第8話.開幕のベルは鳴り、白刃は煌めく
コロッセウムの大闘技場、そこでは今まさに大会を締め括る表彰式が行われていた。リングの中央ではこの街の議長が式の進行を務め演説を行っている。その後方にはこの大会のために魔族の首都から訪れた魔国の高官達が控えていた。
一番奥の人物がこの大会の優勝者に記念の剣を渡す人物らしいが、その全身をフード付きのマントで覆っているため表情はうかがい知れない。その人物の両脇にも同じように全身をマントで覆った者達がいる。どうやら護衛役のようだ。更にその前方には第2魔軍の将軍、凍夜が控えている。これが今大会のゲスト全員らしい。
そして今回の優勝者であるハヌマーンは、式の進行を議長の正面やや離れたところで眺めていた。その表情には珍しく真剣な色が浮かんでいる。さすがに魔族の軍の高官を前にして緊張しているのだろうか。そんな彼の後方から、なぜか同じように式に出席している美亜が小声で話しかけた。
「やっぱり、あんたでもこうゆう場だと固くなったりするのね」
「………」
返答は無い。さすがに萎縮しているのかと一瞬考えたが、ふとなにやらぶつぶつと呟いている
ことに気付き耳を澄ませる。
「始めまして魔王様、あなただけの騎士となるために勝ち抜きました。しっくり来ないか……。あなたの微笑を守ります。何か違うな……。」
実は口説き文句を考えていた阿呆を半眼で睨むが、自分の考え(妄想)に没頭しているハヌマーンはその視線に気付かない。蹴り倒してやろうかしらと一瞬物騒なことを考えたが、
(まあ、私のことを忘れていてくれてた方がやり易いかもしれないわね)
そう思い直して、先ほどの会話を思い出す。
「表彰式に出たい!?」
美亜の突然のお願いの内容を聞いたハヌマーンはその場で素っ頓狂な声を上げた。
「ちがうの! そうじゃなくって」
慌ててハヌマーンの口をふさぐ美亜。先ほどの奇声が周りに聞かれていないか確認するが、どうやら誰も聞いていなかったようだ。ほっと一息ついて口から手を離す。
「そうじゃなくて式をリングの上で見られないかなーって」
「何でそんなことを?」
ハヌマーンの当然の質問に美亜はすまなそうな表情を浮かべた。
「ほら、今回の優勝者への剣の授与って、もしかしたら魔王様が来られるかもって話してたじゃない」
「ああ、確かにそんなことも言ってたっけ。そういえばもう大会も終わりだってのに、今回は授与に誰が来ているのかまだ発表されてなかったような」
「でしょう!」
その言葉に勢い込んだ様子で続く美亜。
「で、それってやっぱり最後に大きなサプライズがあるからだと思うのよ」
「それが魔王様だっていうのかい?」
「そうそう」
頷く美亜。腕を組みながら確かにそうかもしれないと考えるハヌマーンに更に詰め寄る。
「で、そんなお偉い様がこんなところまで来てるんだったら1回くらい近くで見てみたいと思わない?」
「えっと、つまりは俺様の付き添いでリング上に出れば生魔王様を近くで見られるから……」
「お願いできないかしら?」
「うーん……」
美亜のお願いの内容を聞いて考え込むハヌマーン。確かに美亜は自分のサポーターとして説明してあるが、だからと言って表彰式の舞台に一緒に連れて行ってもいいものか悩む。と言うかそんな話は今までに一度も聞いたことが無い。
「美亜ちゃんのお願いだから叶えてあげたいとは思うけど、実行委員達もさすがに首を縦に振ってくれるかどうか……」
ハヌマーンが自分のお願いに難色を示していることを悟った美亜は、実力行使にでることにした。
手の平を胸の前で組み、少し上目使いになる。瞳を潤ませ、まるで世界の全てから見捨てられ、それでも目の前の最後の希望を掴むために必死の清純な乙女の顔をし、
「……だめ?」
「全力で期待に応えます」
ものすごい勢いで食いついてきたハヌマーンを前に、胸の中でチョロイぜと思ったのは美亜の秘密だ。
そんなやり取りがあった後、ハヌマーンが「ハニーに一番近くで俺様の晴れ姿を見守ってもらいたい」と言う妄言を大会の実行委員にすさまじい勢いでまくし立てた結果、特例で美亜もリングの上で式の進行を見守っているという流れになっている。
大会役員たちに多大な迷惑をかけた張本人はいまだ口説き文句をブツブツと呟きながら考えている。なかなかしっくり来る言葉が出てこない。やっぱり最初が肝心なのだからきちんとしないとと、かなりずれた思考を展開していたその時、突聞こえた声にふと我に返る。
「ごめんなさい」
「もっと雄雄しさを全面に……え?」
その声に含まれた感情に気がついたハヌマーンが、美亜の方に振り向く。そこで彼女はとても申し訳なさそうな、悲しそうな顔をしていた。
「美亜ちゃ」
「それではこれより優勝者、ハヌマーン殿への剣の授与を行う!! ハヌマーン殿前へ」
思わず話しかけた声を遮ってハヌマーンを呼ぶ議長の声が聞こえた。慌ててそちらに視線を向けると、議長が脇にずれて、その後ろから一番奥にいたローブの人物が優勝者への剣を持って前に出てきていた。どうやら自分がプロポーズの言葉(妄言)を考えていた間に自分の出番がやってきたらしい。
「えっ……と、はいっ」
美亜の様子が気にならないと言えば嘘になるが、さすがにこの大舞台で式の進行を妨げて迷惑を掛けるわけにも行かない。仕方なくハヌマーンは正面の人物の元へと進む。
(何であんな顔してたのか、後で聞いとかないと)
そう思いつつ前へ。そしてローブの人物の正面に立つ。相変わらずフードに隠れてその表情をうかがうことは出来ない。
(そういえばこの人は結局誰だ? やっぱ美亜ちゃんが言ってたように魔王様なのか?)
その顔を見ようとじっとフードの中の闇を見つめる。そんなハヌマーンを前にしてその人物はゆっくりと言葉を紡ごうと……
ドゴォォォォォン!!!
いきなり響いた爆発音に闘技場の中の全ての人物が度肝を抜かれた。
「何事だ!!」
いち早く反応したのはリング後方の凍夜将軍。さすが魔族軍の高官というべきか、すぐさま何が起こったのかを確認し始める。ハヌマーンもその声につられて周囲を見渡す。と、左手の観客席の半ばから煙が立ち上っているのが見えた。どうやらそこで何かが爆発したらしい。
「近くの警備は医療班をつれて爆心地へ向かえ! 同時に観客の避難を開始しろ、最優だ!」
迅速に指示を出す凍夜。その姿にとりあえずこの場は問題ないかと思い、ハヌマーンは美亜の傍に向かおうとして、
「美亜ちゃん?」
自分の背後に居たはずの彼女の姿が見えないことに気がついた。どこに行ったのかとリング上をくまなく探し、
「……え?」
自分の前に居たフードの人物の背後。忍び寄った美亜が白刃を片手に今まさに刃をその背中に突き立てようとしているのを発見した。
「なに……」
をしているのか。そう尋ねる時間も無く、一瞬こちらを見た目の中にさっきも確認した悲壮な光を見つけて……
ザンッ
体ごとぶつかって行った美亜の白刃がフードの人物に吸い込まれた。 |