第7話.太極
「姉さん? それに天真さんも」
室内に招かれた天真達を出迎えたのは、麗と白い少女だった。
天真は麗へと視線を向ける。その顔色が悪くないのを見て、今のところ容態は安定しているようだと内心安堵する。だからといって完全に安心は出来ないのだが。
次に目線をその傍らに居る少女へと向ける。あと10年、いや5年後ならば確実にハヌマーンが騒いでいただろう見目麗しい少女だ。その独特の色から彼女が白子だということが分かった。しかし、なぜ黒い甲冑のようなものを着込んでいるのか。
「具合は良いみたいね。……そっちの子は?」
「あ、彼女は」
「シェリナ。私の名前」
「えっと、シェリナちゃんね。始めまして、麗の姉の楠木美亜よ」
無表情にそう言い放つシェリナに、少したじろきながらも自己紹介をする美亜。その自己紹介を聞いて素直に頷く所を見るに、無愛想だが悪い子ではないらしい。
「シェリナ、彼の体は大丈夫かな? ……ってその格好は一体?」
美亜の後ろから、スノウが眼を丸くしながら、この部屋に居る全員の質問を代弁してくれた。問われたシェリナは首をかしげ、自分の格好をじっと見つめる。やがて脇に置いてあった仮面をスノウの前に差出す。
「“ふぉーすふういんすーつ”。力を抑えてくれる。ハロルドが作ってくれた。」
「……またあの人は微妙な物を……」
こめかみを押さえながらそう呟いたのはリーン。どうやらシェリナ自身の趣味ではなく、そのハロルドとか言う人物の趣味らしい。その答えに安堵する天真一行。さすがにこれが私服ですと言われた日には、この国のファッションセンスを疑わなければいけなかった。
「そうよね。いくら異世界だからって著作権の侵害は駄目よね」
「え? 突っ込むところはそこなんですか?」
「いや……まあ言ってることは正しいんだけど。色々な意味で」
「?」
この小説では安全性を高めるために、版権物に関しては伏字を使用しております。
「今CM入りましたね」
「???」
「気にしないでください。というか気にしてはいけません」
「よく分からないけど……とりあえずシェリナ、それは脱いでおこうね」
スノウの言葉にこくりと頷くシェリナ。かと思うといきなり鎧の留め金を外し、その場で脱ぎ始める。
「ちょっ、シェリナ!? そんな大胆な!?」
この行為に顔を赤くして慌てる麗。しかしそんな彼を置いてけぼりにして、シェリナはテキパキと鎧を外していく。他の者が止める間も無く全ての外装を脱ぎ捨てたシェリナは……
なぜか体操服にブルマ姿だった。
「「「「「「…………」」」」」」
色々な意味で衝撃が強すぎて声も出ない一同。ちなみに体操服にはご丁寧に“しぇりな”と書かれたゼッケンが縫い付けてある。
「う……」
その中でも特に強く反応を示す麗。顔を赤くしながらも、その視線はまぶしすぎるほどに白い太ももの辺りをちらちらと彷徨っている。まさに思春期の男の子。
「恥ずかしがらなくてもいいんだぜ、兄弟」
「うえっ!?」
純な反応をしていた所に、突然肩を叩かれて上ずった声を上げる麗。そこには、なにやら悟りきったような表情のハヌマーンの姿が。
「美しいものを愛でたいという心理は誰にだってあるものじゃないか。さあ、君の心を解き放て! そして新しい地平への扉を開くんだ!」
「いや、言っている意味が分かりません。というかあなたは一体?」
「俺様の名はハヌマーン、君の魂の兄弟さ」
「……はい?」
「そしてわしは神裂悠馬、魂の師匠と呼ぶがいい」
「……あの?」
いきなり現れた馬鹿二人のテンションに、まったく付いていけない麗。そんな彼に構わずにアホなトークは続く。
「さあ、よく見たまえ彼女を!」
「普段は無愛想な仮面に覆われた冷たい印象を与える少女」
「しかし、そんな彼女が体操服に着替えることによって脈動感を獲得!」
「すらりと伸びた足は未成熟であるが故の美しさを表し」
「更に胸元のゼッケンがアクセントとなり、彼女の冷たい雰囲気を和らげほのかな温かみさえ感じさせてくれている!」
「そう、これこそ」
「「萌え!!!」」
「零距離衝撃」
ドンッ!!!
「「はごっ!?」」
美亜の怒りゲージ使用超必殺技(掌に衝撃波の魔石を仕込み敵の体に押し当てて開放)によって、体の芯を突き抜ける衝撃がハヌマーンと神裂を襲う。アホ二人はうめき声を上げながら崩れ落ちた。
「人の弟に何吹き込んでんのよっ!!」
美亜はいまだ怒り覚めやらぬという表情で床の上に伸びた二人を睨みつける。その後ろから笑みを引きつらせて鬼がもう一匹。
「ふふふ……お二人とも、ちょっとこちらに。色々と話がありますので」
そう言うや否や、リーンの手元から伸びた蔦が2人を締め上げそのまま引きずっていく。残ったもの達は触らぬ神に祟り無といった表情で、哀れな子羊達が連行されるのを見届けた。そのまま廊下に出たクリスは、
「それでは皆様、また後程」
と素敵な笑顔を見せ、ぴしゃりと音を立ててドアを閉めた。
数秒後、聞こえてくる打撃他もろもろの音。
「それで麗君、さっきの看護師がリーンさんで、こっちが魔王のクリムゾンスノウです」
「ここまでの流れ全部無視ですか!? 気持ちは分かりますけど!?」
何事も無かったかのように人物紹介を始める天真に驚愕する麗。しかし、
「麗」
「ね、姉さん」
そんな弟の両肩を、悲壮な顔をして掴む美亜。その雰囲気に飲まれ麗は言葉を失う。
「さっきのことは忘れなさい。むしろ記憶から抹消しなさい。というかしろ」
「うん、分かったから。分かりました。分かったって言ってるのに手!? 手が食い込んで痛い!?」
「ところで、さっき何を見ていたのかしら? お姉ちゃんはあなたをそんな子に育てた覚えは……」
「ごめん! ごめんなさい姉さん! だからそんなに手を食い込ませないで!?」
こちらも色々な意味で大変なようだ。微笑ましい? スキンシップをする姉弟をやや離れた場所から生暖かい眼で見守る天真。強く生きろと心の中で麗に励ましのエールを送る。届きはしないだろうが。
そして、そんな騒ぎをよそにその脇ではスノウがシェリナと話し込んでいる。
「シェリナ、その服はどこで手に入れたの?」
「ハロルドが鎧の下に着るようにって」
「……どうして体操服なの?」
「前に神裂先生がハロルドに頼んでいた物だって聞いた。ついでだから試作品のテストをしてほしいってハロルドが」
「……わかった。ハロルドには私の方から言っておくから、とりあえずシェリナはこの後着替えてね」
「? うん」
大丈夫か魔王軍。天真は真剣にこの国の未来を憂いた。
数分後。
「えー色々ありましたが、気を取り直していきましょう。でないと話が先に進まないので」
天真の言葉に、いっせいに頷く一同。若干名動きがぎこちなかったのは、見なかったことにする。
「もっとも、よく考えてみればこの場に私達が居る必要はないんですよね。この先は美亜さんと麗君の話し合いですから。むしろ私達はお邪魔になるだけです」
「話……ですか? 姉さんが僕に」
不思議そうな顔で美亜を見つめる麗。その視線を受けて、美亜が表情を引き締める。
「そうね、ここは麗と私の二人っきりにしてもらえないかしら」
「いや、少し待ってくれんか」
と、そこで突然、神裂が待ったをかける。そんな彼にいぶかしげな視線を向ける美亜。
「まあ、そんなに睨まんでくれ。坊主の診察をするだけじゃ、すぐに終わる。というわけで横になってくれんかの?」
「あ、はい。分かりました。」
その言葉に素直に従ってベッドに横になる麗。その傍に立った神崎はそのまま麗の上着のボタンを外し、前面の肌を露出させる。
そして次の瞬間、神裂の右腕が霞み―――
気付いた時には、鍼が一本麗に突き刺さっていた。
「ちょっ何を!?」
「美亜さん、落ち着いて」
慌てて駆け寄ろうとした美亜を天真が抑える。
「落ち着いていられるわけ無いでしょう!? 一体麗に何を……」
「大丈夫ですよ、あれは治療です。鍼治療って知っているでしょう?」
「……え?」
その間にも鍼の数は増えていく。だが、鍼を突き立てられている当の本人は驚いた表情を見せているものの、特に変わった様子は無い。
「“神裂”の家は代々医療技術を研究しているんです。言ってみれば一族全員が医師の家系ですね。東洋系の医療思想がその根幹ですから、彼らの技術は鍼や整体、漢方系の薬学等の方面に特化しているんですよ」
「ついでに言うとわしの得意分野は鍼じゃな。経穴、要するにツボを刺激するのがわしの主な治療法じゃ」
その頃には10数本の鍼が麗の素肌に刺さっていた。更に神裂は指で肌を叩き触診を行う。
「どうじゃな? 調子は」
「え、えっとなんだか体が温かくなってくるような。それでいてすごく楽な感じがします」
「まあ、経脈の乱れを少し整えただけじゃが。お主の体は度重なる生体エネルギーの内的暴走によって、経脈他の回路が疲弊しきっておるからの。この程度でも効果はあるか」
「は? え?」
言われた内容が理解できないという顔で疑問符を浮かべる麗。だが神裂はそんな麗を無視して天真に顔を向ける。
「この術式の後はお前さんか?」
「ぐ……ばれていましたか」
「下手糞なりに努力の後が見られるがまだまだじゃの、大まけにまけて及第点をあげておいてやろう。まあ、本格的な術式を施さなかったのは賢明な判断じゃて。おぬし程度の腕では暴走していた可能性が高いからの」
「“覚醒者”の経穴、しかも半覚醒状態の人のものなんて軽々しく触れますか。その術式にしても発作が起きてしまったので仕方なく施しただけです」
「ちょ、ちょっと待って!?」
ここで、さすがにこらえきれなくなった美亜が制止の声を上げる。
「天真、麗に何かしたの?」
「う、えーと、その」
必死にごまかそうとする天真だが、美亜の視線はそんな彼を逃すまいとするかのようにプレッシャーを与えてくる。やがて観念したかのようにため息をついて、
「コロッセウムに向かう前に、麗君に発作が起こったでしょう?」
「ええ、覚えているわ。そのせいで、出発前に顔を見に行くことができなくなったんだし」
実はそのせいで、出発直後の美亜は精神的にかなり不安定だったのだ。その後、ギルドの連絡員が容態が安定したという知らせを持ってきてくれたから良かったものの、それが無ければコロッセウムでの任務もまともにこなせていなかっただろう。
「その時、麗君を何とかしなければ美亜さんも色々な意味で危険だと思いまして、ちょっと引き返して麗君に鍼治療の術式を施したんですよ。点穴法なら一通り学びましたし。もっとも、神裂のそれとは比べようも無いものですが」
「……確かに半日くらい姿が見えない時があったけど、街との間を往復してそんなことしてたの?」
「あの程度の距離なら縮地を使えばそんなに時間はかかりませんでしたし、それに麗君に何かあったら美亜さんが悲しむでしょう?」
「天真……ありがとう」
真摯な表情で感謝の言葉を紡ぐ美亜。対して天真は大した事ではないと遠慮の姿勢を見せる。
「お礼を言われるほどのことはしていませんよ。先生が言った通り本職に比べればどうしても粗の目立つ技術ですし、その場しのぎの治療しか行っていませんからね」
「いえ、僕からもお礼を言わせてください」
そう言って、今度は麗が天真に感謝の気持ちを伝える。
「最近体の調子が調子が良かったのも天真さんのおかげだったんですね。ありがとうございます」
姉弟二人の言葉にさすがに観念したのか、天真は肩をすくめながら応じた。
「……本当に大した事はしていないんですけどね。まあ二人がそこまで言うのなら素直に受け取っておきますか」
「ふふっ、こういう言葉は素直に受け取っておくのが礼儀だよ? 天真」
そんな天真の様子が可笑しかったのか、微笑みながら天真を見つめるスノウ。天真はやれやれといった表情だ。
そんな様子を伺っていた麗は、先程から気になっていたことを問いかけた。
「もう一つさっきから気になっていたんですけど、聞いたことの無い言葉がいくつかでてきたんですが、一体何なんですか?」
その言葉に天真と神裂が視線を交わし、神裂が麗に向き直る。
「そうじゃな、お姉さんから話を聞く前に簡単な説明はしておいたほうがいいかもしれんの。これは坊主の病気に関わることでもあるから、知っておいて損はあるまい」
「僕の……病気について?」
麗が訝しげな声を上げる。今まで自分の病気は原因不明の一言で片付けられてきたのだから、その反応は当然と言えた。そんな麗の様子を伺いながら、神裂は説明を始めた。
「唐突な質問じゃが坊主、魂はどこから来ると思う」
「…………はい?」
質問の意図がさっぱり分からない麗は、素っ頓狂な声を上げる。
「あの……その質問と僕の病気に何か関係があるんですか?」
「うむ。色々とややこしいことになっていてな、こんな回りくどいところから説明を始めなければいけないんじゃよ」
「はあ……そうなんですか」
理解は出来なかったが、とりあえず質問の内容を考える麗。
「どこからと言われても……人間が母親から生まれてくるように、魂にも母親がいるんじゃないでしょうか?」
「魂の母親か……なるほど、その言い方は間違いではないな」
麗の言葉に一つ頷くと神裂は説明を始める。
「そこの天真の家“葉上”を中心とするわしらの術法の体系は中国の道教がその源流にあたる。もっとも、色々と吸収しながらその様式を変えてきたゆえ、今では原形をとどめてはおらんが。さて、この道教などにも内容が反映されておる古代中国における“易”の生成論などでは“太極”と呼ばれる概念が宇宙の根元を表しておる」
神裂はゆっくりと、その場の全員が理解できるように話を進める。
「簡単に言えば全ての事象の根源―呼び方は“太極”などさまざま―があって、物質、エネルギー、そして魂などを含めた森羅万象はそこから発生しとるという考えじゃ」
全員の顔に理解の色が浮かぶのを見つめながら説明は続く。
「魂は全ての根源から発生している。この考えを軸に話を進めていくぞい。ところで魂は発生した後根源から完全に分離しているわけではなく、深層心理のさらに奥、無意識の底で根源と繋がっていると考えられておる。よって、全ての魂は自我が認識できない領域でお互いに繋がっているといえる。」
そこで麗が律儀に手を上げて質問をする。
「あの、それって集合的無意識とかそういうものの事ですか?」
「うむ。ユングの提唱した分析心理学における中心概念じゃな。まあ完全に同じであるとは言えんが、似たものであると考えてくれ」
スイスの精神科医、心理学者であるカール・グスタフ・ユングは人の深層心理について研究し、分析心理学の理論を創始した。その中心概念であり、人間の無意識の深層に存在するとされる、個人の経験を越えた先天的な構造領域を集合的無意識と名づけた。
その概要は、個人の無意識の領域に個人を越えた、集団や民族、人類の心に普遍的に存在すると考えられる先天的な元型の作用力動があり、人間の行動や思考・判断は、それに影響される面があるというものだ。
「集合的無意識とは要するに根源の一面の見方であって、正解ではあるがそれが全てではない。何せ全ての根源じゃから無意識以外のものも繋がっているかもしれんしな」
頷く麗。それを見て神裂は先を続ける。
「さて、個人の魂は根源に繋がっているわけじゃが、その繋がりは普段自覚することは無い。しかし、一部の人間はその繋がりを利用して根源からエネルギーを汲み上げ、利用することができる」
「それってまさか……」
「そう、そのエネルギーこそが“魔力”。最も、他に“気”などのエネルギーもあるが今回はそれは置いておこう」
「あれ、でも魔力って確か世界に満ちているエネルギーのことじゃなかったか?」
今度はハヌマーンが疑問の声を上げる。
「そのあたりの説明はなしじゃ。諸説入り混じっていてややこしいしの。まあここでは世界=根源だとでも思っといてくれ」
「そ、そうなのか。分かった」
今までの説明も十分すぎるほど難しかったのに、これ以上難しくされてはたまらないと、ハヌマーンは素直に引き下がった。
「さて、長々と説明してきたがここからが本題じゃ。エネルギーを汲み上げる際に魂と根源の距離が近いほど、またその繋がり―わしらは“源糸”と呼んでおるが―の性能が良いほど強力な力がつかえるのは分かるな? ADSLよりも光ケーブルの方が情報量も速度も上なのと同じじゃ」
この例は分かりやすかったのか、即座に頷く一同
「だが時々、魂が根源により近く、源糸の性能が常人よりもはるかに高い人間が出てくることがある。およそ100年に一人ほどの割合でしかないが。その者達は例外なく人間の域を遥かに超えた力をもっており、わし等の業界では“覚醒者”と呼ばれておる」
「“覚醒者”?」
その言葉に聞き覚えがあった麗は首を傾げた。確か先ほど天真が口にしていた言葉だ。しかし、それが一体自分と何の関係があるのか。
「ここで本題じゃが、麗君。君はその“覚醒者”なのじゃよ」
思考停止。
重々しく言い放つ神裂。その言葉が耳には届いていたが、頭には届いていなかった。そのまま時間が過ぎていく。そして……
「うええええええええええええっ!?」
麗の叫び声が室内どころか城内にこだました。 |