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星屑の童話たち

噴水の金魚

作者:鈴木 りん
 星屑による、星屑のような童話です。よろしければ、お読みくださるとうれしいです。
 なろう「冬童話2015」参加作品です。
 どうしてこんなところに?

 正明まさあきは、あちこちで茶色く皮がげ始め、ややくたびれた感じの黒いランドセルを背に、首をかしげた。
 学校帰りの道すがら立ち寄った、大きな公園。
 その中にある噴水ふんすいの池に、赤白まだら模様の金魚が一匹、ひらひらと泳いでいた。長い尾びれと胸びれが、まるで天女てんにょのように見えた。

 幅が五メートルほどの大きさの、丸い池。
 まん中に白い柱が立っていて、その上のでっかい皿のようなものから、まるで滝のように四方八方に水がき出している。
 金魚は、春のやわらかい日差しを浴びながら、噴き出す水の届かない、池のすみっこにぽつんといた。


 ――正明は、小学五年生の男子。
 背は少し低めで、やせっぽち。引っこみ思案じあんな性格なので、クラスでも滅多めったに目立つことはない、少年だ。新学期になって、同じクラスに転校生が一人やって来たけれど、とてもとても、声などはかけられなかった。

 そんな感じだから、正明は友達もいなく、学校ではさびしい思いばかりしていた。
 つらい思いをしたときなど、きまって帰り道にこの公園へやって来て、日が暮れるまで噴水のそばにいることが多かった。

 ほとばしる噴水の音は彼のすすり泣き声をさりげなくかき消してくれるし、池の水は彼のひとみからこぼれ落ちる涙をやさしく溶かしこんでくれる――
 そんな墳水池が、正明の唯一ゆいいつこの世界で落ち着ける場所なのだった。


 ――ところが、今日はそうもいかない。
 金魚に、ずっと見られている。
 正明が、ひょいっと噴水の池をのぞきこむたびに、金魚はこちらを向いて、うれしそうにその長いしっぽを振るのだ。

「ちぇっ、やりにくいなあ」

 そのとき、ふと、正明の視線が池をとりかこむ灰色のコンクリートのかべに、くぎ付けになった。
 高さは正明のひざくらい。ちょっとした幅もあって、子どもが、ちょこんとすわれる感じ。

『わたし、金魚のミカ よろしくね』

 壁に書かれた、白チョークの文字。

 ??? 誰かのイタズラ?

 正明は、首をぐりんとひねった。あたりをぐるっと見渡してみる。誰もいない。

「おまえ、ミカなのか?」
 正明はかすれた小声で、こっそりと金魚に声をかけてみた。
 けれど、金魚は何も答えなかった。ただただ、透きとおった水の中で、しっぽをまるで女王様のように優雅ゆうがに振って、泳ぐだけだ。

「そりゃ、そうだよな」
 誰にも聞こえないようなため息が、正明の口から、そっともれた。
 金魚が本当に文字を書いたのかどうかなんて、わからない。
 わからないけど、そんな出来事のおかげで、いつの間にか、彼のさびしい気持ちはどこかへ行ってしまっていた。

 ◇◆◇

 次の日の午後。

 正明は、公園の噴水の前に、今日もいた。
 とくに悲しいことがあったわけではない。金魚のことが、気になってしかたがなかったのだ。

 えさをあげる人はいるのだろうか?
 ちゃんと生きてるのだろうか?

 おっかなびっくり、池をのぞきこむ。

 いた! 生きてる!

 正明は、辺りをキョロキョロ、何度も何度も見回した。

 やっぱり誰もいない――

 それを確かめた正明は、ジーンズの右のポケットから、急いで小さな袋を取り出した。そして、そこからいくつかの緑色のつぶてのひらの上に出し、池へとそれを投げ入れた。
 金魚のえさだった。

 赤白の金魚は、うれしそうにぱちゃぱちゃと音を立てながら、えさを食べ始めた。正明は、ほっとひと安心。今までがっちり力の入ってたその肩から、力がすうっと抜けていった。

 と、そのとき正明の両眼が、まばたきをやめた。大きく見開かれた眼差しのその先には、あの、池をとりまく壁があった。

『また会えたね。この池が好きなの?』

 壁の文字が変わっていた。

 ぼくをバカにしてるやつがいる?

 今度は、池の周りや壁の影、目を皿のようにして、念入りに辺りをさぐってみた。
 でもやっぱり、誰もいないようだ。

 すると、正明には、何だか本当にこの金魚が不思議ふしぎな力で文字を書いたような気がしてきた。

 この金魚、エスパー?

 ひとみをしきりとまばたかせた彼の顔が、急にぽっと、火が付いたように赤くなる。そして、今度はジーンズの左のポケットをごそごそやって、一本の真新しい白チョークを取り出した。

「――ま、とりあえず返事しとくか」

 コホン、と一度、せきばらいをした正明。壁の上に書かれた文字を、服のそでの布でゴシゴシこすって消すと、その上に、コソコソ文字を書き始めた。

『ぼくは正明。この池が大好きさ』

 そう書き終えると、正明は逃げるようにして、そこから公園の外へと走り出した。

 ◇◆◇

 それからほとんど毎日、正明は噴水の池に通うようになった。金魚にえさをあげ、金魚と『会話』をするためだった。

 正明が文字を書いた次の日には、その文字が消され、ミカからの返事が壁に書かれている。
 いつからかそれは、彼にとって、不思議ふしぎでもなんでもなくなっていた。はたから見れば、公園の噴水の前で楽しそうに池をながめる一人の少年としか思えない。

『毎日ありがとう。ここがホントに好きなのね』
『ふん水はきれいだし、その音も好き。ぜんぜんあきない』
『もしかして、私、おじゃま?』
『そんなことないよ。ミカがいてくれるようになって、もっと楽しくなった』
『私、一人でさびしい。楽しいお話、聞かせてくれる?』

 その言葉を見た正明は、ちょっとドキリとした。
 楽しい話なんて、自分に持ち合わせはない。実は今まで、噴水には泣きに来ていたんだ――なんて、今更、金魚のミカに言えるわけもない。
 正明は仕方なく、明るく楽しい毎日をおくっているかのように、作り話を書き続けた。

『学校で先生にほめられた』
『ドッジボール大会でゆうしょうした』
『お父さんとプロ野球を見に行って楽しかった』

 どれも、これも、ウソ

 ミカは、その度に感心したり、よろこんでくれた。胸の中のチクチクが、一日一日、だんだんだんだんと、大きくなっていく。

 そんな日が続いた、ある日のことだった。
 その日の金魚のミカの質問に、正明はつい、ウウン……と、うなってしまったのだ。

『いつも一人だけど、友達いないの?』

 一番、きかれたくないこと――
 正明が、池のすみっこを、じっと見つめる。
 すると、金魚のミカが、いつものようにこちらを向いて、ひらひらと泳いでくるのが見えた。
 白チョークをにぎりしめる、正明。

『友達いっぱいいるよ。今度、つれてくるね』

 そう書きながら、正明は自分の手に持った白チョークが、ふるえているのがわかった。

 その晩、正明はなかなか眠れなかった。
 ベッドの上で、のたうちまわる、のたうちまわる――。胸のチクチクが、ドキドキに変わっていく。

 明日は本当のことを書こう――

 正明は、そう心に決めたことで、やっと眠ることができた。

 ◇◆◇

『いいなあ、友達いて。私、だれもいない』

 正明は、池の壁の上に書かれたその文字の列を、目をつぶりながら、急いで消した。

 壁のある部分だけが、何度も文字を書いたり消したりされたせいで、だいぶ白っぽくなっている。
 正明はそこに、体から必死に何かをしぼり出すような、そんな苦しそうな表情をして、文字をゆっくりと書き並べ始めた。

『ぼくは大うそつき。今までのことは全部うそ。友達なんて一人もいない。ごめん』

 涙が、池の水の上にこぼれ落ちる。ひとつぶ、ふたつぶ、みつぶ……。
 えさが落ちてきたとでも思ったのか、涙の粒がまざった水の部分で、金魚のミカはしきりと口をぱくぱくとさせた。
 正明は、久しぶりに、本当に久しぶりに、この池の前で泣いていた。

「ああ、ミカが人間だったらなあ」

 鼻をすすりながら、正明は、ぽっそりと云った。すると、どこからか、女の子の声が聞こえる。

「もし私が人間になったら、友達になってくれる?」
「……もちろんさ」

 そう答えて、正明は、はっとなった。

 ミカがしゃべった?

 目をむき出しにしながら顔を上げた正明の前には、一人の女の子が立っていた。長い黒髪に、ぱっちり目。ピンクの半そでシャツにあわせた、赤いチェックのスカート。

 ミカが人間になった? あれ、でも……

 その子には、見覚おぼえがあった。

「私、美加みかよ。わかる?」

 正明は、ブンブン、首が取れんばかりに、黙って縦に首を振った。

 確かに、そうだ! 美加は、春に転校して来た、同じクラスの女の子。
 恥ずかしくて、声もかけられなかったが、休み時間に教室のかたすみで、ぽつん、と一人でいるのを、つい最近にも、見た覚えがある。
 美加にも、仲の良い友達がいないようには、正明も日頃、感じていた。

 美加は、池のまわりの椅子みたいな低い壁をのぞきこむと、
「……いいの。私も、ウソついたから」
 と言って、右手でスカートのポケットを、ごそごそやった。
 取り出したのは、すり減って短くなった、白いチョーク。

 美加がミカ?

 のぼせたようにぼうっとなった正明の横で、美加が壁に何かを書きこんだ。それから、「これを見て」とでも云うように、だまって池の壁を指差したのだ。

『友達になってくれるよね?』

 正明も、ポケットから白チョークを取り出す。美加の文字の横にきゅっきゅと何かを書きこむと、美加と同じように、壁をちょんちょん、指差した。

『もちろんさ! 明日も会おう』

 二人は声をあげて、笑い出した。

 そのとき、金魚が一匹、チャプンと音を立てて、池の水の上をいきおい良くはねた。
 それは、「私のこと忘れないでよ」とでもいいたげな感じに見えた。

「――さあて、あの金魚を私の家に戻さなきゃいけないんだけど、手伝ってくれる?」
 美加の、甘えたような声。
 正明はうつむきながら、静かにうなづいた。

 噴水の水が、ほとばしる音。
 それはまるで、二台の弦楽器げんがっきかなでる愉快ゆかいなハーモニーのように、そのときの正明には思えてならなかった。

 おわり

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