第12話.ヒーロー参上!
ハヌマーンの猛攻は続く。風の刃を纏った棍による攻撃はもはや打撃ではなく斬撃だ。まともに受けたのでは身に付けている防具ごと寸断されるだろう。それが理解できているから凍夜は防御ではなく回避を選ぶ。元々すばやいハヌマーンの連撃を捌き、かわす。
ハヌマーンはそのまま相手に反撃の隙を与えずに手数の多さで圧倒し、徐々に追い詰めていく。その時、防戦一方の状況に焦れたのか凍夜が右腕一本で強引な一撃を放つ。だが無理な攻撃はハヌマーンには届かず逆に体制を崩し隙を見せることになる。
「もらったあ!」
ハヌマーンはここぞとばかりに豪風一閃。横薙ぎの一撃を凍夜の脇腹に叩き込もうとする。体制を崩したままの凍夜に回避は出来ない。そのまま決まるかと思われたその時、凍夜は以外な行動にでた。開いていた左腕を棍の軌跡の前に持ってきたのである。
(左手一本犠牲にして致命傷を避けようってか?だが甘い)
その程度で止まる斬風爪ではない。薄い鉄板ならば容易に切り裂くことも出来る風の刃。そのまま左腕ごと脇腹を切り裂こうとして、
「氷の盾」
澄んだ音を立ててハヌマーンの棍が左腕一本に止められる。いや、よく見ると左手掌を中心に直径1メートルほどの薄い氷の膜が形成されている。
「んなっ!?」
どう見ても厚さ数ミリほどの氷に自分の攻撃を防がれたことに驚愕するハヌマーン。そして、凍夜はそんな隙を見逃さなかった。攻撃を防ぐと同時に引き戻した右腕で渾身の突きを放つ。心臓を狙ったその突きを体を捻りあわてて回避するハヌマーン。そのまま切り下げてくる2撃目を後方に下がることで何とかやり過ごす。
「っ攻撃一辺倒かと思ったら、そんな技も持ってんのか。思ってたより多芸だな」
「攻めるだけの猪に将軍は務まらん」
そういうと凍夜は斧槍の切っ先を地面に突き立てる。何をするのかといぶかしげな表情を浮かべるハヌマーンの背に、突如悪寒が走る。
「氷柱槍」
いきなりハヌマーンの足元から氷の槍が突き立ち、串刺しにしようとする。間一髪飛びのいてかわすが、移動先でも次々と氷柱が生えハヌマーンに襲い掛かる。
「おわっ、った、よっ、ほっ」
軽業師の曲芸じみた動きで、地面の中から出て来る凶器を次々と避けていくハヌマーン。しかし、氷柱は途切れることを知らず表情に焦りの色が浮かび始める。
「えーい、うっとうしい!」
焦れたのかそう叫ぶと同時に、凍夜の方へと転進。距離を詰めようと一気に加速する。
「愚か者が」
だが、凍夜は焦ることなく氷柱を生み出し続ける。ハヌマーンの特攻は凍夜にしてみれば最悪の悪手だった。氷柱槍は自分に距離が近ければ近いほど威力とコントロールを増す。ある程度引き付けたところで周囲を囲んでしまえばそれでチェックメイトだ。
そうこうするうちに二人の距離が数メートルのところまで近づく。
「終わりだ」
言葉と同時にまずはハヌマーンの進行方向に氷柱を形成。いきなり目の前に現れた氷の壁に引きつった表情を見せるがすぐに氷柱に隠れてしまう。そのままハヌマーンがいると思われる場所を中心に回避不能なまでの広範囲に氷柱の形成をイメージ。すぐに形成しようと力をこめ、氷柱を出現させる。それで相手は串刺に―――
「なんのっ!」
「なに!?」
なる一瞬前。なんと目の前の氷柱の壁を飛び超えるハヌマーン。大会の決勝のときと同じように棍を使って棒高跳びの要領で目の前の壁を飛び越えたのだ。しかもそのまま勢いをつけて凍夜を頭上から強襲しようとしている。その行為は通常ならば距離もありこちらに届く前に落ちていただろう。しかし、ハヌマーンは異常なほどの飛距離でこちらの頭上へと到達する。その速度と高度は明らかにおかしい。
「そうか、風を使って加速をしているのかっ!」
凍夜が気が付いた通り、ハヌマーンは風を纏うことで飛距離と速度を何倍にも増していた。一瞬で凍夜の頭上10数メートルに達したハヌマーンはそのまま転進。更に勢いを増して逆落としに凍夜に襲い掛かる。
右腕に持った棍を後方に引き、左手を添えて突きの体制のまま突っ込む。その周りには視認できるほどの気流が渦を巻いており、棍の先端を中心に高速で回っているそれが、更に落下速度を加速させ凶悪なまでな破壊力を生む。
「螺旋風槍っ!」
ゴガンッ!!
気流の螺旋を纏った突きが的を貫かんと唸りを上げた。間一髪回避に成功した凍夜だが、その余波に吹き飛ばされる。何とか受身を取って立ち上がると、自分がいた場所が大きく抉られているのを発見した。棍の周りの気流がドリルのように地面に大穴を穿ったのだろう。氷の盾を全力で展開したとしても防ぎきれたかどうかというほどの破壊力だ。
「結構いい反応するじゃねーか。さすが将軍」
「貴様こそ、攻撃力はさほどではないと思っていたが、そんな奥の手を隠し持っていたとはな」
「隙が大きいんで使いどころが難しいけどな」
軽口を叩き合うと今度は間を置かずに激突。お互いに長柄の武器を得物にしているため。リーチはほぼ同じとなり、遠間から激しい打ち合いとなる。
斬撃を払い、突きをかわす。魔術を使用した攻防も織り交ぜ、お互いの位置がめまぐるしく変わる。戦況は共に決定打を入れることができず長期戦の構えに入ろうとしていた。
だが、ハヌマーンはその状況に焦りを覚える。
(あんまり長々と戦っていたら、何時増援がくるか分かったものじゃない)
最初の爆発からそれなりの時間が過ぎている。観客の避難はすでに完了して、見える範囲には人影はない。美亜の仲間達はおそらく内部で戦闘しているのだろうが、計画が漏れていた点を考えると鎮圧までにあまり時間はかからないだろう。
(だったらダラダラとやってる場合じゃないなっと)
そこで武器を大きく振りぬくと同時に間合いを空けるハヌマーン。凍夜は無理に追撃しようとはせず様子見の構えだ。
「提案があるんだが」
「いまさら命乞いか?」
「まさか」
相手が食いついてきたことに内心安堵するハヌマーン。だがそれを顔には出さずに自分の提案を凍夜に伝える。
「ちまちま打ち合ってるのは性に合わないんでね。お互いの最強の一撃で一発勝負と行きたいんだけど」
「……どうゆうつもりだ?」
「あんただってさっさと終わらせて部下の様子を見に行きたいだろ? お互いに長々とやってるメリットはないと思うわけよ」
「…………」
その言葉に考える姿勢を見せる凍夜。しかし、時間が過ぎれば不利になるのは自分達の方だ。はたして乗ってくれるのかどうか。ハヌマーンが焦りを押し殺しながら内心で葛藤を続けること数秒。
「よかろう。確かにこんなところで無駄な時間をとられるわけにもいかん。その誘い乗ってやる」
「……ああ、あんがとよ」
正直これほどあっさりとこちらの提案に乗ってくるとは思っていなかった。自分の力によほど自身があるのか。それともこちらの考えを見抜いた上で何か策があるのか?
(だがどちらでもかまわない。俺様はただ)
全力で目の前の相手を貫くだけだ!
その決意と共に上体を捻り、右腕を引き、突きの体制へ。左手を棍に沿え意識を先端に集中させる。風は即座に彼の思いに答え、螺旋を描いて彼の周りを包む。
螺旋風槍。手持ちの技の中では速度と貫通力に優れた自分の十八番。自身の周りに螺旋軌道を描く気流を纏い、全身を目の前の敵を貫くための巨大な槍とする。
そしてそれを見て取った凍夜も両手に構えた斧槍を眼前に垂直に立てて魔力を込め始める。
「はあああああっ!」
気合の声と共に全身から立ち上る冷気と青いオーラ。目視できるほどに密度を高めた魔力が全身を覆っているのだ。
両者の力は中央でぶつかり渦を巻く。巨大な力に大気が軋み始める。二人の様子を美亜や桃子、そしてもう一人のマントの人物も固唾を呑んで見守る。後はどちらかが動けばそれで終わりだ。
そして均衡が崩れ、その瞬間が訪れる。
「これで終わりだっ! 螺旋風槍!」
爆発音すら響かせるほどに圧縮された空気を背にして弾丸のごとく飛び出すハヌマーン。その姿は残像を残し、一瞬にして凍夜に迫る!
「おおっ!」
それを真正面から迎え撃つ凍夜。大上段に構えた斧槍でハヌマーンを纏った風の衣ごと両断せんと真っ直ぐ振り下ろす。そして二人の得物が交差し―――
風の衣に絡めとられた斧槍が、軌道をずらされてハヌマーンの脇に落ちる。
(獲った!)
ハヌマーンの棍は勢いのまま凍夜を貫かんとし―――
「氷花繚乱」
二人の影が重なり動きを止めた。誰も動けない、喋れない。その結果を目で見てはいるが、認識が追いつかない。やがてゆっくりと二人が動き出し、ようやく全員が何が起きたかを理解する。
凍夜の斧槍は軌道がそれてハヌマーンの脇の地面に突き刺さり、その間にハヌマーンの棍が凍夜を貫かんとした。そしてその結果、ハヌマーンの棍は凍夜の左肩の上を通り過ぎ多少の肉を削ぎ……
ハヌマーンは凍夜の斧槍の先端から発生した氷塊に後ろから貫かれた。
「ハヌマーン!!」
美亜の悲鳴と共にぐらりとハヌマーンの体が揺れる。そのまま倒れ伏すかと思ったが、
「があっ!」
気力を振り絞って凍夜から離れる。だが足元がおぼつかずにすぐ地面に片膝を付く。
「……くっそ、そういうわけか。いきなり背後から攻撃されてなにが起こったかわからなかったぜ」
凍夜から距離をとってようやく自分の身に何が起きたかを理解するハヌマーン。そこには地面に穿たれた凍夜の斧槍の先端からまるで花が咲くかのように先端を伸ばした氷塊があった。
あの時、凍夜の斧槍が脇にずれて勝利を確信した瞬間、地面に突き刺さった斧槍の先端から氷塊が発生。伸びた先端が背後からハヌマーンを貫いたのだ。確かに前面は風の衣で守られていたが、その後ろにまで防御は及んでいない。背後からの攻撃はそのままハヌマーンを直撃したというわけだ。その衝撃でハヌマーンの棍の軌道もずれてこちらの攻撃は相手の肩を少し抉るにとどまった。
「どうやら俺の勝ちらしいな」
「…………」
凍夜の肩は見た目こそ派手に出血しているように見えるが、傷は浅い。動かすのにそれほど支障はないだろう。対してハヌマーンは致命傷こそ負わなかったものの、左側の脇腹と大腿部に重症を負っている。満足に動くことも出来ず、出血もひどい。このまま止血しなければ命に関わるだろう。だが、
「だからって、あきらめるってのは俺様のポリシーに反するわけよ」
上着を引き千切って傷口に縛り付けるだけの応急手当ともいえない処置を施し、立ち上がる。その顔は青ざめ、足元もおぼつかない。しかし、その目の光だけは失っておらず、いまだ戦う気概を見せている。
「もはやその傷では戦うどころか命すら危ういぞ。それでも抵抗するのか? 降伏するならば命だけは助けてやるぞ」
「だけど美亜ちゃんは殺すんだろ?」
「……」
「なら俺様の答えは一つだ。女の子を背中に庇って逃げるなんて選択肢は俺様にはない」
ハヌマーンは揺らがない。かつて自分自身に誓った思いは誰にも譲れないから。
「ふん、下らん意地で命を落とすか。ならばお望みどおり一思いに殺してやろう。その後で女も同じ場所に送ってやる」
凍夜が止めを刺すために斧槍を構えなおす。それを、ともすれば崩れ落ちそうになる体を支えて、ハヌマーンが迎え撃とうと、
「まったく男って言うのは本当にカッコ付けたがるんだから」
「美亜ちゃん!?」
唐突に横合いから聞こえてきた声に振り向くと、なぜか美亜が先ほど負傷した右腕を庇いながらも隣に立っていた。まだ無事なほうの左手に魔石を握り締めた姿からは、これから何を行おうというのかが一目瞭然だった。
「なにやってんの!? ここは俺様が刺し違えてでも押し留めるから美亜ちゃんは隙を見て脱出……」
「私にも意地があるのよ。少なくとも無関係な人に責任を押し付けて一人だけのうのうと逃げ延びるなんてごめんだわ」
ハヌマーンを睨みつけながら強い口調で美亜が言い放つ。その勢いに一瞬呑まれそうになるがなんとか踏みとどまる。
「だからってこんなところで命を粗末にする必要ないでしょ!? 君には待ってる人もいるんじゃないの?」
「……」
その言葉に美亜は口をつむいで目を伏せる。脳裏に浮かんだのはもちろん弟の麗の姿だ。しかし、
「ここで友達を見捨てて生き延びて、合わせる顔は持っていないのよ。そんなことしたら一生
あの子に顔向けできなくなるだろうしね」
そんなことをして生き延びたら弟に誇れる自分ではいられなくなる。それでは意味がないのだ。あの子の前ではいつも最高の姉でいなくてはならないのだから。
「美亜ちゃん……」
その決意の強さにもはやいかなる反論も無駄だと悟るハヌマーン。
「ようするに、だ」
それまで様子を伺っていた凍夜が二人に声をかける。相変わらず聞き手を凍てつかせる様な冷たい声で。
「二人まとめて殺してほしいとそういうことでよいのか?」
もはや勝負は決したとばかりの口調。だがそれが事実だと言うことは美亜たちも認めざるを得なかった。美亜は左腕を負傷し満足に動かせない。ハヌマーンは重傷を負って立っているのがやっとの状況だ。だが、それでも二人にあきらめると言う選択肢はなかった。
「あんまり舐めてると大怪我するわよ」
「そうそう。ここから俺様たちのラブラブパワーで大逆転するんだからな!」
「それはないから」
「ひどい!? 美亜ちゃんこんな時くらい」
「もういい、分かった。」
付き合いきれないとばかりにうんざりした顔を見せる凍夜。だがそれも一瞬。すぐに冷徹な表情に戻り、敵に止めを射さんと斧槍を構える。
「もはや問答は不要だ。二人とも一撃であの世に送ってやる」
そう言い放つや否や飛び出す凍夜。高速で向かってくる相手を迎え撃とうと身構える二人だが……
「……ぐっ!?」
「ハヌマ」
崩れ落ちそうになるハヌマーンに気を取られた一瞬のうちにすでに凍夜は間合いに入っていた。振り下ろされる斧槍を前になすすべもなく立ち尽くすことしか出来ない。
(麗。ごめんなさ)
そして凶器が振り下ろされて――――――――――
ガキンッ!
勢いよく地面に叩き付けられた。
「なんだと!?」
一瞬前までそこにいたはずの二人の姿は影も形も見えない。さては桃子が何かしたのかとそちらを見るが彼女も何が起こったのか分からない様子でポカンとしている。しかし、マントの人物は何かを凝視しており……
「やれやれ、どうやら間に合いましたか」
その声が聞こえてきたのは凍夜の右手方向だった。慌ててそちらを向くと、戦っていた二人ともう一人見覚えのない人影がおよそ10数メートル離れた場所にいた。
(ばかなっ!? どうやって移動した?)
それは直前まで死を意識した二人にも同じ疑問だった。これまでかと思われた瞬間、いきなり体が浮かび上がる感覚が来たと思ったら、いつの間にか荷物のように抱えられて、前にいた所から10メートルほど移動していたのだ。そのままゆっくりと下ろされたが、それをやった人物の声には確かに聞き覚えがあった。希望と共にその名前を呼ぼうと―――
「てんっ!?」
してその人物の顔を見た瞬間言葉につまる美亜。
そして二人を救ったヒーローは高々と名乗りを上げる。
「武士道仮面参上!」
目の部分に穴を開け、額の部分に“武”の字を書いた紙袋を被った怪人物の名乗りに、世界の全てが沈黙することしか出来なかった。 |