師匠と弟子
広い中庭も見渡せる古式ゆかしい奈良家の縁側で、
シカマルとその師・猿飛アスマが盤を挟んで将棋を指していた。
敵陣突破の先兵。
自分と同じ嫌いな指し方で先手を打ってくる師に、シカマルの眉目も歪む。
「何かあったんスか?」
いきなりの棒銀。
それは、速効性には優れるものの、不利を招きやすい戦法でもあった。
「別に…何もないよ。ただ今頃になって“玉”の大切さが分かってきたのさ」
くわえていたタバコを外し、フーッと煙を吐き出してからアスマは言った。
「そりゃ“玉”取られたら終わりっスからね…将棋は」
シカマルがそう応じると、
「なら…“玉”は誰だか分かるか?」
再び口にタバコをくわえたアスマに言われ、
当たり前なことを訊かれたシカマルは、不可解そうな顔で口にした。
「………火影だろ?」
それは基本中の基本。
訊かれなくても誰もがそう答えるであろう、一番重要なこと。
忍の隠れ里の頂点、トップに立つべく大きな存在。
玉とは王、つまり里の王に位置する『火影』を守り抜くこと。
それなのに、アスマの口からは意外な言葉が飛び出した。
「…オレもこの前まではそう思ってた。けどそうじゃなかった…」
「じゃ誰なんスか?」
「----お前も時が来りゃ分かるさ」
弟子の質問に、易々と答える師匠はいない。
自分で経験して実感するものだと、アスマもそう答えたまでのこと。
アスマの目がどこか遠い場所を見ている気がした。
やっぱり何かあったのだろう。
シカマルは、そばに置いていた湯飲み茶碗に手をかけ口に運んだ。
そして改めて訊こうとした、が----
「----ああ、時にお前、好きな女はいないのか?」
「ブフッ!」
思いがけない質問に先手を取られ、口に含んだ茶をシカマルは吹き出しそうになった。
「な、何だよ急に!?」
「忍だって人間だ。結婚して家族を作らなければ、いずれ人も里も絶えてしまう。
師として可愛い愛弟子に、恋のアドバイスでも伝授しておこうかと思ってな」
「将棋のアドバイスをオレから教わった方が、いいんじゃねぇの?」
パチン。
「ああ!」
「油断大敵」
くっそー…と、アスマが頭を抱えてうなだれた。
「…まぁ、それはそれ、これはこれ。恋愛に関してなら、オレには敵うまい…?」
余裕綽々といった様子で、アスマも茶を口に流し込む。
「…まぁ、紅先生といい感じなのは誰もが認めるけどよ」
「ブフ-----ッ!! ゲホッゲホッ! お、おま…、な、何でそれを!?」
「汚ねぇな…。気づいてなかったとでも思ってたんスか? バレバレッスよ?」
シカマルがニヤニヤする。
年甲斐もなくアスマの顔は赤面したまま撃沈していた。
「ウォッホン! オレのことは置いといて。-----で、お前はどうなんだ?」
「何が?」
何食わぬ顔の弟子に、アスマも呆れて肩で息をつく。
「例えば、自分がどこかで何かをしていたとする。そんな中、不意に力が抜けた時にふと思い浮かぶ顔がある。
あいつは今頃何をしているんだろう、気になる、会いたい…。そうなってしまえばそれはきっと恋だ。
そいつの為に何かしてやりたくなる。…とまぁ、こんな具合だが、
他にも偶然に一緒になることが多い、自分が別にそう思っていなくても勝手に引き寄せられる。
言わば神様が引き合わせてくれる運命の赤い糸ってのもあるかもな」
「----そういうの信じてんの?」
「見えない力に応援されてるってのもあるかもしれんぞ」
「ふぅ〜ん」
「お前もこの人だって思ったら、ちゃんとつかまえとけ。でないと消えちまうからな。特にお前の場合…」
「?」
「いや…、恋なんてものは自分の自覚ある無しに関わらずでかくなっていくものだからな。
その内気づくだろうが、つまり、一緒にいて居心地のいい女がそれに当たるって寸法だ。
ただでさえお前の場合、離れているから気づきにくいのかもな」
「----それって、誰のことを言ってんスか?」
「お前…、自覚に至ってないのか? それともごまかしてるつもりか? バレバレだぞ?」
「----…」
「まぁ、お互い素直じゃないみたいだけどな。それも時が来れば解決してくれるかもな。
時間をかけて想いを膨らませていくのもいいかもな。何たっていろんな距離があるからな。
里やランク、そして二人の間にも……」
シカマルの目がどこか遠くを見ている。
これ以上ごまかしようがないアスマにお手上げなのか、それとも呆れているだけなのか、
それとも-----
「お前にとっての“玉”を守れ。それが師としてお前に言えるアドバイスだ」
「オレにとっての“玉”……」
そう言われて思い浮かんだのは、仲間、家族、里の人、そして火影だった。
「何だよ、結局最後は火影じゃねぇか。火影の為なら死ねる、そういう意味なんだろ」
その時----、ある微笑みがシカマルの脳裏をよぎった。
他とは違う、何だか特別な存在……。
初めてそれを見せられたあの瞬間、胸の奥をわしづかみにされた。
そして、今もまた、あの時と同じようにつかまれている。
あの笑顔を思い浮かべる度に、胸の奥がうずき出す。
押さえていても、それは静まるどころか膨張して溢れ出てくる。
「じょ、冗談じゃねぇよ。あんな凶暴で、口だって悪くて男みたいな女……」
それに、意外と華奢な肩や腕や指や、
時に見えてしまいそうな太ももや柔らかそうな胸----
「…って、オレは何を考えてんだ」
----あいつを抱きしめたいなんて思っちゃいねぇ。
しかしそれとは裏腹に、想いはどんどん膨らんでいく。
「ハァ〜----…」
出てくるため息も、心なしか甘い。
「オレがあいつに恋----? そんなバカな……」
アスマがタバコをふかしながら笑ったのを、シカマルは気づいていなかった。
「フッ…。まだまだ青いな、少年」
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この後、ナルトが影分身でアスマに風の性質変化のコツとやらを
訊きに来るのですが(35巻参照)、
そうか・・・、シカマルとのこういう赤裸々な場面もあったのか・・・(笑)。
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