握られている。自分は練り上げた力を放出したせいで、体勢が崩れて――。

 斬られる。思ったその次の瞬間に、熱いような衝撃が頬にあった。
 斬られた、のではない。頬を平手で打たれたのだ。

「な、ぜ――」

 反撃を見舞うべきだ。だというのに身体が動かなかった。

「言ったであろうが。退かぬとな。お主がどう思おうと、儂はお主の師であることを止めてはおらんし、決して放り出したりはせんぞ」

 そんなことのために弾雨に身を晒したというのか。掠めた鏢で血まみれになりながらも、好機を逃してまで。自分の行動が間違っていると伝えようと?

「それに、な。お主は儂を殺すとは言わなんだ。先程の技とて、儂の命を奪うための軌道は一つもなかった。そんなお主が……自ら血塗られた道に身を落とそうとしているのを、見ている事などできるはずがなかろうが、馬鹿者が」
「俺、は――」

 無意識の内に、ゲンライを殺す事を避けた。そう。そうかも知れない。
 自分をいつも庇ってくれた兄を、助けられなかった。それが悔しくて、そのために力を付けたのに、何故……自分はゲンライと戦って、こんな怪我をさせているのか。

 俯く。ゲンライの顔を、見る事ができない。そう。ゲンライは自分の怪我なんてどうでもいいと、自分を許すのだろう。多分、行き着くところまで、自分を助けようとしてくれる。
 戦ったとしても味方であることを。師匠であることを。育ての親であることを、止めることはしない。それを、理解した。してしまった。だから、動けなかった。

「――残念な事だ。それが起動するとはな」

 そんな、ショウエンの声。
 一瞬の間隙を縫って、まだ操れないはずの七本目の鏢が紅布から千切れ、ジンオウの意思とは無関係に飛び出して――距離を取った。ゲンライの――真っ直ぐ背後。

 まさか、とジンオウは思う。七本目は実力が伴わないから操れなかったわけではなく、最初から自分が裏切った時のために細工がしてあったから――?
 そう理解が及ぶよりも早く。鏢がこちらに向かって凄まじい速度で飛来してくる。ゲンライもジンオウも、諸共に貫く軌道。考えるより早くジンオウは動いていた。目の前のゲンライを押し退けるように手で払う。驚いたようなゲンライの表情。

 ああ。これは避けられない。だけれど、この人は守れる――。それならもう、別にいい。
 ジンオウは笑う。

 心臓を――撃ち抜く衝撃。

 それは――いつまで待っても来なかった。空中で鏢を掴みとった者がいたのだ。

「――下らん真似をしやがる」

 またも信じられないものを、ジンオウは目にすることになった。牙を剥いて獰猛に笑う。それは老いた鬼だ。膨大な量の闘気と仙気をその手に込めて。力尽くで鏢を、空中で掴み取って止めた。

「おお……。今のは流石に肝が冷えた。すまん、レイメイ」
「構わんさ」

 レイメイ。ゲンライと共に戦った東国の大妖の名――。

「レイメイ様! それは私が!」
「応!」

 甲板から身を乗り出したシュンリンが呪符を放ち、レイメイが飛んでくる呪符に向かって鏢を叩きつける。細工をされた鏢に呪符が張り付いて、力を失う。

「やれ!」

 高弟達の短い言葉。周囲の人形達が。キョウシが。自分達に向かって突っ込んでくる。それを阻むように、シュンカイやセイラン、ツバキやジン。そしてゲンライの弟子達とがジンオウとゲンライを中心に陣を組んで迎え撃つ。
 邪魔を入れさせないためと。高弟達はそう言って人形を随伴させた。だがシュンカイやレイメイ達は、一対一の状況を作り出すためという他に、最初から敵がジンオウを切り捨てた時に対応できるようにと動いていた部分がある。だからこそ、不足の事態にもレイメイが割って入れたのだ。

「無理強いはできぬが……帰ってこぬか? そなたの選んだ道を阻みたいわけではないが、せめても、あのようなものに付き従うのは……」
「……まだ俺みたいな奴を……許すつもりだ、なんて……貴方は、本当に……」

 そこからは、嗚咽で言葉にならない。こみ上げるいくつもの感情によって、涙で視界が歪む。

「許すも許さないもあるものか。お節介な師を持ったと諦めるんじゃな」

 ゲンライはそう言って笑って。殺到する人形を木剣で真っ二つに切って落とす。ジンオウもまた、泣き笑いの表情を浮かべると、ゲンライの背を守るような位置で短刀を構えるのであった。

「行くぞ! こやつらをさっさと片付け、船の皆と合流する!」
「はい、師父!」

 ゲンライに答えるシュンカイの言葉に、皆が頷いて――そうして人形やキョウシ達と激突していく。そんな彼らの表情は晴れやかなものであった。
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