第4話.資格を取ろうその4
竜とは地上に存在する生物の中でも一線を隔す存在である。
その体には、通常では考えられないほどの濃密な魔力が蓄えられており、その戦闘能力は他の幻獣種と比べても頭一つ抜きん出ている。
特に世界創生の頃に生まれた古代竜、もしくは真竜と呼ばれる存在は、高度な知能と神々をも凌駕するほどの力を兼ね備えていると言われている。
一説によれば、彼らはこの世界そのものから零れ落ちた存在であり、自然界の高密度の魔力が質量を持つことによって生まれてくるのだという。つまりは、彼らは世界そのものであるとも言えるわけだ。
だが、時代を下るごとにその子孫達は、物質世界に定着する形で知能と力を徐々に衰えさせていった。その末裔であり、現在最も多く見られる竜種、下位竜にはすでに神話に語られる力は欠片ほどもない。
だが、そんな下位竜であっても軍隊の一個師団程度ならば軽く壊滅させられる戦闘能力を有しているという。
「しかも、魔力濃度の濃いこの世界の竜ですからねえ。自然、元の世界の物より強力になるわけで」
ヒュンヒュンヒュン!
四方八方から襲い掛かる枝を、ある物はかわし、ある物は切り落としていく天真。しかし、その攻撃は一向に緩む気配がない。
「さて、時間稼ぎもなかなかしんどいですね。後ろもあまり捗っていないようですし」
ちらりと後方を確認すると、チンピラAと気絶から回復した数人が何とか頑張っている。だが、負傷がひどい物も何人か居るようで、完全に撤退が完了するまでには、もうしばらくかかりそうだった。
「うーん、あと一人くらい助っ人がほしいですねえ」
口調はあくまでのんびりとした物だが、天真を襲う攻撃は苛烈の一言だった。木竜の体から伸びている枝はコントロール自在らしい。正面からだけではなく、頭上や、時には後方に回り込んでの攻撃も織り交ぜて天真を串刺しにしようとしている。
だが、天真も尋常の使い手ではない。そんな木竜の攻撃の全てを紙一重でかわし続けている。背後からの攻撃さえも、まるで見えているかのように軽く体をずらす程度の動きで完璧に避けきり、かわしたと思った瞬間には伸びてきた枝は切断されているのだ。だが、
「あちらのストックは無尽蔵っぽいですし、しかも私とは相性が悪そうですか」
天真の言う通り、枝をいくら切断しても木竜にこたえた様子はなかった。切り落とした端からすぐに再生されているのだ。基本の攻撃手段が斬撃の天真にとっては、やり難い相手と言える。
「しょうがないですねえ。ここは……っと、ようやく来ましたか」
何かに気が付いたかのように後方を振り返る天真。それを好機と見たか、無防備となった姿に枝が一斉に襲い掛かる。無数の枝がそのまま天真の体を貫くかと思われた、その時!
「旋風刃!」
突然、後方の木から飛び上がる影。その叫びと共に影の周囲に風が巻き起こる。風は不可視の刃となって地上に降り注ぎ、天真の周囲の枝を全て切断した。突然現れた影はそのまま天真の傍に降り立つ。
「遅かったですね?」
「他の受験者の誘導に少し時間がかかっちまってな。まあ、でも間に合ったようだな」
そう言いながら、助っ人に来たハヌマーンは眼前の巨大な木竜を鋭く見据える。
「で、あれが噂の竜か? ずいぶんと竜のイメージから外れた格好だが、どうして分かるんだ?」
「竜種は気配で分かるんですよ。独特ですから。まるで自然がそのまま動き出したかのような気配なんです。だからこそ、気配を把握するのが遅れたんですが」
今のように敵意を剥き出しにして行動しているならば、気配を察知するのも簡単なのだが。おそらく木竜は近くに獲物が来るまで、休眠状態だったのだろう。ゆえに天真でもその気配を察知できなかったのだ。
と、その時、天真が何かに気が付いたようにもう一度背後を振り向く。そこには、
「だ、大丈夫ですか皆さん!」
なんと、既に非難しているはずのリピルが負傷者の救助にあたっていた。
「なぜ彼女がここに?」
「いや、治癒魔術を使える人材があの子しか居なかったんだよ。もっとも、治癒の魔術自体使い手がほとんど居ないから、あの子が使えるって聞いてそれなら渡りに船だっつーことで」
「それにしても、竜の居る場所に素人以上駆け出し未満の者を連れてくるなんて……」
「だけどよ、間違った選択じゃなかっただろ?」
そう言うハヌマーンの背後では、リピルが重傷者に治癒魔術を使用して治療を施している。確かに、これならば避難ももっとスムーズになるだろう。
「しかたがありませんね、では我々はその間の時間稼ぎを行いますか」
「いっぺんにやっちまわねーのか?」
「下手に追い詰めて手当たり次第に暴れられると、流れ弾が向こうに飛んでいきかねません。それに、我々が全力を出すと周りに被害が及びかねませんし」
「それもそーか」
「では注意を引き付けつつ、適度にダメージを。と、そろそろきますよ」
天真の言葉と同時に、木竜がその首を逸らし―――
「グオオオオオオオッ!!!」
強烈な叫びが大気を、世界を震わせる。叩き付けられる咆哮は、衝撃となって魂を砕かんとする。
「ぐっ、これは!?」
「竜哮。魂を砕く魔力を帯びた竜の咆哮です。心の弱いものならば聞くだけで気を失い、最悪の場合精神崩壊を起こします」
その体内に強大な魔力を秘めた竜族は、声にも魔力を宿している。叫ぶだけで、相手の精神を攻撃できるのだ。
だが、天真とハヌマーンの二人はそんな竜の咆哮を受けても平然としている。両者共に高い実力を備えている証明であった。ちなみにハヌマーンは、風の防壁で背後のリピルたちに竜哮の影響が及ばないようにしている。
木竜はそんな二人を確認して咆哮は効果がないと悟ったか、今度は体から伸ばした枝を殺到させる。あわや串刺しになるかと思われた瞬間―――
ヒュゴウッ!
天真の周囲の枝はその右手が霞むと同時に全て切断され、ハヌマーンに迫っていたものは棍の一振りで発生した風の刃が粉微塵に吹き飛ばしていた。
「さて、それでは伐採と行きますか」
「なかなか刈り込み甲斐がありそうだな」
言葉と同時天真の姿が掻き消え、全身を旋風に包まれたハヌマーンが突撃を慣行する。両者の通り道では、バラバラに切断された枝が宙を舞った。
「す、すごい……」
そんな二人の姿を、治療を続けながら唖然とした表情で見つめるリピルとその他。彼女達の眼前で竜種を相手に互角以上の戦いを演じる二人の実力は想像を遥かに超えていた。
そして、無数の枝と木の葉をものともせずにあっという間に肉薄してくる二人に向けて、木竜はその腕を向ける。
ゴウッ!
そこから放たれた枝は今までの物とは太さも速さも段違いだった。まるで、巨大な杭のような一撃が二人に迫る。
「ですが、その分複雑な動きは無理のようですね。直線的な攻撃しかできない」
言葉と同時に迫る枝を紙一重で避ける天真。目標を見失った枝が轟音を立てて地面に突き刺さる。すると天真はその枝を道に見立てて駆け上がり―――
「斬」
斬光一閃。巨大な腕をその半ばから両断する。
「グオオオッ」
腕にはさすがに痛覚があるのか、その攻撃で木竜が今度は悲鳴を上げる。更に―――
「くらいやがれっ! 螺旋風槍!」
ゴパアッ!
螺旋の旋風を纏ったハヌマーンの一撃が、反対側の腕に巨大な風穴を開ける。両腕に重傷をおった木竜は痛みにもだえるかのように体をくねらせて―――
「!? 下がって!」
天真の声に条件反射的に後方に下がるハヌマーン。と、次の瞬間!
ゴウッ
木竜の口から吐き出される緑色のガス。天真とハヌマーンは慌ててその射程圏外に大きく離脱する。
「な、なんだあれ!?」
「竜の吐息。しかもこれは毒の吐息のようですね」
天真の視線の先、緑色のガスに触れた昆虫がものの数秒で活動を停止する。同じ光景を見たハヌマーンは顔をしかめた。
「冗談じゃねーぞ。あんなの浴びたら即死じゃねーか」
「触れただけでもそうなるでしょうね。ハヌマーン、あなたの風で吹き飛ばすことはできますか?」
「できないことはないが、その間俺様が無防備になっちまうな。そこを狙われたらさすがに避けきれる自身はねーぞ」
「うーん。お互いに遠距離攻撃タイプではないですからねえ」
「そーだな。ぶっちゃけ俺様も中、近距離戦闘タイプだから遠距離攻撃で強力なのは持ってないんだわ」
そんな会話の間に木竜は自身の両腕を再生させていた。どうやら、倒すには本体部分に再生不可能なほどのダメージを負わせるしかないらしい。
「せめてあの頭を吹き飛ばせれば、ブレスは封じられるのですが」
「え? あれ飾りなのか?」
「気の流れを見る限り、胴体部分中央が本体のようです。そちらに致命傷を負わせなければ倒せませんね」
とは言うものの、本体に近づけば近づくほど毒ガスの脅威が増す。天真は修行の一環として毒に対する耐性もつけてはいたが、竜種の毒などという聞くからにやばげなものを好んで浴びる度胸はない。さて、どうしたものかと悩んでいると、
「あ、あの……」
背後から聞こえてきた声に驚いて振り向く。そこには予想通りの人物が。
「リピルちゃん? まだ避難していなかったんですか?」
「他の人たちは全員避難しました。それで、お二人が今話していた事なんですが」
そう言いながらも暫し迷うようなそぶりを見せるリピル。しかし、何かを決心したのか一つ気合を入れると、
「私の魔術を打ち込めば、頭を吹き飛ばせるんじゃないんでしょうか?」
「「え!?」」
その言葉に、二人は驚きの声を上げる。
「ちょっと待った! そんな危険なことをやらせるわけにはいかねーって!」
「でも、この場で遠距離からダメージを与えられるのは私しかいませんし」
「だめだって! もし万が一攻撃を受ければ、ただじゃすまねーんだぞ?」
「でも……」
ハヌマーンは必死でリピルを説得しようとするが、リピルも引こうとしない。その眼には、強い決意が宿っていた。
「……わかりました」
「天真!?」
リピルの決意を感じ取った天真が了承する。そんな彼にハヌマーンは驚いた表情を向けた。
「ちょっお前だってリピルちゃんがここに来るのを反対してたじゃねーか! それを」
「現状遠距離攻撃で有効なダメージを与えられそうなのは彼女の魔術だけです。それにここで奴をしとめなければ、被害が王都にまで及ぶかもしれません」
「だけどよ……」
あくまでも反対の姿勢を見せるハヌマーン。か弱い女の子を戦わせることが彼の流儀に反するのだろう。そんなハヌマーンにリピルが語りかける。
「天真さんの言うとおりです。ある程度の痛手を与えた以上、ここで仕留めなければ、木竜は無差別に街を襲い始めるかもしれません。それに」
そこで一旦言葉を切りしっかりとハヌマーンの眼を見据えて告げる。
「街には私の弟や妹達もいます。あの子たちを守るためにも、ここで逃げるわけには行きません」
そう告げるリピルの体は微かに震えていた。だが、その眼に宿る光と口調にはそれを乗り越えんとする力強さが含まれていた。
「……わかったよ。そこまで言うなら、俺様も反対はしない」
「ありがとうございます!」
「ただし、絶対に無理はしない。約束だぜ」
「はい」
しぶしぶといった感じでリピルの参戦を認めるハヌマーン。その言葉にうれしげな表情を見せるリピル。そんな彼女を、まるで娘を見守る親のような優しげな目で見つめる天真。
「大丈夫ですよ。このハヌマーンは女の子を守るという一点においては誰よりも信用できますから」
「なんかそれだけがとりえのように聞こえるっていうか、俺かよ!?」
「あなたの力のほうが守ることに関しては向いているでしょう? 私は陽動をやらなければいけませんからね。それで、どうするかですが」
天真は手短に作戦を二人に伝える。そして、それが終わったときには、木竜の手の再生は完了していた。
「ではそういうことでお願いします」
「わかりました」
「了解だ」
二人が頷くのを見て、天真は視線を前方に戻す。そこには、再び動き出そうとしている木竜の姿があった。
「それでは、行きますよ」
言葉と同時、前方に向かって駆け出す天真。そんな彼と後方の二人に向かって再び殺到する枝の奔流。
「豪風壁!」
ハヌマーンの叫びと共に、彼とリピルを囲む風の渦。竜巻のようなそれは二人をその中に包みこむ。それは見た目よりも強固なようで、枝が触れた瞬間にはじけ飛ぶ。
天真はその光景を確認しながら、単身縮地を併用しつつ木竜へと真正面から突っ込んでいく。無謀とも思えるその行為。だが、やはり枝も木の葉もその体をかすりもしない。あっという間に距離をつめていく。
だが木竜もそれを予期していたのか、天真が十分に近づいた所で首をもたげ、その口から毒の吐息を……
「おっと、縮地」
吐く寸前に縮地を使い木竜の右側面へと大きく移動する天真。目標が移動した事で、木竜は毒の吐息を吐き出すのを中断し、向きを調整してから再び吐息を……
「残念、そっちではありません」
再び縮地で狙いを外す天真。先程見た毒の吐息の効果範囲から、その射程のギリギリの所で縮地を使い続け、相手を翻弄し照準をつけさせないように動いている。木竜は毒の吐息だけでなく、枝や木の葉を使ってその動きを止めようとしているのだが、もちろん天真にそれらの攻撃が当たるはずもない。
そして天真は本体へと突撃すると見せかけて、その実毒の吐息の効果範囲の境界を行ったりきたりしているだけである。結果、木竜は何度も毒の吐息の体勢にはいっては狙いを外されるという、とてもストレスのたまる嫌がらせを受け続けることに。
そんな攻防がしばらく続き……
「ゴアアアアアアアッ!!!」
とうとう痺れを切らしたのか、木竜は憤怒の咆哮と共に体ごと天真へと突っ込んでく。その巨大な腕を振り回しながら、直接天真を叩き潰さんとする。
「おっと」
その巨体の突撃を余裕を持って避ける天真。だが、その質量が生み出すエネルギーは地面を抉り、あたりに土砂を巻き上げる。降り注ぐ石片等をかわしながら、天真は冷静に猛り狂う巨体を見据える。
「そろそろですか」
呟くと同時に後方を確認。そこではハヌマーンの生み出した大気の壁がいまだ勢力を保ったままだった。それを横目で見ながら天真は、
「はっ」
いきなり木竜に強襲をかける。今まで直接的な攻撃を避けてきた相手の突然の行動に不意を突かれたのか、一瞬反応が遅れる木竜。
しかし、天真相手にその反応は命取りだ。その一瞬で、木竜の懐まで飛び込むと―――
「斬」
その声と共に、再び斬断される右腕。
「グオオオッ!?」
咆哮と共に再び苦悶する木竜。その隙を突いて天真は更に左腕を切り落とした。だが、
ゴウッ
左腕を切り落とすと同時に天真に襲い掛かる毒の吐息。
「くっ!?」
慌ててその圏内から離脱する天真。しかし、その後を追撃するように無数の枝が、天真に襲い掛かる。対して天真は―――
「はっ」
なんと、その細い枝を足場にして一気に空へと駆け上がる。まるで軽業師のようなその身のこなしで、一気に木竜の近くまで駆け上ると、人間とは思えないほどの跳躍力で、飛び上がる。
そのまま刀を両手に構え、頭上から木竜の頭部を攻撃しようとして―――
木竜が天真を睨みつけながらその首を反らし、毒の吐息の体勢に入るのを視認する。
だが、天真は“空中にいるせいで身動きが取れない”。仮に枝や木の葉などの実体のある攻撃であれば、身を捻るなり何なりである程度避けることはできるだろう。しかし、毒の吐息は毒による広範囲への無差別な攻撃。しかも、触れただけで即死する。
そして、空中にいる天真にこれをかわす術はない。まるで勝利を確信したかのように、木竜は通常よりも長く溜めを作り、勢いよくその顎を開き―――
ドゴオオオオオオオンッ!!!
直後、その口内に巨大な火の玉が激突!
大爆発を起こした。
「ナイスコントロール」
爆風を利用して空中で身を捻った天真は、その背後で両手を突き出したままのリピルと、風を利用して火の玉の移動経路を作ったハヌマーンを確認する。
すべてが終わってみれば、これは簡単な囮作戦だ。まず、ハヌマーンとリピルが風の結界の内側に姿を隠し、天真が一人で敵の注意を引き付ける。結界に包まれた二人を攻撃することはできないが向こうからも攻撃がなくなれば、木竜の目標は自然と天真一人に絞られる。
天真は木竜の攻撃を引き付けながら、相手をいらだたせるようにヒットアンドアウェイを繰り返す。この時、毒の吐息を出したくても出せないような状況に追い込む。
相手が痺れを切らせたところで、その両腕を攻撃、防御ができないようにする。そして、十分に敵の注意を引き付けながらわざと毒の吐息を出させる。その瞬間に、リピルの魔術を木竜の口内に叩き込み、頭部を破砕するという作戦だ。
必中のタイミングをこちらが誘導してしまえば、それに合わせてカウンターを放つことはたやすい。木竜に天真を仕留めるための毒の吐息を誘発させてその隙を狙い撃つ。即席にしてはよくできたコンビネーションだろう。
「や、やりました!」
「上出来だぜリピルちゃん。後は俺様たちに任せな」
自身の魔術の成功に感激するリピルの頭をぽんぽんと撫でてから、ハヌマーンが駆け出し、そのまま風を利用して跳躍する。
「おおおおおおおおお!」
ハヌマーンの雄叫びと共に、上段に構えた棍の先端に風が集まっていく。まるで周囲の大気が凝縮していくかのように。そして、ハヌマーンの頭上に圧縮された巨大な空気の塊が出現する。
「潰れろっ! 重風槌!」
両手で構えた棍を振り下ろすと同時、巨大な大気の大槌が木竜を頭上から襲う!
ドンッ!
まるで不可視の巨人の足に踏み潰されるように、頭部をなくした木竜が地面にその巨体をめり込ませる。その体から伸ばそうとした枝も、途中で勢いを失って地面に墜落していく。
そしてその効果範囲の外、木竜を真正面に見つめながら、天真は静かに腰を落とす。
「我、振り抜くは神鳴る刃」
呟き、鞘に収めた刀の柄に手をかける。
「葉上流、交差法―――」
瞬間、コマ落としの様にその姿が掻き消え、
「雷光閃」
次にその姿が現れたのは木竜の背後だった。手に持った“抜き身の刃”を一振りし、鞘に収め―――
チン
鍔鳴り。同時に、胴体を袈裟切りに両断された木竜の巨体が地響きと共に地面に倒れこむ。
ドオオオオオン
それが、戦いの終幕を告げる鐘の音となった。
「しかし、一時はどうなることかと思いましたよ」
「まあ出たのは軽傷者だけだし、ハンター免許は貰えるんだし、結果的には問題なかったんじゃねーか?」
魔王城の休憩室。紅茶とお茶請けに舌鼓を打ちながら、天真とハヌマーンは今日の疲れを癒していた。
「しかし、あんな所に竜種がいるとは。この世界もなかなか物騒ですねえ」
「あれは例外中の例外だと思うが。なんにしても早めに対処できてよかったんじゃねーの? それに、そのおかげでハンターランクもいきなりAなら万々歳じゃねーか」
「まあ、それはそうですが」
あの後、報告を受けた魔王軍の迅速な対処もあり、今回の事件は大した問題も無く終わりを告げた。
ハンター試験のほうも、竜種を倒したということで、天真のランクは最初からA。更に賞金まで付くということになった。
「それにしてもリピルちゃん。ランクを上げなくてもいいなんて殊勝な心がけだよなあ」
今回の功労者の一人でもあるリピルは賞金だけ受け取ってランクの上昇に関しては辞退していた。理由を聞くと、『今回の件に関して私はお二人のお手伝いをしただけで、まだまだ私は修行不足です。ですから、きちんと最初から始めて経験を積んで行きたいんです』とのことだった。
「そうですね。あの子は自分に負けない立派な女性に成長しますよ」
「そうだな、あと2、3年で美人に成長するぜあの子は」
「……そうですね」
いつものごとくのハヌマーンの言葉にもはや突っ込む気力も無い。
「おお! 天真もそう思うか! いやー、将来が楽しみな子だったよなー」
「否定はしませんよ。一応」
「そうかそうか。でもあの子お前にだいぶご執心みたいだったし、もしかして、もう唾付けてるとか?」
「あなたじゃあるまいし。私を何だと思っているんですか」
この女殺し! とはやし立てるハヌマーンをものすごくうっとおしそうな眼で見る天真。だが、ハヌマーンの追求は続く。
「でも実際あの子美人になるぜ? どうよ? 光源氏になってみてもいいんじゃねーの?」
「ですから……」
「なんだよ、本当に興味ねーのか? お前本当に男か? あ、もしかして熟女萌か?」
「いえ、私は若い子の方が好みですが。というか何で女性の好みを語らなければ」
「なら少しは考えてもいいんじゃねーか? こう、自分色に染め上げるとかさあ。興奮するだろ?」
「ですから」
だんだん話題が危険な方向に向かっている気がするが、ハヌマーンの追求は終わらない。むしろよりヒートアップしていく。
「本当に何にも感じないのか? 興奮しないのか?」
「……そこまで言われると。確かに興奮しないことは無いですが」
「やっぱそう思うか! いやーそうかそうか。天真は若い子を調教するのが好みか」
「なぜそこまで表現が進化しているのですか」
卵から、一気に究極体まで進化していた。
「はずかしがんなよー、今自分で言ったじゃんか。それに聞いたぜー、あの子自身に。教育を受けたって」
「いや、教育と言うか。確かにそういうことはしましたが、あれは」
「へえ。そうなんだ」
絶対零度をはるかに下回る気配が、二人の動きを凍結させた。
「天真は幼い子に調教をするような人だったんだ」
「……ロリコンだったなんて」
まるでホラー映画のごとく、背後に忍び寄る死の気配。振り向けば死ぬとわかっていながらも、何かに操られるかのようにそちらを見ると……
「天真、ちょっといいかな」
「私も、色々と聞きたいことがあるわね」
謎のどす黒いオーラを背負った、スノウと美亜の姿があった。
「い、いや違うんですよ? 私はただ先輩として若者にちょっとした助言を与えただけであって、決してハヌマーンが言うようなことは」
「試験中、若い子と二人っきりでずいぶん楽しそうだったって聞いたけど?」
「だ、誰がそんな話を!?」
「桃子さん」
「何であの人はそんな情報を知っているんですか!?」
確かに試験中はリピルと二人っきりだったが。試験が終わってまだ数時間しか立っていないのに、どこでそんな話しを聞きつけてきたのか?
「ふーん。本当のことだったんだ」
「え!? いや、二人っきりではありましたが、決してハヌマーンが言っている様な事は」
「続きは向こうで聞くわ」
「行きましょう、天真」
「だから、ちょっと待」
そのまま二人に引きずられていく天真。気のせいか、向かう先にはまったく光の差さない闇が広がっている気配が。
「……骨は拾ってやるぞー」
「ハヌマーン! 元はといえばあなたのせいでしょう! ちょっと助け」
「無理」
「即答!? 雪、美亜話を聞いてください」
「大丈夫。ちゃんと聞くよ、拷問部屋で」
「言葉のニュアンスがおかしい!? それ絶対に違」
そして、三人は闇の中へと消えていった。
「……俺様知ーらねっと」
その日以降、夜中に聞こえる叫び声がお城の七不思議になったとかならないとか。 |