不本意ながら、私は死ぬことになったようで。
それはいわゆる『呪い』という奴の所為らしくて。
私はこのことを、誰かに伝えないといけないようで。
「呪いや……」
「何が?」
テレビを見ながら呟いた2歳下の弟に向かって、私は尋ねた。晩ご飯前のこの時間帯は、奥様向けバラエティかニュース、もしくはドラマの再放送。ブラウン管の中では、アナウンサーが色んな情報を伝えている。弟はどうやらニュースを見ていたようだ。
「これ見てぇや。姉ちゃんが読んどった漫画の作者、捕まってんてぇ。映画の監督も死ぬし……絶対になんかの呪いやな」
「あー、ほんまやなぁ。怖いなぁ」
隣に座りながら適当に相づちを打つと、弟は不機嫌そうな顔で机の上の新聞へと手を伸ばした。
「アホちゃうか。怖くないし、そんなん」
ばさっと乱暴に新聞を取り、新聞のテレビ欄を見る。ニュースに飽きたのか、面白そうな番組を探しているらしい。その向かいで私は記事の一面を見ていた。
『交通事故の増加、飲酒運転の実態』『遅れる日本の福祉』
どれも在り来たりな記事ばかりで、特にこれといって面白そうなモノは無い。私は下へ下へと視線を動かしていって、ようやく興味深い記事を見つけた。
『犯人は赤子?』
なかなか面白そうな事件だった。
なんでも、窒息死した被害者の首元には、赤子の手くらいの大きさだと思われる手形が残っていたらしい。死因は、恐らくソレによるもの。警察は、目下犯人を捜索中。
これで本当に犯人が赤ちゃんだったら、どうなるんだろうか。少し考えてみたが、すぐに思考を止める。窒息死させるほどの腕力を、赤ちゃんが持っているわけないだろう。
自分で自分の考えを馬鹿にしていると、弟がリモコンに手を掛けながら話してきた。まだ呪いの話の続きらしい。
「でもな、呪いはあると思うねん。リングとか呪怨とか、絶対にいつもなんかあるやん。あーいう怖いモノには何かあんねんで…………あ、チャンネル替えるで?」
「……ちょっと待って」
弟が怪訝そうな顔で私を見たが、気にしなかった。そんなことよりも、アナウンサーの伝えるニュースの方が気になった。
『――…行方不明となった男子高生の部屋には血の付いたナイフが落ちており、壁には血で「キエロ」の文字が見つけられました。警察の調べによりますと、どこにも侵入した痕跡が見られないとのことで依然として捜査は難航しています…』
「警察も大変やなぁ」
キリの良いところで、弟がリモコンの上に並ぶ数字のうち、弟が4番のボタンを押した。画面が切り替わって、今度はドラマの再放送。私もハマっていたドラマだった。高校生の男子が、シンクロに挑戦するという青春モノ。
いつもの私なら、一緒になって見ていたかも知れないけど、いまは違った。
さっきのニュース。どうも似ている。それから、赤子の手。私は自分の考えていることに気付かないフリをして、二階にある自室へと戻った。
机の上に置いてあるノートパソコンを開いて、私は何かに操られたように「小説家になろう」のページを開いた。何度かクリックを繰り返して、目的のページを開く。
『夏ホラー』
この言葉でキーワード検索をかけた。すると、たくさんの小説が表示された。
夏休み中、お盆にみんなで一斉にホラー小説を投稿しようといった企画があった。尊敬している先生が参加していたこともあり、私もこの企画に参加したのだ。まるで百物語みたいだな、とその時は思っていた。
ぱ、と画面が表示される。それから、ずっとスクロールしていって目的の小説を見つけた。
『願いを叶える星』
それをクリックして、ざっと粗筋を読む。小説本文へと移動して、最初の方を見て大方の内容を思い出した。流れ星、行方不明、消えろ。
「キエロ…の小説や……」
怖くなった私は、前のページに戻る。余りにも、ニュースと似すぎている。
いや、偶然かも知れない。男子高生はただの行方不明なだけで、まだ殺されたと決まった訳じゃないし。
不安を掻き消す為に、私はページを閉じようとマウスを動かした。
大人しくそのボタンを押していれば良かったのに、私は気になるモノを見つけてしまった。
「『ホラーホラー・フェスティバル』?」
同一作者の作品を紹介する場所に、そんな小説が置いてあった。どことなく、私の参加したホラーフェアと似ている題名だなと思った。
その小説をクリックして、奇妙なことに気付いた。
「何これ……文字数74文字?」
あまりにも有り得ない数字だった。短編として投稿されているが、投稿するには遙かに少ない。おかしい。
私は気味が悪くなったが、手は既にクリックをしていた。
――――――――
ホラーホラー・フェスティバル
作:和佐
窒息死。首には小さい手の痕がある。それは坊によるもの。
小説の呪い。
真夏にホラー小説を書いた者に呪いが降り掛かる。あなたは、この呪いから逃げられるか?
――――――――
「窒息死、坊によるもの……なにこれ…」
最後の一文が、やけに目に付いた。呪いから、逃げられるか? 呪い?
訳が分からない。分からなさすぎる。とりあえず、ここは作者に聞いてみるべきだ。私はこの小説を書いた「和佐」さんにメッセージを送った。
『こんにちわ。ホラーホラー・フェスティバルを読んだのですが、これはどういう意味ですか? 真夏のホラーフェアと何か関係ありますか?』
二日経っても、返事は返ってこなかった。
*****
メッセージの返信を待っているこの2日間、私は色々考えた。何度も新聞記事を読み、ニュースを見た。結論は、これは何か得体の知れないことが起こっているということ。小説の呪い。
簡単に言えば、私は誰かに殺されるかも知れないということだ。
もしも本当に呪いがあると仮定して、今までの情報から考えると「真夏にホラーを書いた人が、自分の書いた小説通りに死ぬ」ということになる。もう少し大袈裟に言えば、私の知っている2つの事件は「真夏のホラーフェア」にある小説と酷似している。つまり、フェアに参加したことによって、呪いがかかったということ。
馬鹿みたいだと思う。だけど、それ以上に「呪い」が怖かった。根拠も何もないが、それでも怖かった。
自分の書いた小説通りに、殺されるかも知れない。ということは、私は友達に殺されるかも知れない。私が書いたホラー小説は、信じていた友達に、理由もなく殺される話だったからだ。
この2日間、私が何事もなく無事だったのが逆に証拠になっているのかもしれない。昨日と今日は土日。つまり、私は学校へ行っていなければ友達にも会っていない。
だから、私が殺されるのは明日かも知れない。明日、友達に殺されるかも知れない。
せめて、このことを誰かに伝えなければいけない。私は和佐さんがしたように、自分の考えをまとめて、短編小説として投稿することにした。
『ホラーフェアに参加された方々へ
作:アオキチヒロ
私が知っている全てをここに書き記します。
・2つの怪死事件は、ホラーフェアの小説に似ている。
・和佐先生曰く、これは小説の呪い
・自分が書いた小説通りに死ぬかも知れない
何かこれ以外に分かったことがあったら、教えてください。』
予想通り、文字数が少ないにも拘わらず、ちゃんと投稿できた。これもきっと「呪い」なのだろう。
実は、私はこの小説の中で一つだけ嘘を吐いた。この小説には、私の知っている全ては書き記されていない。
2日間、色んなことを考えていく内に、私はあることに気が付いた。
そう成ってしまう前に、消せばいいのだ。小説を、削除してしまえばいい。自分が書いたモノを消して、呪いも消してしまえばいい。
それに気付いて直ぐ、私は作者ページを開いて目的の小説に迷うことなく削除ボタンを押した。
しかし、期待していたものとは違うページがでてきたのだ。
『サーバーが見つかりません』『ページが表示できません』『現在このページはご利用になれません』
いろんなページを試してみたが、ちゃんと繋がる。なのに、このページだけが開けない。
極めつけは、何度目かの削除を試したときに出た表示。
『問題が発生しました。強制終了します』
何をしても無駄。このホラー小説は、削除出来ないのだ。これが決定的な証拠、小説の呪い。私に、死を決心させることになった。
「ユウ。百物語って、どんな話やったっけ?」
向かいの部屋にいる弟に向かって、質問をする。声が上擦っていたかも知れない。
「百物語? んーと……確か、怪談話を100話語り終えると、本物の幽霊が現れるとかなんとか……まあ怖い話をすると幽霊が集まるって言うしなぁ。姉ちゃん、信じてるん?」
「うん」
「へぇ、珍しいなぁ。姉ちゃん、こうゆう話は根拠が無いってゆうて、全然相手にしてくれへんかったのに」
野球のゲームをしながら、弟は笑った。私は笑わなかった。笑えなかった。
怖い話をしたから、集まってきた。本当の幽霊が、来てしまったのだ。
*****
月曜日の朝、私はいつも通りの時間に起き、いつも通りに朝の支度を終え、いつも通りに家を出た。
頭の中は、自分が死ぬシーンばかりが流れていた。駅のホームに立っていると、友達に背中を押される。線路に、落とされる。友達に殺される。殺される。殺される。
なら、駅に行かなければいい。学校へ行ったフリをして、どこかで時間を潰せばいい。
私はなるべく人通りの少ない場所を選んで歩いた。地元の友達だって、油断ならない。理由無く殺されてしまうからだ。
そこで私は普段から抜け道として使っている道を選んで歩いた。ここの横断歩道の向こう側には、24時間やっているネットカフェがある。そこにいれば友達と会うこともないだろうし、暇を持て余すことはない。当分はあの店でお世話になろうと考えたのだ。
「……っと、赤信号か」
完全に考え事をしていたので、危うく赤信号のまま横断歩道を渡ってしまうところだった。トラックが目の前を通り過ぎていった。今日はやけに車が多い。
ふと動かした視線の先、横断歩道の向かい側には、制服姿の女の子が一人とサラリーマンが一人。凝視するわけにもいかず、私は自分の足下を見ていた。
すると、耳元で声が聞こえた。
『忘れチャったノ?』
そして、誰かに、背中を押された気がした。
その瞬間、私は大切なことに気付いた。突然聞こえた言葉の意味、忘れてはいけない大切なこと。
「あたし、もう一個書いてたんや……」
友達に理由もなく殺される話。それを書いたとき、もっと分かりやすいホラーも書かなければと、慌てて書いたあの物語。横断歩道、制服姿の幽霊、やけに多い車。
女の子が幽霊に押されて、交通事故に遭う話。
『――…それでは次のニュースです。今日の午前7時半頃、登校途中だった女子高生が走行中だったトラックに撥ねられて死亡するという事件がありました。トラックの運転手は飲酒した状態だったとのことですが、「俺は悪くない」「あっちがいきなり飛び出してきた」などと言い、依然として事故について否定しています。
大阪府ではここ最近交通事故が相次ぎ、中でも飲酒運転による事故が後を絶ちません。府はこのことを重く受け取り、これからの対策について………え? あ、はい………失礼しました。
ただいま入った情報によりますと、女子高生の背には強い手形の痕が残っており、警察は事故に見せかけた他殺の可能性もあるとのことで、捜査を続ける模様です――……』
不本意ながら、私は死んでしまったようで。
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