第2話.資格を取ろうその2
試験の会場は王都から少し離れた場所にある森の入り口で、二人がたどり着いた時には、既に他の受験者があらかたそろっていた。
「うーん、ざっと見3、40人くらいですか。結構居ますね」
「しかも、いかにもな奴等ばっかだな。もっとこう、胸と腰だけの鎧を着けた、ボン、キュ、ボンな女戦士とか期待してたのに」
「……そんな80年代ファンタジーアニメのような女戦士や衣装は、この世に存在しないと思いますよ」
「いや、神裂の爺さんならそういう鎧を持っていてもおかしくない」
「……うわあ、ありそうなのがまた」
ハヌマーンの言うように、集まった受験者は皆筋骨隆々で傷だらけ。いかにもな感じの人物ばかりだった。もし、何も知らない人がこの光景を見れば、893の抗争の準備かと思うことだろう。
「おいおい、何だ人間がいるぞ?」
「あーん? ここがどこか分かってんのか?」
「場違いなんだよ。ひ弱な人間はさっさと帰んな」
天真がそんなことを考えていると、数人の受験者がその姿を眼にして難癖をつけ始める。確かに、確認できる限りではこの場には転化者しかいなかった。それに、天真の見た目は中肉中背の優男だ。この場では明らかに浮いて見える。
「あーいや、試験を終わらせてすぐに帰りますのでお構いなく」
「おいおい、俺たちは親切で言ってんだぜ? 怪我しないうちに帰れってな」
「そうそう。しょぼい魔術しか使えない人間がハンターなんか務まるもんか」
「おら、とっとと帰れよ」
天真としてはあまり揉め事を起こしたく無いのだが、目の前の3人はどうやら見逃すつもりは無いらしい。
「おい、手前ら……」
「ハヌマーン」
いいかげん付き合うのもうっとうしくなったのか、ハヌマーンが前に出ようとする。だが、それを目線で静止する天真。確かに、こんなところで揉め事を起こして、受験ができなくなっては意味が無い。ハヌマーンも天真の意を汲んでしぶしぶ下がる。
「おいおい、お友達の陰に隠れることしかできないのかよ?」
「ダッセーなあ、おい」
「おら、さっさと帰れっつてんだろ」
とは言うものの、このまま押し問答を繰り返しているわけにも行かない。さて、どうしたものかと天真が思っていると、
「これより今回のハンターズギルド入団試験の説明を始めます。受験者はバッジを見やすい場所につけて、私の周りに集まってください」
タイミングよく試験の説明を開始する合図が。それを聞いて受験者達が試験官の方に集まっていく。
「ちっ、時間かよ」
「いいか、とっとと帰るんだぞ。てめーみたいのが居ても時間の無駄なんだからな」
「さっさと行こうぜ。時間が勿体ねーよ」
捨て台詞を吐いて移動するチンピラ3人組。その背中を見送りながらハヌマーンが呟く。
「無知ってのは恐ろしーな。目の前の奴が本気になれば一瞬で首が飛ぶっていうのも知らずに」
「いや、いくらなんでもそんなことはしませんよ」
「まあ、それは冗談としても、あんな奴ら100人束になっても天真の足元にも及ばないのは事実だしな」
「あれでも腕に自信があるんでしょう。だからと言って、それを笠に着るのは感心できませんが。さて、私も行きますか」
「おう、まあてきとーにがんばってこいや」
「適当って、私これに受からないとある意味路頭に迷うんですが」
そんなことを言い合いながら、天真は試験官の元へと向かった。
「今回の受験者は丁度40人なので、まず5人ずつ8チームに分かれてもらいます。試験はそのチームで受けてもらいます」
天真はその説明にやや眉をひそめた。個人での試験ならばどのような内容のものでも合格する自身があったが、団体行動となると少し勝手が違ってくる。あまり変なチームに組み込まれなければよいのだがと少し心配になる。
「それではこれよりチーム分けを行います。番号を呼ばれた人は前に来てください」
そして、天真が割り振られたチームは……
「なんだよ、手前と同じチームかよ」
「帰れっつっただろうが」
「ちっ、最悪だぜ」
先ほどのチンピラ3人組と同じチームだった。思わず天を仰いで我が身の運の無さを呪う天真。
「……まあ、お手柔らかにお願いします」
「うっせーんだよ人間」
「ったく、これなら4人のほうがましだぜ」
「なあ、こいつ適当な場所においていこうぜ」
ちょっとくじけそうな天真。今回は本当に帰ろうかと半ば本気で考え始めた所で、
「あ、あの……皆さんはCチームの方々でしょうか」
背後からなにやらおどおどとした声が聞こえてきた。その声にその場の4人が一斉に振り向くと、
「ひゃっ……あ、あの私Cチームなんですけど、ここはCチームであってますか?」
そこには、少女がいた。
紫色の髪の女の子だ。背中に小さな蝙蝠の様な羽根が生えており、腰の下に尻尾も付いている。言ってみれば小悪魔か。年齢は15,6といった所。小柄で、身長は150あるかどうか。先ほどから不安そうにこちらを見つめるその姿は、どう見ても荒事には向いていなさそうに見える。
いきなり現れたこの場にそぐわない女の子に、言葉が出てこない天真+3。
「えーと、確かにここはCチームですが……」
「あ、合ってたんですね。良かったあ」
そう言って胸をなでおろす少女に、恐る恐る問いかける天真。
「あのう、もしかして……」
「あ、すみません。自己紹介がまだでしたね。私はリピルと言います。皆さんと同じCチームです」
「……ご丁寧にどうも。私は天真です」
天真たちが自己紹介をする頃には、その背後のチンピラ3人組が「まじかよ!」とか「足手まといが二人も居やがる」とか「試験官に文句を言いにいこうぜ」とか言い合う声が聞こえてきた。その声がリピルに聞こえないように彼女を少し離れた場所に誘導する。
「あ、あの、私足手まといにならないように一生懸命がんばりますので、よろしくお願いしまひゅ」
「いや、そんなに緊張しないで。大丈夫ですから。ははははは……」
「うううう……ありがとうございます」
緊張しすぎて台詞を噛む少女を尻目に、空が青いなあと現実逃避を始める天真だった。
「今回の試験の目標は、ワイルドボアの角です。1チーム1本持って帰ってくれば合格です。制限時間は夕方までとします」
と言われても、そのワイルドボアなる獲物のことをまったく知らない天真。このあたりの生態系について学習しておくべきだったと少し後悔していた。どのような獲物か聞こうにも、
「ったく、厄日だぜ今日は」
「放っておけって、どうせ途中で付いて来れなくなるに決まってんだしよ」
「まあいざとなったら餌に使うって手も有るけどな」
前を行くチンピラA、B、C(適当に付けた)は声をかけるだけ無駄だろう。答えてくれるとは思えない。というわけで、チンピラたちのやや後方(天真は最後尾)のもう一人の同行者に聞いてみることにする。
「リピルちゃん、ワイルドボアってどういう生物ですか?」
「はいっ!?」
いきなり声をかけられたことに驚いたのだろうか、過剰な反応を見せるリピル。
「す、すみません! 何でしょうか!?」
「あ、いえ私はワイルドボアについて何も知らないので、知っていたら教えていただけないかと」
「は、はい。分かりました。私の知っていることでよければ」
少しどもりながらも、一生懸命という感じでリピルは説明を始める。
「ワイルドボアはこのあたり一体の森に棲む、猪の亜種もしくは原種と思われる生物です。体調は平均3メートルで大きいものになると5メートル以上。体はこげ茶色の毛皮に包まれていて、大きな牙と額に生えた角が特徴です。雑食で、草や木の皮の他に小型の動物も食べることがあるそうです」
すらすらと、まるで図鑑を読むかのごとく説明をするリピルに、天真は驚く。
「森の中が主な生息地域で、性格は臆病。だけど、敵に対してはその巨体を生かした突進で攻撃を加えます。これは時に大木をへし折るほどの威力を秘めていますので、注意が必要です。主な対処法としては突進の後、方向転換が苦手なのでそのときに背後から攻撃を行うこと。通常の武器、魔術共に有効。……主な概要はこのくらいです。もっと詳しい説明が必要ですか?」
「いえ、十分です。すごいですね、そこまで詳しいなんて」
「そ、そんなこと無いです。私、この位しかできませんから」
博識ぶりに感心する天真にそう言いながら、なぜか悲しげな表情を見せるリピル。
「私、魔族なのに魔術が苦手ですし、かといって力もあまり無いですし。人よりすばしっこいくらいしかとりえが無くって。しかも怖がりで、だから今日もせめて遭遇するかもしれないモンスターのことだけでも知っておこうと思って。ほら、どういう相手か分かっていれば少しは怖くなくなるかもしれないじゃないですか」
「……失礼ですが、でしたらなぜこんな危険な職業を選んだんですか?」
「家に、弟と妹がいるんですけど、今の収入だと家計が苦しくて。それで、少しでもお金が稼げる仕事をと思って」
「だからと言って、このような命を危険にさらす仕事を選ぶのは、少々極端なのではありませんか?」
話をしている間に横に並んだリピルに、天真がそう言うと、彼女は溜息をつきながら、
「弟が8人、妹が5人いるんです」
「……ご両親、仲がいいのは分かりますけど、もっと、こう」
「あ、家、孤児院なんです」
「そ、そうですか……」
ほっとするやら、申し訳なく思うやら、複雑な気持ちでそう言うしかない天真。
「一応、助成金は出ているんですけど、それだけだと苦しくて」
「それで、手っ取り早く大金を稼ぐためにハンターに」
ハヌマーン達に聞いた所によると、ハンターは危険な分見返りも大きいらしい。モンスターのほうもランク分けされているらしいが、高ランクのモンスターを狩れば、一等地に豪邸を建てられる位のお金があっという間に手に入るのだとか。
「向いてないのは分かっているんですけど……」
「……そうでもないですよ」
「え?」
天真の台詞に、きょとんとした顔を見せるリピル。そんな彼女を横目で見ながら会話を続ける。
「勘違いしている人が多いんですけど、命をかける仕事をするにあたって臆病であること。つまり恐怖心を持つというのは、重要なことなんです」
「え? だって、そんなの邪魔になるだけじゃ」
「いえ、恐怖心があるということは、命の危険を正確に把握しているということです。これを正しく認識し、どのように行動すれば生き延びられるかを考えることができるならば、立派な戦士に慣れます」
天真の言葉に真剣に耳を傾けるリピル。その姿勢を内心で褒めながら説明を続ける。
「もちろん、恐怖心に負けて肝心な場面で動けないなどというのは駄目ですが。かと言って、恐怖心なしに敵に突っ込んでいくような人は、確実に早死にします。本能からの警鐘を正確に受信できていないのですからね。その点、リピルちゃんは合格です」
「え!? 私ですか!?」
突然褒められて驚いたのだろう。大きな目を更に大きく見開いて、驚いた顔をするリピル。
「あなたは自分が非力だから、それを補おうと自分が相手をするだろうモンスターについて、きちんと知識を仕入れた上で、この試験に臨んでいます。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。あなたの行動はまったく持って正しい」
「でででででも、私臆病だから、それくらいしかできなくて……」
「恐怖心を克服しろとは言いませんが、あなたはもう少し自信を持ったほうがいいですね。あなたは、自分にできることを精一杯やった。後は本番で臆さないようにするだけです。弟や妹が待っているんでしょう?」
「……はい」
「ならば、もう震えるのは終わりです。しっかりと自分の恐怖心と正面から向き合って行動していきましょう。そして、何より大切なのは生き延びること。貴女には待っている人達がいるのですから、無理だけはしないで」
天真の言葉を聞いて、徐々に落ち着きを取り戻していくリピル。やがて、しっかりとした目をしながら天真に向き直る。
「ありがとうございます天真さん。おかげで、少し怖くなくなりました」
「何、少し背中を押してあげただけです。幼い兄妹達の為にこんな所にまで来た貴女です。最初から勇気は持っていたんですよ。ただ気付かなかっただけで」
「そうでしょうか……やっぱり天真さんのおかげだと思います。」
はにかんだ様な笑みを浮かべるリピル。素直でいい子ある。この子のためにも今回の試験を落とすわけには行かないなあと天真が思った、その時、
「……?」
「ど、どうかしたんですか?」
「……いえ、何でもありません」
突然、前方を睨み付ける様に凝視する天真に、リピルが不安そうな声をかける。だが天真は、そんな彼女に気にするなという風な態度を取る。首を傾げながらも、それを受け入れるリピルの横で、天真は先ほどの感覚について考え込んでいた。
(今の気配は……一体)
天真は普段、大気中に存在する気の流れを読み取って、周囲の事象を把握している。生物、非生物にかかわらず、全ての存在はその内に気の流れを持っているため、これを読み取ることによって、天真は3次元レーダーのように周囲の事象を正確に把握することができる。
そしてこの森に入ってからは、その気圏の範囲を広げていたのだが、先程そこに無視できない何かを感じ取ったのだ。もっとも、すぐにその反応は消えてしまったのだが。
(気配を消した……いや、そういう感覚ではありませんね。もっと、言うならば自然と一体化したような)
野生動物の気配断ちは確かに高レベルだが、これはそんなものではない。生物が気配を消したのではなく、まるで自然が一時意思を持ったかのような。
そして、天真にはそんな感覚を伝えてくる存在に覚えがあった。
(まさか……だが)
「あのう……本当に大丈夫ですか?」
無言で前方をにらみ続ける天真に、再度リピルが不安そうな声をかける。
「も、もしかして、私何か気に障るようなことをしてしまったのでしょうか!? すみません! すみません!」
「あ、いえ。本当になんでもないんですよ。ただ、ワイルドボアが見つかるかと思いまして」
「あ、そうなんですか。でしたら、ワイルドボアのマーキング後の見分け方を……」
リピルの説明を聞きながら、天真は胸中に不安が広がっていくのを感じていた。 |