二人を隔てるミルキーウェイ 〜流星が照らし出す橋〜
家が隣同士の奈良家と砂野家の子供たちは、それぞれ上が18、下が15才になっていた。
砂野家の三人姉弟と奈良家のシカマルは、昔はよく一緒に遊んでいたものだったが、
学校も異なると年々その交遊も薄れていく。
特に長女のテマリは、4人の中で年が一番上で、一人だけ女ということもあってか、
中学になる頃には幾らお隣りさんであっても会うことはなくなっていった。
久しぶりに見かけた時には、彼女のズボンはスカートに変わり、唇には淡いピンク色のリップを塗り、
ふんわりといい香りを漂わせた大人の女に変貌していて、シカマルはショックを受けたものだった。
まるで別人な彼女に、寂しさが押し寄せる。
と同時に、胸の奥に甘い疼きを感じるそんな自分にも戸惑う。
そして、テマリの部屋から見えた彼女の着替える場面------
見てはいけないと抑制の声がかかっても、悪魔の囁きに根負けし、目がそれを追ってしまう。
カーテンの隙間から見えた白い下着姿の彼女を……。
その夜は寝れず、ようやく眠れた夢の中にもそれが出てきてしまう始末。
夜、部屋で勉強していてもそれがちらついて集中できずに苦しむ日々を、
彼が過ごしていたことは誰も知らないことだった。
時が過ぎ-----
ある朝、家を出ると、砂野家からちょうど出てきたテマリとバッタリ出くわした。
「よう、久しぶり。元気そうだな」
ポケットに手を突っ込んでゆっくりと歩いてくるシカマルに、顔を上げたテマリも微笑みを返す。
「相変わらずのんびりだな。お前は高校生になってもその調子か」
呆れて笑いながら隣りに並んできたテマリだったが、
不意に違和感を覚えて思わず彼を仰ぎ見た。
「----随分伸びたな……。いつの間にか抜かれてしまった」
目をパチクリさせるシカマルも彼女の方を見れば、
昔は見上げていた視線が今は見下ろしていることに気づく。
そして、やはり昔とはどこか違う大人っぽさが含んでいるテマリの笑顔に、
シカマルも違和感を感じていた。
「アンタは大学でもいばってそうだな」
「ああ、馴れ馴れしく近づいて来る男を振り払うのに忙しいよ」
「……」
一瞬、間が空いたシカマルだったが、
「……薙ぎ倒すの間違いじゃねぇ?」
つい出てしまう皮肉。
その顔から笑顔は消えていた。
「何だとコラ? どの口が言うんだ? この口か?」
テマリがシカマルの頬をつまんでいると、
その手にシカマルの手がそっと触れた。
しばらくそのままの態勢で二人は見つめ合う……が、
「ほら、急がないと遅刻するよ!」
パッと手を振り払ったテマリが、その手を振り上げると笑顔で駆け出した。
残されたシカマルは、しばらく余韻に浸っていたかったが、
「ちぇっ」と舌打ちすると、仕方なく気だるそうに歩き始めた。
テマリが街で、見知らぬ男と歩いているのを偶然見かけてしまった。
それは楽しそうに並んで歩いていたが、シカマルは面白くなかった。
「んな露出の高い格好で、一緒に歩いてなんかいんなよな」
昔はありえなかったオシャレに身を包む彼女のファッションに一々毒づく。
ハァー…。
そのため息が、隣りにいる女友達の顔を曇らせた。
「何よ、このくらいが普通でしょ」
----おめぇじゃねぇし。
ハァー…。
言い返す気にもなれず、シカマルは深いため息をつくばかりだった。
いのを送った帰り道、昔よく遊んだ公園を通り過ぎようとしたが、暗闇の中、
一人の女がブランコに乗ってキィキィ言わせているのに気づいて、シカマルはギョッとした。
隣りの彼女、テマリだった。
「何してんだ?」
声をかけて近づいて行く。
テマリはハッと顔を上げてシカマルを見た。
「何だ、お前か」
「何だとは何だ。女が一人、誰もいない夜の公園で……不気味だぞ?」
賑やかな街中の公園でならともかく、ここは閑静な住宅街だ。
一歩間違えば幽霊だと勘違いされてしまい兼ねないシチュエーションだった。
「星が綺麗だと思ってさ」
「星……?」
「暗い所ではよく見えるだろ? ホラ」
テマリがブランコに乗りながら空を見上げる。
つられてシカマルもその視線の先を見上げるが、
「ああ、そうだな」
以前とは逆転したかのような口ぶりに、テマリが眉根を寄せる。
「ああん? どうしたお前。よく空を見上げていた昔のお前はどこへ行った?」
テマリの隣りのブランコに座ったシカマルが無言になるが、テマリはそれでも話し続ける。
「----もうすぐ七夕だな。昔は楽しかった。いろんな行事があって、それに参加するのも楽しくて…。
そういえば昔、願いごとを書いて笹の葉につるしたな。
お前…、憶えているか? ホラ、一緒に書いて、絶対見るなよって約束した時の…」
「いや、全く憶えてねぇ」
「……そ、そうか。だよな…」
何故か、テマリの声がくぐもっていた。
そんな彼女を尻目に、シカマルはふと思い出す。
年の割にマセていたので、以前から男だ女だというのが口癖だったが、
自分は確か、『早く一人前の大人になりたい』と書いていた。
それは多分、彼女よりも年下で、身体だって小さかったからかもしれない。
きっと自分はもう何年も前から彼女のことを-----
しかし、シカマルの脳裏をよぎったあの男の影が邪魔をする。
「今日、街で一緒に歩いていた男は、……彼氏?」
一見、興味なさそうな素っ気無い声で、サラリと訊いてみた。
「……ああ、そうだ。見てたのか」
途端に、恥かしそうな嬉しそうなテマリの様子が気に入らず、
グッとブランコの鎖を握り締めるとその場に立ち上がり、テマリの前に立った。
「オレ……」
「……どうした?」
言いかけた言葉を口に出そうとするが、
あと一歩の勇気が出ずに呑み込んでしまった。
と、その時、テマリの携帯電話の着信音が鳴って、テマリはすぐに耳に当て話し始める。
「----さっきの男か?」
「うん」
電源を切って、携帯をバッグにしまうテマリが応える。
「そろそろ行かなきゃ」
彼女が帰ろうと、ブランコから降りて立とうとした瞬間、
シカマルが彼女の乗るブランコの鎖を掴んでにぎりしめた。
驚いたテマリが訝しげにシカマルの顔を覗き込む。
二人の間に、少しだけ沈黙が続いた。
「……何?」
ハッと我に返ったシカマルは、
「----いや、何でも…ねぇ」
「そうか…、じゃあな」
テマリは去って行った。
一人残されたシカマルは星空を見上げ、ため息をついていると、
流星が一つ流れていった。
------オレの願いは、きっと叶わない……。
最近、彼女を見る機会が突然増えたが、それも何故だか圧倒的に夜が多かった。
カンクロウや我愛羅とは今までも時々会うことはあったが、
テマリに会うことはほとんどなかったのが不思議な程…。
意識してなかっただけなのだろうか。
意識をするとそれをよく見かけ出すという話をよく聞くので、
そういう現象が自分にも起きているということなのだろうか。
そんな中、今夜もテマリが窓越しに自分を手招く。
「今夜、弟たちは合宿で家には誰もいないんだ。来るか?」
「いや、それはかえってまずいだろ…」
「何がまずいんだ。私の入れるコーヒーは美味いぞ」
「……それは飲みてぇかもな」
そうしてシカマルは、数分後にはテマリの部屋にいた。
元々彼女の部屋に入った記憶は数えるほどだったが、
数年ぶりに見る部屋は、ガラリと変わっていた。
「随分と女っぽい部屋になっちまいやがって……」
真っ白なレースのカーテン、ピンクの壁紙、可愛らしいぬいぐるみ、
4人の幼い自分たちの写真が立てかけられてあった。
自分がよく知る元気いっぱいの少女が、そこに写っていた。
その少女の下には、おんぶをする辛そうな自分がいるが、
初恋の少女ゆえに辛さが半減している複雑な表情だった。
そしてその横に、恋人とのツーショット写真が置かれてあった。
今、彼女の心の中を占めているのは、彼なのだろう。
テマリがお盆にコーヒーを上げて入ってきた。
「飲んで驚け〜。私の入れたコーヒーは、他のが飲めなくなるくらい格別だぞ〜」
コーヒーをテーブルに置きながら、テマリが自画自賛する。
そして、お盆を持って背筋を伸ばすと、パッと部屋の明かりが消えた。
「……停電か?」
窓の外を見れば、外灯も消え、街全体が真っ暗だった。
「懐中電灯持ってくる」
テマリがドアに向かって歩き出そうとした時、
テーブルの足につまずいて倒れそうになるのをシカマルが間一髪受け止めた。
「あ、ありがと…」
暗闇の中、シカマルと向き合って手だけが接触しているが、
テマリが離れようとするのを彼は許さなかった。
気づいたらテマリは、腕の中に包まれてしまっていた。
ドクン…ドクン…
彼の心臓の音が聞こえる。
「どう…したんだお前…? もしかして、怖いのか…?」
まるで姉のような母のような優しげな言い方をするテマリに、
「いつまでも年下扱いしてんじゃねぇよ」
ムッとしたシカマルは付け加えて言う。
「だけどアンタにとっちゃオレは、いつまで経っても年下クンなんだろうな。
……わかってるよ、そんなことは」
そこまで言うとシカマルは、テマリから離れて部屋を出て行こうとした。
するとテマリが言い返してきた。
「何勝手なこと言って去ろうとしてるんだ! むしろ年を気にしているのはこっちだ!」
予想外の展開に、彼は足を止める。
「私はお前よりも年上であることを、気にしないようにしていた。
お前に年上の女なんてつり合わない」
----ああ、そんなことはわかってるって。どうせ年下は、恋愛対象外なんだろう?
心の中でふて腐れたように呟くが、テマリは尚も言い続ける。
「だから、好きでもない奴に告白されても無理に付き合ってきた。
だけど…、もう自分に嘘はつきたくない。シカマル、私はお前を-----」
「ちょーっとタンマ! な、何言ってんだよ!? オレをからかってんのか?」
急な展開にシカマルは焦ってしまう。
「からかってなんかいるものか! お前をここに呼んだのは、それを伝える為だ!
前に言った私が書いた七夕の願いごととは、
『織姫と彦星が、離れ離れにならずにすみますように』と書いたんだ。
そしてその織姫とは自分で、彦星はその時一緒にいたマセガキのことを思って書いたんだ!」
いつしかお互いが離れていったのは、
妙に意識して遠ざけていったせいだったのかもしれない。
「オレは…、『早く一人前の大人になりたい』って書いたんだが、
それはつまり、アンタにつり合う様な男になりたいって意味だったんだぜ」
目が慣れてきて回りもお互いの顔も見え出すけれど、
今は見えない方が都合がいい。
照れてしまって、きっとうまくこの場を乗り切れなかっただろうから。
それでも、テマリが微笑んでいるのがわかった。
「じゃあ、オレたちって、随分長いこと両想い?」
「純愛……ピュア・ラヴってとこかな。----あ、流れ星!」
暗闇の世界だからこそ見つけられた、ただ一つの光にテマリが気づいて叫んだ。
「----今年の七夕、星を一緒に見ようぜ」
窓辺に並んで立って、シカマルが言った。
「残念ながら、今年の七夕は雨だそうだ」
「だったらプラネタリウムで。オレたちの星を…ベガとアルタイルを見に行こうぜ」
「ムードがないな! 男なら、雨でも構わないから
本物を見に行こうと言えないのか」
「本物は、テマリを見ていればそれでいい」
テマリが言葉を呑み込んだ。
「----キザなセリフ。やっぱりマセガキは、いつになってもマセガキだな」
それは彼女なりの誉め言葉なのだろう。
照れくささと気恥かしさを和らげる為の…。
「だったら、最後までキザなことさせてくれよ」
シカマルはテマリの顎をクイッと上げさせると、自分の唇を重ね合わせた。
やがて二人の夜は、互いの甘い吐息と声に包まれていく……。
再び流星が、天の川を切り裂くようにきらめいた。
それはまるでベガとアルタイル----織姫と彦星の間に、一瞬だけ架けられた橋のように…。
だけど本当は、最初から二人は繋がっていたのだろう。
ただ、見えなかっただけのこと…。
心の中の流星は、光り輝いてそれを照らし出してくれた。
− 完 −
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シカテマ幼なじみ編の一つです。
仕事中に思いつきました。
一足お先に七夕を満喫。
タイトルもキザ・・・?
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