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【習作】描写力アップを目指そう企画 作者:描写力アップ企画管理者

第二回 因縁のラストバトル企画(2017.7.22正午〆)

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出紅の種 (燈真 作)

 用意したまな板を縁側に出し、緑と黒の艶やかな球体に包丁を入れてぐ、と押す。果汁が湧き、つるりと滑った。赤い指先で掬って口に運んだそいつが、満足げに頷く。膝立ちになり、峰に手を添えざくざくと切っていく。支えていた手をそっと離すと、水を湛え透き通った紅の果肉が現れた。食べられるサイズに切り、互いに合掌。
「はぁ、んまひ」
「ふむ、ほえは」
 一口で上品な甘みが広がり、二口で喉を潤す。氷菓子なんて目ではない。
「西瓜の定義を考え直さねばならぬかの」
 足をぶらつかせかぶりつくその真っ赤な横顔に、努めて冷静に告げる。
「今日は、特別だからな」
 しゃく、と1つ音をさせ、両手が膝に置かれた。
「ぬしは、もう大人だ」
「あぁ。夏が終われば、もう二十歳だ」
「我が輩のことも見えなくなるの」
 目を細め、そいつはまたしゃく、と西瓜を囓った。
「何年の付き合いになったか」
「14年」
「人の子相手には長すぎたな」
 初めて出会った時とは逆に、自分が頭の皿を見下ろすようになった。
「きりよく10勝して終わりたいの」
「手は抜かないぞ」
「年寄りは労るものだ」
「昔から容赦なかったくせに」
 舌の上で種を転がす。形が悪いものは小皿に転がし、選別していく。
「ここ数年はぬしの方が勝率が高いではないか」
「お前に勝ちたくて吹奏楽部入ったからな。金管奏者の肺活量なめるなよ」
 頬の中に種が12個。さらに絞る必要がある。隣でも思案顔でぺっぺと種を吐き出している。
「その種、捨てて良かったのか」
「その手に乗るかよ」
 互いに4切れを食べ終え、最終戦に相応しい5粒を選ぶ。遠く遠くで蝉が鳴く。
「決まったか」
「……あぁ」
 縁の下から蛙が1匹跳びだした。体に巻き尺を巻き付け、大事そうに一跳ね一跳ね。十年来馴染みの光景だ。惜しむように最後に跳ねて、ぴんと張った尺の向こうでグエと鳴いた。
「始めよう」
 右手を差し出す。そいつは、大きな口をにやり、とさせて、水かきのついた赤い手で応えた。独り暇を持て余していた幼い日に、西瓜の種の飛ばし方を教えてくれた、この年老いた河童に、最後に心からの敬意を。

 鼻からゆっくり息を吸う。腹に肺に、静かにためて、圧をかける。舌を吹き矢の筒状に丸め、斜め上を向き、口内が弾ける寸前まで圧を高めーぐん、と腹筋を使い圧し出した。唇が余分に広がったか、種は想定より飛ばず、尺で数えて2mもない。
「この一年で鈍ったか」
「準備運動ってやつだ」
 ケッケと笑ってそいつの番、口をもごもごとさせるなり、口をさらに尖らせ、次の瞬間、プツッと小さな音と共に種が飛び出した。どういう仕組みか放物線を描かない。弾丸となり真っ直ぐ飛んで、次第に下降し砂一つ動かさず着地する。飛距離2m31。小手調べだ。
 2粒目は調整の成果あって2m63。得意げに見下ろすと、鼻で笑ったそいつがすぐさま飛ばして2m70。力んだ3粒目はタイミングがずれて1m95。思わず地団駄を踏んだ背中をそいつが勢いよく叩いて笑い、済ました顔して2m96を記録した。残り2粒。ここらで3m越えておかないと、最後の1粒に重圧がかかる。
「最高記録、何mだっけ」
 途端縁の下からもう1匹蛙が跳ね出てきた。止まった場所は、3m84。
「まだ破られてはおらなんだか」
「なら破らずには帰れないな」
「日が暮れるの。ぬし今日は不調に見えるが」
「出藍を狙うあまり武者震いがな」
 4拍で息を吸い、8拍かけて吐き出した。あの蛙の、向こうへ。息の量、圧力、速さ、角度、口の開き幅。14年間の思考を思い出せ。
 ぷつ、と鳴らした種は、蛙の手前で転がった。3m36。射程圏内だが、まだ遠い。かと思えば、つ、と小さな音を残した種が、自分のを追い越していった。3m49。
「くっそぉ……」
「師の壁は高いぞ、ほれ最後だ」
 最後。舌がゆっくりと、種の形をなぞる。形も厚さも一番良かった。大事な、最後の一粒。これを放てば、もうおしまい。

 夏は河童と種飛ばし。そればかり、考えてきたのに。

 鼻から息を吸おうとしたら、急に鼻水がつかえた。仕方なく唇の両端を開いたら、詰まった喉がぐ、と鳴った。困った、どこからも息が吸えない。最高記録の蛙が何重にもぶれた。種が飛ばせない。終われない。
「情けないのぅ」
「ぅ、るさ」
 嗚咽が漏れた。背中をさする手が優しいのが悪い。もう、二度と会えないのに。
 ふ、と隣で鳴って、師が先に飛ばしたことを知る。見えない。見たくない。
「我が輩の不戦勝か。出藍を狙うのであろう、しっかりせい」
 二度三度と背中を叩かれ、咽せながら腕で顔を拭う。目を閉じて上を向き、深呼吸。森と稲と西瓜と大地と、水の匂いを吸い込んだ。
「いけるか」
「あぁ」
「よし、いけ」
 種を筒状の舌に乗せ、斜め上を向いて、身体全体にため込み圧を高めた空気を、腹から勢いよく圧し出す。これで、最後。虹も頭を垂れる放物線を描き、少年時代の情熱が飛んだ。
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