冬だから手を繋いで
「美人局か? 罰ゲームか? それとも暇つぶしか? 何にしろ、その手には乗らないからな!」
そういって、一喜くん――――目の前の彼は足早に去っていった。
麻川郁恵、17歳。冬の真昼。告白した相手にこてんぱんに振られました。
◇◇◇
依田一喜くんは、同じクラスの男の子です。人は彼をオタクというけど、本当はとてお優しい人なのです。
ある日、学校の掲示板にあったポスターの女の子に落書きがされていました。通りかかった彼は「何てことを……絵にも魂が宿るんだぞ。いつか飛び出てくるかもしれないのに」 と言いながら一生懸命拭いて、ポスターを綺麗にしていきました。それを目撃した私は、冬樹くんを何て優しい人なんだろう――と思いました。
「まずそこが間違ってる」
幼馴染の奈津実ちゃんはそう言うけど、どこが間違ってるんだろう? ポスターの女の子にすら気を遣うなんて素敵だと思うのに。
「うん分かった。でもふられたんでしょう? 諦めたら?」
「……」
「あーもー、どうしたいのよ」
「恋人がダメなら友達で……じゃダメかなあ」
「オタ友くらいならなれんじゃない。あいつ今ギャルゲにはまってるらしいよ。その手の人達には有名な作品らしいけど、うちの学校にはやってる人いないっぽいし」
奈津実ちゃんは情報通だ。よくぼんやりしているといわれる私と違って、とても流行や時勢に敏感で頼りになる。じーっ。
「……『君と描いた世界』 っていってね。中世ヨーロッパがモチーフの恋愛シミュレーションゲーム。ネットで調べたほうが早いよ」
奈津実ちゃんはとても優しい。
◇◇◇
「お前、キミセカをやってたのか!」
「昨日初めてだけど、プレイ時間十時間を突破しました!」
「悪くない廃人根性だ……よし、次の週末を空けろ。キミセカの携帯ゲーム版を買いに行くぞ」
翌々日、奈津実ちゃんの言うとおり、キミセカを話題にしたら一喜くんは食いついてくれた。廊下の隅で奈津実ちゃんが泣いているのが見えた気がするけど、きっと親友が上手くいったうれし泣きだと思う。
◇◇◇
「ネットで買ったりしないの?」
「限定アイテムはここだけなんだ」
キミセカの攻略キャラが店舗別に振り分けられて、購入したお客様に限定アイテムが配布。私達が来たのはメインヒロインと全体図バージョンが手に入るお店だ。既に長蛇の列になっている。
「……何の疑問もなくここに来させたけど、お前ここでよかったのか?」
「一喜くんと一緒ならどこでも!」
「バカか、ゲームを優先しろ」
オタクの心を掴むのは難しいと思いました。
「とにかく、俺がヒロインのを買うから、お前は全体図な」
「はーい」
そう言って、私達二人は列に大人しく並んだ。そのうち、一喜くんがそわそわし始めた。弟のいる私にはピンときた。
「列、私がいるから行ってきたら?」
「あ、ああ」
冬はトイレが近くなるものね。
一喜くんが行ったあと、空から雪が落ちてきた。どーりで……。お店が開くまであと十五分。
やがて、戻ってきた一喜くんは、手を必死にこすり合わせていた。冬に洗った手をそのままにしておくと、あかぎれひび割れと大変な事になる。……手袋ないのかな?
「バイト代はキミセカにつぎこんだ。そんな金はない」
そう言ってそっぽを向いて、彼は列に戻った。戻ったあとも、手に息を吹きかけて温めている。……。
私は、そっと手を伸ばして、彼の手を握った。
「お前、何を」
「えっと、あの……私、寒くて」
下手な言い訳だったかな。やっぱり、攻略キャラ以外に触られたら嫌かなあ。どんなに頑張っても、私は二次元になれない……。
そんな私の心配をよそに、彼は手を振り払ったりしなかった。
「なあ、紙は席をとっといたりしないし、体温も……いややっぱ何でもない」
「???」
そのまま、お店が開くまで手を繋いでいた。
私、ちょっとだけ、彼に近づけたのかなあ?
行列の皆さん「リア充は帰れよ……」