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異世界見聞録魔王付き
作:朝日光司



第11話.解き放たれし白き魔風


 ガキィン!


 鋭い金属音と共に振り下ろしたはずの斧槍ハルバートが受け止められる。その結果にわずかに顔をしかめつつ、凍夜は邪魔をした人物を睨みつけた。

「どうゆうつもりだ」
「どうもこうも、男は女を守るもの。傷つけるのは道理に反してるぜ」

 その男は凍夜の鋭い視線を真正面から睨み返す。

「……ハヌマーン。何で」

 美亜を助けた人物―ハヌマーン―は斧槍ハルバートを受け止めた棍にそのまま力をこめて刃を振り払う。凍夜はその流れに逆らわずに後方に下がった。

「貴様、自分が何をしているのか分かっているのか。これは明らかに魔王様に対する反逆行為だぞ。こんなことをしでかしてただですむと思っていないだろうな」
「俺様は別に魔王様に反逆しているわけじゃない」

 静かに凍夜の動きを伺いながら冷静に言い放つハヌマーン。

「ただ目の前で女性が乱暴されるのを見過ごせないってだけだ」
「だからって、私を助けてどうするのよっ!」

 声は背後から聞こえてきた。凍夜から意識を逸らさずに後ろを伺うと美亜がようやく立ち上がっている。負傷がひどいのか、まだ右腕を庇ったままだ。

「言ったじゃない、私のことは見捨てろって。なのにこんな……」
「悪いけど美亜ちゃん、そのお願いだけは聞けないんだなこれが」
「っ私は真面目に話を」
「真面目な話さ」

 不意にハヌマーンの声のトーンが落ちる。真剣な表情を向ける彼に、思わず言葉を飲み込む美亜。

「悪いけど目の前の女性の危機は絶対に見過ごさないって自分に誓ったんだ。確かに自分の命は大切だけど、その誓いはそれ以上に重い。さっきまでのも俺様的にはかなりの譲歩だったんだ。だからこれ以上はどうあっても見過ごせない」

 その表情に美亜は何かを言うことは出来なかった。だが、普段は軽い言動を繰り返すハヌマーンの、深いところに触れてしまったことだけは理解する。

「まあ要するに女性を傷つけるのはベッドの上だけって決めてるんだなこれが」
「死ね」

 先ほどまでのシリアスな雰囲気を返してほしい。しかし、彼にも何か深い事情があるということだけは分かった。さっきまでの言葉はハヌマーンの本心だろう。彼にも人に言えない何かがあるのかも知れない。さっきの言葉はそこから出てきたように思える。だが、だからと言って……

「自分のために死ぬかもしれない人を見過ごせって言うの?」
「やだなー美亜ちゃん。俺様が簡単にやられるとでも?」
「相手は魔族の将軍なのよ? それに、たとえこの場を切り抜けられたとしてもあなたも犯罪者として追われることになるのよ?」
「二人で愛の逃避行。うおっ俺様ちょっと燃えてきたかも」
「だから冗談言って場合じゃ」
「それは大丈夫なんじゃないかな?」

 そう言ってハヌマーンは事の成り行きを見守っていた桃子に視線を向けた。

「桃子お姉さんはこっちの味方になってくれるんでしょ? 魔王様もなるべく人死は出したくないみたいだし」
「うーんと。確かにーそうなんだけどー、この場合はーえーとどうしよう?」

 どうやら桃子も対応を決めかねているようだ。彼女としては死人は出したくないのだろう。だが、現状凍夜を止めることも出来ず手の打ち様が無いと言う所だろう。

「じゃあ俺様がこの分からず屋を適当にぼこるので、その後逃げる時に見逃していただけるとありがたいなーと。力及ばずにってことにしておけば問題ないでしょ?」
「えーっと、それならーなんとななるのかなー? でもー」
「なめられたものだな」

 その声は氷の冷たさと鋭さを持って場を支配した。凍夜はその身に纏った殺気を更に増大させてハヌマーンを威圧せんとする。

「獣王の配下でもない野良の獣人が、第2魔軍の将軍たるこの俺を倒すなどとよくも言えたものだ。まあ、女を庇って魔王様に楯突こうというのだから常識をわきまえていなくて当たり前ということか」
「そっちこそ、高いところからばかり見下ろしてると足元すくわれるぜ?」

 凍夜の殺気を受けても飄々としているハヌマーン。まったく動じた様子はない。

「まさかこんな大会に優勝した程度で俺より強いなどと勘違いしているのではあるまいな。貴様ごときの強さが高位魔族に通用するとでも?」
「もちろん。といいたいところだけど、確かにこのままじゃあんたには勝てないな」

 その言葉にわずかに顔をしかめる凍夜。自分では勝てないと言いつつ引く気がない相手の考えがまったく分からない。それは美亜も同じようで首をかしげている。

「どうゆうことだ? 勝てないとわかっていながら俺に向かってくるなど。まさか後ろの足手まといを連れてここから逃げ切れるとでも?」
「まさか。美亜ちゃんを連れてあんたから逃げられるなんて思ってないさ」
「ならばどういう……」
「あんたはちょっと勘違いしてる」

 そう言い放つとハヌマーンは棍を両手で握り締めて、目の前に垂直に立てる。

「俺様はこのままじゃあんたに勝てないといった。このままで勝てないなら……」

 目をつぶり精神を集中させる。普段は自分の中に抑え込んでいる力を認識し―――

「本気を出すだけだ」

 開放。その瞬間、ハヌマーンを中心に風が吹き荒れる。

「なにっ!?」

 これには凍夜も驚愕の表情を見せる。今まで魔力をほとんど感じなかった目の前の獣人から、高位魔族並みの魔力が突然吹き出したからだ。

「ばかなっ。獣人族は身体能力こそ優れているが、魔力の扱いについては6種族の中でも一番低いはず。それが高位の魔族並みの魔力を操るだと?」

 ハヌマーンの周りを吹きぬけた風は次第に収まっていった。しかし、その体から放たれる威圧感は先ほどの比ではない。

「ハヌマーン、あなたいったい」

 美亜もその変化にあっけにとられる。確かに只者ではないと思っていたがこんな隠し玉を持っているなど想像の範囲外だ。

「……そっかー。なるほどー」

 その光景を同じく驚いた様子で見ていた桃子が、突然納得の声を上げる。そちらに目を向けるとなにやら何度も頷いている桃子の姿が。

「なんだ? 何がなるほどなんだ?」
「凍夜ちゃんはー魔を帯びた白マジックホワイトって知ってるー?」
魔を帯びた白マジックホワイト?」

 聞いたことがない言葉に疑問符で答える凍夜。美亜も同じらしくしきりにに首を傾げている。

「んーっとねー魔を帯びた白マジックホワイトって言うのはねー……」

 この世界では転化と呼ばれる現象を経て人間はそれまでとは異なった姿と高い能力を獲得する。通常この転化はこちらの世界に着てからおよそ1年以内に起こり、それ以降に転化が起こる人間はいない。要するにこちらに来た人間が転化する可能性があるかどうかは1年以内に分かるということだ。

 しかし、時々1年を大幅に過ぎてから転化が起こる人間が出てくる。その頻度は極端に低く世界でも数人しか実例がいないため、なぜ何年も過ぎてから転化が起こるかもわかっていない。ただ、このような転化を起こしたものたちに共通の特徴がいくつかある。

 まず、これらの人物達は転化後に色が抜ける。白子アルビノと同じように色素を作る機構がなくなっているのではないかと言われているが、真偽は定かではない。

 そしてもう一つが通常の転化を行ったものたちよりも魔力量が大幅に上昇しているということである。魔を帯びた白マジックホワイトと呼ばれるものたちは全員が強力な魔力を持っているのだ。

「……なるほど。そういえば確かに他の王達の側近の中で特に力が強い者たちの中に何人か色が白いやつらがいたな。それで獣人であるにもかかわらずその魔力か」
「あんまり目立つのが好きじゃないから普段は力を抑えてたけど、あんたが相手ならそうも言ってられないからな。とはいえ全力を出すのは久しぶりだし……」

 そういいつつ片手に持った棍を回し始める。ひゅんひゅんと高い音を立てて回り始めた棍は次第にその速度を上げていく。と同時に、その動きに追従するように周囲に気流が生まれた。

 そしてその速度が最高まで高まり―――

「はっ」

 掛け声と共に一閃。振り下ろされた棍の先から真空の刃が発生する。不可視の刃は高速で凍夜に迫り……


 ズパンッ!


 その横にあったリングの破片を真っ二つに切り裂いた。

「うん、勘は鈍ってないみたいだな」

 そう言うハヌマーンの周りには小規模の気流が絶えず発生していた。ハヌマーンの魔力が大気に反応して空気の流れを作っているのだ。

「なるほどー、ハヌマーンかー。風を司るー風神の息子だよねー」
「おー桃子さんは物知りですねー。そんな知的なところも素敵!」

 ハヌマーンはインド神話におけるヴァナラ(猿族)の1人である。風神ヴァーユの化身であり、ヴァーユが猿王ケーシャーリーの妻アンジャナーとの間にもうけた子とされる。

 ヒンドゥー教の聖典ともなっている叙事詩『ラーマーヤナ』では、ハヌマーンはかつての恩を返すために単身あるいは猿族を率いて幾度もヴィシュヌ神の化身であるラーマ王子を助けたとされており、その中でも最も優れた戦士、弁舌家とされている。

 民間信仰の対象として今も人気が高く、中国に伝わり、『西遊記』の登場人物である斉天大聖孫悟空のモデルになったとの説もある。

「まあ転化後に風を操る力を得た俺様は神話にあやかってハヌマーンを名乗ったってわけさ。
だから今の風を纏った俺様は」

 そう言いながら棍の先端を凍夜に向けるハヌマーン。

「舐めてかかると痛い目見るぜ?」

 まるで相手を威嚇するかのように唸りを上げる風が凍夜に向かっていく。だがそんな状況下でもその鉄面皮が崩れることはなかった。

「貴様こそ」

 その言葉と共に流れてくる冷気。凍夜もまた自身の魔力を解放したことによって周りの気温が下がっているのだ。

「魔軍の将軍を舐めてもらっては困る。伊達や酔狂でこの地位についているわけではない」

 お互いの魔力に反応して二人の中心で大気が渦を巻く。そのまましばらく睨み合いが続き、うねる大気と凍える冷気が互いを飲み込まんとする。

 美亜はその光景に気おされて身動きが取れない。ここまで状況が動いてしまうともはや自分が介入することなど不可能だと認めざるを得なかった。もはや巻き込みたくないなどと泣き言を言っている段階ではない。自分に出来るのはせいぜいハヌマーンの邪魔にならないように離れたところでじっとしていることくらいだ。たとえその事実が自身の心を苛もうとも。

 そして―――


 ガキンッ!


 限界まで引き絞られた弓から放たれる矢のごとく二人が突撃する。二つの気流がぶつかって悲鳴のような音を上げると同時に、お互いの獲物が火花を散し激突。そのまま力比べとなる。

「おらあっ!」
「ぬぐ」

 最初は拮抗していた力比べだが、徐々にハヌマーンが前に出て行く。どうやら純粋な力比べでは、獣人であるハヌマーンのほうが上のようだ。

「むんっ!」
「っと」

 だが凍夜は力比べではが悪いと悟ると、焦ることなく押してくるハヌマーンをいなしつつ後方に下がる。その拍子に少し体制を崩した敵に向かって片手を向け……

氷縛の旋風アイスバインド

 放たれる低温の冷気を纏った風。まともに受ければ体温を奪われ、一時的にしろ運動能力の低下は避けられないだろう。範囲も広くハヌマーンは回避も間に合わない。

「なんのっ」

 大してハヌマーンは左腕を一閃。と同時に巻き起こった旋風が冷気と激突。勢いを殺された冷風はハヌマーンまで届かない。

「今度はこっちの番だな」

 言葉と同時に再びハヌマーンが突撃。両手に構えた棍を振り上げて一撃を与えようとする。それを眺めつつ冷静に捌こうと斧槍を構え―――

「ちっ」

 棍の周りに気流が渦巻いているのを確認し、防御から回避へと移行する。その姿を追いかけて振るわれる棍。と同時にその軌道に沿って大気が動く。

斬風爪ざんふうそう!」

 鉄ですら斬断する大気の刃が唸りを上げて凍夜に襲い掛かる。半身になって避けるが、振り下ろされた凶器はそのまま勢いを減じずに跳ね上がる。その攻撃をのけぞることで回避し同時に牽制の一撃。危なげなくかわすハヌマーンはそのまま距離を取り再び睨み合いになる。

 数秒硬直状態が続いた時、凍夜は自分の頬が浅く切られていることに気付く。完全にかわしたと思っていたが、予想以上に風の刃が伸びていたらしい。

「確かに予想以上だ。しかし、貴様ほどの実力者が無名のままというのもおかしな話だ」
「俺様はあんまり目立つのが好きじゃないんでね。この大会に出たのも路銀に困って仕方なくだし」
「惜しいな。これ程の実力があれば6王の側近クラスにもなれるだろうに」
「いやいや、宮仕えってのは窮屈そうだし。俺様は自由を愛するナイスガイだからな」
「だが、愚かな情に流されたのが貴様の運の尽きだ。貴様はここで死ぬ。そこの女と一緒にな」
「それはどうかなっ!」

 言い終わると同時にハヌマーンが仕掛ける。再び旋風と冷気がぶつかり、混じり、弾けた。


今回のNG
「凍夜ちゃんはー、マジカルホワイトって知ってるー?」
「マジカルホワイト?」
「うんー。こーゆーのー」

「冷たい灰色を鮮やかに彩色、帯びた純白は清純の印!マジカルホワイト!鮮やかに決めます!」

「……なんだこの痛いを遥かに通り越してもはや致死量のダメージを与える電波な怪文章は」
「最初はーマジカルホワイトって言うルビだったんだけどー、なんだかーそういうー萌えなイメージをー与えるかもってー思ったんだってーだからマジックホワイトに」
「むしろ作者の脳内がやばいことになってないか?」
「それはー今さらだしー」
「そ、そうなのか……」
「えーっと、俺様なんか助かったのか?」
「気にしないほうがいいわ」

実はスピンオフで登場(しません)






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