卵の天使
「まゆ、あんた何を考えてるの。お茶を出したりするぐらいなら許していたけど」亜美は後悔と腹立たしさの混じった声でまゆを叱りました。
まゆも、何故そんな事をしたのか分かりませんでしたが、そうしなければいけない衝動にかられたのです。
もちろん、これは担当さんの仕業です。
「だって、儲かるし」まゆは理由にならない理由を目の前に置かれた封筒を眺めながら言いました。
「あんた債権回収の難しさが分かってるの、普通は弁護士が入ってすることなのよ」亜美は半ば諦めながら、元夫になんて報告するか考えていました。
「パパ?今大丈夫?」まゆは、亜美が報告する前に亜美の元夫でありまゆの父親に電話で相談しまた。
「まゆか?珍しいな電話してくれるなんて」元夫は嬉しそうに携帯を耳に押しつけました。
離婚はしたものの元夫にとっては大好きなひとり娘からの電話です。「実は困ったことがあってパパにしか相談する人が居ないから」まゆは、珍しく甘えるような声を出しました。
普段は、欲しいものがあっても、お小遣いが欲しくても、決して父親にねだることはありませんでした。それは、新しい家庭を持った父親への遠慮と頑張っている母親への気遣いで、好きな人が出来て自分達から離れていった父親の気持ちも理解出来る年頃にもなりました。
まゆにとって優しい父親は昔から好き人なんです。「はあ、なんでそんな事をしたんだ!お前は債権回収の難しさが分かってるのか?」事情を聞いた父親は、仕事の顔になり怒鳴りました。
「ごめんなさい。ママにもパパにも迷惑かけちゃった。」まゆは、自分のしたことの重大さを改めて思い知り泣き声になってしまいました。
「いや、大丈夫だよパパがなんとかするから心配はいらないよ。でも、なんでそんな突飛なことをしたんだい?」初めて聞く娘の泣き言に父親は、戸惑いと喜びの交ざった優しい声に戻りました。
「封筒に、絵が描いてあったの」
「絵?」
「封筒の端っこに卵の形をした天使の絵が描いてあったの、綺麗な金のラメの羽をもった卵天使。その絵を見ていたら、どうしても封筒が欲しくなったの」
「・・・・」父親は訳の分からないことを言う娘が心配になり、言葉を失ってしまいました。アクマは、直接的に心を支配することはいたしません。何か、暗示にかけるようなことをする訳です。だから偶然見たものに心を動かされたり、運命的なものを感じたりするのはアクマの仕業かもしれません。
まゆの場合は担当がまゆの深層心理を探り心を揺り動かさせる記号として卵天使を封筒に悪戯書きのように描き入れたのです。
「珍しいな、君が債権回収をするなんて。見込みはあるのかい?」まゆから、電話があった事は口止めされていたので、亜美からの業務報告の電話には、いつも以上にビジネスライクに答えた。
「副社長がいつも言われているように、少し業務の拡大も考えまして。」亜美が考えた挙げ句の言い訳です。
「積極的なチャレンジには多少のリスクは仕方ないね。この件は君に任せるけど困った時は必ず相談してくれよ」これも、元夫が考えに考え、事前に社内の根回しを済ました答えであります。
電話を切り終えて、亜美はぬるくなったコーヒーの残りを一気に飲み込み、マグカップをデスクに置きました。そのマグカップはまゆが美術部に入った時に亜美の為に初めて作った物でした。
カップの裏には母親がいつも笑顔でいてくれるように、丸い天使が小さく描いてあるのです。
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