第15話.そして boy meet girl again
決して油断をしていたわけではなかった。周囲に気を配っていたし、その中でも近くにいた4人の状況は確実に把握していたはずだ。
美亜とハヌマーンは負傷で満足に動けなかった。メイドの姿をした女性はこちらの動きを注視していたものの、一度注意をしてからは手を出してくる気配はなかった。
だが最後の一人、この場に着てから一番注意していたはずの人物については認識不足であったと認めるしかないだろう。最後の瞬間まで桃子の傍にいたはずの人物、そのマントの人物が最後の攻撃の瞬間に魔術を使用するのを寸前まで感知することができなかったのだから。
「っく!?」
そのままならば自分の右腕を貫いていたはずの赤い閃光を無理やり攻撃を中断することによって避ける。とんでもない精度で放たれたそれは内包した魔力でさえも段違いだった。あわてて距離をとり、攻撃が来た方向を向く。
そこには右の人差し指をこちらに向けたマントの人物の姿。そして、
天真とその人物のちょうど中間地点の上空に浮かぶ赤い球体が。
それを一目見た瞬間に天真は理解する。それをまともに食らえば自分は間違いなく死ぬことを。そして全力で動かなければ次の攻撃を避けられないことを。
そしてマントの人物は、天真に向けていた人差し指を上空の赤い球体に向けると、
「血色の雨」
呟くとともに、天真に向かって振り下ろす。
同時に天真も動く。
「一之枝技、縮地稲妻」
球体がはじけてあたりに赤い光を雨のように降らせるのと、天真の姿が消えるのは同時だった。降り注ぐ死の閃光を稲光のようなジグザグの軌道で避けつつ高速でマントの人物に迫る。
その攻撃密度に頭にかぶった紙袋が消し飛ぶのが感じられた。だが天真はそんな中気づく。
(やはり、殺気がない)
最初の凍夜への攻撃を阻んだ閃光もそうだったが、これらの攻撃は決してこちらを殺傷する目的のために放っているのではない。この攻撃にしても一見無差別に広範囲を攻撃しているように見えるが、実際はこちらの四肢を穿って動きを止めるのが狙いのようだ。
だが、この攻撃密度でそこまでの攻撃精度を保つとはどれほどの術者なのか。
(今は悩んでも仕方ありませんか。とりあえず)
そして雨の範囲を抜ける天真。しかしその時マントの人物の右人差し指にはすでに赤い光が灯っていた。
「赤光」
再び放たれる赤い閃光。
「一之枝技、縮地三日月」
それを大きく弧を描く軌道で回避する天真。間合いに入り、刀を抜こうとする視界に入る紅の光。
「破っ」
「深紅の剣」
蒼き燐光を纏う刃と―――――
紅き光が凝縮した刃が交錯する。
ガキンッ!
二つの刃が火花を散らし、周囲に衝撃が走る。
その瞬間天真は余波で大きくはためいたフードの奥にある相手の顔を認識し、
真紅の瞳と視線が交わる。
その瞬間、世界から音が消え時間が静止した。
(これ、は……)
時が引き伸ばされる感覚。一瞬が1秒となり、1分となり、果てしなく永遠にも感じられるようになる。
その目に映るのは真紅の瞳と髪を持つ女性。自分と同い年の、まるで神が自らの手で作り上げたかの美貌を持つ。
その人と目が合った瞬間、魂の奥底が震えるのを感じた。
驚愕、喜び、切なさ、愛しさ、すべての感情が渦を巻き胸のうちで暴れまわる。
そして、かつて失ったはずの自分自身が叫ぶ。その人は―――――
次の瞬間永遠にも似た一瞬は終わり、二人は弾かれる様に距離をとる。その瞬間相手が纏っていたマントが衝撃で吹き飛ばされた。
その下から出てきたのは真紅の瞳と髪を持つ、人間離れした美貌の女性だった。年は20代前後か、少しつり上がり気味の瞳を有した顔は完璧なまでの黄金率で各パーツが配置されている。
その肌はまるで純白の雪のように白く、女性の持つ神々しいまでの容姿と神秘的な雰囲気をよりいっそう引き立たせている。纏う衣服も瞳や髪と同じ真紅で精緻な刺繍がしてあり、どう考えても一般の魔族には見えない。
「な、なんなのよ。あの人」
「…………」
一瞬前までほとんど存在感がなかった人物がいきなり天真と互角の大立ち回りを演じたことに驚愕する美亜。一方ハヌマーンは女性の人間離れした美貌を目の当たりにして声も出ない様子だ。どうやら好みのストライクゾーンを軽く吹き飛ばされたらしい。
そして凍夜はその女性を目にした瞬間限界まで目を見開いて硬直してしまっていた。呼吸すら忘れてしまっているのではないかという状態のままでしばらく停止した後ようやく掠れた声をのどの奥から絞り出す。
「……なぜ、魔王様がここに」
「なんですって!?」
叫び声を上げる美亜。しかし、そんな彼女を無視して凍夜は桃子に噛み付く。
「どういうことだ桃子!魔王様は城に居られるはずではなかったのか!」
「あーうーんとー」
凍夜の剣幕に困ったように頭をかく桃子。しばらく躊躇った後にようやく口を開く。
「えっとースノウちゃんがーどうしてもって言うからー、私の人形をー代わりにー置いてきたのー」
「貴様……何て事を」
「全部終わるまでー正体はー明かさないつもりーだったんだけどー」
天真というとびっきりのイレギュラーがいたせいで予定が大幅に狂ったというわけだ。
「本当に……あれが、魔王」
「……そうだ」
衝撃の事実にいまだうまく思考が働いていないのか、半ば呆然とした声で美亜が呟く。それに答える凍夜の声は苦虫を噛み潰したかのようだった。
「あれが我ら魔族の唯一にして絶対なる支配者。魔王クリムゾンスノウ様だ」
その魔王クリムゾンスノウは先ほどから天真とにらみ合ったままだ。お互いにピクリとも動かない。さすがに実力者同士、うかつに動けないのかと周囲も下手に手を出せないまま時間だけが過ぎてゆく。
しかし、そのまましばらく後に美亜が不振な声を上げる。
「なんか、あの二人の様子おかしくない?」
言われてみれば二人の様子は戦闘中というにはいささか問題があった。お互いに戦意は感じられず、じっと相手の顔を見つめているだけだ。しかも二人ともその顔になにやら驚愕の色が見え隠れしている。
その時、二人がゆっくりと近づき始める。その光景を固唾を呑んで見つめる周囲の人々。両者はゆっくりと歩を進め、手を伸ばせば容易に届く距離まで近づいたところで歩みを止める。
そして数瞬の後二人の表情に浮かぶのは、
「え?」
驚愕と、喜び―後者は魔王のほうがより強いように見えた―を浮かべる二人に疑問符を浮かべる4人。
そして二人はゆっくりと言葉をつむぎだす。
「もしかして、雪ちゃん?」
「やっぱり、天ちゃん!」
半信半疑といった声を出した天真に対して心のそこからの笑顔を浮かべる魔王。そして、
「会いたかった!天ちゃん!!」
魔王が思いっきり天真に抱きついた。
「「「「ええええええええええええええええええええっ!?」」」」
置いてけぼりにされた4人の驚愕の叫びがあたり一面に広がっていった。
第2章終了、第3章に続く
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