第10話.魔石使い
主の命に従い飛び出す木人君。あっという間に美亜の元までたどり着いたかと思うとその手を振り上げる。
「速い!?」
棒の先に真球状の木材が付けられた形状の手が振り下ろされる寸前、右に飛び一撃を避ける美亜。同時に懐に入れていた右手を引き抜き、掴んでいたものを追撃の姿勢を見せた相手に投げつける。
「爆ぜろ!」
ドゴンッ!
声が響くと同時に巻き起こる爆発。その爆風に乗りながら美亜は飛距離を伸ばし間合いをとる。そして、再び懐に手を入れ何かを取り出す。指の間に挟んで出したそれは小指の先よりも小さめの無色透明な石であった。
「魔石……」
凍夜がその石の名前を呟いた。魔石とはこの世界特有の鉱物である。厳密に言えば鉱物に酷似した物質と言ったほうが良いか。
時々各地から無色透明な結晶の状態で発見されるそれは、魔術の発動時にその効果を増幅させることで知られていた。ちなみにその効果は魔石の体積が大きければ大きいほど増す。
「? でもー、あの石ってー精製前のものだよねー」
魔石はそのままではただの石と変わらない。これを使用するためには、適度な大きさに加工した後に、その大きさに対応した魔力をあらかじめ流し込んでおかなくてはならないからだ。この作業をへて、魔石は始めて使用できるようになる。この作業を精製といい精製後の魔石は流し込んだ魔力の種類や質によって様々な色に変化する。
「精製ってー確か小さいものでも数分は必要になるよねー」
確認のため凍夜に問いかける桃子。
「ああ。それに、あいつは魔術を使っていない。いや、使用する際の力の流れが感じられないと言った方が良いか。魔石自体が奴の言葉に反応して様々な効果を発揮しているようだが」
「魔術の発動時にー増幅器として使用するんじゃなくてー魔石そのものが武器になるなんて……」
そこまで言って何かを思い出したようにポンと手を打つ。
「あーもしかしてあなたが魔石使い?」
「……魔族の高官にまで名前が知られているなんて、私ってば結構有名人なのかしら?」
おどけた様な台詞を返す美亜に向かって凍夜が鋭い視線を向ける。
「なるほど、数ヶ月前からたびたび聞くようになった名前だ。魔術ではなく魔石そのものを使う珍しい術者が人間にいるとは報告を受けていたが……」
「無策で飛び出してくるような愚かな人間だとでも思ったかしら?」
不適に笑う美亜。しかし、凍夜達の余裕は崩れなかった。
「確かに珍しい芸ではある。だがそれだけだ」
「…………」
「使用時に魔力の流れがほとんど無いのでは魔力を感知して防ぐのは難しいだろう。それにどのような攻撃が来るかも読みにくい。即効性もある。だがそれだけだ」
「そうだねー」
同意する桃子その視線の先には先ほど爆発を食らった木人君がいた。表面に多少焦げた後が見受けられたが、そのほかは特にこれといった効果があったようには見られない。
「威力はあんまりでないみたいだねー。その程度じゃー一般兵士はともかくもっと上の位のみんなには効かないと思うよー?」
「そのようね」
あっさりと敵の言うことを認める美亜。言葉とは裏腹に、その表情には焦りは見られない。
「んー? まだやる気みたいだしー、あんまり希望を持たせてもいけないと思うからー。すぐに終わらせるね」
その言葉が終わるや否や、木人君がさっきよりも高速で美亜に向かってくる。その姿を睨みつけつつ美亜は持っていた魔石を手前の地面に転がす。
「そびえ立て!」
地面が隆起し土壁が地中より現れる。行く手を遮るように表れた土壁に木人君は、しかし勢いを殺さずむしろ加速しながら両腕を大きく広げる。
「ぐるぐるパンチー」
命令に従い木人君が両腕を大きく回転させ始める。ネーミングとは裏腹に両腕がそのまま視認不可能なほどに速度を上げ、獰猛な音を響かせ始める。そして、木人君はその勢いのまま壁に突っ込んだ。どれほどの衝撃があったのか、轟音を響かせて土壁はあっさりと砕け散って土くれとなる。障害物を粉砕した木人君はそのまま向こう側に突撃……
しようとして足元に開いていた大穴に転がり落ちた。
「……あれー?」
こちらも壁のせいで向こう側が見えていなかった桃子は、勢いのまま落とし穴に突っ込んでいった木人君を見て不思議そうな表情を見せた。緊張感のない人である。
「こういう古典的な罠って使いどころを見極めれば結構役に立つのよね。まあだからこそずっと伝わってるんでしょうけど。それと、やっぱり人間相手だという油断もあったのかしら」
言いながら美亜は魔石をまとめて五つまとめて穴へと放り込む。
「消し飛べ!」
ドカァァァン!!
先ほどの数倍に匹敵する爆発が起こり、地面をも震わせる。
「半密閉空間だと威力も何倍にも膨れ上がるわよ。これで攻撃力の問題も解決かしら」
煙がはれた後には黒焦げの残骸が残るのみだった。
(うまく行った……)
先ほどの土の魔石は土壁を作るのと同時に、その分の質量がなくなった背後に穴ができる。本来は敵が長距離爆撃の能力を持っているときに、簡易の塹壕を作るためのものだがこういう使用方法もある。
(でも、次はどうしよう)
結果だけを見れば美亜が楽に勝利したように見える。しかし、こちらが圧倒的に不利なのは変わらない。ハヌマーンに指摘されるまでもなくただの人間が高位の魔族にまともに対抗できるわけがないのは分かっている。そして、自分の能力は珍しくはあっても有効な手段にならない。ここで彼ら、特に凍夜の相手が出来るかと言えば実際は不可能に近いだろう。
だからこの場はせいぜい自分が下手に手を出すのはまずい存在だと思い込ませて、隙を見て逃亡するか、もしくは可能性は低いが誰かが助けに来るのを待つか。
(そういえば、あいつが助けに来たのも絶体絶命のときだったかな)
逃亡の果てに魔石が切れ体力も尽きかけていたところで運悪く見つかり、もはやここまでかと思ったところで、まるで正義のヒーローのように現れた。
(もっとも、その後の行動で第一印象は吹っ飛んだけど)
女の子が襲われていると言うのに襲っていた相手とのんきに会話を交わすわ、こちらが悪役かもしれないと言い出すわ、心細くなっていた反動でかなり無茶な怒り方をしたと思う。でもその後、まるで魔法のように追っ手を倒したときには自分の目を疑った。
(助けに来るんだったら早く着なさいよね)
そう思いつつもそれが甘い考えだと言うことは自分にも分かっていた。同じような偶然は2度も起きないだろうし、この大会そのものが罠だったとするならば彼も今頃自分のことで手一杯かもしれない。やはり自分の力だけで何とかするしかないと気合を入れなおす。こんなところで負けるわけには行かないのだ。
「ああ、木人君が……」
そう思い直すと、悲しげな顔で穴の底に無残な姿をさらす木人君を見つめる桃子の姿が目に入った。そんな彼女に美亜はナイフの切っ先を向ける。
「さあ、次はあなたが相手をしてくれるの? それともメイドさんはやっぱり戦闘なんて野蛮な行為は無理でお人形遊びしか出来ないのかしら?」
「うう、私直接戦闘は苦手だよー」
「だったら次は……」
「だから木人君の仇は木人君が討つのー」
カチン
「!?」
背後からかすかに聞こえてきた音に、慌てて回避動作を取る美亜。だが次の瞬間、いきなり白い煙が周りを包み込もうとする。
「くっ、吹き飛ばせ!」
慌てて魔石を発動。突風を起こして煙を吹き飛ばす。しかし、
「!?げほっげほっ、ぐっ」
少量の煙を吸い込んだのか急激な違和感を喉に覚える。思わずむせるがそれを無理やり押さえ込み、何が起こったのかを見極めようと煙の向こう側に眼を凝らす。
「!?」
そこにいたのは木人君。先ほど吹き飛ばしたはずのそれがなぜか無傷のままそこに立っていた。いや、よく見てみると先ほどのものとは細部が違う。それに顔に当たる部分が内側から開いていて何か砲身のようなものが除いている。あそこから煙幕を噴射したのだろう。
「木人君ー。ちなみにさっきの子が力の2号でーこの子が技の1号だよー」
「ネタ古っ!? というかあれは技じゃなくて内蔵火器だろ!」
置いてけぼりにされていたハヌマーンが、思わずツッコミを入れる。
「それよりあれどこから湧いたんだ? さっきまでは確かにどこにも……」
そこで何かを思い出したかのように桃子に視線を向けるハヌマーン。
「そういえば魔王様の直属の部隊に人形と幻術を駆使して相手を惑わす戦いをする奴がいるって聞いた事があるけど、まさか」
「あーそれ私のことー」
「さっき企業秘密って……」
あっけらかんと自分の特技をばらす特務部隊員。その姿勢にややげんなりしつつ、先ほど急に大きくなったように見えた木人君の件にも納得する。あの時も幻術で姿を偽装していたのだ。
「さっきまではー幻術で1号を隠してたのー。本当はー2号で追い詰めてからー1号で無力化するはずだったんだけどー2号があっさり負けてびっくりー」
「いや、びっくりーって言ってる場合じゃ」
「でもー奥の手は最後まで隠しておくものだしー。結果的には負けて油断が誘えたと思うー。これでもう魔石は使えないと思うしー」
「え?」
その言葉に慌てて美亜を見る。すると彼女は喉に手を当てて苦しそうに咳をしていた。
「美亜ちゃん!?」
「即効性のー特殊催涙ガスー。少しでも吸い込むとー喉が凄い事になってー、しばらく喋れなくなるー。ちなみにー後遺症とか無いしー効果もすぐに消えるから安心してねー」
その説明に顔を顰める美亜。
「ちゃんとー言葉をー出さないとー魔石は発動しないみたいだからーこれで終わり?降参はー」
ギロリと桃子を睨みつける美亜。言葉は無くともその表情だけで返答としては十分だった。その様子に桃子は溜息を吐きつつ、
「仕方が無いからー、木人くーん。乱暴にしないように気絶させてー」
その言葉を受けて美亜に迫る1号。その速さは先ほどの2号と寸分違わず、一気に距離をつめる。
「っ」
唸りを上げて繰り出された右のストレートをかわしながら相手の右側面に回り込もうとする美亜。人間で言えば脇の下の急所に狙いをつけてナイフを突き込む。だが木人君の体は思っていたよりも硬く、刃先が僅かにに刺さる程度にしか傷付けられない。木人君はかまわず突き出した右腕をそのまま振り回す。それを今度は屈んでやり過ごす。しかし低くなった顔面に向けて追撃の蹴りが叩き込まれる。慌てて両手を交差させて攻撃を防ぐ。が、
「ぐうっ」
両腕を襲った衝撃は想像をはるかに超えていた。骨にひびが入ったかと思うほどの痛みに何とか耐えるが、そのせいで次の動作に遅れが生じる。何とか後退しようとしたところに、なんと蹴足を振りぬいたまま軸足だけで美亜に向かって飛び込んでくる木人君。何とか回避をと思うが間に合わず、木人君はそのまま空中で体を捻り、左のこぶしを鳩尾に叩き込む。
「がはっ」
「美亜ちゃん!!」
後ろに下がる途中で、打撃が中心よりずれていたにもかかわらず殺人的な衝撃が美亜の体を貫く。体はくの字に折れ曲がり、吹き飛ばされる。そのまま地面にたたきつけられて動けなくなる美亜。飛ばされた勢いで懐に仕込んであった魔石がいくつかばら撒かれた。
「しゅーりょー」
あくまでもマイペースを崩さない桃子の声が響いたときには、美亜はびくびくと痙攣することしか出来なくなっていた。自由にならない喉からはかすれたうめき声しかでてこない。
「ずいぶんと時間がかかったな。人形も一つ壊されて、人間相手にしては手間取りすぎではないのか?」
「あの子結構強いよー。上級兵でも苦戦するんじゃないかなー」
凍夜からの嫌味もさらりと流す桃子にハヌマーンが険しい顔を向ける。
「あんた手荒なまねはしないっていったじゃないか。どういうことだよ」
「言い訳になるけどー手加減してたら1号もやられてたかもしれないのー。でもーひどいことしちゃったからーお詫びにー重い罪にならないようにー努力するー」
「……大丈夫なのか」
「約束はー守るよー」
本人の言動があまりにもあれなのでかなり不安になるハヌマーン。だが、悪人ではなさそう
なので悪いようにはしないだろうと思い直す。それよりも倒れ伏した美亜が心配な彼は彼女に
駆け寄ろうとして―――
澄んだ音と共に右下半身が氷付けになった木人君1号が身動きがとれずに棒立ちとなっているのを発見した。
「へ?」
あまりにも意外な光景にあっけにとられるハヌマーン。それは他の二人も同じらしく固まったまま呆けた表情を浮かべている。
よく確認すると、木人君の足元には散らばった魔石が。どうやらそのうちの一つを踏んだためにこうなったらしい。しかし、
「ど、どうしてー。声はー出ていないはずなのにー」
相変わらず間延びした声だがその節々に驚愕を滲ませる桃子。そんな彼女の疑問に答えるかのように先ほどまで倒れ付していた美亜がゆっくりと起き上がりながら掠れた声を出す。
「……別に、声……じゃない。やろうと………無しでも……できる」
実は魔石の発動条件は声を出すだけではなかったらしい。自分の意思で任意に発動できると言うことか。
「むーでもーそれで状況はー変わらないー。動きをー止めてもーダメージをー与えられないとー意味がないしー」
確かにたとえ声無しで魔石を発動できたとしても、それで今の状況を動かすことは出来ない。美亜には木人君を破壊する手段はないのだから。先ほどのような奇襲はもう通用しないだろうし、いまさら動きを止めたところで何も出来ないはずだ。
そしてその間にも、木人君は少しずつ戒めから抜け出そうとしていた。下半身を覆う氷に徐々にひびが入ってきている。
「じゃあーそろそろー」
「少し……動きを………………十分」
美亜がぼそりと呟いたかと思うと先ほどまでふらついていたとは思えない機敏な動作で再び懐から何かを取り出し木人君へ向かって投げつける。
「だからー無駄だって……?」
木人君に投げつけられたのは魔石ではなかった。何か細長いものが投擲される。
「……鎖?」
それは見た目には金属製の鎖に見えた。結構な長さのそれはジャラジャラと音を立てながら木人君の胴体部分に巻きつく。
まだみっともなく時間稼ぎをしようというのか。あんなもので木人君の動きをとめられると思ったら大間違いだ。そう思いながら木人君に鎖を無視して目標の捕獲させようとして、ふと妙なことに気付いた。その鎖の輪の一つ一つに何かがくっついているのだ。
よくよく目を凝らせばそれは無色透明な結晶か何かに……、
「ってまさか!?」
珍しく焦ったような声を出す桃子。慌てて木人君に鎖を引きちぎるように命令を出そうとするがその時にはすでに手遅れだった。美亜は一度大きく息を吸い込むと、喉にかかる負担を省みずに叫ぶ。
「重撃連鎖爆発!」
ドガガガガガンッ!!
鎖を構成する金属の輪の一つ一つに埋め込まれた魔石が連鎖反応を起こしながら爆発。更に鎖に仕込まれた機構により魔石同士が相互に干渉し爆発が進むごとに威力が数十倍に跳ね上がる。
全ての魔石が爆発し終えた後には胴体部分を完全に消し飛ばされた木人君の残骸が残るのみ。
「嘘……」
さすがにもう一体の人形を壊されることまでは想定外だったのか桃子は唖然とした表情でその結末を眺め続けている。
「切札は……最後まで取っておくものよね?」
ようやくのどの調子が戻ってきたのか、まだわずかに掠れていながらもはっきりとした言葉を出す美亜。ようやく人形を退けて何とか一息つ
「ここまでされれば俺が出ても問題はないな」
背後から響いてきた声に氷柱を背に差し込まれたような感覚が走る。決して失念していたわけではなかった。だが人形を倒した後、一瞬気が緩んだのも事実だ。一番気をつけておかなければいけない相手を見失っていたことに気がついた時にはすでに体が動いていた。
美亜は自身の生存本能に従ってとっさに前に飛び出す。同時に振返りながら懐に手を伸ばし、魔石を取り出すと声の主に向かって投げ―――
「氷縛の旋風」
いきなり吹き付けてきた霙混じりの極低温の風に視界が白く染まる。一瞬で体温が奪われ、かじかんだ手から魔石が零れ落ちる。それでも距離をとろうと再び足に力を入れたその時、無造作に掴まれる右腕。
「凍結掌」
呟きと共に右腕に走る冷気。それはすぐに耐えがたい痛みに変わる。
「ああああああああっ!?」
ドライアイスを直接地肌に押し付けられたような痛みに絶叫する美亜。死に物狂いで相手を引き離そうと腹部に蹴りを入れる。だが相手はあっさりと美亜の右腕から手を離し蹴りをよけた。
その動きで逆に美亜がバランスを崩しその場に尻餅をつく格好になる。だが右腕の痛みがひどくすぐには動けない。
「凍夜ちゃん!」
「黙っていろ桃子。手駒を全て失う様な失態を犯しながら、俺に指図するな」
焦った声を出す桃子に対して美亜を一瞬で無力化した相手―凍夜はあくまで冷徹な姿勢を崩さない。痛みに動けない美亜を一瞥したかと思うとその手に持っていた斧槍を振り上げる。
「待って! もういい! そこまでやれば十分。後は私が……」
「黙っていろと言った。お前が捕獲に失敗したから俺がそれを引き継ぐ。何か問題でも?」
「だから殺したら駄目だってスノ」
「貴様の人形を2体も破壊するような危険因子を野放しにして置けと? 悪いが聞けん相談だ。将来の脅威を取り除く意味でもこいつはここで始末させて貰う」
「凍夜ちゃ」
そしてそのまま凍夜は何のためらいもなく斧槍を振り下ろした。 |