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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外265 夜闇の奇襲

 やがて夜の帳が落ちて――周囲が闇に包まれる。
 敵陣の動きは掴んでいる。将軍が襲撃に来るなら深夜だろう。
 暗視と生命感知の双方を用いて河の向こうの動きを監視しているが、やはり、まだ暗くなったばかりということもあり、すぐには動かないようだ。

 夜襲をかけるならこちらが寝静まってから、というのが常道だろうが……眠気に関しては魔道具で対処可能だ。襲撃の予定が分かっているのだから、何の負担にもならない。
 監視は改造ティアーズ達が担当としてついているので、いつ敵が動いたとしても状況変化を見逃す事はない。

 テーブルの上には砦や河岸を含めた周囲の地形の立体模型だ。これを用いて、罠を踏まえてそれを活用するために敵が攻めて来るならどう動く。それを包囲するにはどうすると、色々とシミュレーションをして、それに合わせて準備を進めた形だ。

 それを基に砦の将兵達とも連絡を取り合い、迎撃の用意をおこなった。敵に迎撃準備が万端だと悟られずに呼び込むために、一見すれば砦の警戒態勢は普段と変わらない。

 敵将の名はライゴウ。前王朝からショウエン派に属する将として知られていた男だ。武勇に関して言うなら相当なものとして知られていて、経歴も輝かしいものであるというが……内面はまあ、推して知るべしだろう。

 4太守にも敵の動きを知らせた時など、ライゴウを嫌っているのが表情からありありと分かったからな。

「それでも、油断は禁物じゃろうな。裏の仕事に関わりがあって、今でも将軍の地位にあるということは……ショウエンの側近達と同じような立場かも知れん」

 ゲンライが言う。確かにライゴウがショウエンの弟子である可能性は高い。だとすれば自ら兵を率いて砦を襲撃しようという、あの自信の程も分かろうというものだ。仕掛けた罠とショウエンから与えられた力で砦を落とせる、などと思っているのかも知れない。

 だがゲンライの言葉に、カイ王子とリン王女は決然とした表情で頷いている。そこには不安や迷いは感じられない。
 それに……2人とも魔力反応が相当研ぎ澄まされているのが見て取れる。特にカイ王子の方は相当なものだ。これから戦いに臨むにあたり、肉体と精神の両面が万全でないと中々ああはならないだろう。

 そんな二人の様子を見て、ゲンライは静かに頷き、レイメイは口の端を満足げに上げていた。
 レイメイも、同門の先達として先程の2人の様子には心配をしていたのかも知れないな。セイランや門弟達も2人を支えるのだと気合を入れ直している。

「ふむ。もう一度流れを確認しておくか」
「見落としがないか考えながらであるぞ、蛇よ」
「うむ」

 と、御前とオリエはそんなみんなの様子に笑みを浮かべつつ、模型上の駒を動かしながら迎撃の流れを確認していた。

 そうして時間は過ぎていき――。かなり夜も更けた頃。
 水晶板モニターを監視していたティアーズが、操船席側に振り返り、マニピュレーターを大きく振って艦橋に警戒音を響かせる。

「――来たか」

 ……闇夜に溶け込むような塗装を施された黒い船団が対岸からこちらに向かって来る光景が見えた。
 少数精鋭で襲撃を仕掛けると言っていたが、加工された壁を登れるような特殊な技術を持つ者達も船に乗っているのだろう。仇討ちの事を除いたとしても、精鋭であるというのなら尚の事、きっちり叩き潰して攻め気を完全に殺いでやる必要がある。

 水晶板に向こうに見える光景に、静かだった空気がにわかに慌ただしくなる。カヨウが砦との連絡係としてシリウス号を出て、砦側に向かえば、砦の内部を固める兵士達も機敏な動きを見せていた。

 では、俺達も迎撃のために動くとしよう。



 ――船団が河岸に到着する。砦からは少し離れた位置だ。そもそも連中は北側から攻める気が無い。比較的警備が薄い東側に迂回し、そこから攻める算段、というのは壁の加工が東側に集中していたのをみれば分かる。そうなれば、敵がどのあたりから船を乗りつけてくるかも、大凡の予想がつくというわけだ。
 船を固定し、操船のための最低限の人員を残しつつ、兵士達が周囲を警戒しながら上陸する。辺りはしんと静まり返っていて、人の気配はない。
 ま、岩陰にカドケウスを潜ませておくには絶好のロケーションではあるが。

「ライゴウ閣下! 兵士達の展開、滞りなく完了しました」
「ご苦労。では、潜入部隊は早速仕事に取り掛かれ。手筈通りだ。合図を送れば、私が砦の内部に混乱を引き起こす」
「くく。連中の慌てふためく顔が楽しみですな」

 副官らしき男が言うと、部下の連中も声を押し殺しながらも笑う。そんな部下達の様子にライゴウもにやりと笑った。
 ライゴウの命令を受けた黒尽くめの部隊長らしき人物は、部下達を率いて砦の東側に向かって走って行った。

 呪符を起動させるのはライゴウの役割か。砦の内部に直接攻撃を仕掛けて、混乱に乗じて門を開放。そうして部隊全体で襲撃を仕掛ける、という手筈なのだろう。

 潜入部隊が合図を送ってくるのを待つ間にも、黒い装備で統一された兵士達は河岸にて隊列を成して身を低く屈め、進軍の命令を待っている。

 先行した特殊部隊はと言えば――シリウス号の水晶板モニターなどにはきっちり見えて姿を追われている。
 やはり東側の警備は温い等と言いつつ木々や岩等の遮蔽物物から遮蔽物へと移動。暗がりに紛れてとうとう壁の下まで辿り着いた。

「異常は?」
「ありません。前の時のままです」

 隊長に問われて、地面を調べていた男が顔を上げる。
 それはそうだ。壁の再加工の後に、調査のための足跡などが残らないように、シーラと共に丁寧に痕跡を消したのだから。

「では、これより潜入を開始する。各員、持ち場につけ」

 壁の上からは死角になる位置だろう。壁に沿うように連中が展開。加工された潜入ルートの数と敵部隊の人数は同じ。全員で一気に上に上がって見張りを制圧。その後に門を開くという流れだろう。
 取り回しの良い短い弓矢まで装備していて、いかにも潜入と暗殺をしますと言った装備だ。

 連中は隊長の合図を受け、壁に手をかけるとそのまま垂直に壁を登っていく。軽々とした動き。呼吸を合わせるように横一列――同じ高さで昇ってくる。
 ほとんど同時に外壁上部に到達して攻撃を仕掛けようというその動きは、よく訓練されたものであったが――。

 だからこそ、それが命取りだ。
 連中が壁の一部に手をかけた、その瞬間だ。
 今――。

「な、何だこれは!?」
「うおっ!?」
「か、壁が!?」
「しまった、罠だ!」

 完璧なタイミングであちこちから戸惑うような声が漏れた。手が取りこまれるように壁の中に沈み込むと同時に、飛び出した腕のようなものが特殊部隊達の、身体のあちこちに巻き付いたのだ。
 一人として例外はない。そのまま有無を言わさず、頭だけを出す形で壁の中に身体をめり込ませてしまう。何人かは闘気で振りほどこうとしたようだが、無駄な事だ。自由に形を変えられるゴーレムに全身をくまなく押さえられては、闘気を使ったとしても力で逃げるのは無理だ。

「助けてくれ!」
「罠だ! 畜生!」

 後方にいる仲間達に失敗を知らせようと喚いているのもいるが。無駄な事。セラフィナが音を操り、後方に伝わらないように遮断している。

 俺自身はカドケウスとバロールを使ってあちこちの状況を把握しつつ、サトリと共に壁の上で待機していた。そう。潜入成功と同時に合図を送る手筈ならば、それをライゴウのところに送ってやらなければならない。

「さて。時間がないから手短にいこうか」

 壁の上から顔を覗かせてやると、覆面をした黒ずくめの連中が大きく目を見開く。驚愕と、戦慄の入り混じったような表情を浮かべているのだろうが。

 俺が用のあるのは隊長ただ一人。真っ直ぐそいつの所に向かうも、沈黙を貫くつもりのようだ。まあまあ、正しい。こちらは上陸からここに来るまでの流れを全て把握しているから、沈黙は無意味なことだが。

「とりあえず、こいつの所持品を全部出してくれ」

 拘束しているゴーレムに命令すると、壁がもぞもぞと動いて、あちこちからゴーレムの手が突き出され、隊長の所持品が差し出される。携帯食糧。武器。それから――これかな?
 カンテラのような道具だ。内側に火を灯し、蓋を開け閉めすることで指向性を持った光を送れる。

「潜入に成功したら、どういう合図を送る?」

 隊長は動揺を隠せない様子だが、俺の質問には答えない。けれど無駄なことだ。

「光を短い間隔で……3回、点滅させる。失敗したら……長い間隔で、1回」

 と、押し殺したような声が辺りに響く。隊長は部下の誰かが命惜しさに裏切ったのかと思ったのか、自由にならない身体を捩じって部下達を睨みつけようとしているが……。
 種を明かせばサトリが壁の上から思考を読んで教えてくれたに過ぎない。

「任務ご苦労。後は眠っていてもらって構わない」

 そう言うと、ゴーレム達がスリープクラウドを噴出させる。闘気を込めた程度では内側から逃れることはできないが、拘束した連中にいつまでも抵抗されるのも面倒だからな。
 全員の意識が途絶えた事をサトリが確認する。魔法の抵抗をして寝たふりをしても無駄、というわけだ。

「ありがとう、サトリ。後は任せておいてくれ」
「了解した……。安全な場所に下がっていよう」

 そう言って、護衛役として控えていたシオン達の隣に控えるサトリである。
 さて。では始めよう。道具に火を灯し、敵の控える方向に向かって、蓋を開け閉めして3回合図を送る。闇夜の向こうから2回だけ短い間隔の点滅が返ってきた。了解、の合図だろうか。

「閣下! 隊長からの合図です!」
「ふむ。では、始めるとしよう。物資は奪わねばならんから、貯蔵庫だけは除くとして……」

 カドケウスとの五感リンクでは、俺の送った合図を受けたライゴウが何やら懐から取り出し、呪符を起動させる。やはり。道士としての才覚があるか。
 爆炎があちらこちらから立ち昇った。但し――河岸に展開していた将兵達の足元でだ。

「ぎゃああっ!」
「ぐあっ!?」

 石の破片があちこちに散らばって悲鳴と苦悶の声が周囲に満ちる。

「こ、これは……ッ!?」

 ライゴウが固まった、その瞬間だ。河の水が生物のように盛り上がって停泊していた船に絡みついたと思えば、四方八方に伸びて将兵達を包囲したかと思うと、急速に凍り付いて、氷の壁と化していく。

 御前の操る水を、アシュレイとラヴィーネ、ティール達が凍りつかせて包囲網を作った形だ。

 それらの全ての異常を対岸から観測することは不可能だ。マルレーンの使役する闇の精霊シェイドが河上に暗黒の壁を作り出して観測ができない状況を作り出している。

 出入りできるのは上からだけ。しかし既にそこにはシリウス号が待機している。誰一人、逃がさない。

「おのれ、罠かっ! 小癪な真似を!」

 と、ライゴウは喚いているが――既に状況は次の段階に推移している。こんなものでは済ませない。

「――さて。それじゃあ狩りといこうか」

 足の裏にマジックサークルを展開。魔力光推進で狩場へと最短距離を突っ込んでいく。頭上のシリウス号から降下したみんなが敵団に突っ込むのと、俺が切り込むのはほとんど同時だった。
 俺の目標は――副官だ。掻っ攫うように突っ込んで、問答無用とばかりにウロボロスで薙ぎ払う。みんなも頭上から突っ込んで敵を分断。混乱から立ち直る前に、徹底的に叩いて叩いて叩き潰し、組織だった行動をさせない。

 人員が固まっているところに突っ込んだグレイスが軽く腕を振るえば、人が地面と水平にぶっ飛んでいく。シーラがすれ違いざまに手足を切り刻み、イルムヒルトの光の矢が降り注いで手足を貫いてあっという間に行動不能の面々を増やしていく。

 デュラハン、イグニスとマクスウェル。それにジェイクが突っ込んで文字通りに兵士達を蹴散らし、ローズマリーの操り糸が部隊を立て直そうとした部隊長クラスに絡みついて積極的に同士討ちをさせることで更なる混乱を呼び込む。
 どこかに包囲の穴はないのかと逃げ出そうとしたある者はステファニアの作り出した土壁に取り込まれ、顔だけ出した状態で身動きを封じられ、クラウディアの影茨に絡みつかれ――。

 リンドブルムが指揮官を掻っ攫っていき、そのまま放り投げて氷の壁に叩きつける。コルリスが空中から結晶弾をばらまいて分断。何もないところから突然姿を現したアルファとベリウスが敵兵の手足に噛みついて、楽しそうに振り回している。

 孤立した兵士達の中にレイメイやゲンライが突っ込んで当たるを幸いなぎ倒し、ゲンライの弟子達、砦から選ばれた精鋭達も鬨の声を上げて横合いから突っ込む。
 応戦しようとした者に、どこからか蜘蛛の糸が絡みついて空高く舞い上げられていった。オリエか、小蜘蛛達の仕業だろう。

 組織だって応戦しようとしている者から、優先的に潰す。隊列を組んでもピエトロの分身達が捨て身でも構わないというように無理矢理突き崩していく。

 俺も――敵兵の多い方向へ突っ込みながら、ライトニングクラウドを浴びせたりウロボロスでなぎ倒したりと好き放題やらせてもらっている。

「ぎゃあああ!」
「ば、化け物がっ!」
「ひいいいっ!」

 戦闘どころではない。それは蹂躙だ。数で勝るのに正体のわからない相手に分断されて、指揮系統を叩き潰されて、連係しようとした傍から強硬的な攻撃を食らう。
 絶叫と悲鳴。ぶっ飛んで舞い上がる人間人間。

「な、んだ、これは……」

 あまりと言えばあまりの光景に、ライゴウは言葉を失っていた。接敵してからあっという間の出来事。混乱を回復しようと声を張り上げようが一切は無駄な事。何を置いてもライゴウと敵兵を分断しようと言う目的で動いているのだ。ライゴウの声は、誰にも届かない。

 今回の包囲も蹂躙も。全ては仇討ちに横やりを入れさせないための動きだ。近付く者がいれば空中から襲撃をしかけ、最優先で排除する。だから――ライゴウの周りは蹂躙劇の最中にあって、別世界のように静かなもので。

「――久しいな、ライゴウ将軍」

 その、ライゴウの背中にかけられる声。ライゴウが弾かれるように振り向けば、そこにはカイ王子の姿があった。ライゴウの目が大きく見開かれる。

「シュ、シュンカイ……王子……!? 生きて、いただと!?」
「思えば……お前が我が父を手にかけた時も奇襲であったな。その時の意趣返しとて考えれば痛快ではあるが……。お前は――お前だけは父の直接の仇。我が手で成敗しなければならない」
「そ、そう、か。太守達の呼応の手際から、誰か裏で渡りを付けている者がいるとは予想していたが……貴様が……。貴様が裏で動いていたのか!」

 ライゴウは憤怒も露わに槍を構える。対峙するカイ王子は――激昂するでもなく、ただ静かに、決然とした表情で剣を構えるのであった。
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