木ノ葉学園 2 〜 I can't say I love you 〜
春の麗らかな日差しの下、鳴門と日向がデートをしていた。
その間、何だかんだ言っても、落ち着かなかったりどこか寂しげな顔をする桜に、
一緒にのぞいていた仲間の誰もが気づいていたが、
素直になればいいのに……
周りはそう思っていた。
けれど、口にしたくてもできない場合もある。
タイミングもあるが、言ってしまえば今までの関係が壊れてしまうような不安感。
桜もきっと、そんな境遇に陥ってしまっているのだろう。
気にも留めなかった人が、離れてしまってから初めてその存在が大きかったことに気づく……そんな切なさに。
そんなことを知らない鳴門と日向は、のぞかれていることに気づく様子もなく、
初々しくも微笑ましいデートを続けていた。
----放課後、誰もいなくなった音楽室で一人ピアノを弾く手毬の元へ、
しょんぼりした桜がやって来た。
「手毬さん…、ちょっといいですか? 相談して戴きたいことがありまして……」
鍵盤を流れるようにはじいていた指を止め、手毬は入り口に立っている桜を見やった。
「桜か…。相談とは何だ?」
「ダメですか?」
「別に構わないが…でも、何で私なんだ?」
「外国暮らしも長くて、恋愛経験も豊富そうな手毬さんになら…と思いまして…」
「ほぅ、お前は違うのか? 好きな奴くらいはいるのだろう?」
「そ、そんな! 私は別に鳴門のことなんか…うぐっ!」
慌てて口を閉ざす桜だったが、時既に遅し。
微笑んでいた手毬が再び指を躍らせ、軽快なメロディーを奏で出す。
黄昏の音楽室に、それはとても心地が良かった。
「----相談というのはそのことなんですが」
「知っている。顔にそう書いてある」
「え!? どこどこ!?」
手鏡を取り出し本気にして動揺する桜に、プッと手毬が吹き出す。
「男なんてのは、ほんのちょっといつもと違う自分を見せりゃ、イチコロだよ」
「そ、そうなんですか? た、例えばどんな風に…?」
桜が真剣にアドバイスを聞き出そうとしている。
いつの間にか手には手帳とペンが握られていた。
「そうだな…、今度のライブでも使おうと思っていたんだが……」
「うんうん」
「お前も着けてみるか?」
「うんうん…って、何をですか?」
「ネコ耳だ」
「ネコ…耳…はいー!?」
「コレを着けるのと着けないのとでは、男たちの喜ぶ度合いがだいぶ違う」
桜の顔が途端に引きつって、明らかにイヤそうな顔をする。
「それって、萌え〜ってヤツですよね?」
「何故そんな顔をする。可愛いだろうが」
「た、確かに可愛いっちゃ可愛いですけど…さすがにそれはやめた方が……」
「何でだ? 鹿丸は喜んでくれたぞ」
「え、鹿丸?」
この二人はそういう関係なんだろうか?
言われてみれば鹿丸は案外もてるくせに、告白されてもことごとく断っていた気もする。
誰か好きな人がいなければ、ありえない行動だった。
確かに鹿丸は、年の割には妙に落ち着いているし、何だか年上の彼女が似合いそうだし……。
心の中で、桜は分析していた。
----ふ〜ん、あいつがねぇ…。
「ネコ耳装着メイド服仕様で将棋を指している間は、さすがのあいつもたじたじだったが、
それでも私は負けてしまった。
あいつはやはり強いな。誘惑にも負けんとは、私のコスプレもまだまだ精進が足りんな」
「…いえ、そんな精進は必要ないと思いますよ」
「そんなこと言わずに、お前もやってみろ。結構似合うと思うぞ」
「そうですね。その手がありましたね。その格好であいつに迫れば……って、
何言わすんですかっ!」
桜は赤面して振り返ると、手毬の前から立ち去った。
「何が気に食わなかったんだ? 外国ではオタク文化が賞賛されているというのに----」
手毬は軽く息をついて、再び鍵盤に指を置くが、
「もしかして、イヌ耳の方が良かったのか……?」
*
ある日の昼休み時間、屋上に昼寝をしに鹿丸がやって来ると、
向こうで手毬が知らない男と二人でいるのを目撃した。
見たくなくても視界に飛び込んできたという方がふさわしいのだが、
そんな二人を遠くから眺めながら、鹿丸は壁に寄りかかった。
遠くからでもその声は風に流され、彼の元へも届いている。
手毬は英語でペラペラとしゃべっているが、男の方は、思いっ切り引きまくっていた。
「さぁ、これについて30文字以内で英語で答えてみろ」
「ひぃ〜っ!!」
やがてダッシュで逃げて行った。
「ったく、私と付き合いたいだなんて何てあつかましい奴だ」
「ったく、どっちがあつかましいんだ? それじゃあ、誰も寄り付かなくなるぜ」
鹿丸が笑いながら手毬に近づいて来る。
「これぐらいできなきゃ、私の横に並んで歩けると思うな」
「----じゃ、オレもダメだな」
「嘘付け。お前なら余裕で言えるはずだろ?」
「いや、さっきの答えは恥かしくて言えそうにもねぇ」
「やっぱりわかってんじゃないか。さすが秀才クンだな。
なのに、相変わらずテストの答案を白紙で出すお前に、明日馬先生は嘆いてたぞ。
学年トップで入学したくせに」
「オレは目立つのが嫌いなんだよ。トップになったって、
後々めんどくせぇことになるだけだってわかったんだよ」
「何て奴だ」
「アンタこそ何て女だ」
「何が?」
「さっきの男」
「ああ、しつこくつきまとうから追い払ってやったんだ。
それともお前は、私がアレとくっつけば良かったって言うのか?」
「そんなことはさせねぇよ」
鹿丸が手毬の唇に吸い寄せられる。が----
「たかが一度キスしたぐらいで、調子に乗るなと言ったはずだ!」
「って!」
鹿丸はデコピンを食らった。
「それにあんな不意打ちは、事故みたいなもんだ」
「事故ねぇ…。オレたちって、そういう関係になってんじゃねぇの?」
それはつまり恋人同士という関係-----
「言ったろ? 私の横に並んで歩きたいなら、さっきの質問に、英語で30文字以内で答えろと。
Do You Understand?」
手毬がニヤニヤと、挑発的な笑みで鹿丸を見つめる。
鹿丸は、涼しげな眼で彼女の目を見返す。
そしておもむろに、その目に力が宿る。
「----ダメだ、やっぱり言えねぇ〜…」
プシュ〜…と力が抜けて、その場に鹿丸はしゃがみこんでしまった。
「日本男児は情けない奴ばっかりだな。何でこんな簡単な言葉を言えないんだ」
「向こうとこっちじゃ、照れる度合いが違うんだよ。軽々しくそういうことは言わねぇ」
「じゃ、無しだな。実は他にも、虫採集が趣味だという男にもアプローチされているんだが、
彼なら真顔で言えそうだし、質問して来ようかな」
「志乃か? あいつ、虫しか興味ねぇと思ってたが…」
かつて手毬に、「変な虫が付かなければいいが」と呟いていた彼だったが、
どうやら自分が付いてしまったらしい。
「ところで話は変わるが、アンタ、何部に入るんだ?」
「あん? 佐助クン同好会だ」
「は? んなもんあんのかよ?」
「桜と亥野が密かに立ち上げたクラブらしい。佐助クン追っかけ隊なんてのもあるらしいぞ」
「あいつら、しょうもねぇー…」
「亥野は佐助クンブログまでやってて、毎日何度も更新しているほどだとか。
読者やメンバーも相当いるらしく、最近では【サス×サイ】なんてのがブームらしいぞ」
「そこまで来ると、病気だな」
その時、
「腐女子をなめんじゃないわよゴルァー!!」
という、桜と亥野の声が頭の中に鳴り響いて、鹿丸の背筋が真っ直ぐ伸びた。
「どうした?」
「幻聴が…いや、何でもねぇ…」
「で、本当は何部なんだ?」
「コスプレ部だ。部長は大蛇丸子さんだ」
「それも冗談なんだろ?」
「ばれたか。迷ったんだが、何部に入ったとしても、結局バンド優先になるだろうな…。
そうだ、お前、ギターパートやらないか? ギターやってた奴が突然やめちまったんだ」
鹿丸はしばらく間を置いて、それから深いため息をついた。
「オレはおたまじゃくしが全然わかんねぇんだよ」
「そんな奴はごまんといる。音符が読めなくても、コードさえ憶えてしまえば大体弾ける。
ついでに、ツインヴォーカルもしてみないか?」
「アンタ、前に皆でカラオケ行った時、オレの歌声聴いたんじゃねぇの?」
「はん、お前、一体どこまで爪を隠すつもりだ? -----本当はもっと歌えるんだろ?」
手毬は先を読むのが上手い。
真実を見極める目も持っているようだ。
本当なら鹿丸は、かなりイイ線で歌えるはずだった。
「イイ声だった。お前の声なら、私と上手くハモれる」
*
ライブ当日-----
kirikiri−舞のリード・ヴォーカルの手毬が、
新メンバーのギター兼ヴォーカルの鹿丸との絶妙のハーモニーで、会場を沸かせていた。
二人の息の合った張りのあるカッコイイ声と、激うまな歌に圧倒されて失神者も出るほどだった。
「あいつ、こんなにうまかったのか」
見に来ていた鳴門たちも驚くが、
「キャーッ!! 手毬さん鹿丸さんサイコーッ!!」
早くもファンが殺到し、追加公演も決定し、メディアに取り上げられることも必至だった。
「エル・オー・ヴィー・イー・ウィンドコール手毬!!」
「L・O・V・E・風を呼ぶ手毬!!」
「おめぇら声が小せぇーっ!! もっともっと天まで格調高く、張り叫べーっ!!」
手毬が以前いた砂高校の不良応援団も勿論来ていて、
周囲に迷惑がられているくらい応援を繰り広げているが、
その表情には厳しさが浮かんでいた。
「くっそう、オレたちの姐御とハモリなんぞしおって〜!! あいつ、いつかフルボッコしたるでぇ〜〜〜!!
うお〜〜〜姐御〜〜〜!!」
ギラギラしたまなざしが、ステージ上にいる鹿丸にズブズブ突き刺さってくるが、
そんなことはお構い無しに、ひたすらギターと歌を、手毬と一体となって楽しんでいた。
……はずなのに -------
アマチュア高校生バンドが注目され、メジャーデビューへの声も上がっている最中、
僅か3ヶ月余りの活動で、鹿丸は脱退を申し出た。
勿論、他のメンバーも手毬も信じられないという顔で問い詰めた。
だが鹿丸の気持ちは変わらなかった。
「目立つのが嫌いだからか!?」
手毬の怒号が響き渡る。無理もない。
「いや、そうじゃねぇ…」
「じゃあ何だ!? 私たちが築いてきた歴史を、新参者のお前が踏みにじるのか!?
多くのファンだって裏切ることになるんだぞ!?」
「オレ以外の誰かを入れてくれ。うまい奴は幾らでもいる。
とにかくオレは----留学する」
「留学だと!? そんなもの今じゃなくてもいいだろ!?」
「今じゃないとダメなんだ。前々から考えてたことなんだ。わりぃが…」
手毬は無言になった。
「世界を見てみたい。知りたい。オレがもっともっと大きくなるためには必要なことなんだ」
「---勝手にしろ。お前はクビだ。今すぐ出て行け」
手毬が部屋から鹿丸を強制退出させる。
素直に鹿丸は、その横を通り過ぎて行った。
「----すまない……」
*
一ヵ月後、鹿丸はLA行きの飛行機に搭乗していた。
あれから手毬とは一言も口を利いていない上に、すれ違うこともなかった。
ただ遠くから彼女の姿を見かけたことは何度かあったが、
これといっていつものように変わった様子は見られなかった。
あくまで外見的には……。
今更かもしれないが、後悔していないと言えば嘘になる。
思っていた以上に、自分が重傷を負っていたことに後になって思い知らされた。
彼女と会えず話もしないことが、こんなにも辛いことになろうとは予測していないことだった。
それほどまでに自分は惹かれていたということか……。
嘲笑してみても、もう後には引けない。
鹿丸は、向こうへ行っても踏ん切りがつくかどうか、それだけが心配だった。
彼女が誰か他の男と一緒にいることを想像するだけで、心の奥底からメラメラと嫉妬がこみ上げてくる。
それはバンドに入る前からそうだったが、最近ではそれが益々加熱したようだ。
それでも自分は、もう別の道へと足を踏み入れてしまった。
あの時屋上で、あの言葉を言えたなら、きっと今頃自分はあいつと-----
なんて女々しいんだオレは。
そう思っていると、隣りの席に誰かが座ってきた。
鹿丸はギョッとする。
「な、何でアンタが…?」
「聞いてないのか? 私も留学するのよ。と言っても私の場合は、里帰りみたいなものだけど」
開いた口がふさがらない。
「邪魔なら離れてついて歩くから気にするな。と言っても途中までだが」
「…メチャクチャ気になんだろ。…何で途中?」
「学校側が準備してくれたホーム・ステイ先があるんだが、
私はLAに別荘があるからそこへ行く。お前も来るか?」
「----いや、いい」
一瞬、手毬の顔が曇ったように見えたのは気のせいだろうか。
かと言って、「イエス」なんて言って、ノコノコ付いて行ってもいいと言うのだろうか?
本当なら付いて行きたいところだが……。
極力手毬の方を見ないように反対側に顔を向けると、鹿丸は腕を組んで眠ることに決めた。
それから数時間もの間、会話することもなく、飛行機はLAに到着した。
人いきれでごった返す空港では、手毬を待っていた現地の知人らしき男が近づいて彼女を抱きしめる。
ハグ&キス。
ここでは当たり前の行為が、鹿丸はまだ苦手なようだ。
だけどそれだけではないのだが……。
男が手毬の腰に手を添え、何となく熱っぽい瞳で見つめるその視線にただならぬ予感を抱き、心が落ち着かなくなる。
そのまま見て見ぬ振りをし、立ち去るつもりが、なかなか足が動かない。
そして、消えて行く二人を目で追っている自分がいる。
「-----めんどくせぇことすんなよな」
鹿丸はそう自分に言い聞かせ、二人の後を追い、そして------
グイッ…
「行くぞ」
手毬の腕を掴んで、鹿丸は逆方向へ歩いて行く。
「な、ちょっと待て! 行き先は別々のはずだろ!?」
「気が変わった。アンタんとこへ行く」
「どうすんだよ! 滞在先の相手が待ってんだろ!」
「んなもんまだ決まってねぇよ。現地に着いてから自分で探すつもりでいた」
「何ぃ!?」
手毬は眉を寄せているが、鹿丸には気になって仕方ないことがあった。
「あいつは誰だ?」
「尊敬するバキ先生だよ!」
「先生? それだけか?」
「それ以外には、買い物して食事して……」
「その後サヨナラ…ってわけじゃねぇだろ」
手毬の顔は紅潮する。
「お、お前には関係ないだろ!」
「だったら何故付いて来た?」
「つ…、付いて来たんじゃない! た…、たまたまだ!」
「へぇー…、凄い偶然だな。で、その部屋って、一緒でも構わないのか?」
「ああ、別に問題はない」
「----アンタな、年頃の男女が同じ部屋にいるんだぞ?
幾ら何かで仕切られていても、一線を越えちまうのは時間の問題だってことがわかんねーの?」
ニヤッと鹿丸の口端が上がる。
「やれるもんならやってみな」
その挑戦状を驚く様子もなく、彼女は微笑んで受け止めた。
それは挑発的な余裕のある笑み----。
「…言うじゃねぇか。そんなら、今夜すぐにでも落としてやるから覚悟しとけよ」
-----しかしその日の夜、手毬はいつになっても帰って来なかった。
「だからって、何でアンタがここにいるんだ?」
「OH! キイテマセンカー? アナタ、ワタシト共同部屋ナンデスヨー!
ココハ手毬ノ部屋。デモデモー、手毬ハシバラクキマセーン。
何故ナラー、モウヒトツ別荘ガアルカラデース。金持チナノデース」
「バキ先生だっけ? 日本語で外人っぽく言わなくてもいいっすよ?」
「OH,NOー!! ワタシ、英語、ホトンド話セマセーン!!
名前モ、馬気ッテ漢字ガアリマスDEATH!!」
「え、日本人? だったら普通に話してくれよ。
つーことは、アンタもあいつの候補から外れてるってことだな。
ところで何の先生?」
「コスプレ衣装作リノ先生ドエース!!」
お手製だというフリフリピンクのネグリジェを着て眠るバキ(馬気)に耐え切れなくなった鹿丸は、
その日の夜、部屋をそっと抜け出した。
その後も彼は消息を絶ったままだったが、きっとどこかで宿を借り、
気ままな学園生活でもエンジョイしていることだろう。
『 I LOVE YOU 』
それは、屋上での手毬の質問に対する答え。
------いつかそれを真顔で素直に言える日まで、待っててくれよな……。
−完−
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つまりあれですかい、鹿丸はそれを言うためだけに渡米したと・・・?
(ありえんな)
お手毬さんまで来ちゃって、バンドは活動休止ですか?
前回の木ノ葉学園のイメージが、すっかりなくなってしまいました。
バキ(馬気)先生、裏鹿太郎のルー・亀梨に憑依されてる・・・(笑)。
桜はあの後、コスプレして鳴門に胸の内を明かしたのでしょうか?
それを聞いた鳴門は、日向と桜どっちを選ぶのか!?
どうする鳴門!?
ファイナルアンサー!!
「オレには佐助しかいねぇってばよ」
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