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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外264 歩き出すために

 水晶板から聞こえてくる声であるとか、映し出される敵陣の風景が、にわかに慌ただしくなった。
 精鋭部隊の選出。夜陰に乗じて目立たないように装飾を施した船の準備。敵の将軍が砦に攻めてくるのは夜だ。
 既に迎え撃つ準備は整っているから、俺達も動いて敵部隊を逃がさない事、という条件を作戦内容に加えるだけの話。敵部隊まとめてという話になるのは、俺達やカイ王子が動いているところを見せておいて、敵に情報を渡すわけにはいかないという部分があるからだ。
 だが、それは別に問題ではない。

 問題があるとするならば、それは……カイ王子とリン王女の心境だろうか。将軍の声を聞いてから、カイ王子もリン王女も表情が暗くなってしまった。カイ王子はどこか遠くを見るような目をしたり、何かしらの術を使うところを脳裏に描いているのか、自分の掌に魔力を集中させたりしているように見えた。リン王女も、カイ王子の衣服の裾を掴んでいたりして。

「……カイ、リン」

 セイランが心配そうな眼差しを向ける。ゲンライやその門弟達も2人の事情は分かっているのだろう。

「ん……。私なら大丈夫。心配はいらないよ。だが、みんなに気を遣わせて、作戦会議が滞っても悪い。申し訳ないが、少し……リンと共に甲板で外の空気を吸ってこよう」

 リン王女はこくんと頷いて、カイ王子と共に艦橋を出ていく。

「難しい問題じゃな」

 ゲンライがそう言って静かに立ち上がる、が。

「その……僕に2人と、少し話をさせては貰えませんか?」

 俺がそう言うと、ゲンライがこちらを見てくる。

「僕自身もそうですし……僕の妻達もそうなのですが……何と言いますか。同じような経験があるので。似たような立場だからこそ、話せる事というのはあると思うので」

 俺がそう言うと、ゲンライは少し瞑目してから、静かに言った。

「……そう、か。そうじゃな。悩みを聞くことも師の務めではあるが、カイは……儂であるからこそ弟子として正しくあろうとするような性格。済まぬが、少しだけ悩みを聞いてやってはくれぬか」
「はい」

 頷く。それから真剣な表情で成り行きを見守っているみんなに視線を向けて言う。

「少し行ってくる。敵部隊を包囲する作戦を、少しだけ練っておいてほしい」
「分かったわ。こちらの事は任せておいて」
「包囲作戦ならば幾度もしているし、手札も色々あるものね」

 澱み無く答えるクラウディアとローズマリー。
 そして俺を真っ直ぐ見て頷くグレイス、アシュレイ、マルレーン、シーラ。彼女達は皆、仇討ちを経てここにいる。

「では……お二方の事は、お願いします」
「私達にして下さったように、お二人の事も」

 そう言って微笑むグレイスとアシュレイ。俺も笑みを返して頷き合う。

「わたしたちならもう、大丈夫、だから」
「ん。私達だって、テオドールのお陰でここにいる」

 鈴が鳴るようなマルレーンの声。自分の胸の辺りに手をやって、俺の目を見ながら言う。もう心配しなくてもいいと。だから二人の事もと。シーラの表情にも、穏やかな笑みがあった。

「こっちの事は、心配しないで」
「私達だって、いるもの」

 イルムヒルトとステファニアが、それぞれシーラに寄り添い、マルレーンを背後から抱きすくめる。

「私も作戦考えておくから、こっちは全部大丈夫!」

 セラフィナが両手に拳を握りながら言う。グレイスとアシュレイも手を取り合っていた。ローズマリーが俺を見て自信ありげに頷いて見せる。
 作戦を考えておく事も、みんなの心も大丈夫だからと。心配せずに行って来てあげて欲しいと。そんな風に言ってくれるみんなに、確かに支えてもらっている感覚がある。送り出されるように艦橋を出る。

 甲板に向かうと、寄り添って河の向こうを見ているカイ王子とリン王女の姿が見えた。近付くと、二人がこちらを見てくる。俺が来た事が不思議だというような。そんな表情。

「繊細な事柄だけにお二人だけにしておいた方が良いのかとも考えましたが……他人事とは思えない部分があるのでこうして少しだけお話を、と思いまして」

 そう言うと2人は少し驚いたような表情を浮かべる。

「……テオドール殿、も?」
「はい。目の前で……僕とグレイスを守ろうとしてくれた時の負傷が元で……母を失いました。僕が魔法を学ぼうと思ったのは、その時に何もできなかった自分の無力が……あまりにも悔しかったからです。僕だけではなく、妻達も同じような経験を。ですから……その立場でしか話せない事も、あるのかな、と」
「――そう、だったのか」

 カイ王子は納得するように目を閉じる。そうして暫く瞑目した後、口を開いた。

「私の父は――賢君として偉大だったと評される祖父に比べれば……あまり……良くは言われないんだ。在位が短かったし、ショウエンを頼り過ぎて跳梁の原因を作ったのでは……などと言う者がいることも、知っている」

 そこまで静かに口にしてから、掌を見やる。

「でもね、私やリンには……決して悪い親ではなかった、と思う。小さい頃、遊んでもらった事を、覚えている。こう、高く抱え上げられてね」
「私が風邪を引いた時に、心配して、来てくれた……」
「弓の使い方も……教えてくれた。もう少し、大きくなったら一緒に狩りにいこうと、そう言って笑っていた」

 懐かしそうに。そして寂しそうに父との思い出を語る、カイ王子とリン王女。

「最後の光景が、忘れられないんだ。父は私達を庇おうとして、背中を切られた。リンを連れて逃げろと。そう言ったんだ。何もできなくて、そんな自分が悔しかった」
「それに、こわ、かった……すごく」

 拳を握ってかぶりを振るカイ王子。目を閉じるリン王女。
 そう……。悔しくて、怖かった。俺の時もそうだった。だから――2人を見て、その言葉に静かに頷く。

「あの将軍の顔を、声を、思い出すと……その時の気分が蘇る。父の仇を討つことに、迷いはない。だけれど、いざこうして仇が目の前に現れると……思ってしまうんだ。自分はあの将軍を目の前にした時に上手く動けるのだろうかと。あの時の気持ちが蘇って居竦んでしまうのではないかと、不安になる。それに。王になると誓ったのに……大義が霞むほどに、色んな感情が渦巻いて。こんなにも個人的な感情で皆と共に、戦っていいのかと思う――部分もある」

 ああ。そうだ。そうだな。共感できる部分は大いにある。
 それでも、自分とカイ王子が同じであると簡単には言えない。心の内にある感情を、誰かにとやかく言われたくないと、俺だったら思うから。だから俺自身の気持ちを口にするしかない。

「……簡単にお気持ちが分かる、とは言いません。僕の場合は直接の仇はかなり長い間、母と相討ちになっていたと思っていましたし……僕と一緒に戦った妻達は、同じような過去があったり、理由がそれぞれでも目指すところが同じだったりした、という事情もあります。ですが……」

 一旦言葉を切る。そうして、言う。

「けれど、母の仇の同種が暴れ回って……その種族と、自分が戦えると知った時。僕にとっては……それはただただ喜びでした。訳知り顔で復讐を不毛だ、などと言う者もいるでしょう。だけれど、そんな言葉は何の慰めにもなりはしない。そうしなければ。力を得なければ。戦わなければ。あの時、あの瞬間から一歩も前に進めない。だからそうするしかない。僕にとっては、そういうものだった」

 自分の掌を見ながら、気持ちを吐露する。

「仇を討つために戦うというのならば、それでいいと思います。僕は僕自身のそんな個人的な感情から、親しくなった人物の仇討ちに助力できることを快く思いますよ」

 望んで協力するのだから。大義のために集まった顔触れなどと、俺には遠慮などする必要もない。

「――苛烈だな、テオドール殿は。だが……迷いの無い言葉というのは、心強い。この心の内側に渦巻くものを、誰かに認めて……もらえた気がした。それに戦意と勇気も。確かに君からもらえたように思う」

 カイ王子は目を閉じ、拳に力を込めて握る。リン王女も不安げな表情をどこかにやって、真剣な面持ちで顔を上げて俺を見てくる。
 そうして。俺とカイ王子と。どちらともなく、腕を上げ、軽く肘を曲げるようにして互いの手を強く握り合う。空中で腕相撲をするような握手の仕方とでも言えばいいのか。

「というわけで、協力は惜しみません」
「ああ。奴に目にものを見せてやるつもりだ。私については、もう心配いらない」

 そう言って、にやりと笑い合ってから、手を離す。

「私も、頑張る……!」

 リン王女も兄と同じような握手の仕方を望んでいるようで。リン王女の手も取ると、真剣な面持ちで頷いていた。その瞳に、恐怖や不安はもう浮かんでいない。リン王女はカイ王子に視線を向け、兄妹で笑いあう。

「では、戻ろうか。奴を迎え撃つ作戦をしっかり考えないといけないからね」

 そう言うカイ王子の表情は、少し吹っ切れたような印象があった。
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