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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外262 密偵と報告書

 北方の地方都市――具体的にはショウエンから見て前線の都市部である。そこから少し離れた山中。そこにシリウス号を待機。
 都市部には馬に跨ったゴリョウが走っていく。映像や音声は荷物の中に偽装させたハイダーを紛れ込ませている。ショウエンの側近達は都から滅多に動かないのが常だし、基本的には報告書を提出するだけになるので、大きな心配はいらないとゴリョウ達は言っていたが……不測の事態が起きた際、いざという時の救助体制等々は必要だ。なのでハイダーも連れて行ったという形である。これでこちらの予想に反して前線にショウエンの側近がやってきているようならゴリョウは符丁で教えてくれるし、俺達も救助と各個撃破を考えて動く、ということになっているが……。さて。

「イチエモン殿の協力で迫力が増しましたな」
「いや全く」
「お役に立てて何よりでござるよ」

 ゴリョウの同僚達の言葉に、イチエモンが覆面の下で目を細める。そうして彼らはゴリョウの同行させたハイダーからの映像と音声をみんなで注目しているという状態だ。

 任地からこっそり渡河したり早馬を飛ばしてきたという設定がバレないよう、イチエモンに協力してもらい、旅をしてきた風に衣服や馬に汚れの偽装までしたり……わざわざ前線の街道沿いにシリウス号を飛ばして見回りの将兵達とすれ違うようにしたりと、ある程度凝った偽装をしているのだ。

 その際呼び止められもしたが――ゴリョウ達の上役に当たる者の名を出し、身分証明として鈴のような品を見せると、それで将兵達は通してくれた。
 ……というかゴリョウに付き添う形で都市部まで送ると言って、同行した。流石に味方側の密偵から報告書を勝手に検めるような事はしなかったが、同行せずに後で問題が起こるのも、と考えた結果だろう。

 都市部に到着すると、ゴリョウは都市に入る前にこの都市に詰めているはずの上役の人物に取り次いで欲しいと、同行してきた兵士達に告げていた。

 すぐに兵士が走っていき、そうしてゴリョウは前線の都市部周辺に展開させている将兵達の天幕に連れて行かれる。
 その一角に通されると、そこにゴリョウの上役となる人物がいた。

「ゴリョウか。無事に戻ったようで何よりだ」
「はっ。至急連絡しなければならない事態が起き、報告書をお持ちした次第です。形式とは異なりますが、報告と提出をしなければならない物品もあります」

 そう言ってゴリョウは緊迫感を滲ませながら報告書を手渡す。

「――それほどの事態なのか? 報告書は暗号化されている、のだったな? ショウエン陛下の通達とは異なるが、将兵にとっても危険であるならば、要点だけ纏め、口頭で報告してもらいたいところでもあるのだが。無論提出しなければならない物品とやらについても聞かせてもらおう」
「はっ」

 上役の言葉にゴリョウは畏まった体勢を取ると、まず現在、ガクスイの領地で起こっていることを報告する。

「ガクスイは南東部のホウシン、北西部のシガとの共闘を宣言。我らに対し、同盟を結んで討伐に当たる、などと将兵の前で前王朝と自分達の正当性を説いたようです。それを裏付けるかのように前線に将兵や物資を集積中。これに関しては間違いありません」
「何だと!?」

 ゴリョウの報告を聞いた上役は血相を変える。そう。ショウエンの陣営にとっては衝撃的な報だ。時間差を伴って、ホウシンやシガ将軍の領地に潜入していた密偵達からも同様の報が入って来るだろう。
 逆算すれば――共闘宣言の時期が同じ日であると気付くはずだ。その意味するところは、綿密に連絡を取り合って対ショウエンに備えていたという強固な同盟関係と、三正面になってしまうというその事実だ。

「更には――ガクスイは領地内でかねてから捜索しておりました……最近になって捕獲した盗賊団の頭目を……その……」
「何だ! はっきり言え!」

 歯切れ悪く言い淀むゴリョウに、上役は苛立ったように言う。

「その……ショウエン陛下の手の者であり、民の平穏を望むために和解をと言っておきながら裏で村々を焼かせていた、などと声高に喧伝。これが任地で出回っていた人相書きの高札となります」

 そう言われた上役は、ゴリョウが荷物の中から取り出した高札を確認する。
 それは、風雨にさらされた高札を、どこかから乱暴にへし折って持ってきたというような有様の代物だった。
 そこには頭目の似顔絵がしっかりと描かれている。
 下手人の罪状、見つけた者は報告するようになどと文面が添えられている。現地の道具を用いてシグリッタが模写した人相書きに他ならない。

「これは――事実なのか!?」
「捜索されていた人相書きの男が捕まったこと、捕まえた後で突如、それを我らの差し金と喧伝している事までは事実です。しかし……その内容の真偽までは私には分かりかねます。陛下を貶めるためであるとか、兵士達の士気を高揚するための虚偽の情報ということも有り得ますし……我らの知らないところで組織された、破壊工作を行うための部隊がいなかったとも、私には言い切れません」

 と、ゴリョウ。最後に付け足した部分は、ショウエン陣営への揺さぶりだ。真偽は不明だが、仮に事実であれば、拙いと勝手に思ってくれればいい。その為の高札という小道具だ。

「しかし人相書きが精密であったために、喧伝されていることが事実ならば、高札を残しておくのも危険だと判断し夜陰と見張りの交代に乗じて強奪……そのまま任地から早馬を飛ばして帰って参りました。既に捕らえた男の人相書きを、態々また高札にする意味はありませんから」
「確かに民衆の前に晒せば済む話ではあるな。しかし以前から出されていた高札と顔を見比べられては困る、ということか。いや、良くやった」

 まあ、そんなファインプレーも、ホウシン陣営が人相書きを掲げていた、等という情報が時間差で入ってきてしまうために無駄になるという筋書きではあるのだが。現地の密偵にも秘密で、破壊工作部隊を動かしていた方が悪い、ということで納得してもらおう。

 報告された内容も全て事実である。どのぐらいのタイミングで攻勢に出ようと連中が考えていたのかは分からないが、同盟側の侵攻を防御することを考える局面に変化したというだけの話である。それが合理的な方針であり――こちらの望む展開であるから本当の事を教えてやったというだけの話なのだ。

「ありがとうございます」

 ゴリョウは丁寧に一礼し、それから顔を上げると言った。

「私は……任地に残してきた相棒が心配なのでこのまますぐに戻ろうと思います。できれば、馬を交換して頂けると助かるのですが」
「すぐに、か? これだけの報告を持ってきたのだ。休むぐらいの猶予は与えるぞ?」
「状況が急変しております。あちらでは火急に報告しなければならない事態がまた起きているかも知れません。我らは前王朝に組織された身です。そもそも日陰の身ゆえ……今ここで奮闘し、功を立て、役に立つところを見せなければ将来の見込みもありますまい」

 と、目を閉じて言うゴリョウに、上役も少々気の毒そうに眉根を寄せる。上役であるが故に、部隊があまり重用されていない事は承知しているのだろう。
 とは言え、元々報告書に記してあれば口頭での情報伝達の劣化が起こらないという方針のため、口頭で伝達する、というほうが異例なのだ。それに、状況が急変、相棒が心配、任務で功を立てる、等という言葉を散りばめられれば、規則、立場、感情のいずれの面からも引き留めるのは難しい。

「そう、か。お前の功は、上にそれとなく口利きをしておく。馬と食糧の手配もすぐにさせよう」

 そんな上役の言葉に、ゴリョウは一礼を返す。
 そうして。ゴリョウはまんまと敵陣を退出し、途中で俺達と合流。シリウス号に無事回収される運びとなったのであった。
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