いつものことだった、
今日までは。
「せ、んせい!」
新人であるわたしが受け持ったのは、
やっぱり新人の作家さんで。
けどかれの本はバカ売れ。
いきなり忙しくなったわたしは、いつもこの人の締め切りで苦労する。
「出来てますかっ!?」
ずかずかと踏み場のない、ボロアパートを余計に壊しながら進む。
カップラーメンの、独特の匂いと、先生の生活臭。
「おう、中村いいとこにきたな」
「ほんとに?!」
かれは初めて会った日から、締め切りを守った日はない。
そのため、わたしはいつも残業なのだ。
「コーヒー頼む」
「・・・は?」
無粋ひげを右手でいじりながら、にやける先生。
一気に血の気が引いた
「もしかして・・・まだなの?」
「誰が終わったなんて言ったよ、休憩だよ、休憩」
信じらんない!
「なんでいつもこうなの!?」
ずかずかと奥に踏み入れる度に、畳が軋む
ぶつくさ文句を言いながら、台所に立った時に、せんせいが背後で動いた気がした。
「お前を帰したくないから、って言ったら?」
耳元で囁かれた"オトコノヒト"の声に、震えた心臓が今にも血液を逆流させそうだ。
「せ、んせい」
肩にせんせいの重みを感じて、どうしようもなく体が熱を帯びた。
「・・・あ、の」
"喋んな"と、囁かれたのもつかの間
あたしのお喋りな口はせんせいのそれによって封じられた。
「・・・んっ!」
慣れない行為に、感触に息が詰まってしまう。
いや、息がもたない
あたしの頭はただ酸素を欲しようと、必死にセンセイの腕にしがみついた。
「っはあ」
思わず口を抑えてしまいたいくらい、甘い声が出てしまう
恥ずかしい
今まで仕事上の関係だったから、尚更。
未だに震える唇に、顔を真っ赤にさせながらせんせいを見上げた。
「・・・本気で帰したくないかも」
酸素が回って冴えた頭なのに、
あたしの唇も体も再び熱を持ってしまった
「せんせい、ズルい、です・・・」
あたしはこれからもこの人に振り回されるのだろう。
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