宣戦布告のシャドウ
「あの…、お付き合いしている方とかいらっしゃるんですか?」
自来也の遺した暗号解読の件でシカマルと知り合った暗号班のシホは、
一目惚れした彼に思い切って問う。
眉間にしわを寄せたまま難しい顔をしていたシカマルは、
更にしわを寄せ張り巡らせていた思考を停止させた。
「何?」
「恋人、いるんですか?」
「……。いねぇよ。そんな暇もねぇし」
それまでうつむき加減で声も小さめだった彼女の表情が、
みるみる明るく晴れやかになる。
「じゃあ私、立候補しちゃおっかな」
「は?」
「これからバンバン、暗号解読の協力者としてシカマルさんに手伝っちゃいます」
それからというもの、見た目に反して積極的なシホは、仕事の雑用を手伝ったり、
お茶を汲んだり、挙句の果てには弁当まで作って来たり、帰宅も一緒だったりと、
仕事仲間として、彼女は随時シカマルに終始べったりするようになった。
お陰で周囲もその噂で持ちきりだった。
「ねぇ、アレってやっぱアレよね……」
「そうそう、どう見てもアレに決まってるわ。でも本人はただの仲間、任務みたいなもんだって言ってんのよ。
そんなわけないじゃない。IQ高いくせに、ほんっと、あいつって恋愛に関しては疎いんだから」
サクラといのが、遠くから二人を目で追ってヒソヒソ話し合う。
傍から見れば、デートにしか見えない意外なカップルに…。
「でもシカマルって、テマリさんといい雰囲気じゃなかった?」
「やだぁ、テマリさんに限ってあいつのことなんか何とも思っちゃいないわよ〜」
ケラケラと、いのは滑稽だと言わんばかりに笑う。
「……それもそうね。ただの案内役だから、一緒にいるだけよね」
サクラも、それも一理あるわねと納得することにした。
シホは見た目に反して積極的。
今、彼女は目を閉じ顔を上げている。にわかに唇も突き出している。
それはまるで、口付けをせがんでいるかのような……。
だから情熱的な目を向けられて、さすがにシカマルもたじろいでしまう、かと思いきや…、
「着いたぜ。アンタんちここだろ?」
シカマルは何気ない顔で、「じゃあ」と言って颯爽と元来た道を歩いて行こうとする。
シホは引き止めようとするもその理由がなく、
「うん、ありがとう。またね」と言って小さく手を振って彼の去り行く背中を見つめるだけだった。
○
数ヶ月ぶりに砂の使者が来訪したと言う情報が入り、別の仕事に追われていたシカマルは途中で切り上げると、
簡単には会えない数ヶ月ぶりのあの面影へと馳せ参じる。
「よぉ」
久しぶりに会ったと言うのに、いつものように素っ気無い単純な挨拶を済ませる年下の中忍に対し、テマリの顔が曇った。
「お前…、寝てないだろ? 仕事熱心なのはいいが、ほどほどにしとけよ。たまには息抜きも必要だ」
------ちょうど今がそれに当たる……。
シカマルは、そう口にしようと言いかけたが、それを言うのも面倒だったので止めた。
代わりに深いため息で場を繋げる。
「誰か代理人でも寄越せば良かったんだ。それでなくとも、一人でも別に構わないのだが」
「そうはいかねぇよ。これはオレに与えられた任務だ。疲れているからって、誰かに譲ることもしたくねぇし」
「……ご苦労なこったな。面倒臭がり屋のお前が随分変わったもんだ」
「そうか? オレはいつものオレだぜ?」
その証拠に、めんどくさがって言いかけて止めたセリフだってある。
でも本当に面倒が理由で言わなかったのかは怪しいところ。
------くつろげる、ずっといたい場所……。
そう言うのも何だか気恥ずかしいような言いにくいような……。
だから、幾ら疲れていても寝ていなくとも、これだけは誰にも譲れない唯一無二の大切な居場所だったのだ。
それが何故なのかは、シカマル自身が未だ気づいていない。
テマリと肩を並べてたわいもない話をしながら木ノ葉の街を共に歩いて行く。
不意にシカマルは、シホと一緒にいる時と今の状況では一体何が違うのかを考え巡らせてもいた。
上の空になる隣りの男に、テマリが一瞥すると正面を向いて一言漏らした。
「くつろげる場所を壊して失くさないよう、これからは私たちが未来の為に守っていかねばならないな」
シカマルはハッとする。
何も言わずとも伝わる以心伝心な女はそういない。
どんなに難しい仕事の話でも、分かり合えるテマリは大した女だと思う。
と同時に、気持ちも引き締められる。
何度この人には励まされたことか。
叱咤激励し、陰ながら自分を支えてくれていたのは、テマリだったかもしれない。
そう思うと、戦友として尊敬できる点も多々ある。
……だけど、それだけではない。
何かが引っかかる。確かにシホも優秀な忍ではある。
だが、シホとは違う特別な何かがテマリには感じられた。
それはまるで難解な暗号解読にも似ていて、シカマルは益々険しい顔つきになるだけだった。
○
「もう帰るのか?」
テマリを火影の所まで連れて行き、その後は仕事の続きを終わらせ仕事場で仮寝をしていたシカマルだったが、
テマリが用件を済ましたので早くも帰路に就く旨を聞き、慌てて飛び出した。
「何だ、ちゃんと寝たのか?」
「ちょっとだけな。使者さんが帰るって言う時に、悠々と寝てるほどオレは無神経じゃねーんだよ」
ほとんど寝ていない上の寝起きだったようで、シカマルの表情から疲れが取れている様子は見受けられない。
仏頂面が一層仏頂面度を増している。
テマリは呆れつつも、気になったことを付け加えておいた。
「仕事も大事だが、彼女のことも大事にしろよ」
あまりに唐突に言い出す砂の使者に、眠そうに欠伸をしていたシカマルの眉根が寄る。
「何のことだよ?」
「聞いたぞ。暗号班の子と付き合ってるそうじゃないか」
------誰だよそんなデタラメ流す奴は……。
「あいつはただの……」
「見かけたが、可愛い感じの子だったじゃないか。だが、仕事と恋愛はわきまえた方がいいぞ。
私だってそれくらいは、ちゃんと分別している」
「え……」
目の前が一瞬何も見えなくなり、血の気が引いた。
------テマリが恋をしている……?
だからこんなにも綺麗になったのか、この人は……。
朗らかに微笑んで応えるテマリの横でシカマルの表情が強張り、剣呑な目つきがやがて鋭く光る。
そのままシカマルの後を付いて行くと、テマリは誰もいない狭い路地裏へと入って行った。
「おい、ここは何だ、近道か?」
テマリが目の前を行くシカマルの背中を睨んで問い質す。
しかしシカマルは何も応えず、数歩先を歩いて、それから立ち止まった。
「……誰と?」
「は?」
「仕事と恋愛をわきまえているんだろ? …その相手って、誰?」
「ああ、そのことか。お前は知らない砂の上忍だ。頼りになる年上で……」
その時、シカマルが振り向き、テマリの両肩に手を置いて壁際に押し付けた。
ドン!!
「なっ、何のつもりだお前っ!?」
壁に無理矢理押さえ込まれたテマリの碧玉の目が、粗野的な目に豹変した乱暴な男をきつく睨む。
テマリの顔のすぐ傍に両手を着けたシカマルは、虚ろな目で彼女を見下ろしていた。
「どうせオレは頼りない年下だよ」
「この手をどけろ」
「やだね」
「そういうところがまだ子供だって言うんだ! どけろ! 何する気だ!?」
「------キス」
テマリの目が剥く。
だが、噂の彼女のことが脳裏をよぎると、そういうことかと独断で解釈する。
「……ああ、練習台か。シャドウでならいいぞ」
------何でそう思えるんだよ……。
口に出す気にもなれなかったが、それは自分が全く相手にされていないという意味なのだろう。
アウト・オブ・眼中。
それともうまく交わされただけなのか。
だけど、天然な彼女が影でもいいぞと了承したので、折角なのでそれにあやかることにする。
シカマルは深呼吸をして一度テマリを見つめる。
「じゃ、行くぜ」
「あ、ああ……」
高鳴る胸。
鼓動が早い。
だけどテマリは目を閉じない。
真っ直ぐ見据えたまま------
「……目、閉じろよ」
「お前が顔を近づけるからだ! 私はシャドウでならいいと言ったんだぞ!」
「これがシャドウだ」
シカマルはテマリの唇に自分の唇を軽く触れた。
テマリの目が見開かれる。
ゆっくりと離された彼のキスは、震えていた。
「お…、お前っ!!」
「ハァ……、やべぇ…。くせになりそうだ。もう一回……」
一度離したその唇で再び触れようとするが、今度はテマリの両手首を掴んで壁に押さえ込むと、
強引に唇を押し付けるように重ねた。
それは熱いキスだった。
「ん……」
シカマルの唇は、テマリの温もりを捜し求めるかのように、何度も触れては押し付けむさぼる。
我慢できず、本当はもっと閉じられたテマリの口の中に舌をも潜り込ませ、その中を味わいたかったのだが、
テマリに殴られ突き放される。
人が来たのだ。
シホだった。
彼女は走って出て行ったシカマルの後を追って、彼を捜していた最中だった。
出て行く際、彼がどこへ向かったのかはわかっていた。
わかっていて後をずっと付けていた。砂の使者を送迎する、ただそれだけのこと…。
そう信じていたけれど、心の奥では彼は砂の彼女のことが気になっている、
そう思えて仕方がなかった。
案の定、場の悪い所を目撃してしまい、シホは蒼白する。
------やっぱりな……。
シカマルさんは彼女のことを……。
けれど、ずり落ちそうになる底の厚いメガネを上げ直しただけで、そのまま二人から目を放さない。
「…そ、その、これは誤解だ! お前とのキスの練習台として相手をしてやっただけだから!」
テマリが苦し紛れの言い訳をするが、シカマルがそれを遮った。
「オレはそのつもりはなかったぜ」
テマリとシホに向けて言い放った言葉。
シホは黙ってそれを聞いている。
「何だと!? 何て酷い奴だお前は!!」
開いた口が塞がらないテマリ。
「自分に嘘を付く自分は、もっと酷いと思うぜ」
「はぁ!?」
テマリも相当鈍いようだ。
だがそんなことにはお構い無しに、シホが口にした。
「わかってました。シカマルさんが誰を気にしているのかは。
でも、だからと言って、はいそうですかと引き下がる私でもありません。
“大切な同盟国の砂の使者さん”を送り届けた後、いつものように一緒に帰って下さい。
甘味処でお食事なんてどうです? 私待ってますから。……負けませんよ」
振り返って、彼女はその場を去って行った。
やけに強調されて響いた“大切な同盟国の砂の使者さん”が、何故か自分に突き刺さった気がして、
テマリは怪訝な表情を浮かべる。
「は、ライバル視されてしまったか。まるで宣戦布告だな」
面白おかしそうに笑う彼女だったが、本気には受け止めていないようだ。
いつものようにサラリと受け流す。
------こいつ、何もわかっちゃいねーな……。
横目でテマリを見下していると、テマリは背伸びをして言ってきた。
「まぁ、さっきのようなキスなら合格だ。ぎこちなさと荒っぽさがあったが、なかなか…。
もしかして慣れているのか?」
「んなわけねーよ」
「私はここでいい。路地裏を出れば通い慣れた道だ。……じゃあな。頑張れよ」
そう言ってテマリは路地裏を一人歩いて行く。
遠ざかる足取りは軽やかだが、小さな背中の扇子が重たげだ。
------オレはまだまだ不合格だよ……。
シカマルは自分を卑下する。
------でも、いつかはアンタを……、
だけど、テマリには聞こえないその声が自分を鼓舞する。
------本気にさせてみせる……。
シカマルの右手が石畳に伸びる彼女の影にそっと触れ、そしてギュッと握りしめた。
〜Fin.
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ナ二、コレってば三角関係!?
シホとシカマルそれぞれの宣戦布告でした。
『宣戦布告のシャドウ』・・・つまり影っすね。
『宣戦布告の車道』・・・怖っ!!
デェト中に、自分のデェトそっちのけでコレ考えていたってそれどうよ。
つまり、シカテマ愛に勝るものなしってことが証明された瞬間ってことか(笑)。
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