ピンクの気体
「あの、私は夕食をご馳走なりましたら帰りますから」秋本は食卓に並べられた料理に箸も付けずに言いました。
結局、良い案が浮かばないままに営業時間が終了となり、そのまま秋本を帰して逃げられたりしたら厄介なので亜美は秋本を自宅に泊まらせることにしたのです。
昨日と同じように会社に泊めて誰かに見張りをしてもらうことも出来たのだが、連日ソファーに寝かせるのは少し可愛そうな気もしたし、なにより秋本と話がしたかったのです。
「いいえ、秋本さんを帰すわけにはいかないのです。」亜美は、いかにも業務上泊めるのだという感じで答えました。
「逃げたりはしませんよ。所長さんやまゆさんには大変感謝しています。これ以上迷惑をかけるようなことはしたくないのです。」しんみりと秋本は言いました。
「さあ、二人とも見つめ合ってないで食べましょう。せっかくのお味噌汁が冷めてしまうわ。」まゆが暗い空気を吹き飛ばすように言いました。
その日の夕食は、亜美にとってもまゆにとっても久しぶりに一緒に食べる夕食でした。普段、仕事の帰りが遅い亜美は簡単なおつまみとビールで夕食を済ませ。まゆの夕食は、亜美が朝のうちに作ったおかずを温め直してテレビを見ながら取るのが常でしたから。
秋本を挟んでいろいろな話をしながらの夕食は、普段すれ違いの時間が多い家族が旅行にでも来ているかのように、ぎこちない雰囲気に包まれていました。
「眠れますか?」夜中に起きてきた亜美がリビングに布団を敷いて寝ていた秋本に話かけました。
「とても落ち着いてはいるのですが、なんだか勿体無くて。」
「何が勿体無いのですか?」
「このまま寝てしまうのが、勿体無いほど幸せな気分なのですよ。」秋本は自分でも不思議そうに首をかしげて言いました。
「この家の空気というか匂いとういか、お二人の雰囲気というか・・・・良くは分からないのですが心地良いんです。」
「今まで、ゆっくりと眠れなかったからでしょう。」亜美はソファーに腰をかけて話を続けました。
「良かったら、少し飲みますか?」
「そんな申し訳ないです。」
「いいえ、夜中に目が覚めると飲まずには寝れないので、付き合って頂こうと思ったんです。」
「あまり強くは無いのですが、喜んで付き合います。」
「ワインでいいですか?」
「はい、少しだけ」
秋本は照れ臭そうに言い、亜美は微笑んでダイニングにワインを取りに行きました。
亜美は、ワインの入ったグラスとアロマキャンドルをトレーに乗せてリビングに戻って来ました。
「半分の方が秋本さんの」そう言ってグラスとキャンドルをテーブルに置きました。
キャンドルに照らされた二人の周りには淡いピンクの空気が漂っていました。
まるで、柔らかい夕日に照らされた雲のような気体に包まれていたのです。
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