第12話.覚醒せしは白き翼の御使い
「まじかよっ!?」
「!?」
轟音と共に舞い上がる土煙。巨人の拳が打ち下ろされた場所には、今までと同じようにクレーターができていた。
だが、巨人の攻撃はまだ終わっていない。目の前の光景に腕を押さえながら見入っていたスノウ。その隙を巨人は見逃さず―――
「しまっ!?」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴっ!
一度上空に打ち上げた閃光の束が豪雨となってスノウを襲う。その密度はすさまじく、光の雨の中に、その姿が掻き消える。
「天真!? スノウ!?」
二人への攻撃が直撃しているならば、もはや人としての原形はとどめていないだろう。最悪の予想が全員の頭をよぎり……
「ってまずいっ!? こっちもかよ!?」
そんなハヌマーンの切迫した叫びが聞こえ、巨人に向き直る美亜とシェリナ。その視線の先には、右の翼をはためかせて、こちらに閃光を打ち出そうという巨人の姿があった。
「くっそ、やらせるかっ!」
回避は間に合わないと悟ったハヌマーンの気合の声と共に、周囲に吹き荒れる風。その力を使って閃光を弾くつもりだ。だが、あのすさまじい攻撃をどこまでしのげるか。
そして、翼に宿った光が膨れ上がり、弾ける―――
ザンッ!
一瞬前に、翼は根元から切断された。
「葉上流――」
気が付けば、まるで瞬間移動でもしたかのように、天真の姿が巨人の右肩の上にあった。突きの構えでその両腕を限界まで引き絞り、そして―――
「勁破浸透刃」
刃を突き込むと同時、その柄より流し込まれた勁力が刃を伝い、相手を内部より破壊する!
ボンッ!
内側から破裂するように頭部が爆発する。その一撃で巨人の頭は綺麗さっぱり消失した。衝撃で、ぐらりと体制を崩す巨人。
更に―――
「深紅の投擲槍」
左脇腹に、全長3メートルを超える巨大な三叉の槍が突き込まれ、今度は胴体の4分の1が赤く砕け散り、消失する。土煙の中から槍を放ったスノウは、左腕を負傷しながらも、その動きに支障はなさそうだった。
二人の攻撃を受け、仰向けに倒れこもうとする巨人。その肩から飛び降りた天真は、そのまま縮地で美亜達の元へと戻る。
「いやーびっくりしました。危うくスルメになるかと」
「それはこっちの台詞よ!」
「心臓に悪いだろうが! というか、どうやってあんなところに移動したんだ!?」
「……私も、動きを追えなかった」
五体満足な天真を確認して、口々に文句を言う美亜達。それだけ心配だったのだろう。あんな光景を見た後では無理もないが。
「まあ、迫ってくる拳を空中で足場にして、地面に急降下した後、縮地で肩の所まで移動しただけなんですが」
「いや、それだけって、空中でよくもまあそんな曲芸じみた動きを」
「一瞬でも遅れていたらペシャンコだぞ?」
「おどろいた」
そんな会話をしていると、スノウも風の魔術を解除して、皆のところに降り立つ。
「天真、大丈夫?」
「私のほうは怪我一つありません。それよりも、雪こそ」
「私も大丈夫、かすり傷だから」
そう言って天真の無事な姿にほっとした顔を見せるスノウ。と、突然、天真がそんな彼女の手を取る。
「え? 天真?」
「じっとしていてください。すぐに終わりますから」
そう言うと、天真はスノウの傷口にそっと手を当てた。次の瞬間、そこから蒼い光が漏れ出す。
「これは……なんだか暖かい」
「応急処置です。治癒の方面の気の扱いは苦手なので、しないよりましという程度ですが」
「あ、ありがとう……」
「……いえ、すみません。私が未熟なばかりに」
「え?」
その手の暖かさに頬を染めていたスノウには、ぼそりと呟かれた言葉がうまく聞き取れなかった。だが聞き返そうにも、天真は治療を続けながら、シェリナに顔を向けて質問をしている所だった。
「それでシェリナちゃん、後どのくらいか分かりますか?」
「……だいぶ削ったから、あとは、今体を形作っている分を半分くらい削れば、何とかなりそう」
シェリナの視線の先、光の巨人の姿は既に最初の頃とは比べようも無いくらいに小さくなっていた。とは言っても、まだ身長5メートルほどはありそうだが。
そして、全員の目の前で、巨人はようやく体の修復を終えて、立ち上がろうとしていた。
「ならば、あとは大きいのを1回ずつ当てれば何とかなりますか。雪、飛び道具系の奥義とかそういう感じの必殺技は持っています?」
「あ、うん。一応2、3個持ってるけど、使うのには少し時間がかかるよ?」
「それなら大丈夫そうです。ほら」
そう言われて巨人のほうに向き直るスノウ。と、ようやく立ち上がった巨人の頭部の辺りに、強大な魔力が集中し始めていた。
「おそらく、ここら一帯私達ごと吹き飛ばすつもりですね」
「って冷静に会話してる場合じゃねえだろ!? 俺達はともかく、美亜ちゃんとシェリナちゃんには高速移動はできないだろうし!?」
「大丈夫です、回避する必要はありません。というわけで雪、あの攻撃ごと吹き飛ばすことはできますか?」
「見た感じ、魔力の収束に時間がかかってる。まだ扱いに慣れていないんだろうね。これなら大丈夫かな。私のほうが速いよ」
「では、お願いします」
そう言いって天真は応急処置が完了した腕を離した。彼に一度頷くと、スノウは全員の前に立ち、胸の前にかざした両手の間に魔力を収束させながら詠唱を始めた。
「我が纏うは赤光、その輝きは全てを断絶する」
スノウの体から溢れる魔力は今までとは比べ物にならないほどに高まっていた。迸る赤光、その全てが掌の間に収束し、凝縮していく。
「その力持て、我が前に立ちはだかる森羅万象の全て」
やがて魔力は、直径10センチほどの真紅の球体となり、スノウの胸の前に浮かぶ。その内に内包した魔力はもはや常軌を逸していた。
「その存在を世界より断絶し、真紅の耀きの彼方に消失させん!」
その瞬間、スノウよりも一瞬早く巨人から放たれる閃光。いや、それはもはや光の洪水だ。触れる全てを飲み込まんとする勢いで、スノウたちを消し去らんと迫る―――
「真紅の破光!!!」
その数瞬前、球体を押し出すように延ばした掌の先、スノウの声と共に膨張した球体が真紅の奔流となって、純白の光を迎え撃つ!
ドゴオオオオオオオォォォォォォォン!!!
二つの光はぶつかり合い、お互いを喰らい尽し、飲み込まんとする。その力は、最初拮抗しているように見えた。だが……
「……例え“覚醒者”と言えども、暴走しその魔力に振り回されているだけならば、強大な力も宝の持ち腐れ」
スノウの放つ真紅の光が、徐々にその鮮やかさを増していく。
「魔術とは、自らの内にある世界を外の世界へと紡ぎ出し、現実を塗り替える力。どれだけの意思をそこに込められるかによってその強さが決まる」
真紅が、純白を飲み込んでいく。
「意思も無く、魔力に扱われているような状態では、決してその極致にはたどり着けない。だから、今のあなたでは私に勝てない」
均衡が崩れ、真紅が光の巨人の元に殺到する!
「折れない意思だけが、世界を変えられる」
そして―――
真紅の奔流が光の巨人の頭を飲み込んだ。
自らの攻撃ごと頭部を吹き飛ばされた巨人は、足元をぐらつかせる。と、
「……龍脈励起」
いつの間にか、巨人の前方には天真の姿が。
「導くは大地の龍。古き神々の力、大いなる地の力持て」
言葉と共に、その全身から迸る蒼い光。その力は、スノウと同等か、それ以上の……
「眼前の敵を薙ぎ払わん!」
蒼天を鞘より抜き放ち、刃を天へとかざす。
「葉上流、奥義之太刀」
蒼の光が凝縮し、天を貫かんとする光の奔流が生まれる。それは天真の手にある蒼天を起点とし、遥か天壌への刃となる。
「地剣、荒剣」
言葉と同時、光の刃を袈裟切りに振り下ろす!
ザシュッ!!!
巨大な蒼光の刃は、さしたる抵抗も無く巨人の胴を上下に両断した。頭部を消し飛ばされ、さらに下半身を切り飛ばされた光の巨人の体は、崩れるようにその形をなくし……
その中より、麗の本体が姿を現す。
「ハヌマーン!」
「了解だ! 行くぜ! 美亜ちゃん、シェリナちゃん!」
天真の叫びに答えると同時、ハヌマーンはその背に美亜とシェリナを背負い、足元で風を爆発させる。その力を利用して弾丸のような勢いで飛び出し、そのまま滑空している麗めがけて跳躍する。
「美亜!」
「分かってる!」
シェリナの叫びと共に、美亜が中空の麗に手を伸ばす。シェリナの第3の眼が金色に輝くと同時、美亜の手が麗を捉える。
「麗!」
美亜の叫びがシェリナの力によって、麗の精神に直接届けられる。だが、
ゴウッ!!!
「きゃあっ!?」
「どうわっ!?」
「!?」
直後、再び麗の体からすさまじい勢いで漏れ出す魔力。その奔流に押し流され、ハヌマーンが弾き飛ばされる。だが、
「こ、んのおおおおおーーーーー!!!」
「……ああっ!!!」
麗をがっちりと捕まえている美亜と、彼女にしがみついているシェリナはその手を離さない。魔力の奔流に体を弄ばれながらも、必死で麗に喰らい付く。だが、
「っだめ、このままじゃあ……」
魔力の暴走が収まらない。その力の奔流に、美亜とシェリナが飲まれかけた瞬間―――
「ぬうっ!」
「天真!?」
全身に蒼光を纏った天真が、麗の体を後ろから羽交締めにする。と、次の瞬間、麗から漏れ出す純白の光が、蒼光に遮られるようにして、その力を弱めた。
「ぐっ!? 長くは持ちません! 今のうちに麗君を!」
「分かったわ!」
美亜は天真に内心で感謝を送り、麗に向き直る。その表情は苦しげに歪められていた。そんな弟の顔を真正面からしっかりと見つめ、深呼吸。そして―――
「麗! あんた生きるって決めたんでしょ! 私を守るんでしょ! だったら、こんなところで寝ぼけてないで―――」
叩きつけるように叫ぶ。さらに、美亜は自らの頭を振りかぶり―――
「とっとと起きろおおおおおーーーーーー!!!」
ドゴンッ!
すさまじい音を響かせて、美亜のヘッドバットが麗の頭に叩き込まれる!
「ちょっ、それは」
「うわあ」
「よ、容赦ねー」
それは、その光景を見ていた天真たちが思わず眼を逸らしてしまうほどの勢いだった。
そして次の瞬間―――
まるで地上に太陽が出現したかのように、純白の光が世界を塗りつぶす。
「「「「「!?」」」」」
あまりの眩しさにその場の全員が目を塞ぎ、そして―――
現れたときと同じように、唐突に光は消え去った。
「……天真! 美亜! シェリナ! ……えっ!?」
視界が戻るや否や、スノウが三人の名前を叫ぶ、と同時に素っ頓狂な声を上げる。ハヌマーンも彼女に続いて三人の安否を確認しようとし、上空を見上げて、“それ”を眼にした。
「これは……」
「麗……」
「きれい……」
天真と美亜とシェリナは、上空に浮いていた。その体を支えているのは、さっきまであれだけ荒れ狂っていた麗の魔力だ。そして、全員の視線の向かう先に―――――
「…………」
背に、純白の光でできた双翼をはためかせた、麗の姿があった。
その髪は太陽の光を凝縮したかのように煌き、その瞳は最上級のサファイアのように光り輝いている。更にその全身に迸る凄まじいまでの魔力。
まるで、神話の天使のような姿。その姿に畏怖を覚えたかのように、誰もが声を出せなかった。
やがて、4人が地上に降り立つ。同時に麗の背中の翼が、宙に溶けるように消え去り……
「麗!?」
そのまま地面に倒れこみそうになる麗を美亜が抱きとめる。その頃になってようやく我を取り戻した皆が、美亜と麗の周りに駆け寄って来た。
「麗!? どうしたの!? しっかりして……」
「大丈夫、今は気を失っているだけ」
取り乱す美亜に、シェリナが麗の頬に柔らかく手を当てながら、常と変わらぬ冷静な声をかける。その言葉にほっと一息つき、ようやく落ち着く美亜。その様子を見ながら、スノウがシェリナに声をかける。
「シェリナ、麗君の体は大丈夫?」
「肉体の再構成は終了した。今は順調に全身に魔力が流れている」
「では、転化は成功したのですか?」
天真の問いかけに、シェリナはコクリと頷く。それを見て、その場の全員がようやく緊張を解いた。
「お、おわったあああああ」
情けない声を出しながら、その場に座り込むハヌマーン。そんな彼を苦笑しながら見つめる天真。
「ご苦労様でした。最後はなかなか大活躍だったじゃないですか」
「じょーだん。他の皆に比べたら俺様なんて端役だぜ。実際、最後の突撃くらいしかやること無かったしな」
「でも、最後まで付き合ってくれたじゃない。ありがと」
美亜がハヌマーンをねぎらう。そして、周りの全員を見回しながらさらに声を重ねる。
「皆も、本当にありがとう。私達のわがままに付き合ってもらって」
美亜の感謝の言葉は、泣き出しそうなくらい震えていた。実際、その瞳からは涙が溢れそうになっている。そんな彼女を優しく見つめながら、天真は言う。
「気にする必要はありません。私は自分のしたい様にしただけですから」
「私も、友達を助けただけだからね」
「一番頑張ったのは二人。私達はそのお手伝いをしただけ」
そんなみんなの言葉に、とうとう美亜の瞳から涙が溢れる。
「本当に……ありがとう」
「ほら、せっかく無事に成功したんだから、そんな顔しないで」
「分かってるけど……止まらなくて……」
ぽろぽろと大粒の涙を流す美亜と、その目元を拭うスノウ。そんな彼女達の姿を、その場の全員が微笑ましげに見つめていた。
しゃくり上げる美亜を宥めること数分。彼女がようやく落ち着いてきたことを確認し、天真が帰還の合図を出した。
「さて、無事に終わった事ですし、そろそろお城に戻りますか。一応、麗君を神裂先生に見せておいた方がいいですしね」
「そうだな、じゃあ麗の意識が戻ったら盛大に打ち上げでもすっか!」
「あ、それはいい考えだね。じゃあお城の料理長さんに腕を振るってもらおうかな」
「……私は、フルーツパフェが食べたい」
そして、天真たちは帰路につく。賑やかな道中で、美亜はもう一度、その言葉をかみ締めるように呟いた。
「皆、本当にありがとう」 |