第6話.いろいろ無理があるだろう
「おおっ」
「よっと、あぶないあぶない」
全力で振り下ろされた戦斧を余裕を持って避ける。ついでに相手への挑発も忘れずに。
「おっさんちゃんと狙ってる? 俺様に掠りもしないんだけど?」
「こ……この糞猿があっ」
罵声と共に頭を狙って横薙ぎに振るわれる凶器を、屈んでやり過ごす。頭上を通り過ぎた戦斧は、そのまま弧を描くようにして上方へ向かい、頂点に到達すると同時にそれ以上の勢いを持って頭上へと振り下ろされる。だが想定内のその攻撃をバックステップでかわし、改めて正面の敵に向き合う。
「どうしたー? やっぱりその頭の中まで筋肉かー?」
「殺してやるっ!」
憤怒の形相で迫ってくる対戦相手の、牛種の獣人を余裕の笑みで迎えるハヌマーン。
「んじゃまハニーも見てることですし、そろそろ行きますか」
そう呟くとハヌマーンは右手に持った棍を改めて正面に構えた。
「今、何か不愉快な言葉を聞いたような気がしたわね」
中央のリングよりやや離れた選手関係者応援席で、美亜はなにやら不愉快な電波を受信した。
「それにしても、あいつやっぱりただのエロ猿じゃなかったのね」
その視線の先ではハヌマーンがリングの上を縦横無尽に動き回って対戦相手を翻弄している。自分はこちらの世界で生き抜いていけるように、戦いというものを習い始めてまだ1年ほどしかたっていない。それでもハヌマーンの身のこなしは他の人間、いや転化後の者達と比べても一段上だという事が分かった。
彼は猿系の獣人の例に漏れずとても身軽だった。まるで宙を舞うかのように動き、相手の攻撃を掠らせもしない。その動きに翻弄されて、相手はだんだんと攻撃が大振りになっていく。さらに挑発も加わり冷静さを失ったところで……
「そこぉ!」
「なっ!?」
大振りで体制を崩した相手に向かって、一気に距離をつめる。慌てて防御に回ろうとするが、間に合わない。
「くっ!?」
それに対して対戦相手は覚悟を決めたのか、体を硬くして攻撃に備える。一撃目を体で受けてその後反撃に移るつもりのようだ。だが―――
「甘えっ!」
「!?」
ガガガガガンッ!
響き渡った打撃音は5回。2メートル以上ある棍という、長柄の武器にもかかわらず、流れるような動きで連打を放つハヌマーン。その勢いに耐え切れず相手は体をぐら付かせる。
「まだまだあっ!!」
その隙を逃さずさらに追撃の多段突きを見舞う。全てが的確に人体の急所に突き刺さる攻撃の前に、対戦相手は棒立ちとなる。そして、止めとばかりに横殴りの打撃が米神に入った。完全に意識を断ち切られた対戦相手はそのまま吹っ飛んでピクリとも動かなくなる。
「勝者、ハヌマーン!!」
審判の判定の後に観客席から割れんばかりの大歓声がほとばしる。その歓声に律儀に手を振って応えるハヌマーン。
「相手に一瞬でも隙ができれば、そこから怒涛の連続攻撃。相手に反撃の隙を与えずに止めを刺す。なかなかやってくれるわね」
その姿を遠目に見ながら考える。他の選手の試合も見たが、やはりその中でもハヌマーンは頭一つ飛びぬけているように思える。まだ絶対とはいえないが、優勝する可能性は高いだろう。そうなったら、
「やっぱり、私がやるしかないか……」
「ん? なにをやるの美亜ちゃん?」
「それは勿論……ってうわっ!?」
話しかけられた相手がハヌマーンだと気付き、のけぞって驚く。どうやら考え事に集中していた間にこちらに戻ってきていたらしい。
「な、なんでもないわよ!? 思ってたより試合が早く進んでるからもしかしたら天真が戻ってくる前に終わっちゃうかもしれないなーって。そしたら私一人で応援するしかないかなーって」
「まああいつの言ってた用事がいつ終わるかは知らんけど、俺様の応援は美亜ちゃん君一人でも十分さ。いや、むしろ君の応援だけが……」
いつものように妄言に突入したハヌマーンに適当に相槌を打ちつつ、美亜の思考はこの場にいない人物へと飛んでいた。
(どこをほっつき歩いてるのよあいつは。ちゃんと戻ってきてよね)
内心の不安を天真への八つ当たりに変えながら、美亜はその時をじっと待つ。
「ふむ。予想通りですか」
先ほどのハヌマーンの試合を観客席から観戦後、天真は通路を移動していた。
(出場選手の中でやはり彼は頭一つ飛びぬけていますね。順当に行けばこのまま優勝するでしょう)
そして、その場合は美亜が実行部隊の一人となる。彼女の身を案じる一人としてはそれはなるべく避けたかったのだが、めったなことではこの予想は外れることはないだろう。だとすれば、
(そろそろ傍に付いていたほうが良いですね)
後は最後の催しである優勝者への剣の授与式まで目立った動きはないだろう。連絡役はこのあたりで切り上げて、彼女の元へ行きその時を待つ方が良い。そう結論付けた時には、目的地に到着していた。
闘技場に幾つかある休憩所をかねたホール。その売店の一つへと天真は足を進める。
「すみません。スペシャルサンドを一つもらえますか?」
「スペシャルサンドを一つですね。お飲み物もご一緒にどうですか?」
「ああ、そういえば連れが果汁100%のジュースが飲みたいと言ってましたね。そういうの有りますか?」
「はい。オレンジ、グレープ、アップルの3種類がございますが」
「オレンジ、アップル、いやグレープ、やっぱりオレンジ、いやアップルください」
「……かしこまりました。少々お待ちください」
少し真面目な表情をしたかと思うと売り子は店の奥へと引っ込む。戻ってくるとその手にはかなり長いバスケットがあった。
「お待たせしました。スペシャルサンドとアップルジュースになります」
「どうも」
お金を払って荷物を受け取る。フランスパン丸々一本を使ったサンドイッチの入ったバスケットは結構な重量があった。
まるで他に何かが入っているかのように。
そして去り際に一言。
「優勝はおそらくハヌマーンでしょう。私はこの後彼女の傍に付きます」
「了解しました。その場合は我々の合図に合わせて動いてください。変更があった場合は担当者がそちらに」
そして足早に売店を後にする。ちらりと振返ると先ほど店の奥に控えていた人物が売店から出て行くところだった。他の仲間達に連絡に行くのだろう。
「やっぱり、馴染んだ武器が手元にあると落ち着きますね」
そう呟きつつバスケットを確認する。2重底の底に、こちらに来てからの相棒である蒼天を確認し、天真は今回の作戦におけるギルドの潜伏場所の一つを後にした。
「しかし、符丁ももう少し分かり易いものがなかったんですかねえ。最後の果物の名前の順番なんてかなり間違い易いと思うんですが」
ぼやきながら選手用通用口へと足早に進む。目の前に入り口を見つけたと思ったそのとき、
「ったくよう、警備なんざ退屈だってんだよ」
「ぼやくのは後にしなさいダイゴ」
(!?)
右手側の通路から聞こえてきた、何やら聞き覚えのある声と名前に、瞬時に全身を硬直させる。
(何て間の悪い!!)
慌てて視線だけで確認すると、案の定そこには天真が始めてこちらに来たときに戦った二人組み、リックとダイゴがこちらに向かって歩いてきていた。並んで話し込んでいるのでまだこちらには気付いていないようだ。確かにここに来ている可能性は考えていたが、まさかこのタイミングで鉢合わせるとは思っていなかった天真は珍しく焦っていた。
(すでに私を視認できる距離まで来ている。今から慌てて引き返しても不審に思われて呼び止められる確立が高い。こうなったら……)
覚悟を決めて懐に忍ばせていたものを掴む。そこにあるのは高校時代、クラスメートの一人が自分に作り方を教えてくれた即興での変装セットだった。
現代に忍の技を伝える一族の出身である彼は諜報などのエキスパートとして活躍し、自分達にもその技術の一端を教えてくれたものである。その教えを思い出しながら懐から出したそれを顔に装着する。視界の端で二人が自分に気が付いたのを確認しながら、何食わぬ顔でその前を通り過ぎようと、
「……ちょっとそこの人待ってください」
(ばかなっ!?)
まさか呼び止められるとは思っていなかった天真は、内心の動揺を押し殺しきわめて普通の一般人を装って二人組みに顔を向ける。
「ナニカ」
「……えーと、とりあえずお尋ねしたいのですが」
「テバヤクオネガイシマス」
「なぜ片言で……いやまあどうでも良いですけど。私たちはこの会場の警備なのですが、怪しい人物がいた場合は職務質問させてもらうことになっています。お手数ですが、少し詰所までご足労願えますか」
胡散臭そうな視線を向けてくる二人組みを前に天真は内心の驚愕を抑えることに必死になっていた。友人から教えてもらった変装セット作成方法はとても有用なものとして自分のクラスでは重宝されていたからだ。更に今回の物は独自の改良を加えて進化させた一品だというのに!
(馬鹿な。なぜこの変装が、“改良型鼻メガネ”が見破られる!?)
葉上天真、彼は友人達から“一見常識人に見えるけど、変な所で天然入ってるからよく分からない性格になってる”という評価を受けていることに全く気付いていない。
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