第5話.長い一日の始まり
「ひゃっほーう! 美亜ちゃん来てくれたんだねー。君のラヴパワーがあれば不肖このハヌマーンたとえ相手が魔族の将軍だろうとはたまた竜族だろうとって、あれ? どしたの」
「……あー気にしないでください。ただの二日酔いですから」
朝っぱらからハヌマーンのテンションMaxの奇声を聞かされた美亜は、前夜の無茶な酒の飲み方のつけとして、二日酔いの頭を抑えてうずくまっていた。
「……あ、あまり大きな声を出さないで。響くからうっ」
「……いやほんとに大丈夫ですか?」
昨夜落ち込んでいたところに発破をかけた身としては、今日のこの状態に多少の罪悪感を感じてしまう天真。
「そんなになるまで飲んで……。はっまさか、若い二人はアルコールの勢いを借りて青い欲望の赴くままにお互いの体を」
「それ以上言うと……吐くわよ」
「大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」
そのままアダルトな領域へ踏み込もうとしたハヌマーンの妄想を、鬼気すら感じさせる青い表情で断ち切る美亜と、その迫力に負けて即座に土下座に移行するエロザル。どうでもいいが、女の子がそんなことを言ってはいけないと思う。
「えっと、そんなにつらいなら俺様二日酔いによく効く薬を持ってるけど、飲む?」
「……エロザルの施しって言うところが気に入らないけど、背に腹は変えられないわね」
「とりあえず藁でも掴んでみましょうか。溺れる者としては」
「なぜに善意の申し出でこれほど扱き下ろされるのでしょうか」
「ああ、まあ問題が色々ありますし。存在に」
「俺様の存在全否定!?」
コントを続ける脇で美亜はハヌマーンにもらった丸薬を口に含む。
「うっ苦ー。……あれ? なんだか気分がよくなってきたような」
「ああ、それ即効性ですぐ効くようになってるんだ。ものの30分程度でかなりよくなると思うぜ」
「へえ、確かに頭痛も引いてきたわね。ありがと。でもこの薬結構貴重品じゃない? いいの? 昨日今日知り合った私なんかに使っちゃって」
「ふっ、紳士な俺様としては目の前で苦しむ女の子に手を差し伸べるのは当然さ」
「そしてお近づきになってあわよくば同衾を誘うと」
「まあなー。俺様紳士だし!」
「それ紳士違う」
「まあここでコントを続けるのもいいのですが、そろそろ行かないと時間に間に合わないんじゃないんですかね?」
「えっ、もうそんな時間?」
天真の指摘にあわてて周りを確認すると、確かに選手控え室へと続くこの通路の辺りには人がいなくなってきている。
「うおっといけねえ。それじゃあ美亜ちゃんはこのまま俺について来てくれ。俺様のサポーターってことにしとけば観客席からじゃなくて、直接下で俺様の勇姿を観戦出来るからな」
そう言うと、ハヌマーンはびしっと親指を立てながら歯を光らせる。いつもの通り、女性の前では無駄にハイテンションな彼の姿を二人で生暖かく見守った後、
「それでは私はこの辺で」
「あれ? あんたは見て行かないのか?」
自分が向かおうとしていた方向とは逆の方向へと足を踏み出した天真に向かって、ハヌマーンが不思議そうな顔をする。
「おや? 私はてっきりお邪魔虫かと思っていたのですが」
「いや、それはそうなんだがってそうじゃなく、保護者のあんたが美亜ちゃんから目を離してどーするよ」
その言葉に天真は一瞬きょとんとした顔を見せると、笑いながら言った
「大丈夫ですよ。何て言ったって紳士な騎士様が付いてくれるんでしょう? めったなことは起きませんよね?」
「お? おおう! その通りっ。だがそれとこれとは別にあんたが不注意なのは間違いないだろ? こんな会ったばっかりの得体の知れない男に自分の女を任せようとしてるんだからな」
「って誰が誰の女よっ!?」
「ごふっ」
不用意な発言に逆上した美亜のストレートを鳩尾に受けて悶絶するハヌマーン。それを横目で眺めながら、
「大丈夫ですよ。私人を見る目はそこそこあると自分でも思っていますし、それにそういう台詞が出てくる人物は大丈夫です。例えエロザルだとしても」
「ひ……、一言余計だっつーの」
鳩尾を押さえて苦悶するハヌマーンにさらに言葉を重ねる。
「それに、いざとなったら美亜さんも自分の身は自分で守れるでしょう?」
「もちろん」
そう答える美亜の顔色はもう普段のものであった。どうやら先ほどのハヌマーンの薬が効いたらしい。さすがに即効性と言っていただけのことはある。
「そんなわけで、私は少し用があるので一旦離れます。後で……そうですね、決勝戦の前後には合流できると思います。それまでは美亜さんのことよろしくお願いしますよ」
「おう分かった。係の奴らには言っとくから用事が済んだら顔を出してくれ。それまでは美亜ちゃんはきっちり俺様が守っておくからよ」
「それでは」
そう言って天真は通路の向こう側へと消えて行った。それを見送ってから、
「さあ、それじゃあたし達も行きましょうか」
「おうともよ。美亜ちゃんに俺様の華麗な姿を存分に見せねえとな!!」
「まあ、期待しないで待ってるわ」
そう苦笑してから歩き出す美亜。そしてハヌマーンに気付かれないほどに表情を引き締めると、彼女も自分の戦場へと向かった。
「凍夜将軍。そろそろ本戦の始まる時間です」
「分かった。すぐに行く」
時間を告げに来た部下に答えを返し、部屋の中央に向き直る。そこではローブで全身を覆った人物が3人、ソファに座ってくつろいでいた。
「んー? もう始まるのー」
「ああ、もう移動したほうがいいだろう。……それと、本当に大丈夫だろうな」
「問題なーい、問題なーい」
その中の一人が、緊張感のかけらもなく、手をぷらぷらと振りながら間延びした声で話しかけてくるのに、凍夜は内心で舌打ちする。その態度は何だと怒鳴り返してやりたい。それを自制し怒鳴り声を飲み込めたのは、その人物の能力の高さだけは認めているからだ。
「……お前の能力だけは信頼しているが、くれぐれも気を緩めるな」
「微妙にー失礼なー発言がー気になるー。でもー大丈夫ー。シェリナ以上のー能力者がーこんな所にー居るはずないしー、普段通りにーやってればー問題ないものー」
「……ならば普段通りにやれ。万一の事があってはならないんだからな」
それ以上注意しても無駄だと悟り小言を中断する。そして、視線を中央の人物へと移し先程とは変わって恭しい仕草で語りかける。
「それでは参りましょう」
その人物は凍夜の呼びかけに頷くと、音もなく立ち上がった。それに合わせて両脇に座っていた者達も移動を始める。
「それでは始まり始まりー」
そのふざけた声が聞こえたと共に部屋のドアは閉じられた。
そしてコロッセウムの長い一日。その幕が本格的に開く。
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