第2話.騒がしい街角
貿易娯楽都市コロッセウム。
人口5万人を抱えるこの世界でも有数の大都市のひとつである。
立地的には人間族と魔族との領土の境界線上に立っている。名目上この都市の長は魔族とはなっているものの、人間や他の転化した人々との貿易により成り立っているため、実際には各種族の代表たちの合議制で運営されている。シナルでは珍しく全ての種族が入り混じった都市となっており、その領土以外ではほとんど見かけることのない竜人族や妖精族などといった人々の姿も見ることができる。
その最大の特徴は都市の名前にもなっている巨大な闘技場であろう。
妖精族のドワーフ達により建造されたこの施設は地球の古代ローマの象徴となった同名の建造物を元としており、一度に数万人を収納できるこの施設では、連日のように催しが行われている。屈強な戦士達がその腕を競い合い観客がその勝敗を賭け事の対象としたり、珍しい生き物を使ったサーカスが開催されたり。
そして年に一回、このコロッセウムの完成記念日に合わせて3日間祭りが開かれ、最終日にはメインイベント―その年のチャンピオンを決める戦いが開催されるのである。
「目立つなって言わなかった?」
「いえ美亜さん。これには色々と理由がありまして」
先ほどの騒ぎがあった通りから1本道を離れた一画。お祭りの喧騒からやや離れた場所で先程チンピラもどき二人を改心させた青年―葉上天真―は待ち合わせていた楠木美亜に説教を受けていた。
「ここは敵の領土で私達は今潜入中。言ってる意味分かる? 分かるよね」
「いえ美亜さんこれには理由があるんですよ。うちの義姉さんの教育方針に“女性に優しくできないやつは死刑。さらに女性の窮地を黙って見過ごすやつは地獄めぐり”という法律がありまして、そのおかげで家族全員が女性の窮地を放っておけない体質になってしまっていまして」
「……私最初にあなたに会ったときに優しくされた覚えがないんだけど」
「……あれ?」
ゴスッ
「……人間は言葉で分かり合える種族だと思うんですけど」
「チンピラ二人を脅していたあんたに言われたくないわよ……。もういいわ、さっさと行くわよ」
溜め息を吐きつつ歩き出す美亜。その後を殴られた頭を抑えながら付いていく天真。
「あ、そうそう。美亜さん」
「なによ」
まだ不機嫌なのか若干ぶっきらぼうな受け答えになる美亜。だがそんな様子も天真の次の一言で真剣なものへと変わる。
「さっき兵隊さんとお話をしていて分かったんですが、やはり今回の警備は例年より厳重なものになっているそうです」
「……やっぱり」
「下級の兵隊さんたちの間では誰か高位の方がお忍びできているからだという噂話もあるそうですよ」
「………」
美亜は思いつめたような表情となって口を閉ざす。そんな彼女を横目で見ながら思考すること数分。
「ひゃんっ!?」
いきなり頬に冷たいものを押し当てられて碑銘を上げる美亜。びっくりしたように隣を見るといつの間にか両手に飲み物を持った天真が含み笑いをしている。
「な、なに?」
「いえ、ずいぶんとかわいい声を出すものだと思いまして」
「なっななななな!?」
いたずらが成功してほくそえむ天真。そのいたずら小僧のような笑みと先ほどの台詞に美亜の顔が真っ赤になる。
「何を言ってるのよっ」
「おや顔が赤いですよ? 照れているんですか?」
「!?!?!?!?」
その台詞に羞恥心も限界に達したのか、美亜は超音波発生装置となって駄々っ子のように両手を振り回す。その攻撃を笑いながら巧みな動きでかわしていく天真。傍から見れば恋人同士がじゃれあっているようにしか見えない、ほほえましい行為に見える(片方は本物の殺意を抱いているにしても)。やがて息が切れたのか、美亜の動きが止まる。
「はあっはあっ何で当たらないのよ……」
「それはまあ、鍛えていますから」
「途中なんだか間接の稼動限界を超えたような動きがあったように見えたんだけど?270度くらい曲がってたような」
「ですから気のせいですって」
「……ううう、何でこんな奴を入れちゃったんだろう」
「まあ過ちは誰にでもありますよ」
そう言いながら手に持っていた飲料を美亜に渡す。暴れてのどが渇いていた美亜は素直にカップを受け取り口に含む。
「あ、おいしい」
「絞りたてのジュースらしいですよ」
「へえ。何の果物?」
「えっと、確かりんご?」
「何で疑問系なの!?」
「いえ、店主がそういっていたもので」
「……何でそんな怪しいものをピンポイントで買うのよ?」
「商品の全てに?が付いていましたが」
「……はあ。もういいわよ」
そう言いながらもう一口。なんだかんだ言っていても味は気に入ったらしい。美亜の顔は傍目にもほころんでいた。天真はその様子を満足そうに眺める。その様子に気が付いたのか美亜は天真にいぶかしげな視線を向ける。
「何でそんな風にこっちを見てるのよ?」
「いえ、ようやく肩の力が抜けたみたいだと思いまして」
「え?」
その答えに美亜は疑問符を浮かべる。
「いくら大事なミッションだといっても本番は明日ですよ。前日からそんなに力が入っていたのでは本番の前に倒れてしまいます」
「そ、そんなこと言われなくても……」
勢いよく反論しようとした言葉は途中で尻すぼみになり消えていく。美亜自身もさっきまでの自分に余計な力が入りすぎていたことは自覚していたのだろう。
「確かにそれは認めるけど、でもこのミッションに私達の命運がかかってるかもしれないんだし……」
「だからこそ体調は万全にしておかなければなりません。当日100%の力が出せないようではそれこそ問題外です」
「うう……」
天真の指摘にうなだれる美亜。
「まあ結局何が言いたいかというとですね」
「うん」
そこまで言うと天真は立ち止まって美亜の顔を覗き込む。美亜もそれに合わせて足を止める。真剣な表情を向ける天真にこちらも気を引き締める。
「つまりせっかくのお祭りなのに遊ばなくてはもったいないということですよ! あ、あれは何でしょう!!」
「って自分が遊びたいだけかー!!!」
なにやら珍しいものでも見つけたのか勢いよく飛び出していく天真。その後姿に無駄と知りつつも突っ込まずにはいられない。
「はあ……」
なにやら珍しい屋台のほうへと行ってしまった天真を見送りなららため息をはく。まあ彼がこんな行動に出るのも自分を気遣ってのことだろう。たぶん。おそらく。きっと。
そうだといいなあ。
(私の心配をしてくれていると言い切れないところがまた)
天真と出会っておよそ2週間と言った所だが、その性格はいまだに掴みきれていない。基本は礼儀正しい青年に見えるのだが事ある毎に人をおちょくろうとするあの態度はどうにかしてほしい。
(まあ、悪人というわけではないのだろうけど)
さっきも見ず知らずの少女を助けていた所からもそれははっきりしている。それに一般人よりも義理堅いところがあるようだ。やたらと自分の世話を焼きたがるのも寝食の場所を提供してくれたことに対する恩返しのようなものだろう。そんなような事を考えていると、
ドンッ
「きゃあっ!?」
「うわっ!?」
考え事をしていたせいで前方不注意になっていたようだ。誰かとぶつかってしまい尻餅をつく格好になる美亜。
「あいたたた……」
「まったく、どこを見」
そこでなぜかぶつかった相手の言葉が途切れる。どうしたのかと思う一方とりあえず謝らねばと思い、
「すみませ」
「大丈夫でしたか? お嬢さん」
こちらの言葉の途中でいきなり差し出される腕。びっくりして見上げるとそこには、
「すみません私としたことが、あやうくあなたのような可憐なお嬢さんに怪我を負わせてしまうところでした」
そこにいたのは身長2メートルほどの大男だった。体つきは細身だが服からはみ出している部分には引き締まった筋肉が付いている。そして何より全身を覆うように映えている純白の毛皮が、彼がただの人間ではないことを物語っていた。
転化した種族の一つ、獣人族。見た目からして猿人系だと思われる男性が、なぜか漫画ならば歯が光っていると思われるような表情を浮かべて手を差し出していた。
「え、ええとありがとう」
無視するのも気が引けて美亜は差し出されたその手を取る。それをやさしく、だが力強く引き上げる獣人族の男性。
「お怪我はありませんか? お嬢さん」
「ええ、大丈夫です。あの、ありが」
「それは良かった。どうです、ご迷惑をおかけしたお詫びに喫茶店でお茶でもどうですか? おいしいお茶を出す隠れた名店を知っているんですよ」
「え、ええとせっかくで」
「お代なら心配要りません。もちろん私がおごらせていただきます。」
(だ、誰か助けてー)
どうやらたちの悪いナンパに捕まってしまったらしい。こういうことは元の世界でもこちらに来た後でも何度かあったので、対処にはそれなりに自信があったのだが、この男はかなり強引に進めてくるので言葉を挟む余裕が無い。しかも妙な迫力もあるものだからなぜか断りにくい。
「さあ行きましょうか。ああ、そのお店にはもちろんおいしいケーキもあるんですよ。きっとあなたも気にあると思います」
「いえですから、って人の話を聞けー」
強引なくせにこちらに負担を与えないというすごいんだか何だか分からない引っ張り方でずるずると引きずられていく美亜。
「ははは、そんなに遠慮することはありませんよ。あ、私の名前はハヌマーンといいます。美しい金髪のお嬢さん、あなたは?」
「だから遠慮してるんじゃなくて嫌がってるって言ってんでしょ!!」
「いやいや、美亜さん。ここはお誘いをお受けしようではありませんか。せっかくおごってくれると仰ってもらってるんですし」
「ははは、そうですとも。それにしても美亜さんですか。お名前もお美しい」
「だからこの手を離せって言ってるだろうが!! 別におごってもらわなくてもいい!!」
「でもただでおいしいケーキが食べられるんですし行って損はないかと。まあもちろんその後の行動如何ではそれなりの対処をしなくてはいけませんが」
「ははは、やだなあ。この全国紳士コンテスト第1位のこの私がその後うまく宿屋に連れ込んであわよくば朝までしっぽりなんてそんなこと考えているわけが」
「て言うか口に出してるし!? はなせーこのエロザルー!」
「まあまあ、口では何とでも言えますが実際にはそこまでの度胸があるかどうか」
「んだとこら。俺はなあこう見えても数々の浮名を流したことで有名なってあれ?」
「だからこの手を話せっていうかなぜか既視感が?」
ようやくおかしいと気が付く二人。そろって左に視線を向けると、
「こんにちわ」
右手に何かの肉の串焼き三本。左手に使用済みの串を五本持った葉上天真がシュッタッっと左手を上げる。
「ぬおっ何奴!?」
「というか見てたんなら助けなさいよ天真っ!!」
「いえだってケーキをおごってくれるという話でしたので」
「私の存在はケーキ以下なの!?」
天真の返答にショックを受ける美亜。
「おいおい、なんだよこぶ付かよ」
そんなやり取りを見ながら不服そうな声を出すハヌマーンと名乗った男。
「いえ、どちらかというと保護者です。ですので眼に余るほどの行為がなければ口説いてOKですよ」
「え、まじ!? あんた話分かるな」
「いえいえ、その代わりケーキは私の分もお願いしますよ」
「おう。任しとけ」
「人身売買の話が本人抜きで進められてるっ!!」
自分を抜きでとんとん拍子に進む会話にさらにショックを受ける美亜。あわてて天真の首根っこを掴むとハヌマーンに聞こえないように耳元で話しかける。
「ちょっと、ふざけてる場合じゃないでしょ。さっさとあんな男追い払ってよ」
「うーん。それは私も考えたんですけどね、ちょっと彼の格好を見てください」
「?」
そう言われて改めて隣の大男をじっくりと見る。要所要所を皮鎧で固めた装いに、背中にその身長よりもさらに長い棒を背負っている。どうやら冒険者のようだ。
「ふっ」
美亜の視線を勘違いしたのかなにやらポーズをとっている。そんな阿呆を放って置いて天真に向き直る。
「普通の冒険者に見えるけど? 頭が軽そうなところ以外は」
「美亜さんもなかなか言いますね。とにかくこの時期にいる冒険者ということは大会の出場者という可能性が高いということですよ」
「ふんふん。それで?」
「見たところ彼はかなり腕が立ちそうです。それにこの町にも詳しそうですし。知り合いになっておけば有益な情報が引き出せるかもしれませんよ」
「うーん。そう言われると」
「それにケーキも奢ってくれるそうですし」
「……実はそれがメインの目的じゃないでしょうね」
嘆息しつつハヌマーンに向き直る。そこにはしつこくポーズを取り続けている20代男性(推定)がいた。頭痛がしてきたような気がして美亜は米神を押さえる。
「まあお詫びに奢ってくれるって言うんなら断る理由はないわね」
「おおっ。それならすぐに行きましょう。ささこっちです」
「あちょっと!? そんな肩を組まなくてもいいでしょ!?」
了解を得たとたん、ハヌマーンはすばやく美亜の側まで来てなれなれしく肩に手を置き歩いていく。その後姿をじっと見つめながら、天真はつぶやいた。
「まあ、悪い人には見えませんし、気分転換にはちょうどいいでしょう」 |