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殿の気晴らし

今回ちょっと分かり辛いかなと思われる登場者です。


日置五郎衛門行近 朽木家家臣 譜代、評定衆

宮川新次郎頼忠   朽木家家臣 譜代、評定衆

室賀甚七郎満正   朽木家家臣 旧武田家臣

芦田四郎左衛門信守 朽木家家臣 旧武田家臣


六角左京大夫輝頼  六角家当主 細川晴元の実子、六角家へ養子に

三好修理大夫長慶  三好家当主


永禄七年(1564年) 六月下旬   近江伊香郡塩津浜  塩津浜城 朽木基綱




今日は評定の日だが面倒な訴訟の裁定も無く淡々と進んでいる。まあ稲は順調に育っているし綿花も大丈夫だと農方奉行の長沼新三郎から報告が有った。今年も近江の国人衆に綿花の種を渡した。あと一、二年で北近江四郡に綿花が行き渡るだろう。


石鹸の製造販売も順調のようだ。敦賀郡の関を廃止した事で石鹸が敦賀へこれまで以上に流れるようになったらしい。船を使っての商売に弾みがついているようだ。綿糸、石鹸、どちらも順調だ。今年の末頃には全ての兵が百姓から銭で雇った傭兵に切り替わるだろう。ようやく一万の兵を動かす事が出来るようになる。


酒の製造も順調だ。伊香郡、浅井郡に作った製造所からは越前、美濃方面に酒が販売されているらしい。坂田郡にも必要だとは思うが昨今は彼方此方で凶作が起きている。酒なんて造っていいのかと思ってしまう。実際に地方では酒の製造禁止令が出ているところも有る。東北の方だが余程に厳しいらしい。


「明の船だが今組屋が出雲美保関へ行って交渉している。どうやら上手くいきそうだと連絡が来た」

俺が発言すると皆が嬉しそうに頷いた。ここで中国との交易が出来れば唐物と呼ばれる品を求めてさらに大勢の商人が敦賀にやってくる。皆がその余剰効果に期待している。


今の時点でも敦賀で新しい特産物を開発中だ。敦賀産の塩を高級品として売り出す事を考えている。最初に飛鳥井家を通して帝に敦賀産の塩を大量に献上した。

(いにしえ)には天皇家は敦賀産の塩を使用したと聞いている。今朽木が敦賀を領したので古に(なら)い塩を献上したい』

そう言って献上したら朝廷は大喜びだったな。塩も嬉しいが古に倣うと言うのが嬉しいらしい。朝廷を尊んでくれているというわけだ。義輝にも渡したが義輝も喜んでいた。


塩は人が生きていくためには必要不可欠なものだ。そして神事、祭事などの儀式でも使う。朝廷はそういうのが特に多いから塩の消費量は馬鹿にならない。なにより良いのは塩は腐らない事だ。そういう意味でも喜んで貰える。目目叔母ちゃんから文が来た。一度直接会いたいって書いてあったがなかなか難しい。如何したものかな。


帝に塩を献上する事で敦賀産の塩は昔から朝廷で使われるほど良質のものだ。そういうイメージを定着させようと思っている。そして少しずつ効果は出ているようだ。敦賀産の塩は徐々に高値で取引されるようになっている。塩なんて海が有れば何処でだって作れる、どうやって付加価値を付けるかが勝負だ。朽木は一歩リードだな。


全てが順調というわけでは無い。不安材料の一つは越前の朝倉と加賀の一向一揆の戦争だ。時期的に見てそろそろ始まるだろう。七月、八月と戦争して九月は稲の取り入れ。十月半ばくらいから十二月まで、雪が降るまでまた戦争だ。効率が悪いな、その事が昨年は朝倉を助けている。今年はどうなるか。重蔵は厳しいと見ているが……。


幸いなのは木の芽峠の防備が順調に進んでいる事だ。四つの砦は夏前には完成するだろうと竹中半兵衛から文が来た。新たに送った室賀甚七郎と芦田四郎左衛門は鉄砲部隊の扱いを習熟するために必死のようだ。そして砦の連携を強めるための手段として狼煙による合図の方法を検討しているらしい。こういうのは武田出身の二人は上手いようだ。運用実績を見て良ければ朽木でも正式に採用しようと思っている。


「ところで少々面白くない話が有る」

俺が不安材料その二を切り出すと何事、という表情で皆が俺を見た。

「六角左京大夫が俺に不快感を抱いているらしい」

あれ、皆あんまり驚いていないな。やっぱり世間一般の見方は朽木と六角は不仲なのか? それとも俺と輝頼が不仲か?


「已むを得ますまい。坂田郡の件が有りますからな」

五郎衛門の言葉に皆が頷いた。別に攻め獲ったわけじゃないぞ。坂田郡が朽木の支配下に入りたいというから受け入れただけだ。

「それも有るが国友村を取られたのが面白くないらしい」

「朽木が鉄砲を独り占めしている、そう思っているのでしょう」

新次郎の言葉にまた皆が頷いた。


鉄砲の独り占めか、まあそういう部分は有る。鉄砲の生産地と言えば堺と国友村だった。そこに朽木が割り込む形で入ってきた。朽木谷、清水山、船木、小谷。北近江の朽木領は鉄砲の一大産地だ。そして国友村も朽木領になった。面白くないという感情以上に安全保障の問題から危険視しているかもしれない。実際朽木の鉄砲保有数は千丁に近い。不気味だろう。


「今浜に城を造ろうと思っているが、これも左京大夫が文句を言っているようだな。坂田郡に城を築くとは如何いう事か、朽木の物だと誇示する気か、返すのが筋であろうと。六角攻めの拠点にするのではという不安も有るのかもしれん」

誰かが溜息を吐いた。ホント、煩いガキだわ。家柄とか血筋で主君を選ぶと酷い目に合うな。


「正月に俺が観音寺城に挨拶に行かなかったのも響いているようだ。馬鹿にされたと憤っているとか。困ったものだ」

「……」

誰も今からでも良いから挨拶に行けとは言わない。行ったら危険だ。

「まあ戦になる事は無いと思うが十分に気を付けるようにと坂田郡の国人衆には注意を促してくれ」


評定を終え部屋に戻ると人払いをしてからごろりと横になった。何も考えたくない、そんな時が有る。だがそれでも考えてしまう事が有る。三好長慶はいよいよ具合が悪いらしい。そろそろだな、もう直ぐ長慶が死ぬ。長慶が死んで一年後に義輝が死ぬ。この二人の死を契機として畿内はとんでもない騒乱に陥る。いや史実では起こったがこの世界ではどうなるのか、不確定要素が多過ぎてさっぱり読めん。困ったもんだ……。




永禄七年(1564年) 六月下旬   近江伊香郡塩津浜  塩津浜城 朽木小夜




「殿、小夜です。入っても宜しいですか?」

“構わんぞ”と応えが有ったので部屋に入ると弥五郎様が行儀悪く部屋に寝そべっていた。

「御加減でも御悪いのですか?」

「そうではない。起きるのが億劫なだけだ」

御顔の色は悪くない。嘘では無さそう。


「座ったらどうだ、用が有るのだろう?」

「はい」

ちょっと戸惑ったけれど思い切って弥五郎様の傍に座った。弥五郎様は気にする事無く天井を見ている。

「心配事が出来たか?」

「……はい」

「舅殿の事か?」

「御存知なのですか?」

「多少はな」

弥五郎様は天井を見たまま答えた。


「最近平井から来る文がおかしいのです。以前は左京大夫様を新たに六角家の当主に迎えこれで安心したと明るい文が届いていたのですが最近ではそのような事は何も……、むしろ避けているようで……」

弥五郎様がチラリと私を見た。

「六角家と朽木家の間で板挟みになっているのだ。舅殿も辛い立場だ」

「まあ、幕府から来られた方と上手く行っていないとは聞いていましたけど……」

弥五郎様がまたチラリと私を見ると身体を起こした。


「それも有る。幕臣達は六角と朽木を連合させて三好に対抗させたいと考えている。三好修理大夫の病が重いからな、おそらく長くはあるまい」

「それほどにお悪いのですか?」

「うむ、この夏を越せるかどうか。それも有って幕臣達は躍起になっているらしい。だが六角の重臣達にとっては迷惑千万な話よ。近年の混乱で六角家内部はばらばらだ。戦などより内政を重視して領内を一つに纏めるのが先、そう思っている。三好修理大夫の死を誰よりも望んでいないのは舅殿達かもしれぬ」

皮肉かしら、そう思ったけれど弥五郎様は大真面目な御顔をされている。本心からそう思っているらしい。


「……左京大夫様は如何お考えなのでしょう?」

私が訊ねると弥五郎様が軽く苦笑いをされた。

「小夜、内政というのは地味で辛気臭い仕事なのだ。外から養子として入って来て周囲に認められたいと思っている左京大夫には面白味のある仕事ではないな」

左京大夫、と弥五郎様が呼び捨てた。弥五郎様は必ずしも左京大夫様に良い感情をお持ちではない。


「殿は内政がお好きなようですけど」

「俺は地味で辛気臭い仕事が好きだ。世の中にはそういう変わり者もいる」

「まあ、御自身の事を変わり者などと……」

思わず吹き出してしまった。

「皆がそう言っておるわ。小夜も一度や二度は聞いた事が有るだろう」

「それはございます。でも殿の御蔭で領内が豊かになったと皆が感謝しておりますよ」

弥五郎様がまた天井を見られた。照れていらっしゃる、ちょっと可愛い。


「左京大夫は朽木が気にいらぬらしい」

「……やはり新年の御挨拶に」

「そうではない、そうではないのだ、小夜」

弥五郎様が私を見た。

「朽木と左京大夫にはそれ以前から因縁が有る。そなたが朽木に嫁ぐ前の話だ……」

そう仰られると弥五郎様がその因縁をぽつぽつとお話になられた。


元々は左京大夫様の父君、細川晴元様との拘わりが原因なのだとか。公方様が三好修理大夫と戦った時、細川様も公方様と共に三好と戦い敗れ朽木に逃げた。それから四年ほど公方様は朽木に滞在なされた。自力では戻れなかった、弥五郎様の尽力で和睦が成立し京に戻る事が出来た。でもその和睦では細川様だけが除け者にされ京に戻る事が出来なかった……。


「已むを得なかった」

弥五郎様が首を横に振った。

「三好にとっては公方様よりも細川の方が憎い存在だったのだ。和睦を成立させるためには細川を切り捨てるしかなかった。だがその事で朽木と細川の間に因縁が出来たのも事実だ」

「……」

「左京大夫にとって朽木は父親を切り捨てた存在なのだ、許せるわけが無かろうよ」

知らなかった。あの和睦では朽木の財力だけが話題になっていた。そんな事が有ったとは……。弥五郎様の表情は暗かった。


「厄介な事に左京大夫には朽木は六角に従うものという意識が有る。どうも幕臣共が近江守護として朽木を従え上洛しろと吹き込んだらしい。ところが朽木は坂田郡を奪い挨拶にも来ない。左京大夫は朽木は下剋上をしている、そう周囲に言っているらしい。当然だが舅殿への当たりはきつかろう」

「……他の御重臣方は?」

弥五郎様が首を横に振られた。


「進藤、目賀田は朽木と協力すべきだ、そして暫くは内政に精を出すべきだと主張して煙たがられている。三雲と蒲生、蒲生は代替わりしたがこの二人は右衛門督に近いと疑われ遠ざけられている。まあ幕臣共がそういう風にしたのかもしれんがな。若い左京大夫を操るの等容易い事だろう」

「……」


「左京大夫は朽木が織田と同盟したのも気に入らんらしい。六角に断りも無く勝手に盟を結ぶとは何事、そう言っている様だ。朽木に対抗して美濃の一色と同盟しようと言っているとも聞く。厄介な話だ」

思わず溜息が出てしまった。弥五郎様の笑い声が聞こえた。如何して笑えるの?


「そんな顔をするな、小夜。六角と朽木が反目している以上、連合して三好と戦う等という事にはならん。朽木と六角が戦う事もまず無かろう。左京大夫一人では戦は起こせんからな」

「そうなのですか」

弥五郎様が“多分な”と言って頷かれた。そして急に表情を改められた。


「そんな事よりも舅殿に身辺に注意するように伝えてくれ」

「父が危険なのですか?」

驚いて問い掛けると弥五郎様が首を横に振った。

「分からん。だから注意して欲しいのだ。後藤殿の事も有る、思慮の足りない人間は何をするか分からんからな」

また溜息が、慌てて堪えた……。




永禄七年(1564年) 七月下旬   近江伊香郡塩津浜  塩津浜城 日置行近




殿より侍大将、奉行以上の者は大広間に集まるようにとの触れが有った。何事かと急いで大広間に行くと既に皆揃っていた。どうやら儂が最後か。

「遅くなり申した」

席に着いて頭を下げると殿が“うむ”と頷いてから広間を見渡し“揃ったか”と仰られた。


「六角家から使者が来た。使者の名は大舘兵部藤安。皆も知っていると思うが公方様の御側近で左京大夫の側に付けられた御方だ。何やら大事な話が有るらしい。皆も良く聞くように」

大舘兵部藤安か。六角家では将軍家の権威を(かさ)に随分と横柄な態度をとっていると聞く。その所為でかなり顰蹙を買っているらしい。殿の婚儀に出席された大舘左衛門佐様の御一族とは聞くが一体どんな話を持ってきたのか。どうせ三好絡みだとは思うが……。


大舘兵部藤安が大広間に現れた。朽木の家臣達が大勢広間に居るのを見ると満足そうに頷いた。歓迎されていると思ったらしい。挨拶が終わると早速に用件を切り出した。

「本日こちらに伺いましたのは他でもありませぬ、六角家と朽木家の間を取り持とうと思うての事でござる。両家の間に(わだかま)りが有る事、公方様も痛く御心配されておりまする」

「……」


「三好修理大夫もこの月の六日に亡くなり……」

「惜しい事ですな、未だ御若いのに。確か四十を過ぎたばかりの筈」

「……」

「生きておいでの間に一度お会いしておくべきだったと思っております。真に残念」

「……」

大舘兵部が幾分鼻白んだように見えた。嫌がらせか、本心か。ちと分からぬな。


「ところで大舘殿。今日は六角家の使者として見えられたのかな? それとも将軍家の使者として参られたのか。どうもお話からではよく分からぬのだが」

殿が小首を傾げられた。

「……将軍家の使者としてでござる」

間が有った、嘘だな。この男の独断、或いは六角左京大夫に頼まれての事であろう。


「なるほど、それで蟠りとは何の事であろう? 当家と六角家の間に蟠りが有ると仰せだが某には心当たりが無い。五郎衛門、その方知っているか?」

皆の視線が儂に集まった。迷惑な、儂に振らずとも良かろうに。

「某も存じませぬ」

「新次郎は如何じゃ?」

「存じませぬ」

殿が知らぬというもの、儂や新次郎殿が知る筈も無いわ。


「聞いての通り、当家には心当たりが無い。大舘殿、蟠りとは一体何かな。教えて頂けぬか。それ無しでは話が進まぬ」

大舘兵部が顔を引き攣らせている。思いもかけぬ対応に戸惑ったか。

「されば、坂田郡の事でござる。坂田郡は元々六角家のもの。朽木家が所有するのは不当と左京大夫様は御不快に思われており申す」

「なるほど」

殿が軽く頷かれた。


「如何でありましょう、坂田郡を六角家にお返しなされては。勿論全てとは申しませぬ。六角家と朽木家で仲良く半分ずつ。その上で観音寺城にて左京大夫様と親しくお話しいただければ蟠りは綺麗に解消致しましょう」

「観音寺城に出向けと?」

殿の問い掛けに大舘兵部が“いかにも”と自信満々に頷いた。


「先年までは弥五郎殿自ら新年の挨拶に出向いていたとの事、左京大夫様の代になられてからそれも無くその事も左京太夫様は御不快に思われているように思われまする。これを機に両家の誼を結びなおされれば公方様も御喜びになりましょう。その上で三好に対して……」

「三好の事など如何でも良いわ」

「……」

大舘兵部が口を開けて閉じた。何を言えば良いのか分からぬらしい。


「大舘殿、貴殿の言う通りにすれば六角左京大夫の蟠りは融け公方様も御喜びになる、そうだったな」

「い、いかにも」

「なるほど、良く出来た案だ。で、俺の腹立ちは如何収めるのだ? 当然考えて有るのだろうな、大舘殿」

「そ、それは……」

目が泳いでいる。我らを見ても無駄だぞ、誰もお主を助けたりはせぬ。


「それは?」

「……」

「考えておらぬようだな。俺の腹立ち等踏み付けにしても構わぬ、公方様はそうお考えの様だ。随分と舐められたものよ」

「あ、いや、決してそのような事は有りませぬ」

殿が笑い声を上げた。


「御役目御苦労でしたな、大舘殿。公方様にお伝え頂きたい。色々と御心配いただいている様だが朽木家は公方様のお役に立てない事が良く分かり申した。それ故今後は朽木の事は御放念頂きたいと」

「し、暫く、暫くお待ち頂きたい!」

「五郎衛門、新次郎、使者の方がお帰りになる。御見送りせよ」

すっと席を立って広間を出て行く。大舘兵部が“弥五郎殿!”、“朽木様!”と叫びながら近付こうとしたが若い連中にその場で取り押さえられた。馬鹿が、全く見苦しい!


馬鹿を城から叩き出した後、新次郎殿と共に殿の部屋に向かった。殿は部屋で算盤を弾いていた。またか……。思わず溜息が出た。

「殿」

「明船が敦賀に二隻来たぞ。生糸と砂糖、陶磁器を買った。代わりにこちらからは石鹸、刀、俵物、漆器、干し椎茸、澄み酒を売った。なかなか良い取引だ。次に来るのは来年の五月だがもっと多くの船が来るだろう」

いつも通りの上機嫌だ。


「殿」

「石鹸だ。あれの評判が良かったらしい。国人衆達の尻を叩いて石鹸をもっと作らせよう。俺だけが儲けても仕方が無い。朽木だけではない、皆が豊かにならなくては。そうだろう、五郎衛門」

「まあ、それは。……ところで殿」

「敦賀に専売所を作ろう。近江の国人衆もそこに産物を置けば良い。専売所の責任者は誰にすれば……、新次郎、誰かいないか?」

「さあ」

……駄目だ。こっちの話を聞いていない。


「次は昆布と乾しナマコを売る。十一月になれば蝦夷地へ送った船が戻って来る、昆布と乾しナマコを沢山積んでな。それを連中に見せてやる、吃驚するぞ。今から楽しみだ」

「……殿」

「鰊は如何かな? 日持ちもするし出汁も出る。一度試食させるか、その方が良いかもしれん」



結局何も言えずに部屋を下がった。

「五郎衛門殿、殿は酒も飲まぬし女遊びもされぬ。唯一の道楽があれだ、大目に見ようではないか」

「分かっておる、新次郎殿。御怒りになった時は算盤を弾きながら商いの事を考える、そうやって気を紛らわせているという事はな。他の者に当たられるよりはずっと良い。それより敦賀の専売所の責任者、早急に決めねばならん」

「専売所を作るのが先であろう、冬が来る前に建てなければ」

「そうだな」


本来なら武士らしくないと苦言を呈するところなのだが何時の間にか朽木は銭で動く家になっていた。しかもその銭が役に立つ、文句は言えぬ。一体朽木家は何処に行くのか……、溜息が出た。






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