異世界見聞録魔王付き(48/54)縦書き表示RDF


 50話記念で何かやろうかと考え中。

 リクエストがあれば極力考慮の予定。
異世界見聞録魔王付き
作:朝日光司



第5話.事務所を開こう


「ふふふふふ……」

 朝、ハヌマーンが城内をぶらぶらしていると、なにやら不気味な笑い声をもらしながら歩いてくる天真を発見した。その両手と背中には大きな鞄が付属している。

「おや、ハヌマーン。どうしたんですか?」
「い、いや、それはこっちの台詞だぜ。どうしたんだ? そんな大荷物抱えて。とうとうスノウちゃんに愛想を尽かされたか?」
「ああ、これですか。これはですね、ふふふふふふふ……」

 ハヌマーンの問いを聞き、更に笑みを深くする天真。正直、ものすごく気味が悪い。そんな彼に、ハヌマーンは軽く引いた。

 そんな反応にも気が付いていない様子の天真は、怪しい笑みを浮かべたままでハヌマーンの問いに答える。

「実は今から事務所に移動するところなんですよ」
「事務所? ってなんだ?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ」

 聞いて無いという風に首を振るハヌマーンの反応に、うっかりしていたと言う感じで額に手を当ててから、天真は説明を始める。

「いえ、この間のハンター試験でドラゴンを倒して臨時収入が入ったじゃないですか」
「ああ、結構な額だったが、それが?」
「実は、あれを基金にしまして、城下に事務所を借りたんですよ。新しい仕事を立ち上げるために」
「え!? そうなのか!?」

 道理でここ数日あまり姿を見かけないと思っていたら、そんなことをしていたらしい。というかこの男、何時の間に起業家になっていたのか。

「そういうわけで、今日からは事務所のほうに寝泊りするので、荷物を運ぶところなんです。とは言っても、あまり無いんですけどね」
「へー。それで、どんな仕事なんだ?」
「私が以前からあこがれていた職業なんですが、丁度いい機会ですし、このニューオーダーで立ち上げてみようと思いまして」
「そんなのあったのか……」

 以前労働に関してふざけた回答をしていたわりには、そういう夢を持っていたらしい。相変わらず読めない思考の持ち主だ。

「じゃあ、その荷物運ぶの手伝ってやろうか? 俺様もその事務所を見てみたいし」
「それは助かります。ではこっちを持ってください」
「ああ。で、その仕事って何なんだ?」
「それは着いてからのお楽しみということで」

 にこにこ顔でそう応える天真。一体どのような職業なのか。










「ここが、その事務所なのか?」
「ええ。正確には、事務所兼住居ですが」

 そこはメインストリートから2本ほど道を挟んだ通りの一角にある、2階建ての建物だった。

「下ではこの建物のオーナーが酒場をやっていまして、2階が私の借りた事務所になります」
「まあ、建物は悪くなさそうだな。で、そろそろどんな職業なのか教えてほしいんだが」
「それは、事務所の入り口の看板を見れば分かりますよ」

 そう言って天真は階段を上り始めた。ハヌマーンはやれやれという感じでその後を付いて行く。

 そして事務所の入り口までたどり着いた。ドアの横には天真の言う通り、看板が立てかけてある。

「どれどれ、えーっと……」

 鍵を開けようとする天真の後ろから、看板を覗き込むハヌマーン。そこに書かれていた文字は……



 『万屋・蒼天』



「……」
「あ、開きましたね。じゃあ入ってください」

 看板の文字を、穴が開くほどに凝視するハヌマーンに声をかけて、天真は中に入って行く。そんな彼に気が付いた様子もなく、ハヌマーンはしばらくその場に棒立ちになっていた。

「え? 何? お前の憧れの職業って何でも屋なの?」
「はい? そうですけど」

 入り口からしばらく進むと、そこは応接室だった。手前にはテーブルとそれを囲むようにソファーがあり、奥に立派な机がおいてある。その机の上には『所長』とかかれた名札が立っていた。

 部屋には他にも観葉植物や、分厚い本が並べられた棚が配置されている。奥の机の後ろは窓になっており、丁度前の通りを見下ろせるようになっていた。

 さらに左右にはドアが。おそらく、そこから居住スペースなどに移動するのだろう。

「……そうか、この職業ってよく考えてみたら、お前が言ってた労働の条件とほぼ一致するんだよな。収入以外は」
「え? 何か言いましたか?」
「いや、何でもねー」

 収入は安定しないだろうが、時間には縛られないだろうし、人を雇えば寝たままでも仕事は出来るかもしれない。確かに、理想には近いだろう。

 ハヌマーンがそんなことをつらつらと考えていると、天真は荷物を置いて、部屋の一角にある神棚のような場所―いや、実際神棚なのだろう―に、なにやら細長いものを供えた。何をお供えしたのか、よく見てみると……



 柄の部分に洞爺湖と書かれた木刀だった。



「ちょっと待て!?」
「はい? 何でしょう」

 たまらず天真に声をかけるハヌマーン。

「何でその木刀!? お前まさか銀○のファンなのか?」
「え? そうですよ。○さんは私の理想の人物です」
「あの人が理想なのか!?」

 衝撃の事実発覚。あまりの衝撃にハヌマーンは驚愕の表情のまま硬直してしまった。

「何を言っているんですか、あの人こそ侍の中の侍。英語に直すとサムライ・ザ・サムライ。あの生き方こそ、私の目標とする場所です」
「いや、待て、ちょっと待て。確かに立派なところもある。だが、お前は駄目なところまで手本にしてないか?」
「はっはっはっ、何を言っているんですか。あの普段の生活能力皆無で駄目ところがいいんじゃないですか」
「そこなのか!? 目標ってそこなのか!? 何をもってそこに憧れているんだお前は!?」

 そんなハヌマーンの叫びを華麗にスルーしながら、天真は居住スペースの方に荷物を置きはじめた。見れば、なんとそこは和室になっている。

「……畳って、よくこの世界にあったな」
「私もびっくりしました。駄目元で雪に聞いてみたんですが、なにやら色々とこういう物を作るのが趣味な人が居るらしくて。……あ、そこで靴は脱いでくださいね」

 とりあえず、色々と言いたい事はあったが、この男が自分で働くといっているのは悪いことではない。そう無理やり自分を納得させて、ハヌマーンは天真の引越しの手伝いをする。

 元々の荷物が少なかったこともあって、作業は1時間も経たずに終了した。再び応接室に戻って、天真が淹れたお茶を飲む二人。

「それで、まあお前が何のファンであろうといまさら何も言わんが、これからどういう風に仕事を取っていくんだ?」
「とりあえず、近所にあいさつ回りですね。あと、ここら一体の有力者の方々に話を通しておけば、口コミで広がるんじゃないかと」

 天真が思っていたよりも真面目に仕事について考えていたことに、内心安堵するハヌマーン。

「あとは人手がもう何人か必要ですね。何処かにメガネのつっこみと、チャイナのボケと、巨大なマスコットはいないでしょうか」
「……お前それ本気で言ってる?」
「居るのはまだおだけですし」
「ちょ!? よりによって俺様あれ!? あの無職!? せめて副長にして!?」
「いえ、あれは目標その2ですから。永久欠番で」
「どんだけ○魂好きなんだよ!? むしろそっちを手本にしろよ!?」
「いやー、あれは肩がこりそうですから。パスの方向で」
「お前やっぱ真面目に働く気ねーだろ!」





 ボケツッコミがひと段落してあいさつ回り。ご近所に愛想を振りまきつつ自らの職業をアピール。もっとも、反応はいまいちで、これからに期待という所だったが。

 その後、オーナーに話を聞いて、この辺り一体の有力者の所へと出向く。

「で、その有力者ってのは何者なんだ?」

 結局最後まで付き合っているハヌマーン。何だかんだ言ってても面倒見のいい男である。お人好しとも言うかもしれないが。

「オーナーに聞いたところによると、3人ほど居るそうですね。近場から行くとして、最初は……自警団の団長のアレクセイさん」
「自警団か」

 街が広がり、住人も増えていくと、当然の流れとしてトラブルも増化する。住人全員が特殊な能力を持っていればなおさらだ。やがては、公的な機関だけでは全てのトラブルを収集することが出来なくなる。だから、そこにに住む住民達が自らの街の治安を守るために、自警団を組織するのはきわめて自然な流れといえた。

「元々は軍の人だったらしいですが、何年か前に大怪我を負って引退したようです。で、今は街の治安を守る人々をまとめつつ、後進の育成に励んでいると」
「なんか傷だらけの大男が連想されるんだが」

 で、本人とご対面。

「万屋……ねえ」

 自警団団長のアレクセイはハヌマーンが連想した通りの人物だった。2メートル以上はあると思われる長身に、全身を覆う岩のような筋肉。体中に無数にある傷が、彼が戦場で生きてきた人間であることを無言の内に証明していた。

 その額には一本の角が。どうやら彼は魔族、オーガらしい。更に眼を引くのは中身が無く、ゆらゆらと揺れている左袖だ。

 隻腕、それが軍を引退するきっかけになったのかと推測できる。

「なにぶん始めたばかりですので、顔を覚えていただければと。もちろん、ご依頼の場合にはお気軽に申し付けてください」

 へこへこと低い腰で挨拶をする天真。そんな彼をアレクセイを始めとする室内の面々が凝視している。皆、団長に負けず劣らずの体つきの者ばかりだ。

 そのせいか、中肉中背で転化もしていない天真に対する視線は、何処か見下したものだった。人間ごときに何ができるのかという無言の囁きが聞こえてきそうな空気が室内を覆っている。

 そんな中、団長のアレクセイだけは真剣な眼差しで、天真の全身を観察するように眺めていた。

「……こっちこそ。この街に住むのであれば君は我々の仲間ということになる。困ったことがあったら遠慮なく相談に来るといい」

 アレクセイはそう天真に声をかけると、右手を差出す。顔は厳ついが人当たりは良いらしい。

「ありがとうございます。そう言って頂けて幸いです」

 そう言って天真も右腕を差出す。


 ギュッ!


 握手の瞬間、アレクセイの顔がわずかに歪んだのを、傍に居たハヌマーンは目撃する。

 挨拶を終えて室内を出て行く二人を見送った後、アレクセイは微動だにせずにじっと自らの右腕を見ていた。

「何ですかねあれは、人間が探偵の真似事でしょうか? 大した力も無いくせに」

 その背中がドアの向こうに消えてから、室内の一人がアレクセイに声をかける。他のものも同じ意見らしく。口々に、先ほどの珍妙な二人をこき下ろす。

 だが、アレクセイはそんな言葉も聞こえていないのか、じっと自らの右腕を凝視したままだった。そのままの姿勢でポツリと呟く。

「……あれは、本当にただの人間か?」
「どうしました? 団長?」
「いや、なんでもない」

 そう言いながら、アレクセイはいまだに痺れの残る右手を握り締めた。





「中々、見る眼のありそうな人だったな」
「そうですね。もっとも、もう少し手加減はしてほしかったですが」

 右手を開閉して具合を確かめならがら、そうハヌマーンに返す天真。

「まあ、荒事やってる奴の人の見分け方なんざ皆同じだと思うぜ?」
「これだから体育会系は、そんな事ばかりではこちらの身が持ちませんよ」
「……いや、ある意味その極致にいるお前にだけは言われたくないんだが」
「またまた、私は転化もしていないただの人間ですって」
「ただの人間がドラゴンを紙のように切り裂くな。……で、次は?」
「えっと……、ジョセフィーヌさん。娼館のまとめ役ですね」
「……WHAT!?」

 その言葉が、ハヌマーンの魂に着火、

「娼館のまとめやくううううううう!!!」
 
 あんどばーすと。

「……言っておきますが、私達はあいさつに行くのであって、客として行くのではありませんからね」
「わかってるって! まとめ役……。それは、影を背負いながらも夜の街に大輪の華を咲かせる薔薇。その名はジョセフィィィィィーーーーーヌ!!!」
「……なにか、久しぶりに妄言を聞いたような気がします。しかもすっごい巻き舌」

 で、本人とご対面。

「あっらー、か・わ・い・い、じゃないのー!」
「…………」
「…………」

 ジョセフィーヌと対面した瞬間、天真は本能的に腰の刀を抜きそうになった。だが、室内への武器の持ち込みは禁止ということで、受付に預けたままであることを思い出し、それが幸なのか不幸なのか真剣に悩む。

 ちなみに、ハヌマーンはその横で生命活動を停止していた。ショックが大きすぎたようだ。

「私はジョセフィーヌよん! この辺り一体の娼館のまとめ役をやっているの。よ・ろ・し・く・ね?」
「よ、よろしくお願いします」

 その体は、アレクセイとは別の意味で巨体だった。しかも緑色。彼女? と対面して天真はとある星の最長老様を思い出す。もっとも、“濃さ”は比較にならないが。

「厄介事等があればお力になりますので、お気軽にお申し付けください」
「分かったわ。仲良くやっていきましょう? と・こ・ろ・で、お近付きの印に、どう? こ・ん・や!」

 ウインクがこれほどの精神的打撃を与えるものだと、天真は始めて知った。知りたくもなかったが。

「……いえ、この後も回らなければならない場所がありますので。申し訳ありませんが、またの機会に」
「あっらー、残念。じゃあ、そちらの……あら、どうしたのその子」
「……どうやらあなたの姿に、気を失うほどの衝撃を受けたみたいで」
「ざーんねーん。好みなのに。でも、うふふふふふ。美しさって、つ・み・ね!」

 嘘は言ってない。断じて嘘は言っていない。

「じゃあ今度はぜひお客として来てね? サービス、弾むわよ」
「よ、よろしくお願いします。それでは」

 そう言って、天真は隣のハヌマーンを引きずりながら室内を出た。





「……はっ、ここは!?」
「ようやく気がつきましたか」

 外に出て歩くことしばし、ようやく意識を回復させるハヌマーン。引きずっていた足を離すと勢い良く立ち上がる。

「あれ? 俺様何でこんなとこにいるんだ?」
「……ま、待合室で相手を待っている間に眠りこけたんですよ。疲れが溜まっているんじゃありませんか?」
「そうか? うーん、知らない間に結構疲れていたのか俺様?」

 どうやら、記憶を封印したらしい。確かに、あれはある意味トラウマものだったが。しきりに首をかしげるハヌマーンをこれ以上刺激しない様に、強引に話題を転換する。

「えーっと、早く最後の方の所に行きましょう。私も疲れましたし」
「ん、そうだな、さっさと終わらせるか。で、最後は?」
「確か、さんです。商店のまとめ役」
「ふーん。どんな奴なんだろうな?」
「……さて、どんな色物が出てくるやら」
「あ? 何か言ったか?」
「いえ、何でもありません」

 で、本人とご対面……



 するために部屋に入った瞬間、机の上にあった黒い鞄の中身が目に入った。ちなみに、天真もハヌマーンも視力はすこぶる良い。だから、その鞄の中のなにやら白い粉もばっちり目に入った。

((そう来たかっ!!!))

 心の中でそんな叫び声をあげる二人。鞄は次の瞬間には閉じられたが、先ほどの映像はしっかりと二人の目に焼きついている。

「……今は誰も部屋に入れるなと言ったはずだが」
「す、すみません!」

 奥のソファに座っていた、一見優男に見える30代半ばほどの人物が静かに、部屋まで案内してきた小間使いの青年を注意する。

 その肌は紫色で、金色の目が物騒な光を湛えて、青年を凝視している。

 李が目で合図をすると、両脇に控えていたごつい護衛の二人が、青年を両脇から抱え込み、部屋の外へと連れ出した。

「もうしません! だから、だから! ボス! 許し」

 バタンと言う音を立ててドアは閉じられる。しばし無言でそのドアを見つめる天真とハヌマーン。

「すみません、お客人の前で」
「イエイエ、キニシナイデクダサイ」
「ホント、スグカエリマスノデ」

 本当にこのまま引き返したかったが、それをやってしまうと後が怖すぎる。

「それで、万屋さんでしたか」
「はい、新しく始めますので、今日はご挨拶をと」
「そうですか、それはご丁寧にどうも」

 その物腰は柔らかく、人当たりの良い落ち着いた雰囲気をかもし出していた。やはり大商人ゆえか堂に入っている。先ほどの出来事がなければ、素直に感心できたのに。

 と、唐突に、

「ところで……見ましたよね」

 先ほどまでの穏やかな雰囲気が一転。氷のような目で天真たちを見据える。

「……さて、最近視力が落ちていまして。あまり遠くの物は、はっきりと見えないんですよ」
「そうでしたか。良かった。私は話の分かる方は好きですよ」
「それはそれは。ははははは……」

 天真の返答に満足したのか、再び雰囲気を穏やかなものに戻す李。そんな彼の様子に、ハヌマーンは乾いた笑い声を上げた。

「では、仕事を依頼をする時には改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ。ご依頼、お待ちしています」

 表面上は穏やかに、その場での挨拶は終わりを告げた。





「怖えよ! 何だよあれ! バリバリに裏社会の人間じゃねーかよ!」
「まあ、もしかしたらお得意様になるかも知れませんし、あまり目くじらを立てるのも」
「あんなのお得意様になったら何依頼されるかわかんねーよ! あの鞄の中身を運ぶことになるかも知れねーんだぞ!?」
「しっ! ……あれは業務用のね○ねる○るねです。そういうことにしておきなさい」
「練るのか!? マフィアのボスっぽいやつが練るのか!?」

 すでに太陽は沈み、周囲は夜の闇に包まれていた。だが、今歩いている辺りは酒場が多く、これからが稼ぎ時の時間帯だ。それゆえ、人通りも多かった。

「これで面通しも済んだわけですし、いよいよ明日から本格的に業務開始ですね」
「……大丈夫なのか? ものすごく不安になるんだが」
「まあ、何とかなるでしょう。皆さん、悪い人ではなさそうでしたし」
「……いや、一人は確実に悪い人だと思うが」

 そんな言葉を交わしながら、二人の姿は夜の喧騒の中に沈んでいった。







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