〜春の宵夢〜
適当に選んだ女だった。
かと言って、何をするわけでもなく、ただ疲れた身体を休ませたい、
それだけだった。
女は、
「おかしな人ね」
と笑って言う。
素直にほころんだ笑顔が綺麗だと思った。
その咲いた笑顔と奇抜に結わえられた髪型に、
まるでテマリ花のようだと口にすれば、
「それ、私の名前よ」
と、返されてきた。
彼女は好んでよく、紫色の着物を身に纏っていたが、
テマリ花のアジサイをイメージしているからだろうか。
しかし、その笑顔の奥深くに、
どこか暗く重い影を落としていたのをシカマルは見抜いていた。
○
ここは、所狭しとひしめき合う遊郭街。
色と香を漂わせる遊女たちが、今日も甘い蜜に寄って来た男たちを待ち構え、
道沿いの格子の奥に白きうなじを覗かせ妖艶な瞳で誘惑している。
呑み込まれたら最後、まるで美女の妖術にでもかかってしまったかのように
腑抜けにされた男たちが、たちまち女の元へと堕ちるために、
今日もこぞってここへとやって来る。
ナルトたちに付き添わされたシカマルは、嫌々ながら一軒の遊郭へ足を踏み込む羽目となった。
ナルトは通いつめている常連客らしく、
「サックラちゃ〜ん! 待ってたってばよ〜?」
と、慣れた様子で軽々しく桜色の髪の女に手を振りながら、さっさと中へ入って行く。
キバは、恥ずかしそうにしてうつむいた黒髪の女の元へと、これまた慣れた素振りで行ってしまうし、
まさかと思っていたリーまでもが、団子頭の女の元へと喜んで走って行った。
それに、さすがにないだろうと信じていた親友のチョウジまでもが、
「シカマル…、僕あの長い金髪の子の側へ行くから…」
真っ赤な顔をしながら、シカマル一人だけを残して遊郭の中へと消えて行ってしまった。
「おいおい…」
一人立ち尽くすシカマルはため息をつき、先に帰ることにした。
「-----ん…?」
残らず全部の遊女が指名され、誰もいなくなったとばかり思っていたのに、
格子の奥をよく見れば、金糸の髪と翠の目をした女が一人で寂しく座っていた。
彼女が目に飛び込んで来た瞬間、儚く消えてしまいそうなイメージがシカマルの脳裏に浮かんだ。
まるで、美人薄命という言葉の雰囲気が今の彼女にはふさわしいかのように…。
気づいた時には、遊郭の中へと歩み寄り、彼女の手を取っていた。
咄嗟に見上げる翠の瞳に、彼の黒曜石色の瞳が吸い込まれる。
同時に心までもが吸い込まれてしまったと思い、シカマルは一瞬とまどった。
それほど、彼女は美しかった。
「一番年上だから、人気がないのよ…。
それに、私はまだここに来たばかりで、その…うまくないんだ」
うっすら微笑んでテマリは呟く。
年上と言っても、他の女たちと大して変わらない上に、
まだ18くらいにしか見えない。
本当にそんなことが理由なのかシカマルにはわからなかった。
「サクラたちのような明るさや可愛らしさは、私には無縁だし……」
確かに、見た感じから言っても、彼女たちのような親しみ感や若々しさというものは、
テマリからはあまり感じられない。
「その代わり、他の女たちにはない落ち着いた華やかさがあるぜ、アンタには。
ま、オレにとっちゃ、ギャーギャーキャピキャピ騒ぐ女より、
アンタみたいな物静かな方が、気楽だし面倒じゃねーから断然いいがな」
……だから、アンタを指名したんだ。
そう心の中で言うが、だがそれだけではないことをシカマル自身感じていた。
寂しそうなあの表情が気になって、いてもたってもいられなかったのだ。
テマリと距離を少し置いて横たわるシカマルを見つめ、自分よりも年若い彼が、
何だか人生を悟った年配者のような錯覚を抱き、テマリはキョトンと目を丸くしていた。
そもそも、部屋に入れば男たちはすぐにでもコトを急ぎ、始めるのが常だ。
それなのに、今目の前で距離を置いてくつろいでいる男は、
いつも話すばかりで何もしない。
一人で勝手に眠るか話すかのどちらかだった。
始めはテマリも戸惑った。
こんな男は今までいなかったのだから…。
「で、何でアンタはここにいる?」
きっとお金が要り様なのだろうと、何となくわかってはいたが一応口にしてみた。
「借金に負われて、私はここに売られて来たんだ。里には弟が二人いる」
「やはりそうか。ここにいる女の大抵はそうなんだろうがな」
ゴロンと仰向けになって、腕を枕にしながら天井を仰ぐシカマル。
「でもここからじゃ、空を見上げることは出来ねーなぁ。
…アンタ、本当は自由になりたいんだろう? 鳥のように自由に羽ばたきたいんだろう?」
まるで空を見上げているかのように話す彼を見て、テマリも、
故郷のどこまでも続く広大な砂漠と無限の空に思いを馳せる。
「ええ…。今すぐここを抜けて、飛んで行きたい-----」
○
そんな毎日がしばらく続き、やがてテマリは、
シカマルが通って来てくれることが楽しみになった。
彼に会えるのならば、他の男に触れられても気にならなくなった。
何故か耐えられた。
以前は、泣き濡らす日々が続いて気が沈んでいた彼女だったが、
最近は、シカマルのお陰で元気も取り戻し始めていた。
それなのに、ここ数日、シカマルはずっと音沙汰がない。
突然、ぱたりと途絶えてしまった。
テマリは気になっていた。
何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか。
求めてこないから何もしない自分に、飽きられてしまったのだろうか。
…それとも、他に大事な人が現れたとか-------?
そう考えると、テマリの胸は今にも張り裂けそうになった。
こんなに苦しい思いを抱くのは、生まれて初めてだった。
「-----カ…マルッ…」
「…ん、誰だそれは? まぁ…そんなことはどうでもいい…か-----」
好きでもない男の腕に抱かれながら、思わず口から漏れた言葉。
彼の名を呼んでみただけで、テマリの目は熱くなり、
やがて、つうっと涙が頬を伝っていった。
------私は、親にも里にも、好いた男にさえ見捨てられてしまった哀れな女……
すっかり気落ちして身も心もやつれたような彼女に声をかける者は、日に日に減っていった。
一緒にいても楽しくもないし盛り上がりもしないと、苦情さえ投げつけられるようになる。
女将に注意され叱られても、一向にテマリは明るさを取り戻さなかった。
魂だけが抜け出てどこかをさまようかのように…。
心配したサクラが、
「あの男は一体どうししちゃったの?」
と通いつめる男に問い詰めれば、
「仕事に専念してて忙しそうだったってばよ〜」
の一点張り。
いのも、
「アンタの親友、他に女ができたんじゃないの?」
と同じく訊き出せば、
「そ、そんなことないと思うよ〜」
とのこと。
それを耳に入れても、テマリの顔に笑顔が戻ることはなかった。
テマリは、窓から空を見上げることが多くなった。
シカマルが窓の側に座って、よくそうやっていたように……。
○
ある夜半、床に就きまどろみに誘われていると突然、
豪快にテマリの部屋のふすまを開け、酔った男が入って来て、テマリの上に倒れこんできた。
「困りますよ、自来也さん! いくらあなたとは言え、もう明日にして下さいな」
追いかけてきた女将が苦情を洩らすが、
「るせぇ! ワシはこれから楽しい夢をこの娘と見るんじゃい! ババァは散った散った!」
「…仕様がないねぇ。テマリ、ちゃんと相手をするんだよ。
いいかい、この前の客のように怒らせるんじゃないよ。…全く、世話焼かせるったらありゃしないよ…」
ブツブツ文句を言いながら、女将は部屋を後にした。
残されたテマリは、自分の上にのしかかる大柄な男に恐れをなし、
目を見開いて身動きできないでいる。
「むひょー! ええのぅ、ええのぅ、そのおびえた感じが何ともたまらん!」
にやけた顔の男になすすべがなく、
テマリの身体から拒絶反応がにじみ出て全身が震えだしていた。
「いざ、参る!」
「いやぁああああっ!!」
……と、その時、再び部屋のふすまが開き、誰かが入って来た。
「テマリッ!!」
自来也と呼ばれた男を押しのけ、テマリの腕を掴むと、
彼女の手を引いたままシカマルはそのまま駆け出した。
「シ、シカマル…!? 一体どこへ…!?」
「自由を掴みにさ!」
先程、やっと貯めることが相叶った身請け金を支払うため、夜遅くにやって来たシカマルは、
自来也が無理矢理開けさせ入って来た入り口の扉を閉めようと現れた女将に、偶然出会って感極まった。
テマリを身請けする旨を説明すると、女将に思わぬことを聞かされ、
シカマルは急ぎテマリの部屋へ向かったのだった。
「何故、急に来なくなったんだ。私は…寂しかったんだぞ」
「悪かったよ。金を貯めるのに時間がかかってしまったんだ」
手を引かれて闇夜の中を歩いて行く二人。
月光だけが頼りだった。
前を向いたまま歩き続けるシカマルの後ろ姿。
彼の肩が、顎が、月の光に白く照らされている。
テマリはそれを眩しそうに見つめていた。
年下の彼が、今はこんなにも頼もしく見えて、テマリの胸の鼓動が高鳴る。
「----なぁ、身請けってことは、つまりその…、お前は私を買ったことになるんだよな…?」
「……ああ」
「そう…か。私は買われたんだな」
「言っておくが、買ったと言っても、それはアンタを自由にするためだ。
ホラよ。これで借金も幾らか返済できるんじゃねーの?」
彼の手からズッシリと重い巾着袋が手渡される。
「お前、私のためにお金を貯めてくれたのか!? …この借りは必ず返すから!!」
「いいって。無理すんな」
それで引き下がるテマリではない。
彼女は妙に義理堅いのだ。
「無理はしていない…。だからその、私でよければ、お礼に……」
テマリが突然恥かしがる様子に、眉をひそめたシカマルも振り返って訝しがる。
「何言ってやがる…?」
「お前…、一度も私に触れようとしなかったよな------私って、そんなに魅力ない…?」
急にテマリの表情が曇る。
いくら月光を浴びているとはいえ、まだ薄暗い。
……がしかし、その表情の変化はシカマルにも読み取れた。
「ったく、そんなんじゃねーよ」
「じゃあ何故!? あの場所に来て何もしなかったのはお前だけだ!!」
その言葉を聞くと、シカマルの顔も豹変して難しい顔になっていた。
月を背にする彼との距離がいつの間にか一気に縮まっている。
グイッ!と、腕を痛いほど力強く掴まれて、引き寄せられた。
テマリのすぐ頭上にシカマルの顎が位置している。
「アンタ、充分イケてるぜ。…だからだよ、手出しづらいっつーか…。
本当はオレだって、ずっと我慢していた。
今だって理性を抑えているのが……精一杯なんだぜ……?」
思わず見上げるテマリの、切なそうな瞳がシカマルを見つめる。
「だーから、そんな顔向けるなって。それ以上そんな顔されると、
-----オレの中の堤防が決壊しそうだ」
そう言って横を向く。
しかしテマリは、そんな彼の胸に抱きついた。
「堤防なんて必要ない。突き破って、今すぐ私に押し寄せて……」
それを耳にすると、シカマルの中の堤防が決壊したのだろうか、彼女を抱きしめた。
熱い抱擁と接吻。
止まらないシカマルに、テマリもそのまま受け応える。
テマリのはだけさせられる着物に、彼女も負けじとシカマルの着物をはぎとる。
やがて二人はその場の草の上に沈んで行き、息も絶え絶えに絡まり求め合う。
テマリの首筋に耳に胸元に、キスの雨を降らせる。
そんな艶めかしい時間の中--------
「ねぇ、お母さん、あそこで男の人と女の人が、裸でケンカしてるよ」
「これっ!! 見ちゃいけませんっ!!」
通りすがりの母親が、慌てて子供を引っ張って、闇の中へ消えて行った。
「……」
瞬時に熱が冷めて、テマリは突然恥しくなったのか、
脱がせかけられた着物を整え始めた。
しかし、それをシカマルは許してくれなかった。
テマリの手を取って、彼女が羽織った着物を再び脱がせかかる。
「わりー…、もうオレ止まんねーわ……」
「あ…」
不意を突かれた彼の優しい愛撫に、テマリの甘い声もかすれる。
夢うつつのような宵夢のようなまどろみに包まれ、二人は溶け合っていた。
月光に揺れながら、まだ咲いていないはずの薄紅色の桜が、満開のように咲き乱れていた。
−終宴−
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久しぶりにシリアスタッチ(最後の方でまさかのギャグか?笑)
で展開させてみました。
・・・フリーダムが混じってるよ・・・。
真のタイトルは、『春の宵夢 〜自由を掴め〜』ということで(笑)。
『春の酔い夢』でもいいな。←酔っ払いの意味ではなく。自来也・・・。
これってば、R指定…!?
イマイチ境目がよくわかりません。
個人的には、これくらい(?)構わないと思うんですがねー。う〜む。
妄想は自由だ。
フリーダムを掴め。
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