第8話.ギルドの真実
―――――麗の病室での説明より数十分前。
「つまり麗君は“覚醒者”であるがゆえに膨大な魔力を持っている。にもかかわらず、体がその力を支えきれていない。だから魔力の高揚時に体の限界を超える負担がかかり、それが発作となって現れていたの」
スノウの説明をあっけにとられた表情で聞いている美亜。まあ、それも無理は無い。今まで原因不明とされてきた弟の病気なのに、思いがけないところでその原因が判明したのだから。
「……いきなりそんなこと言われても、私達の家はそんな魔力とかとは無縁だったはずだし、こっちに来るまでそんなことに関わったことも無いはずだわ」
スノウの話が事実ならば、麗は向こうにいた頃から、いや生まれた頃から魔力を扱えていたことになる。だが、そんなはずはない。父親も母親もごく普通の一般人だったはずだ。
「じゃあ、無神経なことを聞いてしまうかもしれないけど、この質問に答えてくれる? もしかして、麗君は生まれてくる時にかなりの難産だったんじゃないかしら?」
スノウの質問を聞いた瞬間、美亜は驚いた表情を浮かべる。それが、質問の答えを物語っていた。
「え、ええ。確かに、麗の出産時はかなりの難産だったわ。母子共に生き残ったのが奇跡だって言われていた位だから。実際に麗は、一度呼吸が止まったっていう話だし……」
「うん。じゃあそれが原因だと思う」
「原因って……」
そこで、聞き役に徹していた天真が美亜の疑問に応える。
「覚醒者には先天性と後天性の二種類があるんです。先天性は生まれつき、これは代々の魔術師の家系などに時々現れます。問題は後天性の方なのですが、こちらは魔術を扱えない一般人の場合でも時々なってしまうことがあるんです。もっとも、その確率は限りなく0に近いのですが」
「そしてその条件は、一度死んで生き返ること」
スノウの言葉に、美亜の表情が強張る。
「魂というのは普通、死亡すると肉体から抜け出て根源に戻るものなの。でも、死んだ後息を吹き返すと、魂は根源から引き返して肉体に戻る。この時、極稀に根源との繋がりが生き返る前よりも強固になってしまう場合があるわ。これが後天性覚醒者なの」
「じゃあ、麗は生まれたばかりの頃に一度臨死体験をしたから、後天性覚醒者になったって言うの?」
美亜の問いかけに頷くスノウ。だが、あまりに荒唐無稽な話のため、理解が追いつかない。彼女が冗談を言っていないのは分かっているが、それでもにわかに信じられる話ではなかった。そんな美亜の思考を置いてけぼりにしてスノウの説明は続く。
「覚醒者というのは常人よりも強大な魔力を持っている。そして麗君はその力を制御できていない。だから麗君の存在を東堂さんから聞いた私達は、彼をこの城に招いたの。手遅れにならない内に」
「手遅れって……麗が死ぬっていうこと?」
「それだけではありません」
かつて無いほどに真剣な表情で語る天真。彼のそんな姿に、美亜の胸中の悪い予感は高まっていく。
「この世界は元の世界よりも魔力濃度が高い。そんな環境で覚醒者が暴走を始めた場合……」
「ど、どうなるんだ?」
黙って話を聞いていたハヌマーンが、耐え切れなくなったのか口を出す。
「この城程度は消滅します。城下町にも甚大な被害が出るでしょう」
「「…………」」
想像以上に深刻な話に、美亜とハヌマーンは現実感が無かった。だが、天真の口調にふざけたところは無いし、スノウは相変わらず真剣な表情だ。二人の様子が、その話が真実であると雄弁に語っていた。
「まあ信じられないのも無理はありませんが、覚醒者というのはそこまでの力を持っている存在なのです。元の世界では“人型核兵器”とまで言われていたくらいですし」
「だって、麗は普通の子供なのよ? そんないきなり……」
「美亜」
信じられない話に、美亜がパニックを起こしかける。だがその時、スノウの威厳のある声が美亜の精神をかろうじて踏み止まらせた。
「信じられないかも知れないけれどこれは事実なの。だからあなたはこの事実を受け止めなければいけない。麗君を助けるためにも」
そこには誠意と覚悟、そして美亜を思う優しさがあった。そんな彼女の言葉が美亜の思考をクリアにしていく。そんな彼女の様子を確認しながら、スノウは宣言する。
「私達はあなた達が諦めない限り、全力であなたをサポートする。どんなことがあっても必ず美亜達を救ってみせる。私の、“魔王”の称号にかけて、約束するわ」
「スノウ……」
その言葉に勇気付けられて、美亜の心は少し軽くなった。
「ありがとう……でも、どうして私達にそこまで良くしてくれるの?」
その問いかけが出た瞬間、今までの威厳のある表情から一変、気まずそうな表情を見せるスノウ。
「友達だから……と言いたいんだけど、実は私達にも色々事情があって。でも、私自身の感情だけで言うと、罪滅ぼし、かな」
「罪滅ぼしって、どういうこと?」
思っても見なかった言葉に、美亜は首をかしげる。
「実は麗君のことはもっと前から分かっていたんだけど、助ける算段を付けるのに時間がかかってしまって」
「待って、なぜ麗のことをそんなにも詳しく知っているの? さっきリーダーから聞いたって言ってたけどそれって一体」
美亜の質問に、スノウはしばし口をつぐみ考え込む。やがて、考えがまとまったところで、言葉を選びながら事実を語り始めた。
「……美亜達が所属していたギルドの出資者って知ってるかな?」
「え? 出資者? ええっと、大口の人なら覚えてるけど、確か……立花何とかさんだったかな」
「立花幸さんよね?」
「あ、そうそう。その人」
その名前を聞いた瞬間、天真が呆れたような声を出した。
「立花幸って、そのままじゃないですか。分かる人ならすぐに分かりますよ」
「そうかな? これでも考えたんだよ?」
「え? 何? どういうこと?」
二人の会話の意味が分からず、頭に疑問符を浮かべる美亜。そんな彼女のために、天真が解説を始める。
「いいですか美亜さん。“立花”という漢字は音読みにすると“りっか”になりますよね?」
「そうだけど……、それが?」
「“りっか”に別の漢字を当てはめると“六花”。これが何のことか知っていますか?」
「確か雪の事をそう呼ぶのよね? 雪は六角形の結晶体だから、そう呼ぶ事があるって聞いた事があるわ」
「その通り。そして、“幸”に別の漢字を当てはめると“紅”。つまり“立花幸”は“紅い雪”になるわけです」
「“紅い雪”? それが一体……ってちょっと待って。“紅い雪”ってまさか!?」
弾かれた様に美亜は、正面に座る“クリムゾンスノウ”に向き直る。
「えっと、ペンネーム立花幸、本名クリムゾンスノウです」
「魔王が反転化者ギルドの出資者!? ど、どういうことよ!?」
「つまり、あのギルドの設立に、雪が一枚噛んでいると言う事でいいんですよね?」
天真が確認を取ると、スノウはその通りだと言わんばかりに頷いた。それを見て、更に混乱の度合いを深める美亜。
「なんで!? というか天真は何でそんなことを知ってるのよ!?」
「落ち着いてください美亜さん。私も推論を持っていただけなんですから」
「推論って一体……」
「それは今から説明しますから、とりあえず私の話を聞いてください」
その言葉を受けてとりあえず表面上は落ち着いた美亜。もっとも、その眼は天真に『早く話せ』と無言のうちに語っていたが。
「ギルドが実は魔王軍の影響下にあると私が確信したのは、コロッセウムでの一件の時です」
「そういえば、凍夜と戦う前になんか不自然だとか何とか言ってたよな? それと関係あるのか?」
「ええ」
ハヌマーンの問いに頷く天真。
「あの時、私は美亜さん達の所へ行く前に、他の場所で戦っていた人達の援護をしていたんですけど、その時、妙なことに気がついたんです」
「妙なこと?」
「計画が漏れていて、あらかじめ襲撃が予測されていたことは分かるんです。ですが、それを差し引いても魔族側の動きがスムーズすぎたんですよ。作戦の参加人数、潜伏場所、行動、武装、それらが完全に筒抜けでなければあそこまで完璧な対処は出来ません」
「それってつまり……」
「スパイがいたにしても、あそこまで漏れるというのは異常です。だから、私は漏れたのではなく、最初から知っていたと考えた。つまり、あのギルドは転化者、というより魔族が人間を監視するために作ったのではないかと」
ここまでの話である程度は予想していた事とは言え、はっきりと口に出されるとさすがにショックが大きい美亜。硬い表情のまま、膝の上に置いた拳をぎゅっと握り締める。
「……なんで、そんなことをする必要があるの?」
「主な目的は不穏分子の監視。転化者たちに害をなす可能性のある人間を一箇所に集めて、行動を把握しておけば、ある程度の流血沙汰は免れるでしょうから。見えないところで火遊びをされて大火事になるよりは、監視下で小火騒ぎを起こしてもらった方が、火を消し止め易いですからね」
「なるほど、ストレス解消の意味もあるのか」
天真の例えに納得の表情で頷くハヌマーン。その後も天満の推論は続く。
「いきなり見知らぬ場所に飛ばされて、自分達と異なる外見を持つ人を見れば、過剰に拒否反応を起こす人も少なく無いでしょう。あのギルドはそんな人間達がこの世界に慣れるまでの仮宿と言ったところですか」
「でも! ギルドのメンバーは転化者との戦いで何人も死んでいるのよ!? それなのに……」
「死亡者については私も聞きました。そのことなんですけど、美亜さん。その人達の死亡ってちゃんと確認できていますか?」
「え? それって……」
「率直に言いましょう。転化者との戦いで死亡した人達の死体って見たことあります?」
「それは……」
天真のその言葉に、美亜は愕然とした表情を浮かべた。そう、確かに改めて考えてみれば、
「……ないわ。戦闘で死んだって聞いた人達ってみんな遺骸は無かった。回収する暇が無かったとか、そんな理由で。それに、今考えてみると、明確に死んだっていう人は実はそれほど多くなくて、ほとんどは捕虜にされたって聞いた。私はその後、皆処刑されたって思っていたけど」
「ならば、皆さん生きているのでしょう。どうですか?」
確認のためにスノウを見る天真。その推論を裏付けるかの如く、彼女はその問いに頷く。
「天真の言う通りよ。あのギルド“止まり木の庭”は、この世界の転化者たちに過剰な拒否反応を示した人間への監視、および転化者への偏見の緩和を促すための組織。ある程度偏見がなくなったと確認された人達は、配属場所の移転と言う名目で、転化者と共存できるような環境に送ったり、捕虜としてこちらに送られた後、私達のことを理解してもらって新しい職についてもらったりしているわ」
それが、今まで自分が所属していた場所の真実。明かされた事実に、美亜は呆然としながらも、問いを重ねる。
「じゃあ、リーダー、東堂さんは」
「彼は私達の協力者。研究所時代の警備員の一人なの。もっとも、その頃は自分が警備している場所の詳しい事情は知らなかったみたいだけど」
「それであの人『自分は裏の世界の住人じゃない』って言っていたんですか。妙にこちら側に詳しかったので、てっきり嘘をついているんだと思ってましたが」
そんな天真とスノウの会話も、美亜の耳には入っていなかった。
今説明されたことが真実ならば、この一年自分がやってきた事はなんだったのか。ただ、他人の掌で踊らされていただけでは無いのか。それなのに、自分は麗を救うためと躍起になって、それが偽りの希望であることも知らずに……
「ごめんなさい」
唐突に聞こえたその言葉が、美亜の意識を思考の底から浮上させた。顔を上げると、そこには悲しそうな表情をしたスノウが。
「……別に謝る事は無いわ。必要だからそうしているんでしょう? 私も、世界がそんなに綺麗なものじゃないっていう事くらいは分かってるから」
ぶっきらぼうな物言いになってしまったが、その言葉は美亜の本心だった。魔族側としても、悪戯に犠牲は出したくなかったのだろう。だが、そう言っても聞こうとしない人間が多かったに違いない。人は自分達とは違うものを排除したがる生き物だ。髪や眼の色で除け者にするくらいなのに、見るからに異形の彼らが普通の人間と分かり合おうとするのは、困難なことなのだろう。
だから、無理に理解してもらおうとせずに距離を置いた。だが、完全に眼を離してしまうと何をするか分からない。無差別に傷つけようとするかもしれない。そんな人々が徒党を組めば、3年前の再来だ。
その結果、出来たのがあのギルドなのだ。適度に転化者に対する示威行動を行ってもらい、ある程度満足してもらう。そうやって時間を置けば、最初は拒否反応を示していた人も、ここでは転化者と手を取り合って生きていかなければならない、ということが分かってくる。そのタイミングを見計らって、大丈夫と判断された人物には新しい職を斡旋したりする。
まあ、賢い方法ではあるのだろう。もっとも、それで納得できるかと言われれば、美亜は素直に頷くことはできないのだが。
「でも、騙していたことには変わりは無いわ。だから、ごめんなさい」
礼儀正しく頭を下げるスノウ。真摯なその姿を見つめて、美亜は―――
「あーもうっ! そんな事しない! 気に入らないのは事実だけど、別にスノウに怒ってるわけじゃないんだから!」
なぜか、猛烈に腹が立った。スノウにではない。あえて言うなら、彼女にこんな顔をさせる“何か”にだ。
「でも……」
「でももかかしもないっ!」
「ひゃうっ!?」
突然、美亜はスノウの両頬を掴んで左右に伸ばす。その暴挙にスノウは涙を浮かべながら抗議するが、美亜は聞く耳持たず、そのまま頬を引っ張り続ける。
「あなた魔王様でしょう! だったらそんなにぺこぺこ頭を下げたりしてるんじゃないの! もっと大いばりで、骨で出来た椅子に座って、水着のような衣装で、とげとげの肩当とマントを着けて、『世界の半分をやるから私と手を組め』とか言ってなさい!」
「ひょんひゃほひひゃー(そんなのいやー)」
「あの、美亜さん。貴女の中の魔王像ってそんなのなんですか?」
「そうよ!!!」
「ひゃんへんひゃへへほひひゃー(断言されてもいやー)」
両手をじたばたさせながら抗議をするスノウを一顧だにせず、美亜は彼女と額が触れるほどに顔を寄せる。
「世界は理不尽で、綺麗事だけが通用する所じゃない。それでも、スノウは人間と魔族の間のわだかまりをなくすために最善を尽くしているんでしょ? だったら、謝らない。確かに万人が納得できる方法では無いかもしれないけど、それでもこの方法を止めるつもりが無いのなら、せめて胸を張りなさい。でなければ、周りが混乱する。そうしたら、今迄やってきたことの意味がなくなってしまうわよ」
「……ひは(美亜)」
そこまで一気にまくし立てて、美亜はスノウから手を離した。スノウは、両頬の痛みも忘れてしまったかのように、呆然と美亜を見つめている。と、そんな視線に気が付いた美亜が慌てたように、
「い、今のは励ましとか、そんなのじゃないから! 私だってまだ納得はしていないし、けどそれがどうしても必要なら、せめて迷いは見せてほしくないと言うか……」
「ハ、ハヌマーン、まさかこれが!?」
「ああ、俺も始めて見るが、これがツンデレって奴か……。なんて戦闘力だ、社会現象になるのも頷ける」
「お前ら黙れー! 誰がツンデレかー!」
「まあ、今では微妙に古いですが」
「だから違う! っていうか、古いとか言うな!」
茶化す天真とハヌマーンを怒鳴りつける美亜。誰がどう見てもその反応は照れ隠しにしか見えなかった。そんな彼女を見つめながらスノウは一言、
「ありがとう」
と呟いた。
「だからそんなんじゃないって!」
「ハヌマーン、これは所謂ツン期という奴ですか?」
「その通り。統計的にはもう少しでデレ期に入るはずだ」
「お前らそこになおれー!!」
そんな騒がしい友人達を見ながら、スノウは心が温かくなるのを感じていた。
「ところで、麗君の治療法に関しては説明がまだですよね?」
「「「あ」」」 |