第11話.蒼紅演舞
「……っぐ」
うめき声を上げながら、天真は意識を取り戻す。即座に自身の体内時計を確認。どうやら、意識失っていたのはほんの数分のようだ。
「皆さん、大丈夫ですか!?」
起き上がりながら、周囲に向かってそう声をかける。先ほどの麗の魔力の暴発、あれが完全な暴走であったならば自分達はこの世に存在していなかっただろう。しかし、
(さっき見た時のあの魔力の流れの感じからすると、あれは……)
「う、ん……」
と、その時、天真は誰かを腕の中に抱え込んでいることに気が付いた。確認してみると、いつの間にかスノウを抱え込むようにしていたことに気が付く。道理で、先ほどから妙に柔らかくて、暖かくて、いいにお、っといかんいかん。
「……天真」
「大丈夫ですか? 雪」
「……私は大丈夫だよ。みんなは?」
そう言われて辺りをうかがう。と、程近いところにハヌマーンが、自分と同じように美亜とシェリナをかばう形で倒れているのを発見する。
「ハヌマーン! 美亜さんとシェリナちゃんは無事ですか!?」
「……なんとか無事だぜ。俺様の活躍でな」
軽口をたたきながら体を起こすハヌマーン。言葉通り無事のようだ。美亜とシェリナも、頭を振りながら起き上がろうとしている。
「って、どういうことだ? 麗の力が暴走したなら、俺様たちは影も形もこの世に残らないんじゃなかったのか?」
「その答えは、見れば分かります」
「見ればって……」
そして、ハヌマーンは天真の視線の先にあるものを確認し、言葉を失う。少し遅れて、スノウたちも“それ”を目視し、ハヌマーンと同じように言葉を失った。
「……あれは、麗なの?」
茫然自失という感じで、美亜が呟く。彼女がそうなるのも、無理はなかった。全員の視線の先にある物、それは―――
全長20メートルは超えようかという巨大な光の巨人だった。
その体を形作っているのは、紛れも無く先ほど麗の体から漏れ出していた純白の光だ。それが、歪ながらも人型を取ろうとしている。もっとも、その体積は人とは比べ物になっていないが。
「シェリナ、どうなっているか分かる?」
スノウが視線を険しくしながらシェリナに問いかける。シェリナは即座に額の第3の目を発動。光の巨人を見据える。
「……あの巨人のみぞおちの辺りに、麗がいる」
「じゃあ、麗は無事なのね!?」
勢い込んでシェリナに尋ねる美亜に、シェリナは一つ頷く。その答えにほっと一息つく美亜。しかし、
「でも、気絶している。麗の意識が感じられない」
「じゃあ、あの光の巨人は一体……」
そのハヌマーンの問いには答えず、黙って巨人を凝視するシェリナ。やがて、疑問に答えるように説明を始める。
「たぶん、麗が無意識のうちにも魔力を制御しようとして、ああなったんだと思う」
「巨大すぎる魔力が体から溢れ出し、何とか制御仕様とした結果、魔力が人型を取ろうとしていると?」
「……たぶん」
天真達の目の前で、光の巨人はだんだんその輪郭をはっきりとさせていく。手の指や足の爪先などの末端部分が、徐々に形になっていく。
「ねえ、これからどうするの? どうすれば麗を?」
「急激に高まった魔力の総量が今の麗君の制御力を一時的に上回った結果、ああいう現象を引き起こした。だったら、ある程度魔力を削って、もう一度麗君に呼びかければ……」
「麗は目を覚ます?」
「おそらく……」
と、そこで、完全に光の巨人の姿が完成する。その体は純白の光で構成されており、外観は人間そっくりだ。しかし、目や口などは無く、体の凹凸も無い。全体的にのっぺりとした印象を覚える。
「で、魔力を削るっていうのはどうやるんだ? スノウちゃん」
「それはあれですよ。目の前に分かりやすい形で、魔力が見えているじゃありませんか」
「……おい、それってまさか」
天真の言葉に、わずかに顔色を変えるハヌマーン。その胸中で、どうか自分の想像が当たりませんようにと祈る。しかし、そんな彼の願いもむなしく、スノウがその方法を説明する。
「言葉通り、あの巨人の体を削っていくしかないだろうね。麗君には当てないようにして」
「ちょっと!? それってあの巨人を攻撃するって事!? そんなことをして中の麗は大丈夫なの!?」
説明を聞いて取り乱す美亜。だが、そんな彼女の手をぎゅっと握り締める感触が。驚いて視線を向けると、そこにはシェリナの姿があった。
「大丈夫。あの巨人の体を構成している魔力に攻撃を加えても、麗にはダメージは通らない」
「……本当に?」
こくりと頷くシェリナ。そんな彼女の姿を見て、ようやく落ち着く美亜。
と、その時、光の巨人がこちらを目指して歩き出した。体積の割に質量はそれほどでもないのか、あまり足音は響いてこない。しかし、その巨体が近づいて来る様は、見るものに畏怖の感情を呼び起こさせる。
「……なあ、あの巨人は何で俺様達の方に向かって歩いてきているんだ?」
「……制御を離れて暴走した魔力が引き起こす現象といえば一つしかないでしょう。人間の無意識がそうさせるのか、きわめて厄介ですが」
そのまま、ズシン、と足音を響かせて、天真達の前方まで迫った巨人は、右手を振り上げて―――
「ってやっぱり俺様達を狙って!?」
「暴走した魔力は破壊に特化するって基本だから!」
ドゴンッ!
すさまじい音を当たりに響かせて、地面に叩き込まれる巨人の右腕。もうもうと土煙が立ち、天真達の姿がその向こうに消える。
だが、
「まあ、好都合といえば好都合ですね。私達を無視して他の場所で暴れられるよりは」
「そうだね」
土煙が晴れた時、巨人の拳の周囲には天真以外の人影は無かった。その天真は拳の左側に何事も無かったかのように立っており、天真の言葉に答えたスノウはそのやや後方で宙に浮かんでいた。風の魔術を使用して浮遊しているのだ。
「では、この巨人は私達で相手をしますので、ハヌマーンは二人の護衛をお願いします」
「分かった。こっちは任せろ!」
そして、その更に後方に、美亜とシェリナを抱えたハヌマーンの姿があった。その周囲には、風が渦巻いている。その力を使って高速移動し、攻撃をかわしたのだ。
「天真! スノウ! 無茶はしないで! それと、麗を」
「うん。分かってる。麗君は無傷で助けるから」
心配そうな顔で自分達に呼びかける美亜に、安心させるように笑顔で答えるスノウ。
「では、始めましょうか。まあ、この状態を見れば、麗君もこの先色々と苦労しそうですし……」
ズシャアッ!
そこまで呟いた瞬間。巨人の右手首が両断される。拳が叩き込まれた瞬間に、カウンターで既に切断されていたことを、理解できただろうか。
「教えてあげましょう。人外の“潰し合い”というやつを」
そして、天真の姿が消える。
「斬」
その声と共に、奔る一条の光。次の瞬間には、巨人の右足が足首の上方で両断されていた。切断面がずれ、ぐらりと体勢を崩す。
その隙を逃さず、巨人の右斜め前方に浮かんでいたスノウが、右手に赤い光を収束させる。
「赤光」
呟きと共に放たれる3つの赤い軌跡。全てを停止し、断絶する光は狙い違わず、巨人の右肩を貫く。着弾点を中心に赤い光が広がり、その部分が砕け散るように消失する。だが、
「……やっぱり、質量が違いすぎる。この程度の攻撃じゃたいしたダメージにはならない、か」
赤光は肩の部分に穴を開けたものの、巨人の体積からしてみればそれは針の先端ほどの大きさでしかない。その傷口もわずか数瞬で塞がって、何事も無かったかのように動き始める光の巨人。
右手と右足も同様。切断部は一度完全に形をなくして消滅したが、切断面から光が溢れて、失った部位はすぐさま再生された。
「シェリナちゃん! 私達の攻撃は効いているんでしょうか!」
その様子を一旦離れて伺いながら、天真は後方のシェリナに自分達の攻撃の効果を尋ねる。
「……麗のエネルギーは間違いなく減っている。ただ、総量が多すぎて全体的にはたいした効果を与えられていない」
「つまり、この程度はかすり傷の部類というわけですか」
シェリナの答えに、さして落胆した様子も見せずそう答える天真。その表情には焦りや不安といった感情は見受けられない。
「じゃあ、久々に本気を出してみようかな」
天真達の会話を聞いていたスノウがそう呟く。と、次の瞬間!
「はあああああ!」
スノウの全身から、赤い光が迸る。魔力が、人の目にも認識できる程に高密度で溢れているのだ。その体に、どれほどの力が秘められているというのか。
「赤杭」
そして、言葉と共に溢れた魔力が収束する。次の瞬間にはスノウの周囲に、赤い4本の円錐が浮かんでいた。一つ一つが全長1メートル以上もある大きさだ。
「行きなさい」
呟きと共に高速で飛び出す円錐。巨人は腕でブロックしようとするが、ある程度の距離まで近づいたところで、円錐が複雑な軌道を描く。その動きを捉えきれずに、翻弄される巨人。
そして、円錐は巨人の両肘と両膝に打ち込まれる。同時に先ほどとは比べ物にならない範囲が赤く染まり、粉々に砕け散る。次の瞬間には、4つの間接はごっそりと抉り取られたようになっていた。
当然。巨人は立つこともできずに前のめりに倒れこむ形となる。
そして、その方向には……
「はい、いらっしゃい」
迫る巨体を見据えながら、腰を落として迎え撃たんとする天真。そんな彼に向かって、既に再生が始まった右腕を伸ばす巨人。そのまま握りつぶそうというつもりか。だが、そんな光景を前にしても天真は微動だにしない。
「おい!? そのままじゃまずいぞ!?」
そんな彼に向けてあわてて声を上げるハヌマーン。だが、そんな声を掻き消すように巨大な掌が天真に迫り……
「斬」
そして、下から振り上げられた刃が肘の部分までを縦に両断する。と、次の瞬間には既に場所を移動した天真はそのまま―――
「断!」
返す刃で右腕は肩の部分から切断された。手を付くことも出来ずに地響きを立てて崩れ落ちる巨人。
「……いや、おかしいだろ色々と。スノウちゃんは魔王なんだからまだ分かるとしても、天真のあれは何なんだ? 明らかに人間の限界を踏み越えてるぞ?」
巨人と戦う二人を見ながら、ハヌマーンはそう感想を漏らす。
実際、彼らの実力はすさまじいものだった。二人とも軽々と巨人に攻撃を通しているが、実際はあの光の巨人の体は高密度の魔力で構成されており、生半可な攻撃は通用しないはずなのだ。ハヌマーンは遠めに見ながらその魔力を感じているだけだが、自分が全力でやって何とか傷をつけられるといったところだと思う。
なのに、あの二人はやすやすと巨人の体に穴を開けたり、両断したりしている。戦闘の趨勢は既に決まっているかのように見えた。
「ねえ、麗は大丈夫なの? 明らかにやりすぎのように見えるんだけど」
美亜はそんな光景を顔を青くしながら見つめている。その体はわずかに震えていて、それが彼女の心境を物語っていた。だが、それでもその眼は眼前の光景からそらされていない。その全てを受け止めようとするかのように。
「……麗自身に攻撃は届いていない。二人はあくまで体から漏れ出している余剰魔力を削っているだけ。心配は要らない」
その額の3つ目の眼を限界まで見開きながら、シェリナが美亜の質問に答える。その顔はいつもの通り無表情に見えた。だが、視線をずらせばその手は硬く握り締められている。双方が心配でひどく緊張しているのだ。
「まあ、最初はどうなることかと思ったけど、思ったより楽に終わりそうだな。後はギリギリまで力を削った後に美亜ちゃんが麗君の目を覚ますだけだろ? あの二人は心配することもないと思うし、美亜ちゃんはそのときに備えて少し気を休めておいたほうがいいんじゃないか?」
「ありがとう。でも、最後まで見届けたいの。それが姉としての勤めだと思うから」
ハヌマーンの申し出をわずかに笑みを浮かべながら断る美亜。その視線の先では、倒れた巨人に追撃を行わんとする天真とスノウの姿が。そのまま二人は巨人に近づいて……
「!? だめっ!」
突然シェリナが大声で警戒を呼びかける。その声とほぼ同時に―――
巨人の背中より光の翼が生まれ、天真とスノウを薙ぎ払わんとする!
「「!?」」
あわてて迫る両翼を回避する二人。何とかその攻撃範囲から離脱した次の瞬間には、巨人は四肢を再生させて、何事も無かったかのように立ち上がっていた。
「……まさかこれは」
「ええ。少し、厄介かもしれない」
体制を整えた天真とスノウが視線を交わしながら、新たに翼を供えた巨人を警戒する。その後方ではシェリナが顔を青ざめさせていた。
「駄目……。あれは危険」
「どうしたんだ? 確かになんか増えたけど、体のほうは縮んでるように見えるぞ? 弱ってきてるんじゃないのか?」
確かに、巨人の体は最初の頃と比べて二回り以上は小さくなっているように見えた。だが、シェリナはハヌマーンの言葉を首を振って否定する。
「確かに魔力の総量は減ってきている。でも縮んだのはそれだけが原因じゃない」
「じゃあ一体何が起こって」
「魔力の密度が高くなってる」
視線を鋭くしながら、そう答えるシェリナ
「今までは、あふれ出した魔力をそのまま振り回しているだけだった。でも、今は魔力を意識的に凝縮させて方向性を持たせている」
「ちょっ、それってやばいんじゃ!?」
「少なくとも、これまでとは……」
次の瞬間、巨人が翼をはためかせ、弾丸のように飛び出す。
「早い!」
「っく!」
そのスピードは先ほどまでの鈍重な動きとは比べ物にならなかった。巨人の質量を考えれば異常とも言える速さだ。そのままの勢いで天真達の所まで突っ込み、右腕を振り上げると―――
ドゴンッ!
すさまじい勢いで振り下ろす。その衝撃に、地面にはクレーターが出現する。
「なかなか、やるじゃありませんか」
縮地を使って攻撃範囲外に脱出した天真が、目線を鋭くして巨人をにらみつける。
「スピードもパワーもさっきまでとは桁違い。余分な魔力を削られたことで力を制御する余力が出てきたの?」
スノウもその口調に若干緊張感をにじませて、目の前の巨人を見つめる。
「ですが、魔力が凝縮するということは」
「一度の攻撃で、魔力がかなり削れるようになっているということだよね」
次の瞬間、今度は二人が弾かれたように巨人に迫る。
巨人はまず天真のほうに狙いを定めたのか、その両手を大きく広げた後、拍手を打つように天真を挟もうとする。
左右から迫る掌。そのまま押しつぶさんとして―――
「葉上流、流刃円舞」
天真の姿が霞み、次の瞬間には巨人の両手が細切れになる。天真の右手には抜き身の刃、そして左手には蒼い光が凝縮したような刃が。
高速回転を利用した斬撃により、周囲の全てを薙ぎ払ったのだ。
だが、巨人もやられてばかりではない。技を終えた隙を突いて、右足が天真に迫る。
「っと」
それを紙一重のところで避ける天真。だが、発生した気流に体を押し流されて、たたらを踏む。その機を逃さずに、巨人は再生した右腕を振り上げて……
「赤き華が誘うは終焉、咲き乱れるは死の断絶」
そして、その腕に寄り添うようなスノウの姿が。添えられた両の掌からは、赤い光が漏れ出し―――
「閃紅華」
ズシャアッ!
巨人の右腕の内側から刃のような赤い結晶が何本も発生し、そのまま右腕は赤い光に浸食され、粉々に砕け散る。
この攻撃はさすがに効いたのか、巨人は傷口を押さえるようにしながら翼をはためかせ、大きく後退する。
それを逃すまいとするかのように、二人が追撃の姿勢に入る。と、巨人の頭部、丁度口の辺りに光が灯ったかと思った、次の瞬間―――
バシュンッ!
一条の光が大気を貫き、二人に迫る。とっさに回避する天真とスノウ。そして―――
ドゴオオオオン!!
着弾点よりすさまじい爆発。見ればその中心に巨大なクレーターができている。
「飛び道具。いよいよ力の扱い方がうまくなってきましたね」
「追い詰められて生存本能が高まっているんだと思う。ここからはさらに厄介になるかも」
スノウの言葉を裏付けるかのように、体積が小さくなった分、さらにスピードを増した光の巨人が、二人に襲い掛かる。その攻撃をギリギリで回避するも、今度は反撃の隙を見出すことができない。
そのまま巨人は、天真に向かって連続で拳を叩き込む。
ドガガガガガガガガッ!
まるで流星雨の様なその攻撃を、紙一重で避け続ける天真。そのたびに土砂が舞い上がり、地面がえぐられ、地形が変わっていく。
「天真! 赤……!?」
バシュシュシュシュッ!
巨人の攻撃に翻弄される天真を助けようと、攻撃の態勢に入るスノウを巨人の翼から生まれた閃光が襲う。あわててその場を飛び去るスノウだが、こちらも追撃の手が休むことは無い。
「……破っ」
天真は降り注ぐ拳の雨を避けながら、カウンターを合わせて腕を攻撃する。だが……
「ぬうっ!?」
天真が攻撃に移った瞬間、巨人は翼をはためかせ、わずかに宙に浮く。天真の攻撃はそのまま宙を切り、そして―――
ドガッ!
「ぐっ!?」
頭上に注意を向けていた矢先に、横合いから巨人の爪先が迫る。そのまま蹴り上げられ、回転しながら宙に浮き上がる天真。
「天真っ!? きゃあっ!?」
天真の姿に一瞬動揺したスノウを、閃光が襲う。直撃は免れたが、腕を掠める光線がその肉を抉り取っていく。
そして、巨人は宙に浮いたまま無防備な天真に腕を振り下ろして―――
「天真っ!!」
ドゴォンッ!!!
そのまま拳を天真ごと地面に叩き付ける。美亜の悲鳴を飲み込む轟音が、周囲一体を震わせた。 |