ただぼうっと夜空を見上げる。半分より少し欠けた月が一番高くに昇る頃、駅前は人通りもまばらだ。
長いこと座っている鉄のベンチは未だにお尻に馴染まず冷たくて痛い。それが冬のせいなのかはわからない。
「おめえ、こんな夜更けに何やってる?」
後ろから突然の声。
驚いた。
振り向くと腐れ縁の幼馴染が白い息を吐きながら、呆れ顔でそこにいた。
「そんで!フラレてしまったわけなのですよ!」
「あー、そりゃ、ついてないわ」
「なにがよ?」
「そんな幸のねぇ女にからまれてる俺が」
腹の立つことこの上ない言葉だったが、おもしろかったので頭をグーで殴って許してやる。屋台の親父さんも楽しそうに笑ってた。
二ヵ月半ほど付き合った人と別れた。向こうから告白してきて、向こうから別れ話をしてきた。
「なんか、思っていたのと違った」
それが最後に言われた言葉。
私は正直、最後まで彼に対して感情と言うものを抱けなかった。まあ、キスぐらいはしたがそれだけ。それでも二ヵ月半は私の中でも続いたほうだ。
振られた日に一人ぼっちで部屋にいるのはなんか空しいので、駅前で景色を見ていた。なんか余計に空しくなった。
そこで出会った幼馴染。
強引におでんの屋台に連れ込んで憂さを晴らすことにした。
熱くなるくらい大声で笑って、とにかく飲んだ。
……飲みすぎた。
帰り道。
もう膝にほとんど力が入らず、私は彼に全体重を預ける。歩くというより引きずってもらうに近い状態だった。
私はどんなに酔っ払っても記憶は残る性質だ。この幼馴染にこうして迷惑かけるのも何回か目のはずだ。
途中、疲れたと言って小さな公園に寄った。小さい頃、よく遊んだ公園。こんな夜更けに来たのは初めてだ。
木造の小さなベンチに二人で腰を下ろす。ギシギシと嫌な音が響いた。昔はどんなに激しく飛び乗ってもこんな音はしなかった。公園自体がずいぶん小さく感じるのも冬のせいだろうか。
私達二人はずっと近所に住んでいたが同じ小学校に通っただけで、中学からはまったくの別々だった。
それでも時折遊び、大学生となった今ではこうして一緒にお酒まで飲む。不思議なものだ。
いきなり、視界が一瞬紅く照らされる。見れば彼が煙草に火をつけていた。
「へー、吸うようになったんだ」
白い煙をため息のように吐き出しながら彼が言う。
「酒飲んだ時だけ」
ふーんと、気のない返事をする。
今まともに横顔を見てしまった。見慣れすぎた横顔。煙草の火に照らされているのは初めて見た。
私は少しだけ寒気を感じて、左の二の腕を彼の後頭部に打ち付けた。彼が煙草を落としそうになった。
左腕全部に人の温度を感じる。
そのままの体勢で、彼は煙草を吸っている。私はぼーっとしてるだけ。吐く息は煙草を吸っていなくても十分に白い。でも、それほど寒さは感じない。
彼が短くなった煙草を捨て、踏んで火を消す。ずい分のんびり吸っていた気がした。
息をする音すら聞こえなくなった夜の公園、声を出すのが怖くなるほどの沈黙。
それを破ったのは彼だった。
「今、俺なんかすごいドキドキしてる」
心臓が止まりそうになる。ぐっとこらえて、次の言葉を待つ。
「やっぱ、好きだったなんかなー……」
いい天気だなーみたいに言って、
「好きです」
彼が真面目に私に言った。
思わず噴出しそうになるのを堪えて、私は大きく息を吐いた。
「振られた日に別の人と付き合うような、軽い女にはなりたくなかったんだけどなー」
笑顔で言った私が見えたかどうかはわからないけど、彼は笑った。私も笑った。しばらく二人で笑って、再び静かになった。
少しして、隣でまた煙草に火が着いた。私はなんとなく一つ聞いてみた。
「小さい頃から知ってるから……、なんか互いに異性だと思っていないというか……。そんなんでもいいのかな?」
彼が口から煙を吐いて、答えた。
「……いいんじゃね」
彼の答えを最後に、私達はじゃべるのをやめた。
なんか私は子供の時みたいにワクワクしている。笑みを堪えるのに必死で、横にいる彼の顔が見れない。
彼の肩に置いてあった手を下ろして彼の手を握った。
なんかホントに子供の頃に戻った気がした。
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