祐二の店『サロンドシュー』には、古い鏡があった。
彼を指導してくれた恩師の聡から受け継いだものだ。
モダンな店内には、ちょっと不似合いなアールデコ調の古い鏡。
彼はその鏡の前では、自分の実力以上の力が出てくる気がしてる。
そして、いつの頃からだろう?
鏡の前の客の心が鏡にうつるのが見えるようになった。
ある者は、失恋したばかり。
ある者は、夫婦喧嘩してきたところ。
実際客はいろいろな思いを抱いて、店に来ていると祐二は実感するのだ。
そしてさりげなく、相手の気持ちをつかみ、
いたわる言葉をかけて接客する。
だから彼の店はいつも繁盛していた。
祐二は聡からこの鏡を引き継ぐ時、こう言われていた。
『いいか。祐二、この鏡から何が見えても、決して口外するな。
お客の為でもあり、自分の為だからね。』
聡は、鏡を祐二に引き継ぐと、数日後に不慮の事故で亡くなってしまったのだ。
今思うと、きっと彼は、この鏡で、自分の死に顔をみたのではないかと祐二は思っている。
ある日、常連客の沙織がやって来た。
予約は2時からなのに、少し早めに来た。何か疲れているようである。
彼女は俗に言うセレブ妻だが、夫とは上手くいっていないようだった。
シャンプーをしてから、鏡の前に座った沙織。
髪をさわった裕二は何かイヤな予感がする。
シャンプーで洗ったはずなのに、べったりと何かまとわりついているような手触り。
『ねえ、裕二さん。ばっさりきっちゃって。』
『ええ、こんなにきれいな髪なのに、どういう心境の変化?』
つとめて明るい口調で話す裕二。
でも彼には見えてしまっていた。
彼女が夫を殺害してきた事が・・・・。まるでブロックのように夫の死体を
切断してきた彼女の姿が見えていた。
『裕二さん、どうしたの?手が止まってる・・・』
裕二を見上げた沙織の眼が光った気がした。
(私が何をしてきたか、気付いたの??)
裕二は次の言葉を探していた。
その言葉によっては、鏡で自分の死に顔を見る日が早くなるのを悟っていたから。
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