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【習作】描写力アップを目指そう企画 作者:描写力アップ企画管理者

第二回 因縁のラストバトル企画(2017.7.22正午〆)

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鼠狩り (青月クロエ 作)

自作の連作長編シリーズ「近代イギリスシリーズ」の世界観と登場人物を使用しています。
 斜雨が礫をうつように頬を、肩を、全身を叩きつける。
 額に張り付いた蜂蜜色の濡れ髪から瞼へと落ちる水滴を、黒スーツの袖口でぐいと拭う。
 眼前に拡がる埃道は雨で泥濘と化し、道の両脇に自生する楓の並木は強風に煽られて枝葉を揺らす。
 並木の影に身を潜めた男は大きな欠伸を一つしてみせる。
 遠くより、車輪が転がる音とぬかるんだ地面を蹴る蹄の音が鳴りひびいてきた。
 月と星々が雨雲で隠された夜闇に深く黒い濃霧が立ち込める。
 音は徐々にこちらへと近付いてくる。

「そろそろお出ましかぁー??」
 場にそぐわない呑気な口調で呟いた後、煙幕のような霧を潜って一台の辻馬車が通り掛かった。
 馬達が駆けるごとに泥の飛沫は脚や腹に飛び跳ね、茶色の毛並を汚すだけでなく御者の靴やズボンの裾までをも汚していく。
「あーあ、こんな土砂降りの深夜にご苦労さんなことでー……。まぁ、待ってろよぉー、もうすぐ解放してやるよぉ」
 小猿を彷彿させる剽軽な顔に薄ら笑いを湛える。
 丁度、馬車が真横を走り抜けようとしたところで男は木陰から飛び出し、懐から銃を抜き取った。

 闇を切り裂くような銃声と一段と高い馬の嘶き。
 次いで何かが振り落とされ、興奮する馬に踏み潰された。
 馬の興奮は鎮まることなくどこからか、おそらくは馬車の中からだろう――、くぐもった悲鳴が耳に届いた。

「いいぞ、いいぞぉー、もっと暴れてくれよぉ」
 前脚を高く掲げて暴れる馬達や激しく揺り動かされる車体に、銃を握りしめる男のだらしない笑みは益々深くなる。
 どうせなら車体ごと倒れて中にいるあの野郎も潰れちまえばいいのに。

(でも、それじゃあ意味が――、意味が無ぇんだ)

  馬の動きに細心の注意を払い、今にも横転しそうな車体に近付いていく。
 すると、軋んだ音を立てて勢い良く扉が開き、中にいた人物が地面へと飛び降りてきた。
 全身をガクガクと震わせ、腰をこれでもかというくらい引かせて飛び降りたため着地に失敗し、泥濘に滑り落ちていったが。
 しかし、それは男にとって降って湧いた幸運だった。

「おっとぉ、動くんじゃねぇぞぉー」
 全身を強く打ち付けた痛みで地面を這い蹲る人物の後頭部に銃口を突き付ける。
「あ、でもさぁ、念の為に顔見せてくんねぇかな」
 言うが早いか、男は空いている方の手で泥に突っ伏す顔を強引に上向かせた。
 上唇から飛び出た前歯や貧相な顔つきが鼠とよく似た小男だ。
「間違いねぇわ。あんた、クロムウェル党の最後の残党で、この街のプレシャス・ガーデンこと、クリスタルパレスを焼き討ちした親玉だな」
「……お、俺を殺すのか……??」
「いいやぁ??残念ながら雇い主と親父からは殺すなって言われてるけどぉ??」
 殺す気はない、と言われているも同然の言葉に、鼠男の色を失くした顔があからさまに安堵で緩む。 
 その安堵の表情を見た男から笑みが消え失せた。

「俺はてめぇをぶっ殺したくてしょうがねぇがな」

 金色掛かった暗緑の眸が冷たく底光りし、銃口を鼠男の後頭部からこめかみへと滑らせつつ背中を長い足で踏みつけようとする。
 生への執着心ゆえか、鼠男もまた見た目にそぐわぬ素早い動きで横向きに身体を転がし、辛うじて男の足から逃れた。
 鼠男は泥まみれの上着のポケットから銃を取り出し、寝転がった態勢で男の足を狙い、撃ち放す。

「そんな不安定な態勢で、しかも片手撃ちでこの俺が撃てると思ってんのかぁ?!ド素人がぁ!!」
「うるせぇ!ここまで逃げたからには殺されてたまるかよ!!」

 今にも倒れそうになりながら鼠男は立ち上がる。
 立ち上がりながら男への銃撃の手は止めない。
 だが、ただ闇雲に撃ちまくる銃弾など当たる筈もなく、あらぬ方向に流れていくばかり。
 その間、男は一発も撃ち返していない。
 激しさを増す一方の雨で銃声も硝煙も男達の怒声も掻き消されていく。

「俺は、てめぇだけはどうしても許せねぇんだよ……。てめぇがあの日、焼き討ちなんかしなけりゃ……」


 ――あいつは、今でも笑っていただろうに――


『うるせぇよ。誰が仇を討ってくれって、いつ頼んだ??』


 己と同じ色の眸が怒りに燃え、睨み据えてくる幻影が、身体を左右にふらつかせる鼠男と男の間に立ち塞がる。
 ハッと我に返れば、鼠男は銃口を地面に向けて何度も無為にトリガーを引いていた。
 頭で考えるよりも身体が先に動いた。
 男は再び銃を構え、狙いを定める。

『おい、ディヴィッド。余計なことするんじゃねぇっつってんだろうが!!』

「へへへ……、後で殴るなりヨーク河の水底に沈めるなり、してくれりゃあいいやぁ……」

 鼠男にへらりと笑いかける。
銃口からは炎が噴き上がった。


(了)
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