挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

1020/1207

番外266 仙気と陰陽

「この得体の知れない術者や妖魔共も……貴様の仕業か……!」

 ライゴウの言葉に、カイ王子は黙して答えない。剣を構えて間合いを測る。それだけだ。

「か、閣下をお助けしろ!」

 と、ライゴウの状況に気付いた者が命令を下すも、駆けつけられる者はいなかった。正確には、いた事はいたが、そちらに踏み出そうとした瞬間、間にある空間を凄まじい程の弾幕が薙いだから動けなくなった。そこを、間髪容れずベリウスに薙ぎ倒された。命令を下した者も、既にエクレールからの雷撃が浴びせられている。

 カイ王子達の近くに踏み込めば最優先で叩き潰す、という意思表示だ。
 それを視界の端に捉えて、舌打ちするライゴウ。この状況で奴が何を思うのかと考えれば……まあ、カイ王子に勝って人質に取って脱出を図るだとか、そんなところだろうか? 奴自身が命を繋ぐのならば、それしかない。

 俺達と正面を切って戦っては、勝てる見込みはない。そう思わせるだけの遠慮のない動きで将兵達を叩き潰している。
 だが、仇討ちだからこそ手を出さない、というのも見て取ったのか。ライゴウはカイ王子に正面から向き直った時には闘気を纏い、戦意を漲らせていた。

 両者の間だけの張り詰めたような沈黙と静寂。先に動いたのは――どちらからだったか。闘気を込めた蹴り足。地を這うような軌道で踏み込むカイ王子と、槍を両手で握って突っ込むライゴウ。下から掬い上げるように穂先が跳ね上がる。突っ込んでくるカイ王子の顔を斬り裂くような、遠慮も呵責もない一撃。

 それを予期していたというように、身を捻りながらカイ王子は避ける。低い姿勢で突っ込んだのは攻撃の種類を狭めるためだ。
 振り上げた槍の隙を埋めるように石突き側が唸りを上げる。側頭部を狙うような横薙ぎの一撃。カイ王子が袖からばら撒いた呪符の群れが空中で整列し、壁となって防ぐ。

 それを見てもライゴウはさして気に留めた様子もない。奴自身もそういうものに馴染みがあり、カイ王子がそう言った手札を持っていると予期してなければ、こういった反応は有り得ないだろう。

「私を殺すために修行を積んだか! 愚かな事だ!」
「思い上がるな!」

 笑うライゴウ。それを言下に否定するカイ王子。
 呪符の防壁によって剣の――届く間合いまで踏み込んだ。だからと言って槍がその距離で戦えないというわけではない。槍の中心を手に、回転させるようにカイ王子の斬撃と槍の柄を叩きつけ合う。

 凄まじい密度で剣戟の音が響き渡り、闘気と闘気が激突。火花がいくつも飛び散る。
 合同で訓練をした時にカイ王子の実力も見せてもらっているが、精神の在り方が肉体を引き上げているのか、ライゴウを相手にして漲らせている闘気はその時に比べて凄まじいほどのものだ。
 だからと言って頭に血が昇っているというわけではない。互いに虚実を織り交ぜての攻防。両者とも思考が冷静であることが窺える。
 最早、ライゴウは自分が道士であるということを隠すつもりもないらしい。互いに雲のようなものを足元に纏い、地上で、空中で。飛び回りながらカイ王子と切り結ぶ。

「はあああっ!」

 裂帛の気合と共に、闘気を纏った斬撃を見舞う。ライゴウは――斬撃を受け損ねた、というように体勢を崩した。カイ王子は踏み込むような構えを見せてから一瞬その場に留まる。次の瞬間。カイ王子が寸前まで踏み込もうとしていた空間に凄まじい炎が噴き上がった。

 炎に巻き込めなかったと、舌打ちするライゴウ。しかしその次の瞬間。カイ王子は炎の残滓の中を突っ切って猛烈な速度の刺突を見舞っていた。
 四大精霊達の祝福は――カイ王子にも及んでいる。防御の術式も併用すれば。直撃でないならば。問題はないだろう。

 しかしカイ王子の刺突は、ライゴウの頬を僅かに掠めていた。止まらない。勢いそのままに四肢を闘気で加速。斬撃と打撃の応酬の中で銭剣を飛ばしてこれを操ることで、疑似的にではあるが二対一の状況を作り出す。青白い光を放つ銭剣が、空中に彗星のような残光を煌めかせる。

 剣を飛ばして戦うという術は――以前戦った高位魔人、舞剣のルセリアージュを思い出す光景ではあるが、今の使い方は――殺意の雨であったようなルセリアージュのそれとは大分違う。

 カイ王子の剣を振った後の隙を埋めるように飛ばすという、防御的な使い方。その堅実さは性格の表れか。剣による攻撃と銭剣による牽制で反撃に転じる隙を与えない立ち回り。
 一方でライゴウは槍の両端に炎を纏ってカイ王子に応じるが――相対する者を炙るような炎熱は、精霊達の守護に阻まれて届かない。

 カイ王子が足元の雲を操り、大きく後ろに飛んで槍の一撃を回避。追撃させないというように銭剣が足元を刈る様に飛来する。それを――ライゴウが弾き飛ばそうとした、その瞬間だ。

 カイ王子が魔道具から展開したシールドを蹴って、反射するように最短距離を突っ込んできた。それはこの国の飛行術のセオリーにはない動きだ。ライゴウの意表を、完全につくもので――。

「何ッ!?」

 驚愕の声。カイ王子の闘気を纏った斬撃が――ライゴウの肩口を薙ぐ。
 血が飛び散る。ライゴウは驚愕の表情を浮かべ……そして、笑った。切り裂かれた傷口が、あっという間に塞がっていったのだ。

 傷が塞がる前に、懐の辺りから強力な魔力反応が広がった。つまり、あの再生能力は宝貝によるものなのだろう。

「くく。ショウエン様から賜った宝貝の力まで見せることになるとはな!」

 笑いながら、炎を纏う槍を風車のように回す。蛇。それは炎の蛇だ。こちらはあくまでもライゴウの操る術式らしいが――槍から完全に分離して、ライゴウの身体の周りを守るように空を泳ぐ。

「元より――邪悪な道士であることなど分かっているッ! 来いッ!」
「くくッ、言うではないか! あの時震えながら父親を見捨てて逃げた餓鬼と、同じとは思えん威勢だな!」

 安い挑発。カイ王子は冷静なままだ。妹を守れと言われた。だから父が自分にそうしたように、リン王女を守るために、カイ王子はそこから離れたのだと、そう言っていた。それが真実なのだろう。だから――揺るがない。

 炎の蛇を伴って、ライゴウが笑いながら踏み込む。一度離れたために、今度は遠い間合い。裂帛の気合と共に、先端ぎりぎりの間合いを保ったままで刺突が雨あられと見舞われ、カイ王子の振るう剣や防御の呪符とぶつかり合う。

 隙を埋めるように炎の蛇が飛ぶ。飛んで銭剣と激突して弾かれる。飛行術と飛び道具を操りながら切り結ぶ形。
 カイ王子の袖からいくつもの呪符が直線的に連なって、鞭のような斬撃を見舞う。それを――ライゴウは完全に無視した。無いものと割り切って、斬り裂かれても再生能力に身を任せて、最短距離を突っ込む。

 突きこまれた槍の穂先を刀身で斜めに逸らすも、ライゴウはそのまま肩口で強烈な体当たりを見舞う。ぎりぎりだ。防御の呪符一枚を身体の間に差し挟んでいる。

「ぐっ!」

 それでもカイ王子の身体は大きく後ろに飛ばされている。大きく槍を後ろに引くライゴウ。闘気を集中させた火花が四方に飛び散り――そこから刺突を繰り出せば。

 収束された闘気の光弾が穂先から放たれていた。一点を穿つような一撃がカイ王子を貫く。
 だが。胸板に穴を穿たれたカイ王子の身体が、ばらばらと呪符の塊になって風に散る。

「目暗ましだと!? そんな術を使った素振りは――」

 水面から浮かび上がる様に、撃ち抜かれた偽者の、すぐその隣からカイ王子の実体が姿を現して最短距離を突っ込んでくる。舌打ちしてそれを迎え撃つライゴウであったが、槍で貫いた瞬間、またもカイ王子の姿が呪符の束となってばらけ、その隙をつくように間合いの内側まで踏み込んでいく。
 剣の間合い。至近で切り結ぶ。今度は間合いを離させないとばかりに、カイ王子が前へ前へと踏み込む。

「またしても! そうか……! お前が生きていたのだ! 妹もどこかにいるな!? わざわざこんな形の戦いに持ち込むのだ! 第三者に加勢を頼むとも思えん!」

 目を見開き、牙を剥いて笑うライゴウ。

「目の前に出たならば、私よりもリンに執拗な攻撃を仕掛けることは予想がついたからな! お前は――我ら、2人にとっての仇だ!」

 そう。その術。先程の目暗ましの術は、リン王女が地上から使ったものだ。幻術で身を守りながら兄の補助。仇討ちとして戦場に立つにあたり、リン王女ができる事として選んだ戦法である。

「次はないぞ! 隠れ場所から身代わりの術を放ったならば、術者の居所をつきとめてくれよう!」

 カイ王子と、猛烈な勢いで切り結びながらライゴウが笑う。
 はったりではない、と判断すべきなのだろう。幻術を幻術として理解するならば、看破するのは不可能ではない。
 言った通り。身代わりの術とて、リン王女が身を隠している場所から放っているのだから。次にまた隠れ場所から何かの術を放てば、ライゴウはそちらを狙う。妹を守りながらの戦いという形にされてしまう。それは形成を大きく不利にする。

 至近で剣と槍を応酬し、空中を飛び回りながら攻防を繰り返す。BFO式の空中戦装備の動きを織り交ぜてライゴウの知らない動きを挟みながら、槍を受け、逸らし、弾き、凌ぎながら、反撃に反撃を重ねて――。

 風切り音と共に舞う穂先や石突きが、微かにカイ王子の身体を掠める。
 カイ王子の剣もまた、時たま攻防を掻い潜ってライゴウの身体を浅く掠めてはいるが、あっという間に傷は塞がっていく。その優位な削り合いを、ライゴウは愉しんでいる風でもあった。

 より深く深くへと踏み込もうとするカイ王子に、槍の先端付近を握り直したライゴウが、至近から鋭い刺突を見舞う。カイ王子の剣を握る腕を穂先が斬り裂いて、血がしぶいた。
 その手応えにライゴウが笑った。カイ王子が、剣を手放したのだ。

 だが、その動きも計算されたもの。ライゴウの予測とは違っていた。更に内側の間合いに――カイ王子が踏み込んでいたのだ。
 大きく息を吸い込み、両手をその腹部に、添える。ライゴウが目を見開いた、次の瞬間――!

「はああっ――ッ!」

 強力な精霊の力にも似た――凄まじい白光と爆裂の衝撃が広がる。真昼のような明るさになったそこから、砲弾のような速度でライゴウの身体が吹っ飛ばされて、氷壁に激突した。

 仙氣発勁、と言っていたか。武器に纏わせる事も可能らしい。
 ただ、ライゴウと戦う時には俺の戦い方を参考にさせてもらう、とは言っていたけれど。その言葉通り……剣を手放して、密着から放ったわけだ。

 リン王女の2度に渡る幻術の補助は――単にカイ王子の危機を救うためのものではない。攻防の中で練りに練り上げた仙気を攻防に使わせず、温存させるためのもの。銭剣もまた――放ったのはカイ王子でも、操っていたのは最初からリン王女なのだ。連係の呼吸が余りにも合っていたために、カイ王子が操っていると信じて疑っていなかったようだが。

 だから、カイ王子は攻防と飛行術の維持をだけ行いながら、力を練って温存することができた。
 その結果――氷壁に激突したライゴウは、ぼたぼたと口から血反吐を零していた。一瞬で膨大な仙気を叩き込まれたために肉体的なダメージは深刻だろう。

 だが……宝貝がライゴウの魔力も生命力も吸い上げ――変質させてその身に戻していく。

「よ、ぐも! ぎざ、ま……! ご、ろじで、や、るッ!」

 血を口から零しながら、めきめきとライゴウの身体が膨れ上がり、鎧がはじけ飛び、針のような毛が全身を覆い、さながら獣じみた変形をしていく。あの宝貝の真の能力ということか。
 しかし、仙気を叩きこまれて普通なら戦闘不能であるのに、生命力まで吸収させての変形。ダメージからの回復まではまだ完全ではない。

 血走った眼の獣が、空中に力なくふらついて飛ぶカイ王子の姿を捕らえた。仙気を放って、武器も手放し、対抗する手段は呪符くらいのものだろう。
 にい、と尖った牙を剥いて笑う。ライゴウであった獣が、氷壁を蹴って、人に非ざる速度で突っ込んでくる。

 そのままの勢いで、鋭く伸びた爪をカイ王子の心臓を抉り出すような軌道で突き込む。

「――終わりだ」

 それを迎え撃つのはカイ王子の静かな言葉だった。黒い獣は空中で手を伸ばした仕草のままで、動けなくなっていた。八角形をした光の柱が地上から立ち昇り、ライゴウの身体を捕らえている。
 八卦封陣。幻術が途切れ、地上に八角形の方陣が姿を現す。その中心に、目を閉じ、印を結びながら呪文を唱え続けるリン王女の姿。

 そう。リン王女もまた、銭剣と身代わりの術を操るだけでなく、切り札を用意していたのだ。実戦では普通は使えない、儀式を伴う術式。カイ王子は――その完成に合わせ、ふらつくような姿を見せて、直線上に誘導するだけ。

 呪縛から逃れようとライゴウが四肢の筋肉を盛り上げ、獣じみた唸り声を上げる。そこには、もう欠片も人らしさが残っていない。しかし、それもこれも無駄な事。まだ、術は終わりではない。

「天よ、地よ! 照覧あれ!」
「今こそ我ら、父の無念を晴らさん!」

 カイ王子とリン王女の言葉が重なる。地上と空中とで印を結んだかと思うと、地上に展開した八卦の陣が回転し出す。白い光の弾丸が陣から直上へと放たれ、カイ王子が両手を大きく回して再び印を結べば、リン王女の放った光弾が何十倍もの球体となって膨れ上がり、ライゴウに激突する。

 次の瞬間、方陣の上方へ向かって大爆発が広がった。
 陰陽合氣。2人が兄妹だからこそ可能な、強烈な退魔法の切り札であるらしい。
 退魔法とはいえ、これだけの高レベルな浄化の一撃をまとも食らえば、ただでは済まない。西方の、高位の光魔法がそうであるように。

 それでも爆風で吹き飛ばされて落ちてくるライゴウが形を残しているのは、宝貝で身体を強靭な獣に姿を変えていたからだろう。
 だがその宝貝らしきものも今ので砕け散ったようだ。急速に人の姿に戻っていくライゴウは、白煙を上げながらまともに地面に落ちる。

 空に佇むカイ王子に向かって震える手を伸ばすが――その手も力なく落ちて。そうして、それっきりであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ