第14話.戦場を貫く赤き閃光
瞬間、再びその姿が掻き消える。凍夜が気がついたときには眼前に刀の柄を握った姿が。
「!?」
慌てて後方に下がる凍夜。その時武士道仮面の右腕が霞み、
キィン
涼やかな金属音。そして、
ザシュッ!
「がっ!?」
気がついたときには胸に斜めに付いた傷から血が吹き出していた。
「ちょっと待てー!?抜刀どころか納刀すら見えないってどんな剣速だ!?」
「いえ先ほど言った通り、近付いて斬るしか能がないもので突き詰めたらこんな感じに」
「極めるにも程があるだろ!?」
全員を代表して当然の質問を叫ぶハヌマーンだが、あくまで飄々と受け流す武士道仮面。その姿を見る限りどうやら自分の技術に関して、常軌を逸しているという自覚があまりないようだ。
「があっ!」
武士道仮面がハヌマーンのほうを向いて視線を外した瞬間に斧槍を振るう凍夜。しかし、またしてもその切っ先は空を斬り、姿を見失う。今度は何とかその残像を視界の端に捉えることに成功するも反撃するまでには及ばない。
「氷の盾!」
叫びと共に左手に現れる無色透明の盾。再び武士道仮面の姿を視界に捉えると同時にそちらに向かって盾を突き出す。何とか攻撃を防ぐだけでもと白熱する思考をなだめながら防御を行う。再びかすむ右腕。そして、
金属音と共に手の平ごと両断される氷の盾。
「うあっ」
左手掌に奔る灼熱を意識した瞬間、それまでの緊張感も同時に断ち切られ方膝をついてしまう凍夜。何とか戦意を繋ぎ止めようとするが焦る思考ではそれもままならない。かろうじて自分の負傷が全て浅手だということが分かるくらいだ。胸の傷も左手の平の傷もそれほど深くはない。
「さて、もう止めにしませんか」
その声に反応して顔を上げると、何事も無かったかのような姿で立つ武士道仮面。
「見逃してくれるならば、我々はこのまま立ち去ります。悪い提案ではないと思いますが」
自分は情けをかけられている。そう思った瞬間先ほどまでの焦燥をはるかに超える怒りが凍夜の全身を包み込んだ。躊躇無くその激情を吐出す。
「ふざけるなっ!!」
その怒号に込められた怒りの気配に直接向けられたわけでもない美亜ですら身をすくめる。
「この俺が、第2魔軍将軍であるこの凍夜が人間ごときに負けて情けをかけられるだと?冗談も大概にしろっ!」
体を突き動かす感情のままに立ち上がり右手の斧槍を眼前の敵に向ける。
「この氷刃の闘将凍夜、たとえ殺されようとも人間ごときに屈しはせん!!」
その姿を見据えながら武士道仮面はポツリと呟く。
「殺しませんよ」
その口調はこれまでのものと違い、ひどく真剣なものだった。
「私の流派は対化物専門です。本来自衛以外で人に向けるものじゃない。私も人殺しは御免ですからね」
「人だと?貴様の目は節穴か。俺は魔族だ、人間とは違う」
「人ですよ」
その言葉に込められた重みが凍夜を戸惑わせた。
「少し姿が変わって不思議な力が使えるようになったくらいで、自分が人間以上だとでも思ったんですか?それは錯覚ですよ。転化者といっても全員人です。あなたももちろん人です。そして私は人は殺しません。ですからあなたも殺しません」
「……ぬるいことをほざく。それは今流行の殺さずの誓いとかいうやつか?偽善者が。そんな言葉で言いくるめられると」
「凍夜君」
呼びかける声はひどく真摯でそれが凍夜の口を塞ぐ。
「魔族になることイコール人間以上になることではないんですよ。それだけで強くはなれない。そこを取り違えて、魔族であることに固執しているならば君は何も守れませんよ」
ダイジョウブ、ワタシガマモルカラ
「……ふざけるな」
アナタハナニモシンパイシナイデ
「……俺は」
ゼンブオネエチャンニマカセテ
「……俺はっ!」
ボクガヨワイカラオネエチャンハ…………
「俺は負ける訳にはいかないんだぁぁぁぁぁっ!!」
怒号とともにそれまでとは桁違いの魔力が凍夜の体から吹き出す。
「きゃあっ!?」
「美亜ちゃん!さがるよっ」
その奔流に押されて後退するしかない美亜とハヌマーン。
「凍夜ちゃん!」
「!!」
桃子とマントの人物もその勢いに近づくことすらできない。
「…………」
そんな中で武士道仮面だけは何事も起きていないかのように平然と立っていた。
「自分の弱さは認められませんか。ならば」
腰を落とし半身を引き、刀の柄に手を添える。それはこの戦いで初めて武士道仮面が見せた構えだった。
「私が敗北を与えましょう。本当の意味で強さを得られるようになるために」
そしてその姿が掻き消える。次の瞬間には凍夜の眼前に、
「うおおおおおおお!」
「ぬうっ!?」
間合いに入る瞬間に振り下ろされた斧槍。さらにその刃を中心にして爆発的な魔力の奔流が起こる。
「無限立花氷華繚乱!」
解き放たれた魔力は凍夜を中心にして巨大な氷塊を生成。瞬く間に周囲へと広がっていく。
「!?天真っ」
その速度は尋常ではなく、一瞬にして周囲のすべてを飲み込もうとする。元から距離をとっていた4人はなんとかその範囲外へと脱出する。
「うそ……」
「……まじかよ」
「こ、これはー」
「……」
収まったときには半径100メートルほどの領域に氷山が出来上がっていた。改めて将軍クラスと呼ばれる魔族の底力を見せ付けられ驚愕するしかない美亜とハヌマーン。
「はあっはあっはあっ……」
その中心では凍夜が息も絶え絶えという様子で地面に膝をついていた。さすがの彼もこの大魔術で魔力を使い果たしたのだ。
「はあっはあっ見たか……これが俺の……第2魔軍将軍凍夜の……」
あれほどの速度で成長する氷塊の中心点にいたならばたとえその移動速度をもってしても逃げ切れないだろう。確実にどこかで氷付けになっているはずだ。その死体を捜そうとふらつく足を何とかなだめて、
「まったく、ずいぶんと無茶をしましたね」
頭上から聞こえてきた声に、全身の力が抜けた。再びその場にしゃがみこんで設けた表情を上に向ける。
「さすがに私もアイスマンになるかと思いましたよ。春先に氷付けにされたら風邪を引いてしまいます」
その姿は氷山の頂にあった。見上げる先、丁度凍夜の眼前の氷壁の頂上に何事もなかったかのような姿で立つ武士道仮面。
「そんな……」
呟きと同時に氷山にひびが入り轟音を立てて崩れていく。そのさなかを危なげなく破片を足場にしながら降りてくる。氷山が完全に崩れて空気中にその姿を消したときにはさっきと同じような構図で相対する二人。しかし、凍夜にはもう反撃の力は残っていない。
「中心近くにいたので助かりましたよ。凍夜君の頭上には氷がありませんでしたから。回りの氷を足場にすれば上にいけますし」
あの瞬間、武士道仮面はあえて凍夜に向かって行った。頭上を飛び越えながら成長する氷塊を三角跳びの要領で頂上まで上ってやり過ごしたのだ。
「さて、それではもう一度訊ねます。降伏していただけませんか?」
「……くどい!」
その言葉に先ほどまで呆けたような表情をしていた凍夜は瞬時に己を取り戻すと、再び怒号を上げる。
「もはや戦う力が残っていないと分かっていても引く気はありませんか」
「くどいと言った!この凍夜、人間相手に引くという選択肢は持ち合わせてはいない!」
すでに立っていることさえも難しく、自身の斧槍に寄りかかっている状態であるというのに凍夜はいまだ戦意を失ってはいなかった。たとえそれがロウソクが燃え尽きる最後の一瞬のようなものだったとしても。
「分かりました。やはりきちんと決着をつけるしかないようですね」
そう溜息をつきながら覚悟を決める天真。
「そういうわけですので横槍は勘弁してくださいよ?」
「ぎくっ。ナ、ナンノーコトカナー」
視線の先には桃子。懐に手を入れた状態でぎくりと身をすくませる。
「それでは、本当にこれで最後です」
「……来い!」
そして掻き消える天真の姿。次の瞬間にはすでに凍夜の目の前に移動を完了しており、すぐに攻撃へと移行する。それをもはや自由に動かせない体で見つめていることしかできない凍夜。
そして天真の右腕が霞む、
「赤光」
その瞬間一筋の赤い閃光が虚空を貫いた。
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