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題名のない短編小説 その5
作:彩月空


ぽつぽつぽつ…。

雨が窓を打つ。

まるで空が涙を流しているかのように、

どんよりとした雲から雨が落ちる。

始めは、ゆっくりと静かに打っていた雨音も、

授業終了に向かうにつれ、徐々に強みを増してきた。

ザーザーザー…。

一定のリズムを保っていた雨の唄は、

不協和音へと変わっていく…。

天気のいい日は色鮮やかに映る桜の花も、

今は雨にぬれて、どこか暗い雰囲気を醸し出していた。







授業が終わり、生徒たちは次々と下校していく。

それは、この1人の女子生徒も例外ではなかった。

彼女は、お気に入りの傘を振り回し、にこにこ笑いながら廊下を歩く。

廊下は生徒たちの笑い声や話し声で溢れ返っていた。

しかし、彼女はそんなことを気にも留めずに、やや足早に歩を進めていた。

「ん?」

―――のであるが、1人の男子生徒が視界に入ってきたために、足を止めることになった。

「…?」

彼は、手に荷物を持っているが、帰ろうとする素振りも見せず、雨の降る様子をじーっと眺めている。

彼女は、彼に気づかれないように、そーっと近づく。

そして…

「なーに、やってるのー?」

と言いながら、後ろから飛びついた。

飛びつかれた彼の方といえば、

「えっ! なっ!? え?」

と、しどろもどろになりながらも、飛びついた相手を確認すると、ふぅ、と息をはいた。

「何ですか? また、からかってるんですか?」

彼は、少し呆れ気味に、でも、柔らかな笑顔で彼女に訊ねた。

「え? いや、違うよ。ただ、何やってるのかなー? って思って」

彼女も彼に負けないくらいの笑顔で答える。

「あぁ…」

そんな彼女の言葉に、彼は困ったような顔をして、頭をかいた。

「実は、その…傘を、忘れてしまいまして…」

こんな大雨の中、傘がない―――。

それは、あまりよい状況とは言えなかった。

(う〜ん。これはチャンスなのかなぁ…)

彼女は、うんうん、と彼に気づかれない程度に小さく頷く。

「ふ〜ん。じゃあ、一緒に帰ろっか?」

彼女としては結構思い切って言ってみた言葉であり、彼女の思惑通り、彼はそれに過敏に反応する。

「え? 一緒にですか!? ということは―――」

彼の目線の先には1本の傘。

彼女の手に握られている1本の傘に向かっていた。

要するに、これはもう、あれだ。

相合傘で帰ることになるっていう話?







彼女の傘を彼が持ち、2人は体を近づける。

傘は2人がきっちり入るには、少しばかり小さかった。

そこで、彼は自分の肩を濡らしながらも、彼女の体に雨がかからないように細心の注意を払っていた。

「いやー、それにしても助かりましたよ」

彼が言うと、彼女がにこっと笑って人差し指を立てた。

「だって私は、困ってる人は助けてあげたくなる、とても優しい子だからね」

冗談めかして話す彼女であったが、内心はと言うと…。

(だって、あなただからね)

という、乙女チックな想いを抱いていた。

「こんなところを“あの人”に見られちゃったら、どーするー?」

自分が実はドキドキしながら、この問いを発していることを悟られないように、彼女は慎重に、それでいて普段どおりの声で訊ねる。

「え!! あ、いや!! な、何言ってるんですか!?」

予想以上の焦り振りに、彼女としては面白くなかった。

(ふ〜んだ。…でも、やっぱり―――)

どうしても顔が強張ってしまう。

笑顔でいようと思っても笑顔でいられなくなってしまう。

この人の前では、可愛い自分でいたいのに…。

でも、そんな反応をされると、なんだか少し悲しくて…寂しくて……。

だから彼女は、そっと彼の方に体を寄せた。

「あれ? どうかしましたか?」

ちょっと元気がなくなった彼女に気づいたのか、彼は心配そうに声を掛けた。

「うん、大丈夫……」

口ではそう言うものの、いつもとは違う笑顔に、さすがの彼も気づいたらしい。

だが、ここで彼女の本当の想いに気づかないのが、いわゆる“鈍感”な男の専売特許というもので…。

彼の頭の中では、

(えーっと、つまり、体を寄せてきたってことは…。いくら桜が咲いているとはいえ、まだ春先だし、雨が降ったせいで気温も低い。―――つまり、寒いってことか?)

とまぁこんな感じで、見事に点と点が結びついて1本の線となったわけで……。

そこで、彼は自分の上着を彼女に着せてあげようと考えて手を伸ばしたのだが、

上着が雨で濡れていることを思い出し、これを着せたら逆に寒くなってしまうかもしれないと思い、再び手を引っ込めた。

「ん? どうしたの?」

そんな彼の様子を訝しげに見つめていた彼女が口を開く。

彼は、苦笑を浮かべ、

「いや、寒いのかな、と思いまして、僕の上着をかけてあげようかと思ったんですが、実は僕の上着……その、雨で濡れていまして……」

そのとき初めて彼女は、彼が自分を雨で濡らさないように気遣ってくれていたことに気づいた。

そんなさりげない優しさに、自然と心臓が跳ねる。

思い切って彼女は、彼のぬくもりが感じられる距離まで体を寄せる。

「え? ちょ…!?」

慌てる彼を見て、にっと微笑む彼女。

(抜け駆けみたいで、悪い気もするけど……)

傘を打つ雨に感謝する彼女。

(でも私だって―――)

仲良さそうに並んだ2つの影は、

1つの傘の下、雨唄に囲まれながら、ゆっくりと歩き続けた。














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